6 ブラック校則ならぬダークネス校則だって
新しい校則をつくると宣言した日以降、廻は事あるごとに撫子との接触を図った。
休み時間。昼休憩。放課後。授業が終わると、廻はきまって撫子の席に赴く。
彼女はたいてい読書をしていて、廻が近づいても基本的には無視の姿勢か、ちらりと相手を一瞥したあと視線を本に戻すだけだ。
それでも廻は諦めなかった。どれほど冷たく突き放されても、めげることなく彼女との対話を望んだ。
「阿夜さんは実家暮らし? それとも寮?」
「聞いてどうするの」
「家から来る人と寮から来る人じゃ登校のパターンがちがってくるから、それぞれに合わせた校則をつくるべきかなって」
「何のために?」
「え」
「最終的な登校時間はみんな同じでしょう。八時四十五分までに登校しろ、以上に何の校則が必要なの」
正論である。
「不純異性交遊について考えてみたんだ。人間関係の発展を制限するのは学校の在り方として正しいとは言えない。だからこの校則はなくてもいいんじゃないかと思うんだけど」
「……」
「発展しすぎて在学中に子供ができたりするのが問題、ということだよね。不純の定義をはっきりさせればいいのかな? でも、それだとルクスくんが言ってたように同性ならいいのかって話になって、差別の問題に繋がりかねないし……」
「……セクハラ?」
「え」
廻はそこで自分のデリカシーのなさに気づいた。ぐうの音も出ないとはこのことだった。
「好きな食べ物はある?」
「……」
「食べ物だけじゃなくて、好きな動物とか、色とか」
「それは校則となにか関係あるのかしら」
「いっしょに何かをしようとするならお互いの価値観をすり合わせて友好を深めることも大事だと思って。僕は君のことが知りたいんだ」
「……」
笑いかけるも、目を逸らされる。
自分はまたおかしなことを言っただろうか。
そう焦ったところで、がたりと椅子を引いて撫子が立ち上がった。
「……図書室に行くわ」
「えっ」
長い黒髪をさらりと流して教室を出て行こうとする撫子を、待って、と廻は慌てて引き留める。
「ついてこないで」
扉の前でぴたりと動きをとめた少女が、冷ややかな声でそう言った。
取り付く島もない。廻は硬直した。ドン、と大きな氷の塊が頭に落ちてきたような気分だった。
「お前もよく飽きないよなあ。これで何度目だ? 阿夜に振られんの」
「すごいメンタルだよね。私ならすぐ心折れちゃうよ。あんな凍てつく目で睨まれたらさ」
「猿飛くん。白雪さん」
励ますためか、茶化すためか。クラスメイトである茶髪の少年と赤髪の少女が、同情するような視線を廻に向けてきた。
無理もない。廻はこの三日間、撫子との交流を試みては尽く拒絶されるというやりとりを何度もくり返しているのだから。傍から見れば不可解な行動にちがいないだろう。
「つーかよ、新しい校則が云々言うけど、あの無駄に古くさいきまりはどうやって考えたんだ? 昔の漫画とかに出てきそうなやつ。小津佐のオリジナルなんだろ」
「あれは……本当のことを言うと、僕が自分で考えたわけじゃないんだ。前の学校のものを参考にしただけで」
「前の学校?」
「うん。僕、四月の間はここじゃない別の学校に通ってたから」
編入が遅れたのもそのためだった。
あの学校に在籍していた一ヶ月間がなければ、廻の入学はルクスと同じ四月の初めになっていただろう。
「魔法使いの適性があんのにか? なんでまた」
「ヒミコさん……僕の保護者が間違って入学の手続きをしちゃったんだ。それで一ヶ月だけその高校に通うことになって」
「間違えることある?」
「ないよな。……まあそれはそれとして、なんとなく事情はわかったけどよ。今時そんな校則が厳しい学校あるか? 髪型がどうとか靴下の色がどうとか、私物の持ち込み一切禁止とか」
猿飛が腕を組みながら首をかしげた。だよね、と白雪も頷いている。
「ちなみにどこの高校?」
「桜倫高校っていうところだよ」
「桜倫!?」
廻の言葉に反応したのは、近くの席で自分の爪を整えていたクラスメイトの一人だった。
蝶野ひめ。
くるりと巻かれた眩しい金髪に、黄色のカラーコンタクト。制服とローブを大胆に着崩した、派手な見た目の女子生徒だ。
「めちゃくちゃ校則が厳しいことで有名なとこじゃん。あたしの友達のお姉ちゃんが通ってるけど、ありえないっていつも愚痴ってたよ」
ピンク色のマニキュアを塗った右手の爪を弄りながら、あたしだったら堪えられないけど、と軽い口調で蝶野は言う。
「俺も知ってる。というか、少し前にニュースにもなってたはず」
もう一人、廻たちの会話に割って入るクラスメイトがいた。
千里央人という、長い前髪で両目を隠した黒髪の少年だった。
彼が手にしているのは、最初の日に廻がペンケースだと騙された携帯用のゲーム機である。
「ブラック校則ならぬダークネス校則だって。一部の生徒と保護者が抗議して裁判沙汰にまで発展したらしいよ」
「いやなんでよりによってそんなところの校則参考にしちまったんだ……」
わかっててやってたのか、と呆れたような目をする猿飛の前で、廻はかちゃりと自分自身の眼鏡に触れた。
「知らなかった……」
「マジか……」
驚きと哀れみの混じった視線を向けられた。
同じタイミングでちょうど千里がゲームをクリアしたらしく、どこか間の抜けた軽快な音楽が、沈黙する廻たちの間に響き渡った。