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107.迷い込んだ先には

 三人でかたまって走って逃げていると、茶色い髪の男の子は、怒ってなにか叫びながら私達を追いかけて来ていた。どこまでも諦めずに走ってついてくる。まだ追いつかれるほどの距離ではないけれど、私はその執拗さに、どうしてそこまでとゾッとして、更に恐怖が募っていた。


「なかなか、しぶといな。ピート、キリがないから撒いてしまおう。宿から遠ざかる方向で……、あっちに行こう。」


 ノアが言い終わらないうちに、私を両手で持ち上げて抱っこしながら走り出した。ピートさんと二人でグンッと速さが上がって、ぐんぐん男の子から遠ざかっていく。しばらくそのまま走っていると、道がどんどん狭くなって、入り組んできていた。


 そして気づくとあちこちの路地に座っている人や、寝転んでいる人までいて、なんだか町の雰囲気が今までと違っていた。道にはゴミが散乱していて、そこら中に水たまりがあったりして、走りにくそうだった。二人が同時に歩を緩めると、初めて来た場所のようで辺りをキョロキョロ見渡していた。ピートさんが足下に転がっていた酒瓶を謝って蹴ると、大きな音を立てて転がっていった。


「まずいな……。こっちはスラムだったのか……。」


 ピートさんが小さく呟くと、ため息をついた。私はノアに降ろしてもらって足をつけると、地面は固い黒い土だった。ゆっくり辺りを気にしながら歩き出すと、行き交う人はそういないのに、不思議にそこかしこから視線を感じる。行き止まりが多くて引き返したり、建物を渡ってぶら下がっている洗濯物を避けて歩いているうちに、どんどん奥深くに迷い込んだようで、完全に迷子になった。狭い路地から見上げる空には所々に布が屋根のようにかけてあって、カラス達の姿は見えなかった。


「あれあれあれ~?僕ちゃん達も迷い込んじゃった?とりあえず、あり金ぜんぶとその女の子置いて来なよ?痛いめにあいたくないよね~?」


 気がつくと、背の高い大人の男の人達が私達を取り囲んでいた。みんなでニヤニヤと笑いながら近づいてくる。


「はあ~。面倒臭いな。全員出てくればいいのに。」


 ノアが小さく呟いてから、ピートさんになにか小さく合図をだしていた。それから、なぜか私達を囲むように足で地面に丸をかいた。


「エミリアはこの丸の中に入っていてくれる?あ、あと怖かったら目を瞑っていたらいいよ。」


 そう言うと、ノアがやっと大人達に向き直った。いつの間にか、ピートさんもノアの横に並んでいた。なにか一触即発な雰囲気だった。


「ええと、嫌です。邪魔なのでどいてください。……ピート、訓練用の輪はちゃんと取ったのか?」


「あ!やっべえ!忘れてた。」


「だから、いつも言ってたのに。咄嗟の時に困るだろ?」


 ピートさんが鉄棒を出したので、周りの空気が一変してしまう。いきなり武器を出したように思われてしまったと思う。ピートさんは気にせず訓練用の輪を取ってポケットに入れた。


「おいおい、僕ちゃん達やる気か?その棒で?怪我しちゃうよ~。」


 周りを取り囲んでいる大人達がとても可笑しそうに、ゲラゲラと笑いだしてしまった。なんだかすごく馬鹿にされているような気がする。棒と言っても、鉄棒はとても硬いし、強いのにと思った。


「なあなあ、こうゆう時って、先に手を出したらだめなんだったか?一回やられた方がいいのか?師匠はなんて言ってたっけ?」


「そんなの怪我させるって言ってるんだから、もうやっちゃっていいんだよ。エミリアを置いていけって言ったんだよ?全員沈めるに決まってるだろ。」


「ほんとか?こっちが悪くならないか?……沈めるのはやり過ぎだろ?」


「ガキがゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ!!」


 先頭の男の人が怒鳴りながら短めの剣を出した。それが合図だったかのように周りの人達も武器を手にしていた。そしてなんの合図もなく突然戦闘が始まってしまった。私はなるべく邪魔にならないように、しゃがみ込んで膝を抱えて座ると、目を瞑るべきか悩んでいるうちに、もうノアとピートさんが大人達を倒してしまった。沈めると言っていたとおり、大人達は地面に寝転がっていた。


「ちゃんと加減したのか?みんな寝っ転がったままだぞ。やり過ぎたんじゃねえか?」


「そんな訳ないよ。僕はちゃんと手加減したし、やり過ぎたならピートの方だろ。」


「どっちもだろ!!お前らはなんだ!?何者だ!?何しに来た!?俺の縄張りを荒しにきたのか!!」


 先頭にいた男性がよろよろと立ち上がって、荒い息を吐きながらまた怒鳴っていた。ノアがその人を見ると、その大人の男の人は膝をついて悔しそうに俯いた。


「縄張りとか知りませんけど。僕達は走っていて迷子になっただけなので。その周りで見てるだけの人達の誰でもいいので、大通りまで送ってもらえませんかね?」


 周りからヒイイッと悲鳴が聞こえた。そうしてすぐに、サアーッと人が散り散りに逃げていく気配がして、静かになった。


「……だめか。じゃあ、適当に歩くしかないか。あ、また襲ってきたらやり返すって、この辺りの人に言っといてもらえますか?」


「……はい。」


 私達は寝転がっている大人達の脇を通ってまた歩き出した。すると、すぐに目の前にカラスが一羽降り立ってきた。そして案内するように前を歩き出した。


「……来るのが遅いんじゃないか?クロはどこに行ったんだ?」


「大通りまで遠いのか?けっこう、ここまで歩いた気がするんだけど……。」


 案内してくれるカラスについて行くと、大勢の人集りができていた。どうやら大通りではなく、この場所に案内してくれたようだった。


「なんだ?何事だ?」


 ピートさんが先に様子を見に人集りに近づいていくと、倒れている人を囲んで蹴っていたり、身に着けている物を盗んだりしていた。その大人達は笑いながら、倒れている人にまだ暴力を振るっていた。ノアの辺りが久しぶりにギュウッとして熱くなった。


「何をしている。もう倒れているじゃないか。やめろ。」


「ああ~ん?」


振り返った大人達が返事を返す前にノアとピートさんが暴れ出したので、私は少し離れた場所にまたしゃがみ込んだ。応戦していた大人達は、さっきよりも断然人数が多いけれど、あっという間にみんな倒して、立っているのがノアとピートさんだけになったので近づいていくと、倒れて蹴られていたのは、私達を追いかけていた茶色い髪の男の子だった。


 泥だらけになっていて、いたる所に青黒い痣ができて腫れていた。左目や口や体中のいろんな所から血が出ていた。一見しただけで大怪我だと分かった。呼吸もしていないように思えたけれど、ノアが確かめると微かに息があることが分かった。


「俺たちを追いかけてきて……、スラムに迷い込んだんじゃ……?医者に診せないと!!!」


 ピートさんが慌てて男の子を背負おうとしたけれど、ああ、折れてる……、と呟いてから、両手で抱っこするように持ち上げた。カラスに聞いても医者のいる場所は分からないようだったので、走って大通りまで案内してもらう。一頻り走ると見覚えのある大通りまで出て来たので、道行く人に尋ねてやっと医者の居る医院に到着することができた。


 急いで中に入って男の子を寝かせてお医者さんに診てもらったけれど、いくらも診察しないうちに年老いたお医者さんは怒りだしてしまった。まず汚れているのがいけなくて、それに治らない酷い怪我の人も連れて来てはいけなかったらしくて、私達はすぐにその男の子ごと、怒鳴られながら無理矢理追い出されてしまった。


「どうゆうことだ?治らないのか?……治らない患者は連れて来たらだめなのか?」


 ピートさんが思わず呟いたように、私達も同じように疑問に思ったけれど、ノアがとにかくこのままではいけないと言うので、一番近くにあるベリーさんのお店に連れて行くことにした。もしさっきみたいに追い出されたら宿に連れていくことになった。


 ベリーさんのお店に着くと、悲鳴をあげながらも急いで2階の自宅にあげてくれた。そうして客間のベッドにやっと寝かせることができた。ベリーさんはお店を閉めると、盥にお湯を入れて持ってきてくれた。布で顔や体についている泥を拭いてくれながら、深刻な顔で私達に聞いた。


「この子は誰?お友達?……ひどい怪我。医者には診せたの?何があったの?」


「お友達では、……ありません。追いかけられて、逃げていたら、知らない所に迷い込んで……。」


 ピートさんがスラムに迷い込んで、取り囲まれていた男の子を見つけたことを話した。急いで医者に診せに行ったけれど、なぜか追い出されたことを話すと、ベリーさんはため息をついた。


「スラム……。お金が払えないと思われたのかもね……。それに、もう助からないでしょう……。ご家族は、どこにいるか分かる?」


「……分からない。そういえば、俺たち、こいつの名前も知らねえな……。」


「そう……。じゃあ、神殿は受け入れてくれないでしょうね……。亡くなったら、町を出されちゃうわね。……可哀そうに。」


 亡くなる?この男の子が?さっきまで、元気に走っていたのに?……どうして?私は、もう二度と会いたくないと思っていた男の子の寝ているベッドに近づいていって、隣に寄り添った。知らずに、涙が零れてきていたので、眼鏡を取って脇に置いた。


 泥を拭いてもらった顔は青白くて血色がなかった。呼吸も浅くて、していないようにも見えた。ただ、消えてしまいそうな命が悲しくて、名前も知らない男の子が可哀想で、そっと、男の子の頭を撫でた。するとみるみる男の子の髪の毛の色が抜けていって、ビクッと手を止めてしまった。見る間に男の子の髪の毛は金髪になった。みんなで驚いていると、ベリーさんが呻いていた。見ると、頭に手をあてて、顔をしかめて狼狽している。


「まずいわよ……。色粉だったのね……。色粉がどうして取れちゃったのか分からないけど、その髪色なら……、その子、貴族の子じゃない?どうしようかしら?……どうしようかしら?まずいわ。ここで死なれちゃったら、まずいわ。」


 ベリーさんが途端に慌てだしたので、ノアとピートさんも一緒になって狼狽えていた。どうして、なにがまずいのか、しきりに聞いていた。私は男の子の手を両手で握りこんだ。もう今にも命が消えてしまいそうだった。……それは、とても哀しい、思いがする。


 握りこんだ手から、男の子の気配がしている。まだ生きたいと必死に訴えていた。それなら、つなぎ止めてあげたいと強く思った。私は両手の中の男の子に問いかけるように、ひとつひとつ怪我の酷く悪いところを治していくことにした。目を閉じていても、淡く優しい光を感じる。ゆったりとした呼吸に合わせて、ゆっくりゆっくりと少しずつ、綻びを治していく。すみずみまで行き渡ると、今度は止め時が分からなくなった。もういいような気はするけれど、どうしようかと目を開けると、横たわった男の子と目が合った。


「ああ、良かった。もう治りましたか?どこか辛くないですか?」


 男の子は私を凝視していて一言も何も言わなかった。返事はないけれど、顔色も良さそうだし、もう大丈夫そうなので、手を離そうとすると、ギュッと手に力を入れて握られた。


「……聖女さま。」


「え?違いますよ?私はエミリアです。誰かと間違っていますよ?」


 怪我が治って元気になったようなので、ノア達の方を見ると、ベリーさんんが腰を抜かしたように座り込んでいた。そして全員が呆気にとられたような顔になっている。


「聖女様。」


 ベリーさんが私を見ながら、また人違いしていた。けれどその、せいじょさま、と言う言葉をどこかで聞いた気がして、確かめようとノアを見ると、なぜか、とても渋いような顔をしていた。その見たこともないほどの困った表情をしているノアを見ながら、なにか、とんでもなくまずい事態が起こったんだろうなと思った。

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