朝【side『あの人』】
気づいたのは偶然だった。
朝のコーヒーはいつもここの店で買っていた。
1杯飲んでからさっさと出勤してたけど、今日の朝はハァ…と隣からため息が聞こえた。
横目でチラッと伺うと、ホットサンドを食べながら携帯を見て、ニヤニヤしてる人がいた。
何を見てるか分からないが、なんだか嬉しそうだ。
――朝からいい事でもあったのかな。
多分そんな事を思った気がする。
特に気に留めたことは何もなかった。
「モーニングのAセット、ブレンドでお願いします。」
ある日、あのニヤニヤしてた人が自分の前で注文していた。
聞こえてきた声は高すぎない落ち着いた小さな声だ。
俯いた顔にかかる髪を耳に掛けて、初めて横顔をちゃんと見た。
彼女はコーヒーとホットサンドを乗せたトレイを受け取ると、そそくさと直ぐに席に着いてしまった。
「コーヒーをひとつ。サイズはLで。」
自分も注文をして席に着く。
別に少し長く居ようとは思ってない。
いつもよりワンサイズ大きいコーヒーを注文したのは、単に飲みたかっただけだ。
少し離れた所に座ったのだって、意識してる訳じゃない。
空席が多いだけだ。
柄にもなくツラツラと色んなことが思い浮かぶ。
気にしてない。そう。気にしてないんだ、全然。
そう思いながら朝の時間を過ごした。
今日も彼女は店に来た。
同じくらいのタイミングか、少し遅いかくらいで来ることに気づいたのは随分前だ。
この店はいつも空いているから、座ってるところも指定席みたいになってきていた。
今日もコーヒーはLサイズ。
ニュースをチェックするために携帯を取り出そうとした時だった。
――ん?目が合った?
視線を落とした瞬間だけだけど…気のせいか。
多分気のせいだ。
彼女は自分とは面識がない。
そもそも、認識もされてないだろう。
気になってるのは自分だけだ。
いや、自分も気にしてないが。
そう。
気のせいだ。
勘違いしてるのは自分だけなんだ。
ちょっとがっかりしつつも、携帯を取り出す。
ニュースの欄を眺めつつ、横目でチラッと彼女を見る。
相変わらず俯きがちに携帯を操作していた。
いつものなんともない、朝。
コーヒーを1口飲んでニュースをチェックする。
いつかまた声を聞いてみたい。
今度は注文じゃなく、話してみたい、なんて。
考えてしまうのはきっと勘違いしたからだ。
今日はそんな朝になった。