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オズの十戒  作者: きのみや
ルクス・ピート編
18/52

17 オレと戦え



 中庭に向かうと、花壇に囲まれた噴水の周りに野次馬のような人だかりができていた。


「一体何が……」


 (めぐる)が呟くと、隣にいた撫子が静かに首を横に振った。彼女にも見当がつかないらしい。



 先ほど聞こえた喧嘩という単語。ざわざわとした異様な雰囲気からして、何かトラブルが起こっているのはまちがいないのだが。


 撫子と並んで人が集まる方に近づく。

 すると目に入ったのは、野次馬たちの視線を集める騒ぎの中心──噴水の前で向かい合う二人の男子生徒だった。


 一人は茶髪。他の生徒たちと同じ紺色のローブを着た身長のある少年だ。


 もう一人は銀髪で、細身の体躯でスタイルがよく、茶髪の少年ほどではないが背は高い。

 こちらはローブではなく、オズの第二の制服である詰襟のジャケットを羽織っているようだった。


「猿飛くん、ルクスくん!?」


 猿飛慎也とルクス・ピート。どちらも廻のクラスメイトだ。


 相手の目を正面から見据えながら険しい顔をする猿飛に対し、ルクスの方は全体的にどこか余裕のある様子だった。


 見ようによってはルクスが一方的に絡まれているような状況だが、おそらくそうでないことはさすがの廻でも理解できた。


「な、何があったんだろう」


 騒ぎの要因が同じクラスの生徒であると知った廻が戸惑っていると、それなら、と近くにいた名も知らぬ男子生徒が横から話しかけてきた。

 どうやら彼は猿飛たちが言い合いになるまでの一部始終を偶然目撃していたらしい。


 その生徒の話によると、一人の女子生徒が中庭で昼寝をしていたルクスに声をかけたことがきっかけだったという。


 魔法の高い実力に、おとぎ話に登場する王子のような美しい風貌。

 留学してきた当初の頃から学園中の注目を集めていたルクスと仲良くなりたい者は多いのだろう。


 その女子生徒は見ているこちらが恥ずかしくなるくらい必死だった、と男子生徒は語った。


 先日の合同授業で見た魔法がとにかく素晴らしかった。

 前から話しかけたかったがあまり授業に出ていないようなので心配していた。

 できることなら連絡先を教えてほしい。


 そんなアプローチの数々を最初は黙って受け流していたルクスだったが、途中で堪えきれなくなったのだろうか。



 ──でもさすがはルクスくんだね。私たちとはぜんぜんちがう。自分が日本の魔法使いであることが恥ずかしくなるくらいだよ

 ──そうだな

 ──え?

 


 ふっと相手を嘲るような表情を浮かべ、冷たい言葉を返したという。



 ──さすがはケンキョな日本人さまだ。へらへらと媚びへつらって、自分の国ごと貶めて。随分と殊勝な口説き文句だが、それがお前の固有魔法なのか?



 女子生徒は衝撃を受けたように固まり、やがて静かに泣き始めた。

 そこに猿飛が通りかかり、彼女にいったい何をしたのかとルクスを問い詰めたそうだ。


「大体ずっと気に食わなかったんだよ。お前のその人を見下したようなすかした態度が」

「被害妄想だろ。オレは猿と人間を同列には扱わないからな」

「だれが猿だ!」


 馬鹿にしたように笑うルクスに猿飛が激昂する。

 隣の撫子が「彼の名前が猿飛だとわかって言っているのかしら」と呟くのが聞こえたが、いまはそんな呑気なことを考えている場合ではない。


「オレが気に食わないのはお前が劣等生だからだろ? お門違いな嫉妬で他人に突っかかることしかできないあたり、本物の猿の方がマシかもしれないな」

「てめえ……!」


 激しく眉をつり上げてルクスに掴みかかる猿飛を見て、廻は慌てて二人の間に割って入った。


 猿飛が大きく、ルクスがわずかに目を見開き、廻の方に視線を向ける。


「小津佐!?」

「暴力はだめだよ……!」


 風紀委員として、クラスメイトとして。彼らの喧嘩をこのまま見過ごすわけにはいかない。


 今度は撫子にもとめられなかったので、少なくとも間違った判断ではないだろう。


「校則その三だよ。学内でのいじめ、暴行、恐喝は禁止だ」

「……わかったよ」


 相手の目をじっと見つめて訴えると、その視線に堪えられなくなったらしい猿飛が、ばつの悪そうな顔をしてルクスの胸ぐらから手を離した。


 ルクスの方は、ふんと鼻を鳴らしてどうでもよさそうに目を閉じるだけだったが。


「たしかにここで殴り合っても埒は明かねえ。魔法使いなら魔法使いらしく、正々堂々魔法で決着つけねぇとな」

「え?」


 廻はぱちりと目を見開いた。猿飛の言葉の意味がすぐには理解できなかったからだ。


「──決闘だ! ルクス、俺と魔法で勝負しろ!」

「ええ!?」


 そう言って勢いよくルクスを指差す猿飛に廻は驚愕した。

 周囲の空気がいっそうざわめき、渦中のルクスはぴくりと小さく眉をひそめる。


「さ、猿飛くん!? 何言ってるの……!?」

「ルールに則った正式な勝負ならかまわないだろ。こんだけ自分の実力を鼻にかけたようなヤツなんだ。この機会に見せてもらおうじゃねえか、イギリス仕込みの本場の魔法ってやつをよ」

「正式な喧嘩のルールってなに!?」

「だから喧嘩じゃ……いや、小津佐は編入生だから知らないのか」


 納得したような顔で自分を見る猿飛に廻は首をかしげる。

 すると後ろにいた撫子が助け舟を出すように言った。


「オズマね」

「オズマ?」

「魔法を使った対人の模擬戦よ。学園に申請を出して許可が下りれば専用のフィールドと審判員が与えられる。いわばオズ公認のスポーツみたいなものね」


 厳格なルールのもとで行われる試合だからめったに怪我をすることはないわ、と目を伏せる撫子に廻ははっとした。


 オズマ。言われてみれば聞いたことがある。


 元はアメリカのオズ魔法協会が提唱した魔法による戦闘訓練の一種で、それが現在ではさまざまなかたちで各国の魔法学校に普及しているという。


 日本のオズにもあったのか、と廻はひとつ瞬きをした。


「つーわけでさっそく申請を出してこなくちゃな。おいルクス! 逃げるんじゃねーぞ!」

「えっ、ちょっと……!」


 待って、ととめる間もなく走り出した猿飛に廻は唖然とする。


 あっという間に遠ざかっていく背中を見送ったあと、ちらりとルクスに視線を向ければ、彼はふうと息を吐いて面倒そうに長い睫毛を伏せていた。


「猿は人語が通じねぇな」


 そう吐き捨てるようにこぼすルクスだったが、なんとなく、彼はこの勝負を断らないのだろうと廻は思った。


 なぜそう思ったのかは、わからない。



 **



 猿飛とルクスの勝負は放課後に行われることになった。


 今日は他に予約がなかったからあっさり申請が通った、と喜ぶ猿飛が教室に戻ってきたのは昼休みが終わる直前のことだ。


 オズマというのはそれほど頻繁に実施されるものなのかと驚く廻に、自分の実力を派手な方法で確かめたい人は少なくないのよ、と冷めた口調で撫子は言った。それを聞いた猿飛は少し複雑そうな顔をしていた。


「すごい人だね」


 放課後、二人のオズマが行われる場所に廻が向かうと、そこにはすでに多くの生徒が集まっていた。どうやら全員今回の勝負の見学者らしい。


「みんな興味深々なんでしょう。話題の留学生がいったいどんな魔法を使うのか」


 あなたはそうじゃないみたいだけど、と隣に立つ撫子が言う。


 彼女の言うとおり、廻がここにきたのは興味ではなく心配からだ。

 どのような理由であれ、級友同士がぶつかり合うのは自分にとってやはり悲しいことであるから。


「でも意外だな。阿夜さんもこういうの興味あるんだ」

「私はあなたがおかしなことをしないか見張りにきただけ」

「う……」

「始まるわよ」


 言われて、少女の視線の先を見る。


 多くの見物人に囲まれた広いフィールド。その中央に向かい合う二人の少年が立っていた。

 紺色のローブに身を包んだ猿飛と、相変わらずローブは着ていないルクスだ。


「では──試合開始!」


 審判を務める女子生徒が勢いよく手を振り下ろした。その合図に周りの空気が一瞬張りつめ、当事者である二人からは魔力の風が巻き起こる。

 そうして戦いの火蓋が切られたのだが。


 ──結果はルクスの圧勝だった。


 五分。いや、実際はその半分の時間も経っていないかもしれない。

 試合開始の合図の直後、身体強化系の魔法を得意とする猿飛が俊足でルクスに殴りかかったのだが、さらりと躱され、気づいたときには戦闘自体が終了していた。


 あまりにも一瞬の出来事に、その場にいただれもが事態を把握できなかったらしい。


 ルクスがどのような魔法を使ったのかもわからない。瞬く間に周囲は困惑の空気に包まれた。


「……レベルが、ちげぇ……」


 がくりと地面に膝をつき、絞り出すような声で猿飛が言う。

 そんな彼の姿を、ルクスはただ冷ややかに見下ろしていた。


「やっぱりすごいね、ルクスくん」

「そりゃそうだよ。だって彼……マンチキンなんでしょ?」


 騒然とした空気の中、偶然耳に入った会話の内容に廻はぴくりと肩を跳ねさせる。


「本当だったんだ。ルクス・ピートが魔女の家の生まれだって話」

「あの一年も馬鹿だよなあ。俺たちとはそもそも土台がちがうんだから、勝負したって無駄なことくらいわかるだろうに」

「なんか自信なくすわ……ザ・魔法使いって感じの力を見せつけられると」


 よく聞けば大体の生徒が同じようなことを話している。

 嫉妬や尊敬、感心や畏怖。さまざまな感情が込められた言葉の数々に、廻は戸惑った。


「魔女の家出身だというのは聞いていたけど、いまのを見ると納得せざるを得ないわね」


 隣で撫子がぽつりと呟く。どうやらルクスがマンチキンであるという話は本当らしい。


 魔女の家。

 魔力を持つ親のない子供たちが集められた魔法使いの卵たちだけが暮らす孤児院の名称だ。


 協会が認める魔法使い養成機関の一つだが、魔法薬の投与による幼少期からの魔力強化や、日常的に行われる厳しい訓練から非人道的な施設であるという批判も多く、日本ではいまだその設立自体が許されていない。


 魔女の家で育った者はマンチキンと呼ばれ、プロの魔法使いの中でも特に有能な人材として世界中で重宝されるのだ。


(ルクスくんが、魔女の家の出身……)


 フィールドに立つルクスに視線を向ける。


 自らの勝利に喜ぶことも、昼間のように不敵な笑みを浮かべることもしない彼は、いま何を考えているのだろう。


「……無駄な時間を使った、と言いたいところだが」


 ルクスが静かに口を開いた。

 悔しいのか、負けた自分には何も言う権利がないと思っているのか。返事をしない猿飛だったが、その横顔が苦しげに歪められていることは離れた場所からでも視認できた。


「これで日本のオズマのルールは大体わかった。猿との戯れも無意味じゃなかったってことだな」

「……は?」

「ま、次はもう少し楽しめるだろ」


 どういう意味だ、と顔を上げた猿飛にルクスは笑う。

 二人の会話を気にしたらしい生徒たちが一斉に黙ったせいか、しんとした空気の中でルクスの声はよく響いた。


「そのままの意味だよ。オレが本当に勝負したいのは──」


 くるりと身体を回したルクスの視線が、廻がいる方の見物人の群れに向く。


 風に揺れる銀髪と宝石のような青い瞳。

 ふっと浮かべられたその美しい笑みに、周囲の女子生徒たちがざわめき立ったとき。


 ──ぱちん、と。

 パズルのピースが嵌まるように、彼と廻の目が合った。


「お前だ、小津佐廻」


 真っ直ぐに廻を見つめ、一切の迷いのない口調でルクスが言う。

 一瞬、廻はそれが自分に向けられた言葉であると認識することができなかった。


「オレと戦え小津佐廻。──言っておくがお前に拒否権はないぜ」


 不遜に微笑むルクス。その様子からして冗談というわけではなさそうだ。


「……ええ!?」


 本日何度目かの驚きによって生まれた廻の叫び声が、青空にこだました。

 


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