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オズの十戒  作者: きのみや
阿夜撫子編
8/50

7 まだ高校生だよ


 オズ魔法学園の授業には、一般的な学校と同じ普通授業と、魔法に関する専門的なことを学ぶ魔法授業の二種類が存在する。


 前者が国によって定められた通常の教育課程であるのに対し、後者はオズ魔法協会が定めた“魔法使いの資格”を得るための特殊な訓練を課すものだ。


 そんなオズの魔法授業は、魔法歴史学や魔法薬学、魔法律学といった座学と、実際に魔法を使うことでその能力の向上を図る実技に分けられる。


 (めぐる)がこの学園にきて約二週間が経った五月のある日。


 その日の午後に行われたのは実技の授業だった。

 緑が鮮やかな人工芝のグラウンドに集合したのは、廻たちが所属するA組と隣のB組だ。


 合同授業があるとは聞いていたが、廻が参加するのは初めてだった。


「そういや小津佐は岩田の授業受けんの初めてか」

「うん。すごく忙しくて月に一度しか来られない先生なんだよね」

「俺らにしてみりゃありがたい話だけどよ、怖えんだよあいつの授業。下手すりゃ死……にはしなくても大怪我するし」

「大怪我?」

「ああ。ほらあれ」


 隣に立つ猿飛の視線の先──グラウンドの中央では、黒いローブを肩にかけたがたいのいい男性と、紺色のローブを着たB組の男子生徒が、五メートルほどの距離を空けて向かい合っていた。


 男性の方は岩田といい、プロの魔法使いとして働くかたわら、この学園の非常勤講師を務めているという。


 相対する生徒の足は震えていた。心なしか顔も青褪めているような気がする。


「いくぞ!」


 岩田が合図の声を上げ、その手を天にかざすと同時に、彼の頭上に大きな光の紋様が浮かび上がった。


 魔法陣だった。周囲の芝を巻き上げる激しい風は、岩田が発する魔力の波動だ。

 離れた場所にいる他の生徒たちが固唾を呑んで見守る中、空に浮かぶ幾何学模様から、いくつもの巨大な岩が出現した。


 自然生成魔法である。


 魔力によって物質を生み出す基礎的な魔法の一つだが、あれほどの数を一度に生成するにはかなりの技能が必要とされるはずだ。


「あんな大きな岩を一瞬で……」

「学年が上がるごとに数とサイズが増してくんだよな。俺は中等部からだけど、初めてこの授業を受けたときはあの半分くらいの大きさだったぜ」


 肩にかけたローブをばさりと揺らし、岩田が手を振り下ろす。

 その瞬間、男子生徒めがけて魔法陣から大量の岩石が発射された。


 岩の大きさや形に差はあるが、どれも砲弾のような勢いであることに違いはない。

 狙われた生徒は恐怖で顔を引き攣らせながら蹲り、頭を抱えて呻き声のようなものをこぼした。


 そんな男子生徒の身体を覆うように、薄く透明な半球が現れた。


 男子生徒が防御魔法を発動したのだ。


 その見た目に反する頑丈さで岩の攻撃を防ぎ始めた(バリア)だったが、現役の魔法使いが生成する岩の強度には敵わない。


 数分も経たないうちに表面にヒビが入り、半球は割れてしまった。


「あちゃー」

「えっ。大丈夫なの彼」


 飛んできた直径三十センチほどの岩が腹部に直撃し、後方に激しく吹き飛んだ少年の惨状を見て、廻はぽかんと口を開ける。


 廻以外の生徒たちは慣れているのか、次こそは自分の番かと戦々恐々とした表情を浮かべていた。


「うちには優秀な魔法保険医がいるから問題ない、が岩田の口癖だ」

「そういうものなの……?」


 想像よりハードな授業だ。


 普通の学校なら体罰として問題視されていたのでは、と廻が問うと、そういう常識はあるのかよ、と猿飛につっこまれた。


「まあ、怖いけど嫌いな授業ではないんだよな。いろんなやつの固有魔法を見れるし、自分の魔法の限界も確かめられるし」

「どう対処するかは自由なんだね。衝撃系の魔法で撃ち砕いてもいいし、いまの彼みたいに防御系の魔法で防いでもいい。なるほど……魔法の対応力と操作能力、魔力の量を同時に見られてるのか」


 攻撃魔法ならあの大きな岩を破壊できるほどの威力と手数が。

 防御魔法ならバリアの強度が必要だ。

 発動までのスピードも求められる。シンプルだが理にかなった授業なのだ。


「小津佐がどんな魔法使うのか、実はちょっと楽しみにしてんだよな。まだちゃんと見たことねーし」

「? そうだったかな」


 これまでにも何度か披露しているはずだ。

 グラウンドを使用するほど大規模なものは初めてだが、実技の授業自体は基本的に毎日ある。


「それはあれだ、魔法薬の錬成とか、浮遊魔法とかの基礎魔法の話だろ。固有魔法の使用が許される授業をいっしょに受けんのは今回が初めてだからさ。あ、ちなみに人の髪型を勝手に変える魔法は別な」

「う……」

()()()の力がどんなもんか、気になるだろ?」

「え?」


 にやりと笑って自分を見る猿飛の顔を見上げ、廻ははてと首をかしげた。


 遅咲き。

 たしか、十二歳以上で魔力の保有が発覚した者の呼び名のことだ。


 魔力の有無は生まれつき決まっているが、それがわかる時期は人によって微妙に違う。一歳から六歳の間に発覚することが多いため、学園に在籍するのも初等部からの入学生がほとんどである。


 遅くても十二歳までには覚醒すると言われており、中等部からの編入生も少なくはない。全体でいうところの三割程度だろうか。残りの六割が初等部、一割が幼稚部。


 つまり廻のような高等部から編入生は一割にも満たず、この学園では非常に珍しい存在なのだ。


「ああ、僕のことか」

「他にだれがいるんだ」


 いまいちピンときていない廻の態度に怪訝な顔をする猿飛だったが、岩田によって次の生徒が指名されると、その視線をグラウンドの中央に戻した。


「あ、ルクスくんだ」


 物語に登場する王子のような雰囲気を持つ彼は、他の生徒たちとは違い、一人だけ紺色のローブを纏っていない。


 もう一つの制服である詰襟のジャケット姿で悠然と指定された位置につき、陽光に照らされた美しい銀髪を、さらりと風にさらしていた。


「あいつもずっとサボってたからな。岩田の洗礼を受けるのは今日が初めてなわけだ──って、はあ!?」


 突如として大声を出した猿飛だったが、その原因は火を見るよりも明らかだった。


 岩田が放った岩石の砲弾が、ルクスの目の前で一度に粉々になったからだ。


「なんだ!? あいつ、いま魔法使ってたか……!?」

「使ってたよ。一瞬すごい魔力を感じた。どんな魔法かまではわからなかったけど……」


 すごいよね、という廻の感想と、マジかよ、という猿飛の呟きは、その場にいた女子たちの黄色い悲鳴によってかき消される。


 風で舞う砂埃に囲まれながら、余裕の笑みを浮かべて元の場所に戻るルクスを廻は見つめた。


 初めて会ったとき、彼は自身を「魔法使いになるために生まれたような存在」と言っていた。日本のオズで学ぶ魔法は初歩的なものばかりだと。


 あのときの高圧的なセリフも、授業に対してのやる気のなさも。あれほどの能力を持っているなら納得だ。


「ちっ。なんだよ、阿夜といいルクスといい。うちのクラスは天才ばっかじゃねえか」

「……阿夜さん」

「ん?」

「今日は学校に来てないね」


 家庭の事情による欠席だと担任の音無は言っていた。仮資格(ライセンス)を持つ魔法使いの卵として、家の仕事の手伝いをしているのだと。


 そんな彼女を廻は密かに心配していた。

 いくら事情があるとはいっても、こうも頻繁に学校を休むことを、撫子自身はいったいどう思っているのだろう。


「お前ほんと阿夜のこと気にするよな。なんだよ、狙ってんのか?」

「何を?」

「……いや、うん。悪い。なんとなくそんな気はしてたわ」


 廻の返事に苦笑いを浮かべる猿飛。

 が、次の瞬間にはぱちりと大きく瞬きをして、その視線を廻の背後に移した。


「阿夜さん!」


 猿飛が見た方向、グラウンドの端に制服姿の撫子が立っていた。

 また噂をすればか、と驚く猿飛の声を背にして、廻は少女のもとへ駆け寄る。


「阿夜さん。いまきたの?」

「……用事が早く終わったから」

「よかった。今日はもう会えないと思ってた」


 これでいっしょに授業が受けられるね、と。


 走ったことでわずかにずれた眼鏡を直しながら、廻は微笑む。


「どうして私にかまうの」


 撫子がぽつりと呟く。

 廻は最初、それが質問であるとは気づかなかった。自分の方を見ない彼女の口から放たれたその言葉に、ただ瞬きをくり返しただけだった。


「校則のことは知らない。あなたの望む話はできないし、学校に来ることもほとんどない。そんな私にかまったところで、あなたにメリットがあるとは思えないけど」


 抑揚のない声で少女が言うのに、廻は戸惑った。

 えっと、と口籠もる。メリットなら十分にあると思うが、それを言葉にするのは少しだけちがう気がした。


 利点とか、利益とか。そういう話ではないと思うのだ。


「友達になりたいんだ」


 だから廻はそう答えた。

 自分とさほど目線の変わらない少女の顔をじっと見つめて、はっきりとした声で。


「みんなと仲良くなりたいんだよ。学校では友達をたくさんつくるものだって、ヒミコさん……僕がお世話になってる人に言われたから」

「……」

「校則のこともあるけど、僕はそれ以上に君と友達になりたい。それ自体がメリットだって言われたら、それまでかもしれないけど」


 撫子の黒い瞳が静かに瞬き、微笑む廻の顔を映す。

 やがて彼女は目を伏せると、形のいい唇をわずかに動かし、独り言のような声をこぼした。


「……子供みたい」


 え? と廻は首をかしげた。

 聞こえなかったらからではない。意味を理解できなかったからだ。


「他人の言葉を何でもそのまま受けとめて、馬鹿正直に信じて。相手のことを知りたいとか、仲良くなりたいとか、臆面もなく口に出して」

「うっ……」

「純粋と言えば聞こえはいいけど、そんなんじゃすぐに騙されるわよ。編入初日のときみたいに」

「うう」


 やはり撫子の言葉は痛い。ぐさぐさと心に刺さる。


「変なの。もう高校生なのにね」


 長い睫毛を伏せたまま撫子は言う。

 それは廻に向けられたものでありながら、彼女自身の独白のようにも聞こえる一言だった。


 そんな少女に笑いかけ、廻は言った。


「まだ高校生だよ」


 はっと目を見開く撫子。

 廻の返しに虚をつかれたのか、その捻りのなさに呆れているのか。

 はたりと口を閉ざしてしまったクラスメイトの少女を前に、廻は慌てた。


 自分はまたおかしなことを言っただろうか。


「次、阿夜撫子!」


 現れたばかりの撫子の名を岩田が呼ぶ。


 指名された本人は、すっと廻の隣から離れると、黒い長髪をなびかせながら、生徒たちの注目が集まるグラウンドの中央に歩いていった。




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