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オズの十戒  作者: きのみや
阿夜撫子編
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2 奇行は控えていただかないと


 魔法。科学的な説明が一切つかない、人智を超えた不思議な力。


 かつてフィクションの中にしかあり得なかったその概念が、現実のものとして人々に受け入れられるようになってしばらく経つ。


 魔法使いは、そんな現代に存在する特殊な職業の一つだった。


 多くの創作物でそうであるように、魔法を使うことができるのは魔力を有する人間だけだ。


 魔力の有無は生まれながらきまっているうえ、魔法使いを名乗るためには特別な資格が必要となる。


 その資格を得るためには、オズ魔法協会が定めた厳格な課程を修了しなければならない。


 オズ魔法協会は、魔法に関するあらゆる事柄を取り仕切る唯一無二の巨大組織だ。イギリスに本部を置き、世界中の魔法使いたちの管理・統括を行なっている。


 そんな協会が世界各地に設置した魔法使いの養成機関──オズ魔法学園。


 魔力を持つ人間が集まり、魔法使いになるための特殊な教育を受けるその学園は、ここ日本にも存在する。


 オズ魔法学園日本校。


 日本に生まれた者が魔法使いになるためには、この学園を卒業することが必須であると言われていた。


「──編入早々、あなたはいったい何をしているのです!」


 今からおよそ百五十年前に設立された日本校は、幼稚部と初等部、中等部、高等部の四つの部で構成されている。


 その高等部の校舎にある学園長室に、眉をつり上げ甲高い声を上げる、白髪の婦人の姿があった。


「廊下ですれ違う生徒全員の髪色や制服、私物をチェック! 場合によっては魔法で無理やり矯正しているそうではないですか!」

「は、はい」

「勝手に髪型を変えられたという苦情が生徒から入っています! それも一件ではなく、何件も!」

「えっと……」

「編入生というだけでただでさえ目立つんです! これ以上の奇行は控えていただかないと……!」

「ご、ごめんなさい……」


 机の上に置いた拳をぷるぷると握りしめるのは、学園長の箭田(やた)しず子だ。


 十年以上この学園の責任者を務める偉大な魔女。小柄な外見からは想像もつかないほど、その気迫は凄まじい。

 そんな女性にぎろりと厳しい目を向けられ、(めぐる)はしゅんと肩を落とした。

 最初はなぜ呼び出されたのかわからなかったが、この一週間における自分の行いに原因があったのだと知り、居た堪れない気持ちになる。


「第一、この学園に風紀委員会なんてものは存在しません!」


 箭田の説教はなおも続いた。


「魔法の鍛錬に集中してほしいという方針から、うちの学園は生徒会などを一部を除き委員会活動自体を行っていないのです。あなたが言っていたという校則も聞いたことがないものばかり。いったいなんですか、靴下の色は白にかぎるって」

「校則二の第四条です」

「だから! そんな校則はないんですよ!」


 かちゃりと眼鏡を押さえながら答えると、いつの時代ですか、と強い口調で指摘された。

 廻ははてと首をかしげる。真面目に答えたつもりだったが。


「まったく……尊敬するヒミコ先生の推薦だからと季節外れの編入学を認めましたが、それはなにも勝手な行動を許すというわけではありません。ありもしない校則ではなく、いまここにいる私の指示に従ってください」

「あの、でも……」

「でも?」

「ここに来たとき、風紀委員会がないという話はたしかに聞きました。けど、なら僕がつくってもいいですかって尋ねたら、かまわないって」

「だれがそんなことを言ったのですか」

音無(おとなし)先生です」


 廻の言葉に、箭田がばっと首を回した。

 彼女の視線は、応接用のテーブルを挟んで二つあるソファの片方に注がれていた。


「──音無先生!」


 渾身の怒号が室内に響く。

 色褪せた革製のソファの上で、もぞりと人の影が動いた。


「私はあなたに担任として小津佐くんの面倒を見るように頼んだはずですが!? 暴走をとめるどころか、かえって唆すようなことを言うなんて……!」


 箭田に激しく睨みつけられても、ソファの上の人物は返事をしようとしなかった。


 眠っていたからだ。


 ソファという名のベッドの上で長い足を悠々と伸ばし、仰向けの体勢で小さな寝息を立てていた。

 黒いスーツに身を包んだ、黒髪の男性だった。

 長い前髪に隠された目は見えないが、その両瞼がしっかり閉じられていることはまちがいない。


「なぜ寝ているんです!? 起きなさい! 音無先生!」

「無理だと思います。先生、一度眠るとなかなか目を覚まさない人みたいなので」

「仮にも学園長の前なのですが!?」


 廻が所属する一年A組の担任、音無侑生(ゆう)はこの学園の新任教師だ。


 廻が編入してくる約一ヶ月前、今年の四月に高等部に配属されたらしい。年若い男なのだが、どこかやる気の感じられない、マイペースな人物であることは、出会って間もない廻にも十分に理解できた。


「……ゴホン! とにかく、いいですか小津佐くん。あなたの扱いは少しばかり特別なのです。悪目立ちするのは避けてもらわなくては困りますよ」

「はい……」


 ふん、と鼻息を荒くする箭田の前で、廻はしょぼんと頭を下げる。


 悪目立ちしたかったわけではない。

 だれかを困らせようとする意図も、学園長からの呼び出しに担任教師を巻き込むつもりも到底なかった。


 自分にとっての学園生活を少しでも良いものにしたかった。それだけだ。


(……ごめんなさいヒミコさん。僕はまた失敗してしまったみたいです。──でも、諦めません)


 起きる気配を一向に見せない音無を叱る箭田の声を聞きながら、廻はそう心の中で呟いた。



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