仕事
私は仕事が好きだ。
理不尽な事もあるし、したくない事だってたくさんある。
休みたいのに急ぎの仕事が入ったら休憩だって削らなきゃいけない。
暇すぎてやること無くて「パートはいいよねー」なんて影で言われる事も時々あるけど。
それでもここにいるのは、仕事が好きだからだ。
結婚してもうすぐ10年。
やっと子どもの手がかからなくなって、ひとりの時間も持てるようになった。
でも、変わらないことだってある。
「えりちゃんのお母さん!おはよう!」
朝、久しぶりに絵里を見送りに外へ出ると、お隣に住んでる奥さんから声をかけられた。
「おはようございます。今日も天気いいですね。」
避けてるわけじゃないけど、時々会ってはその場で少し話し込む。
井戸端会議、というやつだ。
ウチの旦那は、とか、ここのスーパーでお肉安かった、とか。
いつもって事ではないけど、人の家の事も聞いてこようとするから苦手なタイプだ。
今日はタイミング悪く掴まったけど、用事があるから、と言っていつもより短めに解放してもらう。
そして出かけた先でも知り合いに会ってしまった。
「鈴木さんの娘さんじゃない!久しぶりねー!」
お昼に買い物へ出かけた時に会ったのは、母の職場の人だった。
昔、母に職場を紹介してもらった時に知り合った人。
あれっきり合わなかったのに今日会って、覚えてるなんてびっくりだ。
「山田さん、お久しぶりです。よく私ってわかりましたね。」
思った事がそのまま口に出てしまい、気を悪くしたかと心配したが大丈夫だった。
当時と同じ明るい笑顔で話してくれる。
あの頃よりは少し大きくなったね、と優しい目で話してくれた。
この人はあの頃と変わらずに私を見てくれてるんだな、と少し懐かしくなってしまった。
「いやー、先輩の奥さんは凄いっすね!料理が何でも美味い!」
「ママ、用意ありがとう。お皿は下げとくから。」
その夜、旦那が後輩を連れて帰ってきた。
昨日の夜、お客さんがくるから、と聞かされて急いで色々用意したが、気に入ってもらえた様で安心した。
リビングに通してワイワイと話していたが、今日は相談事があってここへ来たらしい。
2人で話したい、と言われてたので、挨拶だけして子どもと退室した。
もうすぐ子どもが寝る時間だったし、今日は休みだった私にだって明日がある。
今までは名前すら呼ばれない日常だった。
私は、一体誰なんだろう。
そう思って始めた仕事だった。
10年間、子どもの成長を見守ったり、家族のためにできることをしたり、と、それなりに楽しく過ごしていたつもりだ。
でもそれは、楽しいと同時に誰かに付随された存在なんだ、と思っていた。
子どもの母、親のの娘、旦那の妻…。
私は、私として過ごしたかった。
仕事に就いた当初は、久しぶりの社会活動に失敗ばかりだった。
電話を取るのも、書類の整理も、ひとつひとつ教えてもらった。
出来ることが増えると楽しくなって、名前を呼ばれた時には嬉しくなって。
あぁ、私がここにいる、って実感できた。
「ねぇ、ちょっと手伝って!」
片付けをしていると私を呼ぶ声がした。
誰かの私ではなくなった、この時間の私。
「はい!すぐ行きますね!」
呼ばれる瞬間がいちばん嬉しい。
今日も張り切って仕事をしよう。
そう思って急いで先輩の元へと向かっていった。