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オズの十戒  作者: きのみや
阿夜撫子編
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4 きまりは人を


 珍しいクラスメイトの登場に、昼休みでざわついていた教室が一斉に静かになる。


 そんな空気を意に介さず、腰まで伸ばした長い髪をさらりとなびかせ、少女は自分の席に着いた。隙のない堂々とした態度だった。


「阿夜さん!」


 噂をすればかよ、と気まずそうな声を発する猿飛をよそに、(めぐる)は少女の席に向かった。


 自分はまだ彼女のことをよく知らない。同じA組の一員として親睦を深めるため、この機会を逃すわけにはいかないと思った。

 隣に立ち、椅子に座る撫子を見下ろす。


「なに?」

「え、えっと」


 真顔で見つめ返されて狼狽した。


 くせのない長い黒髪をハーフアップでまとめた彼女は、廻に話しかけられてもにこりともせず、深い闇のような黒い瞳を静かに瞬かせるだけだった。


 きれいな顔立ちをしている分、余計に怖い。


 精巧に作られた人形のようだと思った。

 編入初日に一度顔を合わせただけのはずだが、自分は何か嫌われるようなことをしただろうか。


「その……ずっと休んでたのは、お仕事だったからなんだよね?」

「……」

「校則その一。正当な理由のない欠席、遅刻、早退の禁止」

「……」

「つまりね、仕事という正当な理由がある阿夜さんの場合は校則違反にはならないんだ。だから安心して……」

「何を言ってるの?」


 冷ややかな声で聞き返され、廻ははっと言葉を切った。ガン、と巨大な岩が頭に降ってきたような衝撃を覚える。


 あちゃー、という猿飛たちの声が、背後から聞こえた気がした。


「ご、ごご、ごめん。僕──」


 がくがくと肩を、ついでに眼鏡をかたかたと震わせて謝罪する廻だったが、肝心の本人にはふいと目を逸らされてしまう。


 そのとき、教室の扉がガラリと開く音がした。

 教室中の生徒の視線が一斉に黒板側の入り口の方に向く。


 そこにいたのはひとりの少年だった。


 ほとんどの生徒が羽織っている紺色のローブではなく、正装として使用することの多い詰襟のジャケットに身を包んでいる。


 淡い月明かりを浴びたような美しい銀髪に、宝石のような青い瞳。身長が高くすらりとした体格をしているが、けっして貧弱というわけではない。


 おとぎ話に出てくる王子様みたいだ、と廻は思った。


「また珍しいやつが来たな。阿夜といい、今日って何か特別なことでもあったか?」


 意外そうな声で猿飛が言った。

 初めて見る生徒という時点で自ずと答えは出ていたようなものだが、その一言で廻は彼の正体を確信する。


 ルクス・ピートだ。

 いまから約一ヶ月前、四月の段階でこのクラスにやってきたというイギリスからの留学生。


 この学園に高等部から入学する生徒はほとんどいないので、事情は違えど立場的には廻と似ている。


「ルクスくん、今日はきたんだね」


 頬を染めたひとりの女子生徒が、おずおずとその少年に声をかける。

 彼は相手を一瞥すると、いかにも面倒だという様子でぞんざいな答えを返した。


「学園長に呼び出されたんだ。サボってばかりいないでちゃんと授業に参加しろって」


 廻以外にも呼び出された者がいるというわけだ。

 そしてやはりサボっていたのか。風紀委員としては見過ごせない事態だと、廻は密かに拳を握る。


 肩をすくめて猿飛が言った。


「はっ。うちの授業が退屈だからってすかした態度でいるからだろ。これを機に少しは真面目な留学生になるこったな」

「ふん。その退屈な授業でろくな成績も取れないやつが何言ってやがる」

「なんだと!?」


 嫌味に嫌味を返された猿飛が、眉をつり上げて椅子から立ち上がる。

 そんな彼を鼻で笑い、ふっと目を細めてルクスは言った。


「時間の無駄だな。仮にもオズの高等部とは思えない初歩的な魔法ばかり学ばされて、教室に顔を出せば程度の低い猿に絡まれるなんて」

「あ?」

「そうだな、このクラスで多少ましなのは──」


 ぴくりとこめかみを軋ませた猿飛を無視して、ルクスがくるりと教室を見渡す。

 その青い瞳がとらえたのは、廻の横で席に着く黒髪の少女だった。


「お前くらいか、阿夜撫子」


 クラスメイトたちの注目が撫子に集まる。

 名指しされた本人は返事をせず、自分に向けられる視線に気づいてすらいないかのような態度を貫いていた。


 教室が沈黙に包まれる中、かつかつと足音を立てながら、銀髪の少年が廻──の隣に座る撫子の席に近づいてくる。

 表情の変わらぬ少女を静かに見下ろし、少年は不遜に笑った。


「御三家、日本三大魔女の子孫。日本の魔法使いはレベルが低いと聞いてたが、お前は別みたいだな。仮資格(ライセンス)も持ってるんだろ?」

「……」

「由緒ある魔女の血筋と生まれ持った才能。見たところ魔力の量も相当だ。オレと同じ……魔法使いになるために生まれたような存在じゃないか」


 言いながら、ルクスが撫子に右手を伸ばした。

 その白い指先が、彼女の艶めく黒髪に触れそうになった瞬間。


「触らないで」


 ぱしん、と少女がその手を振り払った。


「興味ないわ。──あなたにも、私自身にも」


 ルクスの顔から笑みが消えた。

 険悪な空気が流れ、二人を取り巻くクラス全体に緊張感が蔓延する。

 

「校則その三、第五条。不純異性交遊の禁止」


 その空気を壊したのは廻の発言だった。


 撫子とルクス、その他の生徒たちの視線が廻に向いた。

 ほぼ全員の頭の上に疑問符が浮かんでいたが、そんなことを気にしている余地はなかった。


「ルクスくん。女の子の髪を勝手に触っちゃだめだよ」


 ルクスの目を見て廻は言った。

 すると彼は怪訝そうに眉をひそめ、珍獣を前にしたような表情で廻の顔を凝視した。


「……へえ」


 ゆったりと口角を上げたルクスが、流れるような動作で廻との距離を詰める。

 先ほど撫子に払われた右手を、彼はそのまま廻に伸ばした。


「不純同性交遊ならいいのか?」


 くい、と顎を持ち上げられ、至近距離で覗き込まれて、廻はぴしりと固まった。


 考えていなかった。


「考えてなかったって顔してるぞ」

「そこは厳密じゃないんだ……」


 後ろから聞こえた猿飛と白雪の声に反応することもかなわず、廻はただルクスを見上げた。


 自分を映してきらりと輝く青い瞳に、からかいの色が宿っていることには気づいていた。

 それでも、答えられなかった。ルクスの疑問はもっともだと思ったからだ。


 異性がだめなら同性もだめだろう。

 だが、()()()()()()()()()に書かれていたのは不純異性交遊の文字だけだ。


 ならば同性はいいのだろうか。そもそも不純とは何なのか。どこまでが清純で、どこからが不純と判断されるのか。


 そんなことをぐるぐると考えているうちに、はっと呆れたように息を吐いて、ルクスが廻から手を離した。


「冗談だ。オレは男に興味は──」

「くだらない」


 がたん、と椅子を引く音がした。

 見ると撫子が机に両手をついて立ち上がり、長い前髪をはらりと前に垂らしてうつむいていた。


「……帰るわ」


 温度のない声で呟き、鞄を手にした少女が教室を出て行く。


「ま……待って!」


 呆気に取られる生徒たちの視線を浴びながら、廻は撫子を追いかけた。

 黒い長髪とローブをふわりとなびかせ、すたすたと歩いていく少女の背中に、阿夜さん、と呼びかける。


「なに」


 廊下の途中でぴたりと立ちどまり、撫子が振り返った。

 その全身から放たれる拒絶の意志に、廻はやはり狼狽えてしまう。


「昼休み、もう終わっちゃうよ。だからその、教室に戻ろう」

「帰ると言ったはずだけど」

「でも来たばかりじゃないか。せっかく久々に登校したんだし、いっしょに授業受けようよ。それに、いま帰れば理由のない早退で校則違反に……」

「さっきから」


 廻の言葉を遮るように、撫子が語気を強めた。


「校則とか理由とか、おかしなことばかり言ってるけど。あなたはいったい何がしたいの?」

「え……」


 冷たい表情を浮かべる少女に正面から見据えられ、廻はびくりと肩を揺らした。

 何がしたいのか。きまっている。みんなに校則を守ってほしいのだ。


 けれど──そう答えるのは憚られる気がした。

 真っ直ぐに自分を見つめるこの少女は、そんな言葉ではきっと納得してくれない。


「編入してきた日にも言ってたわよね。髪型がどうとか、私物の持ち込みがどうとか。それでクラスの人たちは何か変わった?」

「それは……」

「第一、そんな厳しい校則この学園には存在しない。あなたがやっていることは無意味な独り相撲にすぎないのよ」

「う」


 撫子の言葉がぐさぐさと心に刺さる。

 箭田の叱責や、嘘を信じたのかという猿飛たちの苦笑いを思い出し、自分の愚かさを突きつけられたような気分だった。


「きまりは人を生きやすくするものでしょう。あなたのそれは、本当にみんなのためになってるの?」


 廻ははっと目を見開いた。



 ──きまりというのはみんなのために存在するのよ。この学校がだれにとっても過ごしやすい場所であるようにね



 いつか聞いた少女の声と、その後ろ姿が脳裏をよぎる。


 あの日、新しく訪れた場所で困っていた廻を救ってくれた。分厚いレンズの眼鏡をかけた、三つ編みの、強く優しい少女だった。


 そうだ。自分はあの人に憧れて、この学園で風紀委員になろうと思ったのだ。


「学校ごっこがしたいなら他でやって。私はそれほど暇じゃないの」


 何も言わずうつむいた廻に背を向け、少女が再び歩き出す。

 引き留めることもできず、廻はその場に立ち尽くした。冷たい廊下に響く足音と、次第に離れていく黒い人影。


 ふと何かを思い出したように撫子が足をとめ、振り返って廻を見た。


「……その眼鏡、度合ってないんじゃない」


 そんな一言をぽつりと残し、今後こそ彼女は去った。


 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。

 戻らなければ校則違反になると頭ではわかっていたが、動くことはできなかった。



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