鳥かご
午後3時。
この子はこの時間帯によくお昼寝をしてくれる。
ちっちゃい手はフニフニしてて、握られたままだ。
なのに指の先にはちゃんと爪も生えて、大人しく寝てる。
ふっくらしたほっぺも、私に似たぺちゃんこの鼻も、愛おしい。
可愛すぎて伝えたい事がめちゃくちゃになる。
けれど、ものすごく可愛いからしょうがない、と思えるくらい私は親バカと呼ばれる部類に入るのだろう。
そんな可愛くて仕方がない子が寝ている間に、この時間はいつも洗濯物を畳むのが日課だった。
ぐっすり寝ているベビーベッドから少しの間離れて、洗濯物を取り込みに向かった。
今日もお日様のおかげでふんわりしてた。
取り込んで、窓を閉めて、少し離れて窓の正面に座ってみる。
――ああ、やっぱり鳥かごに見える。
窓から見えるのは、窓の下半分をざっくりと隙間がある、端から端まで横切る桟だ。
いちばん最初に気づいたのはストンと落ち着く気持ちだった。
仕事をして、恋をして、毎日楽しくて。
美味しいものを友達と食べて、先輩や後輩と愚痴を言い合って。
毎日の隣には、彼がいた。
いつも笑ってて、この人の隣にいるとずっと笑顔で居れると思ってた。
そんな毎日に来てくれた、この子。
初めているってわかって、嬉しくてすぐ伝えた。
「どうする?」
って聞かれて、冷水を浴びたようだった。
「産むのは君だから」
「オレだけが決めることじゃないから」
「会えたら嬉しいとは思うけどね」
並べられた言葉はきちんと届いたけど、あんなに嬉しかったのに遠い昔みたいに思えた。
「産もっか」
私から言うって思わなかった。
幸いにも悪阻は全くなくて、元気に生まれてくれた可愛い子。
彼も凄く可愛がってくれてる。
何よりも大切にしたいけど、でも、どうしても思ってしまう。
生活が全部この子中心なんだよ。自分のペースなんてなくなっちゃったんだよ。
ひとりでゆっくり、なんて私は暫くできないんだよ。ふらっと遊びにも行けないんだよ。
家事だって毎日やらなきゃいけなくなるんだよ。お手伝いじゃなくて生活になっちゃったんだよ。
でも、もう届かない。
空を見てると窓から飛ぶ鳥のが見えた。
大きく羽を広げて、前に進んでいく名前も分からない鳥。
「...がんばれ。」
誰にも届かない独り言。
「がんばれ。がんばって。」
前へ、前へと鳥は進んでいく。
いつか、私も飛べるだろうか。
この子がもう少し大きくなって、手が離れ始めたら。
きっと空には知らない鳥もいるだろう。
仲間になれないかもしれない。
餌がなくてお腹が空くことも、天敵に見つかることもあるかもしれない。
止まり木もなく飛び続けてるかもしれない。
それでもきっと、いつかは見つかるかもしれない。
知らない鳥はだんだん知っていくだろう。
餌が無ければ、食べれるものを探すだろう。
天敵に見つかっても、対策を立てるきっかけにしよう。
この子が居てくれるなら、そこが私の止まり木になる。
何があっても守り続けようって思えるから、きっと私は大丈夫。
こんな私だからこそ、できることはあるんじゃないかって思う。
そう思いたかった。
鳥は、気づけば見えなくなっていた。
空はまだ青くて、窓はやっぱり鳥かごに見えた。
「よし、片付けますか。」
誰にも届かない独り言。
今生まれた小さな気持ちは、いつかきっと羽ばたいていくだろう。
まだ見ぬ未来へ向かって。