エスケーパー
「機関室より報告!第一から第三ジェネレータ停止!」
「続けて第四も停止ッ」
「機関室へ!残存するエンジンはいくつあるッ」
「メインは全て停止、1~3番と8番のサブのみです!」
「クソがッ!」
「共和国の援軍はまだ来ないのか!」
いままで低く唸っていたエンジンは鳴りを潜め、艦橋内には指揮官の怒号と悲鳴のような報告が響く。艦橋の正面モニターに映る外部映像にはノイズが入り、所々欠落していた。船体の損傷を示すホログラムはその大半を赤色が色取り、危険を知らせるアラートが幾つも鳴っている。大型通信装備は破壊され外部とのコンタクトはままならず、艦内ですら通信が取れない場所もある。
随所から上がってくる報告に耳を傾ければ、目を覆いたくなる現実がでかでかと居座っていた。確認しただけでもすでに乗船している兵の5割が死亡または船外空間に放り出され、生き残った兵も血まみれで通路に横たわっているのがほとんどである。
我々の城にして牙であるこの艦も大半の主機が沈黙してしまい、数多くの武装も喪失してしまった。幸いにしてバッテリー区画は無事だったので生命維持に支障はないが、残ったジェネレーターだけではジャンプも移動もできまい。いまはただ、生き残った工作班が主機を復旧させるのを待つ時間が続いていた。
とはいえ、何も対策を講じない訳にはいかない。
「艦長、第三艦橋との通信が復旧しました。回線開きます。」
通信手の一人がそう言った。
状況が状況であるが、上官に確認も取らずに通信を始める奴がいるか。そう叱咤してやりたかった。だが、今この場で部下の指揮を下げるのは得策ではない。ただし、無事本拠地に帰った時は覚悟しておけ。
だが、そんなことを思考した自分自身がどうにもおかしく感じてしまうのは、生き残れると思っている自らの愚かさなのか、ここまで生を繋いできた自らの醜さゆえなのか。
その答えは、きっと誰も持っていないのだろうな。
思考を区切ると、間もなく通信が繋がる。
『こちら第三艦橋。第一艦橋どうぞ』
「こちら艦長。被害を報告しろ」
『はっ!端的に申し上げます。当艦橋は機能の80%を喪失しております。現在修理botを全力稼働させていますが、復旧までは36時間ほど必要と算出されました。電子戦はできないとお考え下さい』
「…もともと電子戦が行えるほど、我が艦に余剰エネルギーは残っていない。それより、本拠地との連絡はとれそうか?」
『…大型通信装備の修復だけならば、5時間ほどで終わります』
「最優先でやれ」
『了解』
淡々としたやり取りが終わる。本来ならばもっと情報のすり合わせがいる。だが、今は皆、時間がいるのだ。つい数時間前まで隣で喋っていたいた戦友たちが屍となり、またはその骸さえなくなった。しかして戦友とはそういうものなのだ。
故に、弔ってやらねば友でない。
このあと主機が治ったら、部下の指揮を高める演説をせねばならない。何とかしてこの先の希望に目を向けさせ、内部分裂なぞ阿呆な真似をさせないようにするのだ。
「全く、艦長も楽な仕事ではないな。」
「どうかされましたか?」
「…いや。何でもない。」
隣から、幾度の死線を共に越えてきた戦友の声がした。彼は出会った頃から優秀であった。頭がよく回るキレものだ。だから、彼はこんなところで死して良い人間では無い。
…いや、いかなる人間でも、その天寿をまっとうせずに散るなど、許し難き事なのだ。
この艦に命を託した数多の将兵が散ったのは、私の指揮が凡愚だったからだ。例えそれが、既に母星を破壊され、最後の生き残りをかけたサイコロのような作戦であったとしてもだ。
故に私は、ここで志半ば、帰らぬ者達に弔砲を撃つことすら許されない。
私は彼らに死を差し向けた、許し難き存在なのだから。
私のその心の内を知ってか知らずか、我が副官はこんななんの希望も見いだせない状況でも細かな気配りができるらしい。
いい副官をもったものだ。
「それで艦長。この後はどう行動するおつもりですか?」
「あぁ、それは・・・」
この後は主機が治り次第、ジャンプで味方勢力圏内に移動する。そう言いかけたとき、けたたましいアラートが艦橋、否。艦全体に響きわたった。
短く甲高い音が高速で4連続。それが繰り返されている。この独特の警報音。いままでに何度も聞いてきた。夢に出てくることもあった。これが意味するもの。それ即ち。
「通達ッ!一時方面より高速飛翔体接近!デビルだッ!!」
「全ての乗員に通達っ、衝撃に備えろおお!!!」
直後、艦全体に伝わる轟音と衝撃。艦首付近から第一艦橋手前まではまるでミキサーにかけられた如く。艦は大きく振動し、脆くなっていた装甲が吹き飛んで多数の配線や通路が爆炎によって炙られた。幸いにも誘爆は発生しなかったが、煙が晴れた後に見えたのは抉られ、炎に包まれた艦首だった。
それでもなお、艦は原型を留めていた。単にこの戦艦の頑強さ故だろう。これまで数多の戦友を宇宙のデブリになり下げていたミサイルを、たった1発とはいえ耐えたのだから。
あぁ、しかし、どうやらここまでの様だ。なぜならば…
「艦長、まずいですよ…デビルが撃ち込まれたということは…」
「…周辺宙域に、大型の航宙母艦アリ、か…」
デビルの運用方法にはある程度予想がつけられている。一つ、その為には大型の航宙母艦が必要であること。二つ、そしてそいつには当然の如く大量の局地空間戦闘機が積載され、デビルからの生き残りに攻撃をしかけてくるのだ。
現状ほとんどの武装が機能していない我が艦では迎撃不能。艦載機も先の戦闘で大半を喪失している。ここでいくら抵抗すれどもいずれは破滅に向かっていくことになるだろう。だとするならば、僅かでも生存の可能性が高い方にかけるしかない。
「総員、退艦準備だ。あと30分以内に生きてる奴は全員脱出しろ!」
「聞こえたかっ!総員退艦!」
私の号令が飛んだすぐ後に副官が続き、艦橋内がにわかに慌ただしくなる。各々自らのシートを立ち、脱出ポッドへ速足で移動していく。
・・・果たして、いま私の目の前にいる戦友たちのどのくらいが生き残れるのだろう。退艦の指示を下したことで事実上私の命令はこの艦橋にいるクルーにしか及ばなくなった。他の乗員たちは部署やチーム単位でまとまって脱出することになる為、この後の指揮は彼ら自身が取ることになる。
もはや彼らの生命を、私は保証できない。
「艦長、退艦準備完了です。」
「そうか。ならば急ごう。」
激しい戦闘によって通路には火花が散り、煙が噴き出し、あるいは崩れ、隔壁は閉ざされ、明らかな異臭が充満している。あまりに深刻なダメージに内心で顔を顰めつつも、いまだ崩壊の予兆を見せないこの艦はやはり優秀である。そしてそんなコイツを捨て去って逃げることが忍びなく、その状況を作った私は間違いようのない無能。
…悔しいッ!!
私は元来、ポジティブな思考が得意ではない。それなのに、この時ばかりは此奴の弔い合戦に挑むと強く望んだ。
◆◆◆
「カウント30。射出に備えて下さい。」
「はぁ、はぁ……間に合った…」
「これっ、若いの!気を抜くにはまだ早いぞ!」
一先ず避難できたことに安堵したのであろう。気の抜けた新兵がベテランの老兵に叱咤された声が聞こえる。
なんとか脱出艇に乗り込むことができたが、未だ問題は山積みである。戦闘機との交戦を避けたところで、私たちが上手く隠れられるとは限らないのだから。
「ッ…す、すみません!」
「いや、いい、気にするでない…」
しかしだ、一度気が緩むともう一度締めなすのは難しいのが人間という生き物なのだ。そしてそればかりか、別のことを考える余裕すら見せてしまう。
先ほど話した第三艦橋の奴らは無事に脱出できたのか。主機の修理を任せた工作班の連中は?主に第二艦橋の下で行動していた部隊は?彼らの指揮系統は既に艦砲射撃と対艦ミサイルの群れで吹き飛ばされてしまった。最後に見たときには本当に跡形もなくなっていたのだ。あれがこちらに向けられていたら、今の私があったかは五分五分、いや、九割九分九里消失していただろう。
「悩みは尽きぬ。といった顔ですな」
副官が、わずかにこちらを向いて問いかけてきた。だが、私は何も答えられない。
「私から言わせてみれば、貴方はしかと職務を全うしていました」
それでも構わないとばかりに副官は話を進める。
「…そもそも、我々は革命軍。明日の平和が遠くとも、帝国の強権に屈しない。そんな人の集まりです。そしてその組織の中で艦長という任を任されるほど信頼の厚い貴方が、どうしてそこまで悩まれるのか!」
副官は決して大声を出しているわけではない。だがその言葉の節々に力強い意思が、感情が込められているのが分かった。言い表すならば『願い』だろうか?
「…そうだな。私としたことが、どうも弱気になっていたようだ」
「耄碌されるのは、この爺の後にしてくださいよ。艦長」
こんな時でも軽口を叩けるとは。相も変わらず胆が据わった副官の態度に、知らず知らずのうちに緊張していたことに気づいた。
「カウント10。射出軸、確認ヨロシ」
…悩むなと言うのか?
…振り返るなと言うのか?
…後悔してはならないと、そう告げたのか?
「各システム、異常なし」
「エンジン始動」
「5、4、3、2、1、射出!」
私は、進み続けなければならないのか?
ゆっくりと、船倉が後ろに流れていく。その光景を安心したように見る者もいれば、不安そうな目をする者もいる。
各々がそれぞれの心持ちで見送る我が船は、
そして我ら革命軍は、今日この日、
共和国軍によって滅ぼされた。
お読みいただきありがとうございました!よろしければ評価を頂けると嬉しいです。
今年も書き収めかぁ(早すぎる)