101.大通りのお店
「……美味しいお茶のせいじゃ、ないんじゃない?」
私が座っている横長でフカフカのソファー席の、上着とマフラーを置いている上に、いつの間にかディアさんが座っていた。
「羊は外では喋んなって言ってんだろ。マフラーの中に隠れとけよ。見つかったら騒ぎになるぞ。」
「いちいちうるさいわね。お客なんて他に誰もいないじゃないの。心配ならあんたが大声で話して誤魔化せばいいでしょ。私は今エミリアに大事な話があるのよ。外は……、思っていたより深刻よ。」
ノアもピートさんも、ディアさんの深刻とゆう言葉を聞くと一瞬押し黙った。ピートさんが、ハッと思いついたようにノアと訓練の話しを始めた。するとディアさんがトコトコ私の肩に登ってこようとしていたので、すくい上げて肩に乗せてあげた。そしてディアさんは首元に寄ってくると、小声で話し始めた。
「エミリアは、魔女の言ってたこと憶えてる?この町のこと。」
「アビーさんの言っていたことですか?ええと、この町は穢れているから、このままでは滅びる?……とゆう話しをしていましたよね。少し見ただけですけど、とにかくたくさんの人がいるので、あまりそうゆう感じはしませんね。」
「ま、滅びる前に人は住まなくなるだろうし、他の場所に移動するんだろうから、人の心配は、今はしなくてもいいいんじゃない?問題はあなた。エミリアのことよ。」
「私ですか?なんでしょう?」
「この町を歩き回る気なのよね?しばらくこの町にいるんでしょう?」
「そうですよ。メイベルさんを見つけるまでは帰りません。」
「そう……。じゃ、やっぱり外に出る前に、先に言っておくけど、さっきのお茶飲んでからどうだった?なにか変わったんじゃない?」
「お茶を飲んで……、美味しかったです。美味しくて……?果物の懐かしい風味がしました。」
「うん。私の言い方がマズかったかしら。味の話しじゃないの。ええと、つまり、それ、包み込んで、ふうふうしてたじゃない?」
「包み込んで?カップを両手に持って、熱いので、ふうふう冷ましてました……、ね?」
「そう。それで、簡単に言うとね。その海、深海かしら、まあ、どっちでもいいんだけど、つよ……、んん!……最強じゃない?それに従順よね。つまり、エミリアに最強に味方してるわけ。……こわっ。いやいや、今はおいとくわ。ええと、それでね、だからね!私も、エミリアの味方なのよね。エミリアには良いことしか起こってほしくないの。辛かったり疲れたりしてほしくないの。……だから言っちゃうと、その……、たま、を出すときみたいにして、こう、包み込んでふう~ってしたらいいんじゃない?……外で、疲れたときとか。……そんな事しなくても、海にはへっちゃらなのかも、しれないけどさ。」
ディアさんが、なにかとても言いにくそうにしながら、言葉を選びながら話してくれた。なにかを心配しながらも、私のことを思って言ってくれていることがよく分かった。私は、自分の両手の手のひらを見た。深海の指輪は濁ることなく、とても綺麗なままだった。
私に味方してくれていると言う、深く厳かな海のことを考えてみた。そうして、忘れてはならないと思った。私はこの清らかで尊い、どこまでも広くて深い海に守られている。この海の指輪がなければ、私は王都に来られなかった。普通に外を歩くことなんて出来なかったと思う。とても、とても有り難くて、深い感謝の念が沸き起こってくる。
私はその思いを込めて、その手の中の深海に、長く深く静かに息を吹きかけた。すると、手のひらの中からほわ~と柔らかい光に包まれていって、ビカッと光った。私の深海の指輪も優しい光に包まれて、喜んでくれているような気がした。
「……すっ……ご!いや!規模が!……凄すぎ!!しまったわ。加減の調節の修行の途中だったわね……。エミリア、帰ったら調節の修行もするわよ!ちょっとよ!ちょっとふう~ってするだけでいいんだから!分かった!?ふっよ。ふっ。ホントは海だけで十分なんだから!ちょっとだけの、ふっなのよ!」
「すみません。……修行します。」
恐るおそるピートさんとノアを見ると、言葉もでないほど驚いているようだった。さっきはなんだか光ったし、驚かせてしまって申し訳なく思った。いきなり光ったら誰でもビックリしてしまうと思う。
「あの、驚かせてしまって、ごめんなさい。光るとは思っていなくて……。」
「全然。いいよ。全然。エミリア、気にしないで。大丈夫だよ。一瞬だったし。他のお客もいないし。誰も見ていないから。全然。」
「んなわけあるか!なんだ今のは!羊か!?羊のせいなのか!?」
「うるさい!あんたが一番うるっさいの!うるさいから目立つのよ!」
ディアさんとピートさんが言い合いをしている間に、ノアが厨房の方をそお~と覗くと、そこには誰も居なかった。このお店はベリーさんが一人で切り盛りしているのか、給仕も調理もベリーさんがしていた。
「……誰もいないみたいだ。誰にも見られていないなら、なにも問題ないよ。ピートも、誰にも見られてないんだから、そんなに怒ることないだろ。」
「そうゆう問題?……見られてないなら、いいけど。羊は!何かするなら家でやれ!……しかし、なんだこの店。なんで一人しかいないのに、どっか行ってんだよ。不用心すぎんだろ。食い逃げし放題じゃん。」
「そんなことするわけないだろ。もういいよ。もったいないし、早く食べてしまおう。」
そうして私達はみんなで美味しくケーキや焼き菓子を食べた。思っていたとおり、とても優しくて美味しい味だった。それぞれの素材の味を大事にしている。そんな気がした。ノアもその美味しさに感心していた。
「お菓子って、甘いだけじゃないんだね。さっき言ってた風味ってゆうのがよく分かるよ。繊細で美味しい味だ。」
「そっか?美味いは美味いじゃね?それに、量はもっとたっぷりあってもいいのにな。ちょびっとずつすぎんだろ。」
みんなで和気あいあいと話しながら、美味しいお菓子をたくさん食べた。ノアが可愛らしい棚の上に置いてあったメニューを確認してみると、お菓子だけじゃなくて、お昼時には料理も出しているようだった。明日からがとても楽しみになってくる。すっかり食べ終わって、ピートさんが大声でベリーさんを呼ぶと、奥の方から野菜の袋を持って、ベリーさんが現れた。
「ったく。不用心すぎんだろ。この店は。なんで他に店員がいないんだよ。」
「んまあ!エルドランが今どんだけ不況か分かってんの?人を雇ってる場合じゃないのよ。この店の中みりゃ分かるでしょうよ。今どきお高いお菓子なんて、だあ~れも食べてくれないのよ。」
「ベリーさん、私、このお店が好きになりましたから、明日も来ます。明日はお高いお菓子とゆうのを、たくさん食べます。」
「まあ!なんて……、なんて、良い子!天使、いや女神だわ!明日も美味しいお菓子をいっぱい焼いておくから、必ず来てね。待ってる。」
それからノアがお金を払って、私達はベリーさんのお店を後にした。いよいよ、いろいろなお店を見て回ることになった。私達は、まず大通りを中心街に向かって歩きだした。キリがないので横の道は行かないと決めていたけれど、それどころではなかった。
「な、なんですか。このお店の数は!?どうしてこんなに!?ここは、ボタン?ボタンだけ?こっちは帽子だけに、あっちは靴だけですか?」
驚くことに、ボタン屋さんや帽子屋さんや、それだけしか売っていないお店が、もの凄くたくさんあった。そして、ありとあらゆる種類の帽子や靴が豊富に置いてある。
「まだまだだぞ?専門の店だけじゃねえんだ。すんげえ~デカい店には、それが全部なんでも置いてあるんだ。それに、俺なんかこないだ釘だけを売ってる店を見つけたんだぞ。」
「ど、どうしてこんなに!?王都の人は毎日お買い物するんですか?こんなにたくさん種類があったら、迷いますよね?」
いろんな店がありすぎて、いろんな物がありすぎて、もの凄くキョロキョロしてしまうので、少し歩くだけでも目眩がしそうだった。たくさんのお店や物に酔ったようになって、クラクラしてしまって近くの壁に手をついた。
「エミリア!大丈夫?少し休憩しようか?」
「ううん。ちょっとあちこち見過ぎただけなの。大丈夫。」
ノアと話していると、手をついてしまったお店の商品が目についた。ガラス越しに、布の上に置いてある小さな装飾品が見える。綺麗な貝殻や模様のついた石が一緒に並べてあって、お花や植物や動物や、女性の横顔が細かく彫刻された品物の、そのあまりの美しさに目を奪われた。
「お嬢さん、大丈夫?気分が悪いのかしら?少しうちの店で休んで行ってちょうだい。ふふ、大丈夫よ。なにも買わなくてもいいのよ。さあ、どうぞ。」
お店の中から、とても優しそうな白髪の老婦人が顔を出して、お店の中に招いてくれた。お店の品物があんまりにも美しくて、もっと見てみたくて、私達は恐縮しながらも、お店の中の椅子に少しの間、座らせてもらうことにした。
お店の中には、小柄な分厚い眼鏡をかけた白髪の老人が、一心不乱に机に向かって、細かい彫刻を施していた。親切なおばあさんは、お茶を淹れてくると言って奥の部屋にきえて行った。私は椅子から立ち上がると、お店の中に並べてある品物を、端から全部見て回った。あまりにも繊細で素晴らしく美しくて、へえ~、ほお~と言いながらそのすべてに感心していた。
「お嬢さんは、カメオを始めて見たのかね?」
振り返ると先ほどまで彫刻していた眼鏡の老人が、嬉しそうにニコニコ笑いながら話しかけてくれていた。
「はい。初めて見ました。これは、カメオと言うんですね。とっても綺麗です。」
「ふふ、綺麗と言ってくれてありがとう。あの石や、貝殻を彫って彫刻にするんだよ。大昔から、ずっとずっと同じ作り方なんだ。ブローチや指輪にしたりするんだよ。」
それからおじいさんは、カメオの話しをいろいろと楽しく教えてくれた。私は、その熟練の巧みな技で作られたカメオが欲しくなってきていた。アビーさんへのお土産にしたらとても喜ばれる気がした。
「お土産に買って帰りたいんですけど、おススメはありますか?どれかを自分で選んだ方がいいですか?」
「えっ!?いやいや、すまない。そんなつもりじゃなかったんだ。すまない。これらは、子供の買うものではないんだ。いや、困った。参ったな。」
「もう、あなた。あなたがあんまりしつこく話すから、気を遣わせちゃったじゃないの。お嬢さん、何も買わなくてもいいのよ。気を遣わないで。ゆっくり休んで行ってちょうだい。」
お茶を持って来てくれたおばあさんは、何度も謝ってくれるけれど、私は気を遣っているわけではなくて、本当に欲しくなったことを、どう話したらいいのかを考えていた。すると、横に立っていたノアがお金が入った袋を取り出して、おじいさん達に話してくれた。
「僕たちは子供ですけど、今日はたまたま、払えるお金を持ってきています。エミリアがどうしても欲しがっているようなので、一つ売ってもらえませんか。」
おじいさん達は驚いていたけれど、好きな物を売ってもらえることになった。私は真剣にお店の中のカメオを選び始めた。どれも素敵なので、選びきれない。アビーさんはどんな柄が喜ぶのかも分からないので迷ってしまう。
「……本当に、うちのカメオを気に入ってくれたんだね。お嬢さん、良かったらわしがお嬢さんだけのカメオを彫ってあげよう。花でも動物でもなんでも好きな物を言ってごらん。」
私は喜んで好きな柄のカメオを彫ってもらうことにした。けれど、彫刻してもらう題材が決まらないので、考えてから後日注文しにくることになった。ノアが前金を支払ったので、手ぶらで帰すのは申し訳ないと言って、おじいさんが奥の部屋から小さなブローチを一つ持ってきた。
「これは、もう売り物には出来ない物なんだ。良かったら持って帰っておくれ。いやいや、お代はいらないよ。売り物じゃないんだ。どうか、気にせず貰っておくれ。」
そう言って、おじいさんが私の手のひらに小さなブローチをのせてくれた。そのブローチを見てみると、思わず、えっ!?と声がでた。小さなブローチの中に、アビーさんの姿が彫刻してあった。しげしげじっくり眺めてみても、どう見てもアビーさんだった。
「決まりました。この女の人と、私と、あとこの羊さんを彫ってください。」
私はディアさんを差しだして、自分の眼鏡を外した。ノアとピートさんがまた悲鳴をあげた。あ、また外してしまった。と思ったけれど、顔を見ないと彫れないかもと思って、眼鏡をかけ直さずにいた。おじいさん達は目をまん丸にして、しばらく何も言わないで動かずにいた。やがて私の顔をジッと真剣に眺めたおじいさんが、今度は私の手のひらの上のディアさんに目を移して凝視していた。
「……分かりました。お望みの物を作りましょう。……もう眼鏡をかけても大丈夫だよ。むやみに外してはいかんのだろう?」
それから追加でノアが注文をしてから、私達はまた近々来る約束をしてお店を出た。そしてまた歩き出しながら、ノアとピートさんに注意されていた。外では眼鏡を外さない。外す前に、二人に聞いてみる。あと、ディアさんが緊張するから、人にじっくり見せない。等々、たくさん注意しなければいけないことがあった。
大通りには、まだまだたくさんのお店があって、たくさんの種類の商品が売っていた。そのどれ一つとっても、人の手で作られていて、あのカメオのように丹精込めて誰かが、熟練の技術を磨きながら作っているんだと思うと、なにか熱いもので胸がいっぱいになって、そのたくさんの努力が迫るように響いていた。
「人って、すごいですね。どうしてこんなに、すごいものをたくさん、作り上げられるんでしょうか。簡単では、ないはずなのに……。」
「そうなのよね……。どうしてそんなにって、頑張ってる姿が、時々、切なくなるぐらい染みいるのよ。だから私、変わってるって言われても、つい、手助けしたくなっちゃうのよね……。」
私とディアさんは、しみじみ感嘆していた。そうして歩きながら、いろいろなお店に入って観光していた。大通りにはやっぱり人が多くて、行き交う人達はみんなどこかに急いでいた。けれどお店の中に入ると、どこもお客は少なくて、閑散とした雰囲気だった。それが、なんだかちぐはぐに思えて、本当に不思議だった。