104.大人達の話し合いの結果
私はなるべく心を落ち着けて、部屋の中でディアさんと修行することにした。加減も調節も本当に難しくて、ちょっとずつの感覚もまったく掴めなくて、私はやる気に満ちているのに本当に困っていた。なにか特別なコツでもあるんだろうか。
「ディアさん?少しずつのコツなんてありますか?……ディアさん?」
「え?ああ……、なにかしら?私を呼んだ?」
「はい……加減や調節のコツなんてあるのかなって聞いてました。」
「あ、そうなの?ごめんなさい。聞いてなくて。コツね……。そうね、ちょっと待ってね。」
そう言ってディアさんは、また黙り込んでしまった。なんだかずっと、心ここにあらずな様子で、いつものディアさんとは違っていた。
「ディアさん?どうしました?元気がありませんね?」
「そう?ふつうよ?エミリアはずいぶんやる気に満ちて、元気になったわね?エミリアこそ、どうしたのよ。」
「ディアさん、実は私、すごく良いことを思い付いたんです。だから加減も早く出来るようになりたいんです。」
「……すごく嫌な予感がするわね。私としたことが、ぼんやりしてる場合じゃなかったわ。……それで?何を思い付いたの?」
「それは、秘密なんです。明日から秘密に準備するんです。」
「あのね、私に秘密に出来るわけないでしょ?いいから早くいいなさい。」
「そういえば、そうですね。ではディアさんにだけ話しますけど、秘密ですよ。誰にも言っちゃだめですよ。それに私の秘密の計画は、大人達の話し合いの結果が上手くいかなかった場合の話しですよ?明日からさっそく準備はしますけど。」
私の秘密の計画のことをディアさんに打ち明けた。それは他の誰かに聞かれてしまったら、絶対に反対されるし、心配もされてしまう。だから準備万端に整えてから、完璧な計画をみんなに報告して、納得して許してもらおうと思っていることを話した。
「それで、まずは明日になったら、ベリーさんのお店に行くと言って町にでます。もちろんお店には行きますよ。高いお菓子を食べる約束をしましたからね。そして食べ終わったら町の中を散策して金髪の人を見つけて、髪の毛を貰います。それを髪飾りに入れて、私が金髪の人になってから神殿に行って、ここで働かせてください。とお願いします。それで中に入ってメイベルさん達を見つけて、全員でこっそり逃げます。……大まかに言うと、そんな計画です。」
「大まかに、ねえ……。思っていたよりもツッコミ所満載だったわ。大雑把。それ計画が大雑把すぎるわ。行き当たりばったりの一歩手前よ。金髪がうまく手に入っても、……神殿の中が危険だったらどうするの?地下に捕らわれたり。」
「その時は助けを呼びます。危険な場所なら、アビーさんにボカーンと壊してもらいましょう。ラリーさんが更地にしたら、もう悪者は戻って来ないって言ってました。」
「ああ。危険。どうしてかしら?どうして助けに行く側が悪者になるのかしら?私、さっきのノアの気持ちがよく分かるわ。……ノアが壊すのはだめって言ってたわよね?」
「パカッて外すのはいいって言ってましたよね?」
「言って……、ないんじゃない?どうだったかしら?まあ、ちょっと壊す話はおいといて、実は私、神殿の中に入ることには賛成なの。どうなっているのか、知りたいし。だから、秘密に準備することには協力するわ。」
「ありがとう。ディアさん。準備は明日からですから、まずは加減の調節の修行ですよね。調節ができたら、メイベルさんを助けるのに役に立つんですよね?」
「え?それは……?まあ、エミリアにしか出来ないことはあるでしょうね……。たぶん。分からないけど……。」
ディアさんは何か言いにくそうにしているけれど、役に立つことは間違いなさそうだった。それならやっぱり、ちゃんと修行しておかないといけないと思う。
「調節がすごく難しいんですけど。なにかコツがありますか?」
「コツ?フフフッ。それはね!コツはコツコツするだけよ。あはははっ。」
ディアさんは冗談を言って笑っていたけれど、もう一度ちゃんと聞いても、やっぱりコツコツ自分で努力するしかなさそうだった。それはなかなか、遠い道のりのような気がした。それでも気を取り直して、集中して修行することにする。
私はふと海の指輪を見た。そして少しだけとゆう事について考えてみた。ほんの少し、ちょっとだけ、その事について集中していると、なんだか違和感を感じてしまって、そのことばかりに気をとられてしまう。少し、にしないといけないのかな?その少しだけを選ぶようなこと自体が、なんだか今は不思議なほどに違和感があった。
もしかしたら私は、なにか勘違いをしていたり、間違っていたり、するんじゃないのかなと思ってしまう。私は海の指輪を見つめながら、加減したり調節したり、それが本当は何なのかを考えていた。
そしてやがて、途方もなく深い海の中に潜っていって、手探りで小さなカケラを探しているような、心細い気はするけれど、どこまでも自由で開放されていく心地がして、もっと深く、もっと先まで、そう思っていると、ふとノアの声が聞こえた。顔を上げるとノアも誰もいなくて、私の勘違いだった。
「あら?集中が途切れちゃった?疲れちゃったの?休憩にする?」
ディアさんは私を労ってくれるけれど、たぶんあまり集中もできていないし、加減のこともまださっぱり分からなかった。なんだか疲れた気分になって、ベッドにゴロンと寝転んだ。
「休憩に、します。」
しばらく横になってウトウトしているうちに眠っていたようで、物音に起きるとノアが部屋にいて、箪笥のあたりで洋服の片づけをしているようだった。
「……ノア?」
「あ。起こしちゃった?ごめん。うるさかったかな。」
「ううん。寝るつもりはなかったから……。大丈夫。何してるの?」
「ええと、服の、片付けを。入れ替えたり、いろいろ?」
「そう……。話し合いは終わったのかな。」
ノアがピタッと動きを止めて、私を見てから目を逸らしてしまった。フウッとため息をつくと、一呼吸おいてからノアが話してくれた。
「ピートに教えてもらったんだけど、オルケルンから来た大人達は、明日神殿にメイベルのことを聞きに行って……、そのままオルケルンにかえるんだって。」
「……え?」
あまりの予想外の話しだったので、すぐには理解できなかった。つまり、どうゆうこと?メイベルさん達は……。
「明日メイベルさん達が帰ってくるから、一緒に帰るとゆうこと?」
「……明日、代表で大人が一人神殿にメイベルの事を聞きにいくけど、それだけ。今いる大人達では対処できないから、オルケルンに戻って偉い人の判断を仰ぐんだって。……身分が違うって。」
「……アビーさんは、なんて?」
「おばあ様は特に何も、怒ってもいなかったよ。元もと期待していなかったのかもしれないね。あと、ドラゴンはとりあえず止めておいた。ピートと僕達は残るから、明日の話しと、カラス達の情報をまとめてから、作戦を考える。」
ノアが私の近くまで歩いてきて隣に座った。そして私の手をとって安心するようにポンポンと撫でた。
「大丈夫。僕達だけになった方が身軽でいいよ。……それで、穏便な作戦がどうしても上手くいかなかったら、おばあ様にあの神殿を更地にしてもらうから大丈夫。なにも心配いらないよ。」
ノアがニコッと笑って、私が落ち込んでしまわないように励ましてくれる。とても気遣ってくれているのが分かった。
「そうなんだ。ずいぶん急展開だね。……明日になったら、分かるんだね。」
もしかしたらと、一抹の期待をしていたけれど、一晩経って、荷馬車の食堂でラリーさんの作ってくれた朝ごはんを食べていると、扉からピートさんの呼ぶ声がして、ノアが話を聞きに行った。ラリーさんはいつもと変わらず、もりもりと朝ごはんを食べていた。もう結果は分かっているように冷静だった。すぐに戻ってきたノアは予想通りだったようで、特にもうショックも受けていなかった。
「メイベル達は居ないと言われたみたいですね。昨日のうちに荷造りは終えているので、今からもう帰るそうです。おじい様に宿の代金のお礼を言っていたそうですよ。」
「そうか。」
ラリーさんはもぐもぐと朝ごはんを食べる手を止めずに聞いていた。代金のことはまったく気にしていないようだった。
「それと、メイさんには、メイベルが無事でいることを伝えてくれるらしいよ。」
「……そう。」
メイベルさんがすぐに帰ってこなくても、無事でいるとゆう報告だけでも、メイさんが喜んでくれるといいなと思った。手紙を託そうかなと、思ったけれど止めておいた。大丈夫だよと言ってあげたいけれど、今はまだ、大丈夫とは書いてあげられない。車椅子に乗ったメイさんの姿が頭に浮かぶ。私はあらためて今日の朝から計画を実行することに決めた。
「私、今日は朝から、この町の散策をしようと思います。」
「じゃあ、僕も一緒に行くよ。」
「ええっと、ノアはピートさんと特訓があるんだよね?作戦も考えなきゃだし、忙しいよね?私はひとりでも大丈夫だから、ひとりで、ええと、ベリーさんのお店に行くから。だから、ひとりで、大丈夫。」
「……そう?それじゃあ、……ベリーさんのお店まで送っていくよ。迷子になってもいけないし。」
ベリーさんのお店がどの辺りにだったのか、私はまだ憶えていないので連れて行ってもらうことにした。今日は行き方を憶えながら歩こうと決意する。もう今から、私の闘志はメラメラと燃えていた。