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あたしはエル

「あの……」

 学校帰りに寄ったミューズ芸能事務所で、パイプ椅子に座らせられたあたしは、間の抜けた声を出した。

「私みたいなブスでいいんですか?」


 目の前には、長机を挟んで、日本を代表する芸能プロダクションの社長がにこやかに座っていた。

 西中社長は優しい声で、あたしに言った。


「ブス……か。みんなからそう言われてるんだろうね。でも自信を持って! 君はブスなんかじゃない。ただ、他の誰とも違ってるだけなんだ」


「あたし……。行き場がないから……ただそんな理由で飛び込みましたけど……。そんなんでいいんでしょうか?」


「と……、いうと?」


「ふつう、こういうのって、自分の容姿に自信のある子が、絶対自分はイケてるから! みたいな……、情熱とか野望を理由にやるもんなんじゃないでしょうか」


 社長が笑った。何がおかしいのかはよくわからなかった。


「君、何か動物に似てるって言われたことない?」


 唐突にそんな質問をされたけど、答えはすぐに口から出た。

「猫の……エキゾチック・ショートヘアに似てるって言われます」


「エキゾチック・ショートヘアーか……。なるほどな」

 西中社長の目がキラーンと光った。

「自分はエキゾの女王だと思いなさい。『私は女王! 世界中のブサかわいい女の子どもよ、私についてきなさい!』って、思ってごらん」


「は……、はあ……」

 仰る意味がわからなかった。


「とりあえず今の君に一番必要なのは、自信だよ。もっと自分の、産まれもったその個性的な容姿に自信をもちなさい」






 アパートに帰るとカイは大学から帰ってて、あたしを待っていたようだった。


「学校、どうだった?」


 晩ごはんの用意をしながら、期待と不安が入り混じったような笑顔で聞いてきた。


 あたしは答えた。

「学校やめる」


「いじめられたのか!?」

 カイが申し訳なさそうな顔になった。

「ごめん……。俺、愛美の学校生活のこと何も知らずにああ言っちゃったけど……、心配だった。嫌な目に遭わせてごめんな? おまえ……、その……」


「あたし、芸能界デビューするよ!」


「えっ……? は……?」


「カイもやれって言ってくれたじゃん! 応援してくれる?」


「おっ……? おう!」

 やっとカイの顔が、いつものようにあかるくなった。

「そうかっ! やるのかっ! それだったら確かに学校なんか行かなくてもいいよなっ! よーし、応援しちゃうぞ!」


「あっ。チキンラーメン・パスタ作るの? じゃ、あたしフレンチトースト作る!」


「炭水化物に炭水化物かよ? 太るぞ!?」


「いーじゃん、いーじゃん。いっぱいエネルギー摂取して、明日から頑張るんだから」


「そうか……。よし!」


 あたしがまた失敗しないように、後ろから抱きかかえるようにカイが見ていてくれた。

 彼のあったかさを背中に感じながら、あたしは笑顔でフレンチトーストを作った。

 漬け込みが足りなくて、中が白いままだったけど、カイのチキンラーメン・パスタとの相性は抜群で、楽しい夕食をあたしたちはとった。


「おいしいな」

「おいしいね」


 二人で顔を見合わせて、笑いあった。


 ダイチもあたしの作ったフレンチトーストに夢中で、狭い部屋に幸せが花開いた。






 あたしはカイのアパートから事務所に通うようになった。

 レッスンはキツかったけど、辛くはなかった。

 あたしは鍛えられ、知らなかったことをたくさん知って、どんどん自分が成長していくのを感じるのが楽しかった。

 疲れ果てて帰っても、カイとダイチがそこにいてくれた。

 笑顔で迎えてくれるひとがいるのって、こんなに力になることなんだって、あたしは産まれて初めて知った。






「そろそろ君の芸名を決めよう」

 西中社長が言った。

「こちらで決めてもいいけど、何か希望があるなら聞くよ?」


 あたしは即答した。

「榊原エルがいいです」


 いいです、というよりも、これしかないとあたしは思っていた。親がつけた『愛美まなみ』という名前よりも、カイがつけてくれた『エル』のほうが、あたしはお気に入りだったのだ。


「へえ! いいな!」

 社長もわかってくれた。

「君にぴったりだ! よし、君は今日から榊原エルだ」






 整形はいらなかった。

 あたしはあたしのまま、プロのメイクアップアーティストさんや整体師さんやに磨かれて、どんどんかわいくなっていった。

 猫背だった姿勢を綺麗に伸ばしただけでも、鏡の中に映る自分は別人のようだった。


 鏡の中の自分にむかって、心の中で呟いた。

『あなたは女王。エキゾチック・ショートヘアの女王様よ』






「綺麗になったなあ……」

 カイも、お化粧して綺麗な服を着たあたしをちゃぶ台のむこうからしげしげと見ながら、言ってくれた。


「カイはブス専だから、前の方がいい?」

 あたしはからかうつもりでそう言って、笑う。


「嬉しいよ。愛美が綺麗になるのは、俺も嬉しい」


「エルって呼んでくれる?」

 あたしは女王様口調で言った。

「もう愛美って名前は捨てたのよ。あたしは榊原エル。カイがつけてくれた猫の名前で世界に羽ばたくの」


「本当に……綺麗になった。自信が内から溢れ出てるみたいだ」


「ふふっ……。惚れ直した?」


「俺にはもったいないぐらいだ」

 そう言ったカイの目が、私のほうを向いてないのが、気になった。






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