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オズの十戒  作者: きのみや
阿夜撫子編
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5 優しいなって思ったんだ


 ──輪廻は魔法使いのきまりに背いたんだ。こうなることくらいわかっていただろうさ



 夢をみる。

 思い出したくない、けれどそう望むことすら罪になるだろういつかの記憶が、夜の闇ともに(めぐる)の意識をのみ込んでいく。



 ──魔法使いである以上、ドロシーに逆らうことは許されない


 ──その願いのために、掟を破ったのか



 全身に突き刺さるような冷たい視線が。

 耳を塞いでも聞こえてくる歪な声が。

 いつまでも色褪せない映像や音声として、廻の心に刻まれている。

 


 ──廻が生まれたからその人は死んじゃったんだね



 現実と夢の狭間の中、最後に現れるのはいつも同じ。


 無邪気な笑顔を浮かべる可憐な少女と、その少女とそっくりな顔をした、大人びた雰囲気の少年だった。



 ──憶えておいて、廻



 少年は笑う。息をのむほど美しい残酷な表情で。

 世界でいちばん愛おしいものを見るような目を廻に向け──その心に、鋭い刃を突き刺すのだ。



「僕らは、君のために罪を犯したんだよ」




 **



「──阿夜さん!」


 教室のドアの前で勢いよく頭を下げた。


 五月中旬。一週間ぶりに登校してきた撫子を廻が怒らせた、翌日の朝のことだった。


「……何のつもり?」


 教室に入った途端、同級生から唐突に頭を下げられた本人はあからさまに眉をひそめた。

 あなたの言っていることがわからない。

 そんな彼女の心の声が聞こえてくるようだった。


「昨日はごめん。僕、君に言われて反省したんだ」

「……」

「校則はみんなのためにあるものなのに。一方的に押しつけて相手を困らせたら意味ないよね」

「……」

「勝手に髪型や服装を変えてしまった人たちにはちゃんと謝って、魔法で元に戻してきたよ。……何人かにはそれでまた怒られたけど……」


 今日も彼女が学校に来ることを廻は知っていた。

 昨日、不登校について学園長から苦言を呈されたのはルクスだけではなく撫子もだったのだと、あのあと担任の音無から聞いたからだ。


 家庭の事情があるのはわかるが、あまり欠席が続くと他の生徒に示しがつかなくなる。一日一コマだけでもいいから授業に参加してほしい、と頼まれたらしい。


 だから待っていた。昨日の非礼を詫び、自分に大切なことを気づかせてくれた彼女に、ある頼みごとをするために。


「というわけで、お願いします。──僕といっしょに、新しい校則を考えてください!」

「どういうわけ!?」


 廻の発言にツッコミを入れたのは撫子ではなく、二人の会話を近くで聞いていたクラスメイトの猿飛と白雪だった。


「阿夜さんは僕に僕自身の愚かさと校則のあるべき姿を教えてくれたんだ。そんな人に意見を出してもらったら、みんなの学園生活をよいよいものにするよりいいきまりがつくれるんじゃないかなって」

「いや、そもそも校則を決める権利が小津佐にあんのか?」

「僕は風紀委員だからね」

「うちって委員会ないんじゃなかったっけ」


 白雪が首をかしげる。

 学園長にもすでに指摘されたことだったが。


「音無先生が好きにしていいって」

「あのテキトー教師……」


 猿飛がため息を吐いた。

 呆れたのは撫子も同じだったようで、冷たい視線を一瞬廻に向けたあと、何も言わず自分の席に着いてしまった。


 そんな撫子を慌てて追いかけ、廻は彼女の隣に立つ。


「君の持つ客観的な視点と人を慮る優しい心が必要なんだ。僕はこのとおり、少しずれているところがあるから……」


 自覚あったのか、という猿飛の言葉は聞かなかったことにして、じっと撫子の顔を見つめた。


「優しい? 私がいつ人を慮ったというの」

「え? 阿夜さん言ってたじゃないか。きまりは人を生きやすくするものだって」


 前日の彼女とのやりとりを思い出し、廻は微笑む。


「きまりは人を縛りつけるものだって考える人もいるだろう。でも、君ははっきりと人のためのものだって言い切った。僕の間違いも正してくれた。そういうところが優しいなって思ったんだ」

「……縛りつける側面があることも否定しないわ」

「うん。だから僕がそうならないよう注意してくれたんだよね」


 廻の言葉に、撫子が虚をつかれたような顔をした。


「ありがとう。君のおかげで、僕は僕のやりたいことを思い出せた」


 長い睫毛に縁取られた黒い瞳が、小さな波を描いて揺れた。

 冷たさの中に宿る微かな光。夜の海に浮かぶ月の輝きのようだと、場違いな感想を廻は抱いた。


「……意味がわからないわ」


 やがて彼女は静かに目を伏せ、これで話は終わりとばかりにすっかり口を閉ざしてしまった。


「阿夜さ──」


 続けて声をかけようとしたとき、ホームルームの開始を知らせる朝一番の鐘が鳴った。


 はっと顔を上げた廻は、後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、窓際にある自分の席にそそくさと撤退する。


 新たな校則を考えると心に誓ったが、だからといって鐘の合図を無視していいわけではない。

 チャイムが鳴ったら席に着く、はどこの学校にも存在する全国共通のきまりごとなのだから。


 寝坊癖のある担任がなかなか姿を現さない中、ガラリと教室の扉が開き、眠そうな顔をしたルクスが欠伸をしながら入ってきた。


 遅刻は校則違反だよ、と咎めそうになる気持ちを抑えて、廻はちらりと離れた斜め後ろの席に座る撫子の顔を見る。


 昨日と同様、ルクスの登場でざわめく教室の空気など意に介さず、真っ直ぐな正しい姿勢で、彼女は本を読んでいた。



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