エキゾチック・ショートヘアの女王
私がカメラの前に現れると、日本中から『かわいい』とため息が湧き漏れる。
自慢のポーズで歩み出て、笑顔を振りまく。堂々としながらも人懐っこい私の笑顔が、みんなをうっとりとさせる。
「いい女になったな、エル」
社長がいつものように、私を褒めてくれる。
「デビューから4年か……。私が思っていた以上のエキゾチック・ショートヘアの女王に君はなったな」
そう。私はエキゾチック・ショートヘアの女王こと、榊原エルよ。
『ブサかわいい』を極めた女。ブスの中のブスは逆説的に『めっちゃかわいい』になるの。
ブスだなんだと言われてる女の子は私を見なさい。私に憧れなさい。
綺麗な女性を堪能したい者は私に見惚れなさい。私を崇めなさい。
映画の主役4本、リリースする曲はすべて大人気。モデルのギャラも日本で一番高い、この私。
それなのに何をやっても、どれだけ褒めてもらえても満たされない。
私はみんなに感動を与えるのに、誰も私を感動させてはくれない。
バラエティー番組に出演した時、サプライズが用意されていた。
「今日は榊原エルさんにとって懐かしい人がスタジオに来てくれていまーす!」
本当に聞いてなかった。進行役のお笑い芸人にそう告げられ、私の胸は高鳴った。
誰?
誰が来てくれたの……?
「榊原さんの高校時代の同級生のみなさんでーす!」
セットの幕が開き、確かに懐かしい顔がそこから出てきた。
髪は下ろしてるけど変わってない。黒ぶちメガネの委員長、伊地知さんが弾ける笑顔で現れた。
「榊原さん!」
私は笑顔で彼女とハグを交わした。
「わー! 伊地知さん、久しぶり!」
「すごいねえ、榊原さん……。よかったねえ、こんなに人気者になって」
伊地知さんは泣きながら、私を抱きしめてくれた。
その後ろには十数人の男女がずらりと並んでいた。
「榊原さん!」
「久しぶり!」
「言っとくけど最初に君がエキゾチック・ショートヘア猫に似てるって言い出したの、俺だからな。覚えてる?」
森山とかいう男のひとに笑顔でそう言われ、あたしは答えた。
「ごめんなさい。誰だっけ?」
私はカメラを向けられるといつも最高の笑顔をそこに向けられる。
心からの笑顔だ。嘘じゃない。
カメラの向こうできっと、どこかで見ているそのひとに向かって、笑顔を見せているのだから。
短いあいだだったけれど、そのひとと暮らした時のことを頭に描けば、最高の笑顔を浮かべることができる。
だけど、今、もしもそのひとに会えたら、自分がどんな顔をするのかは、わからない。
あのあと、私は彼を探すことはできた。大学へ行けば、会うことは容易かっただろう。彼のアルバイト先のホストクラブがどこの店かも知っていた。
しかし私は探さなかった。
だって彼は、私から逃げたのだ。
私は彼に捨てられたのだ。
どんな顔をして追いかけていけばよかったというのだろう。
私はただ、毎日ひとりになると泣いた。それしかできなかった。
こんなことになるなら猫のままいればよかったと、何度も思った。
そうすればあの時の感動のまま、時は止まって、ずっと幸せにいられたかもしれないのに。
私は有名人になり、チヤホヤしてくれるひとも周りに増えた。
正直に告白すれば、付き合った男性も多くいた。でも、誰もあの時彼がくれたほどの感動を与えてはくれなかった。誰もが人気絶頂の芸能人『榊原エル』という看板を見ていた。
ただのブサイクな女の子だった私をそのまま見て笑ってくれたひとは、あのひとしかいなかった。
「やあ、エル。絶好調だね」
足越くんがホテルの部屋に入ってくる。今日も私を抱こうというのだろう。
私も寂しさを誤魔化すために彼を利用している。写真週刊誌に彼と載ったこともある。
あのひとはそれを見てどう思っただろうか。
狂おしいほどの嫉妬に苦しんでくれただろうか。それとも昔にお世話した猫がお金持ちの飼い主に出会えてよかったぐらいにしか思っていないだろうか。
私は今の自分を幸せだとは、まったく思わない。
何度死にたいと思ったことだろう。
それでもトップモデル兼女優兼シンガーを続けているのは、ただあの日のあのひとの笑顔が忘れられないからだ。
「エル! エルなんだよな?」
そう言いながら、抱っこする手つきで、そのひとは駆け寄ってきてくれた。
「なんだよ! おまえ、女の子だったの? 最高じゃん!」
あの日の笑顔が忘れられないのだ。