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海はずっと前から好きだ。

嬉しくて誰かに話したくなる時も、悲しくて悔しくてどうしようもない時も、海に来て眺めてたら落ち着いてくる。


今日もアイスコーヒーを片手に海に来ていた。

穏やかな風が吹く。

空は雲がちょっと多くて、この季節には珍しく暑い日が続いていたらからちょうどよかった。

砂浜で砂遊びをする小さい兄妹とお母さんがいたり、大学生っぽい若い人たちが海に向かっている。

まだ海の家が建つ前の、見慣れた落ち着いた風景だ。


――ちょっと聞いてくださいよ。


そっと呼びかけた。

思わず顔が緩んでしまう。

ひとりで来ているから、もちろん返事はない。

それでも。


――この前、仕事で褒められたんですよ。手際がいいって。


返事がなくても伝えたかった。

これを直接伝えたら、あなたはどんな反応をしただろうか。


きっとなかなか褒めてくれなかったから、ふーんって言って終わるだろうな。

でも、よかったじゃん、くらいは言ってくれるかな。

なんて考えていると、だんだんニヤニヤしてしまう。


どうしようもなかった私を見捨てずに、きっちり仕事を教えてくれた。

体を壊して思うように動けなくなった時も、別の作業を提案してくれた。

同期がどんどん仕事ができるようになるのに私はできなくて、悔しくて泣きそうな時に泣いてもいいって言ってくれた。

嘘をつく時の癖を見抜かれて、本音をこぼせる様になった。

このままじゃ悪化すると知って仕事を辞めようとした時に、ものすごく心配してくれた。


たくさん、たくさん、お世話になったら先輩。

もう会えない、先輩。


私が辞めたあと、何年かして偶然会社の前を通ったら会社が無くなっていた。

業績の悪化でいくつか支店を畳んだらしく、勤めていた人たちは他の支店に行くか退職したと同期に教えてもらった。

先輩がどこへ行ったかは知らないそうだ。


先輩とは1回も一緒に来たことがない海だけど、いつの頃からかあの穏やかな時間は海に来た時とすごく似てることに気づいた。


――また来ますね、先輩。


いつのまにか、持ってきたアイスコーヒーは氷も溶けて飲み終わっていた。

立ちくらみしないようにゆっくり立って、上から海を見下ろす。


いつもと同じ、見慣れた風景にこっそり願う。

もう会えないけど、どうか元気でいてください、と。


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