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103.名案と迷案

 ノアとピートさんが走り寄ってきて合流すると、クロが激しく誘導して、私達は急かされて近くの建物の中に入った。そこは長く空き家になっているようで、元々は民家だったような家の中は荒れ果てていた。ノアが手早く埃を払って座らせてくれる。雑然とした部屋の片隅で、私はようやく、メイベルさんを見つけた話をすることができた。


 ノアに励まされて支えてもらいながら、ここまで歩いてくるうちに、メイベルさんがいて、話していて無事で、それだけで、泣いているだけではいけなかったと、少し落ち着いて思えるようになっていた。壁画を見ながら歩いていて、偶然メイベルさんの声が聞こえてきた所まで話し終えると、私はスクッと立ち上がった。


「今から、メイベルさんを迎えに行きましょう。」


「ちょっと待って。」


 話を聞き終わったノアが私を止めると、真剣な表情で顎に手を当てて、何事か無言で考えていた。ピートさんも真面目な顔をして、ノアの言葉を待つように合図していた。長い沈黙のあと、ノアは難しい顔をしながら話しだした。


「今僕たちが下手に動くと、メイベルが危険にさらされるかもしれない。状況が何も分からない。ここは、カラス達に見張ってもらって、僕たちは一旦宿に戻ろう。みんなに報告するのが先だよ。」


「そんな!?ここに、ここにいるのに。もう目の前に。」


「エミリア、大丈夫だよ。僕たちは約束したよね。大事な約束だよ。僕たちは、メイさんの所に、必ずメイベルを連れて帰る。必ず。無事で。だから、一番安全で良い方法をみんなで考えよう。」


 一番安全な良い方法で、必ず無事につれて帰る。ノアの言葉に気が抜けたようになって、ストンッと椅子に座り直した。私が今から迎えに行くことが、一番良い方法じゃないことは、分かる。


「それに、僕達は急いで戻らないといけないんだ。さっきカラスがこれを持ってきて……。」


 ノアが小さな紙を出して私に見せてくれた。走り書きのように書かれた文字は、私には読めなかった。


「おじい様からの手紙なんだけど、エミリアが泣いてるから、おばあ様が物騒な状態になってるらしくて、おじい様が止めてくれているうちに帰らないと、ちょっと大変なことになる。」


 大変なことが何かを聞いても、なぜかピートさんがブルッと震えて、ノアが困った顔をしただけだった。


「エミリアは僕が負ぶっていくから、ピートと僕は近道の最速で。」


「おい。最速か?ここから?早めじゃなくて?」


「門を通るときだけはふつうで、あとはずっと最速だよ。クロ、案内のカラスの準備は?」


 クロが頷いたので、ノアが私をおんぶする為に目の前に立った。私は不安そうな顔をしていたのか、ノアがとても心配そうな顔になってしまった。


「エミリア、大丈夫だよ。大丈夫だから、しっかり僕に掴まっていてね。」


 私はノアに負ぶさってギュッとしがみついた。ノアの体は温かくて、心強くてホッとしたのに、なぜかまた泣いてしまいそうになった。ピートさんが扉を少し開けて、辺りを確認してから合図すると、最速の馬車のような素早さで走り出した。


 門を通り過ぎるまでは、時折カラス達の指示で道を急に引き返したり、曲がる方向を変えたりしたけれど、中心街から歩いて下町まで到着すると、今度は道を変えることなく、瞬く間に宿に到着していた。


 宿の門をくぐるとピートさんと別れて、宿の中には入らずに裏に回って、馬車が停まっている一角に到着すると、アビーさんが荷馬車の上にあぐらをかいて座って、クロと話していた。荷台の中にはラリーさんがいて、何かを磨いている最中だった。いろんな変わった工具で荷台の中が満載になっていて、そこで何かを作っているようだった。


 アビーさんが私達に気がつくと、すぐに私の体が浮き上がって、あっという間に私はアビーさんの膝の上にいた。私はアビーさんにギュウッと抱きついた。


「見つけました。メイベルさんがいました。メイベルさんを見つけたんです。メイベルさんが、メイベルさんが、いつもの、ように、は、話していました。」


 ちゃんと話したいのに、またたくさん涙がでてきて、うまく喋れなかった。アビーさんがしゃくり泣く私をなぐさめるように、背中を優しく撫でてくれる。


「分かっておる。分かっておる。今クロと話しておった。そなたは何も心配せずともよい。妾、妙案が浮かんでおるのじゃ。ドラゴンで行く。」


「……え?」


 何事かと、思わず私の涙がピタッと止まった。ドラゴンで行くとは?最強のドラゴンでなにを?なぜか私の頭の中に、ドラゴンのアビーさんが火を噴きながら町を壊す映像が浮かんだ。想像の中のドラゴンのアビーさんはとても豪快に乱暴だったので、ヒヤッと寒気がした。ノアも同じように感じたようで、慌ててアビーさんに問い質した。


「ドラゴンで行くとは、どうゆう意味ですか?おばあ様はドラゴンになって、なにをするつもりなんです?」


「なにをとは?妾は攫われた小娘達をつれ戻しに行くだけじゃが?」


「ドラゴンの姿で?なぜです?その姿でメイベル達をつれ帰るなら、攫っているのはおばあ様ですよ?」


「なにをおかしな事を?妾は奪われた小娘達を奪い返しに行くだけではないか。」


「ああ、いや、違います。そうじゃなくて……、ええと、じゃあ、ドラゴンの姿でどうやって探して見つけ出して、つれ帰るつもりなんですか?」


「む?うむ。そうじゃな。一番手っ取り早いのは、まず、こう屋根の部分をスパンッと切り落とすじゃろ?さすれば中が見やすくなる。その中から小娘達を選んでつれ帰るのじゃ。」


「ああ、だめです。全然だめです。それだとやっぱり襲っているのは、こっち側です。まさしくドラゴンに襲われて攫われた少女達の完成ですよ。悪者はこっち側です。それに、何も壊してはいけません。」


「な!?なぜじゃ!?悪者は攫った奴らであろうが!あ!カパッと外して元に戻すのもよいな。」


「いや……。今ピートが大人達に話していると思いますから、どうやってつれて帰るのかは話し合いが必要ですよ。メイベル達がなぜあの場所にいるのかは、まだ分かりませんけど、あそこにいるなら、つれ帰るのはややこしいはずです。あの場所は、信仰の対象の神殿で、たしか聖なるなんとかですよ。この国のまつりごとにも深く関わっていて、悪の巣窟ではありません。少なくとも、そう思われていません。」


「……まつりごとか。それは、ややこしいのであろうな……。」


「ですから、大人達の案を聞いて、まずは一番騒ぎにならない方法で取り戻すべきです。実力行使は最終手段です。今おばあ様が腕力で奪いに行くと、悪者にされて、この国の都合のいいように利用されます。」


「それは、……腹立たしい。」


「簡単ですむなら、オルケルンから来た店の誰かが、偶然いなくなった娘の声が聞こえたと訴えに行って、穏やかな方向に話が纏まってから、何事もなかったように帰してもらうことなんですが、それは、難しいでしょうね……。」


「そうは、いかぬであろうな。おそらく攫われた小娘達がおるのは、地下じゃな。……隠されておるのじゃろう。」


「どうゆうことですか?なぜ地下と?」


「地下と断定しているわけではない。この町はくまなくカラス達が見張っておる。クロの報告によれば、カラス達はあの建物から小娘達が出てきているのを見ておらぬ。今も外から見た範囲では部屋の中にもおらぬ。今日外に出て来たことが珍しい事なのではないか?エミリアが遭遇したのは、偶然の僥倖だったのであろう。」


 地下に、捕らえられている?メイベルさん達は、外にも出られずに?話をしても返してもらえない可能性もある?そんなことが、起こりえる?……なぜ?


「……エミリア、落ち着いて。まだ何も分からないわ。今は、可能性の話しをしているだけ。……私達は待ちましょう。今日は帰ったら、調節の修行をするって言ってたわよね?」


「私、私は、今はとても……。」


 今は、集中して修行できるような心境ではなかった。今は話し合いの結果がどうなるのか、それが気になって、とても……。けれど、今私に出来ることは、修行だけなのかもしれないと思った。加減ができるようになれば、メイベルさん達を助けるときに、役に立つのかもしれない。この町には、あの街灯がたくさんあるから、私に出来ることが何かあるのかもしれない。ディアさんはそう言ってくれているのかもしれないと思った。


「私、部屋で修行してきます。……もし話し合いの結果が分かったら、教えてください。」


 私はアビーさんに降ろしてもらって、とぼとぼと荷馬車の部屋に戻った。部屋に戻りながら、どうしても考えてしまう。ややこしい、まつりごとの事や、信仰の対象だと言う神殿のことや、なぜ攫われてしまったのに、とりもどすのが難しいことなのか。なぜ簡単にいかない事になっているのか。疑問に思うことばかりで、今から私が迎えに行っても、本当に帰してもらえないのか、試してみてもいいんじゃないかとも思えてきて、悶々と考え込んでいると、ディアさんが私に静かに話しかけていた。


「ねえ、あの子の声が聞こえた時のこと、思い出してみて?元気そうじゃなかった?それとも、今にも倒れそうな声だったかしら?」


 メイベルさんの声が壁画の向こうから聞こえてきたとき、あのとき、メイベルさんは……、土が固いって、カッチコチだって怒っていた。なにも育たないのに無駄だって、私の知っているメイベルさんの調子で、元気よく怒っていた。


「……元気に、怒っていました。」


「そう。少なくとも、元気よ。怒れるくらい、元気よ。ね?信じて、待ちましょう。信仰の、対象の神殿だって……。それに、絶対に、つれて帰るんでしょ?ややこしいことで悩んでいたって、今はまだ何も分からないんでしょう。」


 泣いている場合ではない。泣いているだけでは、なにも解決はしない。そう思っても、メイベルさんは、元気そうに怒っていて、呆れながら怒っている姿や、笑っている姿や、いつも一緒に勉強していたことを思い出してしまって、いろいろなメイベルさんで私のなかがいっぱいになってしまって、我慢しようとしても、涙が次々に溢れてくる。


 けれど同時に、つい先ほど聞いたメイベルさんの元気そうな声を思い出していると、私のなかに、ふつふつと強い感情が沸き起こってきていた。そしてそれは、ガッと激しく揺さぶるように、私の不安を吹き飛ばして、勇んで奮い立たせてくれる。私は私の修行をして、私に出来ることをして、そうしたらきっと役に立てることがあると思えてくる。


 そんな風に思っていると、私はあるとても良い案が思い付いた。それでもまずは、大人達のややこしい話し合いの結果を待たなくてはいけないので、さっそく明日から、私は私の準備を始めることにする。予定をあれこれ考えていると、ますます上手くいく気がして、大丈夫だからね、待っていてねと、心の中でメイベルさんにそっと呟いた。

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