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オズの十戒  作者: きのみや
阿夜撫子編
2/48

1 そんな校則うちにない



「聞いたか? この学園に“異端者”が潜んでるって噂」


 桜の季節が過ぎ、五月の中旬を迎えた麗らかな日のことだった。


 ひとけのない校舎裏で、濃紺のローブに身を包んだ二人の少年が紙パックのジュースを片手に雑談していた。


 ひとりは、両耳にピアスをつけた派手な金髪。

 もうひとりは、短い茶髪を整髪剤できれいに固めた、見るからに不真面目そうな二人組だった。


「一年の阿夜(あや)撫子(なでしこ)のことだろ? 戒律七の違反者、色欲の魔女。中等部の頃から言われてるじゃん」

「いや、それとはまた別の話。なんでもそいつは()()()の違反者だとか」

「ははっ! それこそ都市伝説だろ」


 茶髪の少年の言葉を聞いた金髪の少年が、おかしそうに腹を抱える。


 校舎の壁に寄りかかるようにして座っていた茶髪の少年は、空になった右手の紙パックをくしゃりと握り潰すと、隣に立つ友人の顔を見上げてふっと笑った。


「だよな。原初の魔女が現代にいるわけねーし」


 ボール遊びをするように、少年が紙パックを宙に打ち上げる。

 金髪の少年の目線の高さにまで跳んだその塊が、重力に従って持ち主のもとに落ちてくることはなかった。


 空中で静止したのだ。


 ふよふよと、文字どおり浮いていた。

 見た目はただの潰れた紙だが、動きだけなら風に飛ばないしゃぼん玉のようだった。


 茶髪の少年が指を鳴らすと、ぼん、と空気が破裂するような音を立て、紙パックが小さな炎に包まれた。


 着火魔法。炎を生み出す初級魔法だ。


 対象を浮かせている浮遊魔法と同様、この学園に通う者ならだれもが使える初歩的な魔法の一つである。


 しゃぼん玉から火の玉に。

 赤々と瞬く炎の中で、くしゃくしゃの紙パックが、真っ黒な炭の塊へと変化したとき。

 

「──校則その三、第三条。授業時を除く学内での火器の使用禁止」

 

 空から水が降ってきた。

 バケツをひっくり返したような、という表現が相応しい勢いで。


 鎮火された紙パックがコンクリートの地面に落ちる。


 その燃え滓の傍らで呆然と目を見開く少年たちの髪の毛やローブから、ぽたぽたと大量の水が滴っていた。


 無理もない。バケツの水を頭から被ればだれでもそうなる。

 もちろん、本当にバケツから降り注いだわけではなかったが。


 雲ひとつない空が広がる少年たちの頭上。

 その虚空から出現した滝のような水。


 それは魔法だった。茶髪の少年の火の魔法が、何者かが発動した水の魔法によって相殺されたのだ。


「……へ?」


 ぽかんと口を開けたまま、少年たちはそろって視線を右に移した。

 ざ、と地面を踏みしめる音がして、人の気配を感じたからだ。


「お前は……」


 二人の前に現れたのは、彼らとそう変わらない年頃の少年だった。


 白いシャツの上に紺色のローブを羽織った姿からして、この学園の生徒だろう。


 くせのない真っ直ぐな黒髪。純度の高い黒曜石を思わせる黒い瞳を、分厚いレンズの大きな眼鏡が覆っている。


「校則違反です」

「は?」


 高くも低くもない、それでいてどこか重い響きのある声で少年が言うのに、ずぶ濡れの二人は顔をしかめた。


 校則違反。つい先程も聞いた言葉だ。


「その金髪!」

「!?」


 びしっという効果音がつくような勢いで、黒髪の少年が金髪の少年の頭を指さす。


「校則その二、身だしなみについて! 染髪、脱色、パーマなどによる派手な頭髪の禁止!」

「は、はあ……!?」


 指先を向けられた少年はたじろいだ。


 相手の少年はどちらかといえば中性的な顔立ちで、威圧感があるわけでもないので、睨まれても怖くはない。


 怖くはないが、意味がわからない。


「両耳のピアスもです! アクセサリーの使用、持ち込みは校則その二の第三条と校則その三の第一条に違反します……!」

「な」

「そっちの人もですよ! 茶髪だし、さっきごみを燃やしてましたよね!?」

「え、いや」

「学内の美化は校則その三の第四条にもある僕ら生徒の義務なんです。きちんとごみ箱に捨てないだけでもよくないのに、こんな場所で火まで使うなんて……!」

「いやいや」


 矢継ぎ早に責め立てられ、少年たちは全力で首を横に振った。


 校則違反を咎められたからではない。


「いきなり出てきて何言ってるかわかんねえし、お前のせいで全身びしょびしょだし、使ったのは火器じゃなくて魔法だし、そもそも──」


 金髪の少年が黒髪の少年を睨み返す。びっしょり濡れたその金色の前髪から、水滴がぽたりと垂れた。


「そんな校則うちにないだろ……!」


 彼の言うことはまちがっていない。この学園の校則は緩い方だ。


 髪型は基本的に自由で、よほど授業の妨げとならないかぎり、装飾品の着用も禁止されない。アクセサリー型の魔道具を所持している者もいる。


 特殊な教育機関なので、他の学校にはない特別な規則がいくつか存在することはたしかだが。


 突然現れたこの少年が口にした校則は、どれも聞いたことがないものばかりだった。


「あります。僕がつくったので」

「は?」


 当然のような顔をして、黒髪の少年は言う。


「協力してください。この学園をよくするためなんです」

「どういうこと!?」

「オズの風紀を乱す行為は──」


 眼鏡の下の目をすっと細め、少年が右のてのひらを前にかざした。

 下から風が吹いたように、その黒髪とローブの裾がふわりと揺れる。


「この僕、風紀委員の小津佐(おづさ)(めぐる)が許さない……!」


 瞬間、はっと目を見開いた二人の全身が、眩い光に包まれた。


 霧のように辺りを舞い、青い空に溶けるようにして消えていく光の粒。


 その中心にいた少年たちは、自分の身に起こった変化に気がつき──声をそろえて絶叫した。


「なんだこりゃ!?」


 髪が黒くなっていた。

 金色でも茶色でもない、染める前の状態に戻っていたのだ。


 両耳のピアスも外れている。濡れた服はきれいに乾き、乾燥機にかけたあとのような柔らかな着心地だった。


 魔法だ。まさしく魔法の力なのだが。


「……いやどんな魔法!?」

「ふう」

「こいつ……やりきりましたみたいな顔してやがる……!」


 自分の言動が二人を困惑させていることに気づかないらしい。ほっとしたように口許を緩める少年の表情は、すがすがしいほど達成感に溢れたものだった。



 予鈴が鳴った。

 眼鏡に覆われた目をはっと見開いた少年が、弾かれたように顔を上げる。


 行かないと、と彼は言った。


「校則その三、第二条。予鈴が鳴ったら速やかに着席すること。先輩たちも早く教室に戻ってくださいね……!」


 唖然とする二人に背を向け、黒髪の少年は駆けていく。


 何を思ったのか途中でぴたりと立ちどまり、再び早足で歩き出す奇妙なさまを、残された少年たちは混乱する気持ちのまま見つめていた。


 廊下は走っちゃいけないんだった。そんな声が聞こえた気がする。


「なんだったんだ……」


 ここは廊下じゃないだろ。

 というか後輩だったのか。言われてみればネクタイの色は青かった気がする。

 いったい何者だ? たとえ学年が違ったとしても、同じ高等部なら一度くらいは顔を見たことがあるはずなのに。


 言いたいことはいくつもあるが、そのほとんどがまともに声にならなかった。


 唯一、少年たちの口からこぼれたのは。


「うちに風紀委員会なんてあったか……?」


 顔を見合わせ、彼らは同時に首をかしげる。


 元金髪の少年の手の中で、先ほど耳から消えたはずの小さなピアスがころりと揺れた。


 どうやら没収はされなかったらしい。



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