クラス転移で最弱の僕に何故かみんな優しい
・2022年7月13日
『強肉弱食』のルビの振り方を修正しました。
それはどこにでもある、ありふれた話、ごくごく普通の物語。
僕たちのクラス、2年C組の生徒は全員そろって異世界に来ていた。
「いやいや、どこがありふれた話だよ! 異世界来ちゃった時点であり得ないだろう!」
みんな気にした様子がないので、とりあえず僕が突っ込んでおく。誰に突っ込めばいいのかよく分からないけど。
「そうか? 最近は漫画でも小説でもアニメでもよく見かけるぞ。ゲームでは、あったっけか?」
「あったぞ、校舎ごと異世界行ってサバイバルするやつ。この前やった。」
「ああ、あったあった。俺もやったわ。それに比べれば一クラスの生徒だけなんて普通だな。」
「そんなわけ、あるか!」
おかしい。何故に僕が突っ込み役なんだろう。クラスのみんな、異常事態なのに平常運転過ぎる、僕も人のこと言えないけど。周りの騎士っぽい人たちも、なんだか気味悪がっているぞ。
そうこうするうちに、僕たちの前に新たな人物が現れた。
王様っぽい格好の中年のおっさんと、お姫様っぽい感じの女の子だ。
「異世界の皆様、エルスフィア王国へようこそ、歓迎いたします。私はこの国の王女、リディア・エルスフィアです。そしてこちらは国王のルーカス・エルスフィアです。」
やっぱりお姫様と王様だった。
「そして謝罪いたします。私共の都合でいきなり召喚してしまい、申し訳ありませんでした。ですが聞いていただきたい。この世界は危機に瀕しているのです。」
何やらきな臭い話になってきた。
「今この世界では魔王率いる軍勢に攻められ、窮地に立っています。そこで古より伝わる『異世界から強き者を召喚する魔法』によりあなた方を召喚いたしました。どうか私共にお力添えいただけませんか。」
うーん、深刻な話なんだろうけど……
「……テンプレだ。」
「……テンプレね。」
「……テンプレだよ。」
「……テンプレだよな。」
「……テンプラくいたい。」
「……テンプレ来たぁ。」
「……テンプレか。」
リディア姫の言葉にざわつくクラスメイト。でもその反応はどうなんだ?
いや、僕も思ったけど。
あと、なんだか急に腹が減ってきた。
「ちょっと待ってくれ!」
ここで発言したのは、クラスのカリスマ北川君。その一言でざわつくクラスメイトは静まり返った。
頭脳明晰、スポーツ万能、クラスメイトには教師よりも頼りにされているという人望厚きイケメンは、リディア姫にも負けない存在感を持って進み出た。
心なしか、周囲の騎士達も北川君に呑まれていた。王様は完全に空気だ。
「強き者を召喚したと言うが、我々はただの学生、戦闘訓練も受けていなければ実戦経験もない。戦いの役に立てるとは思えないのだが?」
一見すると常識的な正論だが、僕にはわかる。これは呼び水だ。
「ご心配には及びません。召喚された者にはもれなく高いステータスと特別な能力が与えられると、言い伝えられています。」
「テンプレ来たぁ!」
「よっしゃ、テンプレだ!」
「テンプレ最高!」
「テンプラ食う!」
「テンプレ展開!」
「チート来たぁ!」
再び吹き荒れるテンプレ旋風。北川君の発言は、リディア姫のこの言葉を引き出すためのものだった。
北川 彰人。クラスの優等生であり、やたらとモテるリア充だが、その本質は漫画、アニメ、ゲームをこよなく愛するヲタクである。最近のヲタクには、リア充もいればスポーツマンもいるのだ!
クラスのみんながテンプレテンプレうるさいのも、ほぼ間違いなく北川君の影響だ。北川君の影響力は担任教師の比ではない。
「それでは、皆様の能力を調べますのでお一人ずつこちらへいらして下さい。」
僕たちは、みんなワクワクしながら、日本人らしく行儀よく並んで順番を待った。
――氏名:北川 彰人
――職業:勇者
「ゆ、勇者様! 剣も魔法も使えてスキルもこんなにたくさん! それにステータスも最初から高くて、これならばすぐにでも実戦で活躍できますわ!」
リディア姫が興奮気味に叫ぶ。周囲の騎士達もどよめいた。
クラスメイトもテンプレだチートだと騒ぐが、まあある意味納得の結果だ。うちのクラスで勇者というならば、北川君を以上に適任者はいない。
――氏名:西山 知子
――職業:聖女
「今度は聖女様! 回復や防御に優れた支援系魔法職の頂点です。魔力も多いですし、彼女がいればどのような逆境からも生還できるでしょう!」
西山さんは校内でもトップ5に入る美少女だ。北川君と並ぶと美男美女のカップルと評判になるが、二人は別に付き合っているわけではない。二人で一緒にいることが多いのは、趣味が一致しているというだけだ。
そう、彼女は我がクラスの女子側のヲタク代表だった。西山さんに告白して、お友達から始めることに成功したのだけれど、彼女の趣味に付いて行けずに別れたという噂話がある。真偽のほどは不明だけど。
しかし、勇者にしても聖女にしても、顔で選んでないよね?
――氏名:有川 健治
――職業:賢者
「賢者はあらゆる魔法を使いこなし、またさまざまな知識に通じると云われています。魔法適性も全属性で、上級鑑定もとてもレアなスキルです。」
有川君は成績で北川君と一二を争う秀才で、一部の教科では北川君を上回る。確かに賢者っぽい。
その後も、剣聖、炎術魔導士、守護騎士、魔剣士等々、凄そうな職業と高いステータス、レアスキルのオンパレードで驚くのもそろそろ疲れてきたころ、ようやく僕の番が回ってきた。
――氏名:吉川 和成
――職業:学生
「え、何、学生って? スキルが何も無い!? それに、このステータス、これじゃあ子供よりも弱い!」
リディア姫が今までとは逆方向に驚く。口調が変わっているけどこっちが地? それからクラスのみんなは、テンプレテンプレ五月蠅い!
「なんじゃと!?」
驚いて王様が脇から覗き込んできた。まだ居たんだ、王様。
「なんじゃこの無能は! 役立たずに用は無い、さっさと城から追い出――」
「役に立たないからと言って我々の仲間を切り捨てるのなら、我々は一切協力はしない!」
北川君が王様の発言を遮って言い切った。さすがは勇者、こんなところでも格好いい。
――ドン!
「そ、そのようなことはありません。御協力いただけるのであれば、戦いに参加できない方も、戦えなくなった方も、最後まで責任を持って国で面倒を見させていただきます。」
リディア姫が王様を突き飛ばして、大慌てで北川君に答える。そこまでして勇者の協力を取り付けなければならないほど切羽詰まっているみたいだ。
王様転がって行っちゃったけど大丈夫? あ、騎士の人が近付いて行って、王様を助け起こ――さない。何か喚く王様を担架に載せてそのまま退場。本当に大丈夫か、この国?
結局、クラスメイト全員を保護する代わりに世界を救うために協力することになった。僕が足を引っ張ったみたいで、みんなごめん。
「吉川だけがこうもあからさまに能力が低いということは、後で最強になるとみて間違いない! お約束だね。」
……って、北川君? それにみんなもうんうんって納得しちゃうの?
そこまでテンプレで済ませちゃっていいの?
翌日から訓練が始まった。
さすがにみんな強い。前衛職っぽい能力を得た人は初めて持った武器でもすぐに使いこなした。力も強いからあっという間にそこいらの騎士よりも強くなった。
魔法組も凄い。みんな簡単なレクチャーですぐに魔法が使えるようになった。魔法の基礎はその日のうちに全員マスターし、各自自分専用の強力な魔法を模索している。
この世界の人が何年もかけて身に付ける技術をわずか数日で習得してしまう。異世界から召喚した人間が大きな戦力になるというのも納得できる話だった。
特に勇者北川君は剣と魔法を同時並行で身に付けているというから、他のクラスメイトの倍の速度で強くなっている。
翻って僕はといえば、まるで駄目だった。
一応剣の練習をしているのだけれど、剣術スキルを持っていない素人だからまだ基礎の素振りだけで、それも力がないからすぐにバテてしまう。
魔法については、魔力も少なくて魔法のスキルもないから論外。スキル無しでも使える生活魔法というものさえ使えなかった。
せめて知識だけでも身に付けようと勉強も頑張っているのだけど、他のクラスメイトも剣や魔法の練習に余裕があるのか結構真面目に勉強しているんだよな。特に賢者有川君には勝てる気がしない。
今日も僕は素振りだけで力尽きたので休憩中。もう握力が残っていないから危なくて剣を持てないよ。
あ、草壁君と青嶋君が魔法で模擬戦をしている。ちょっと近くで見学して行こう。草壁君は炎、青嶋君は風の魔法が得意だ。
この二人、クラス内では不良っぽい言動が目立つちょい悪コンビだったんだけど、こちらの世界に来てからは魔法に嵌ってかなり真面目に練習していた。
それにしても、互いに向けて攻撃魔法を打ち合うなんてすごい度胸だと思う。一応威力は落としているし、魔法抵抗力が高いから当たっても痛いだけだそうだけど、僕が当たったら大怪我だな。
空中で相打つ炎弾と風弾。風弾の方は見えないけど、炎弾とぶつかり合っていることは分かる。
次第に炎弾が複雑な動きをするようになった。直進ではなく螺旋を描くように進む。これはあれだ、SFアニメで迎撃ミサイルを避けながら進むミサイルの動き。器用な真似をする。
しかし、制御が難しいのか炎弾の一発がふらふらと軌道を外れ、……こっちに向かって来た! まずい、僕が食らったら洒落にならない。
「あぶねぇ!」
こちらに気が付いた草壁君が駆け寄り、炎弾をその身で受け止めた!
「ぐっ!」
「だ、大丈夫?」
威力は落としてあるのだろうけど、痛そうだ。
「へ、平気だ、これくらい。それより最弱状態のお前を傷つけたりしたら、最強になった時に復讐されたり、逆に見向きもされずに雑魚として死ぬことになるだろ。そっちの方がヤバい。」
……草壁君、お前もか! なんでみんなそんなにテンプレを信じるのか。
そうこうするうちに、青嶋君が草壁君に回復魔法をかける。本職でなくても多少の傷なら治せるらしい。魔法って本当に便利だ。
「それに俺たち、『悪ぶっているけれど、たまに優しい』ギャップ萌えを狙っているから。」
青嶋君、なんてあざとい!
数日間の訓練で、僕以外かなり強くなったので、実戦訓練を行うことになった。
実戦と言っても、魔王軍を相手にするのではなく、ダンジョンでモンスターと戦うのだそうだ。僕たちは魔王軍に対する秘密兵器として、十分に強くなるまでは存在を隠すつもりらしい。
問題は弱いままの僕なんだけど、当然城に残ることを勧められた。僕もそれが妥当だと思うのだけど……
「レベルが上がれば一気に強くなるかもしれないからな。吉川は絶対に連れて行く。なに、吉川の安全は我々が絶対に守る。」
クラスメイトのことだけに、北川君が強く主張すると誰にも止められなかった。
この世界では、ゲームのようにレベルがあって、数値化されたステータスがあって、スキルと呼ばれる特殊能力がある。
このうち、レベルは訓練では上がらない。モンスターなどと戦って倒すことで経験値が溜まり、レベルが上がる。これから行われる実戦訓練の目的の一つがこのレベル上げだった。
一方ステータスの数値は訓練でも上がるし、レベルアップ時にも上昇するそうだ。スキルの方は訓練などで関連する行動をとっていれば手に入ることもあるらしい。
実際に、これまでの訓練の間にステータスを大幅に上昇させたり、新たなスキルを得たクラスメイトも多かった。
しかし、僕はさっぱりだった。新たなスキルも得られなかったし、ステータスもまるで上がらなかった。
これでも努力はしたんだよ。聖女の西山さんにも協力してもらって、勇者もドン引きなハードトレーニングにも挑戦した。
日本にいたころに比べて筋肉も体力もだいぶついたと思う。素振り千本とかもできるようになったし。でもこの世界の戦いでは筋肉の量や体格よりもステータスの方が優先されてしまう。
頑張ってもステータスが上がらないのは、ステータスの上限に達しているからではないかと言われた。
ステータスの数値には上昇する上限があり、その値は人によって異なる。上限に達すればいくら訓練をしてもそれ以上上昇しなくなるが、レベルが上がればステータスの上限も上がるらしい。
五歳児よりも低いステータスが上限だと言われると悲しいのでレベルアップはしたいけれど、そのために危険に突っ込んで行くのはどうかと思う。
まあ、今回はみんなが守ってくれるようだし、せっかくだから精一杯レベル上げしておこう。
「よし、いいぞ。吉川、止めを刺すんだ!」
僕の目の前にはドラゴンと呼ばれるでっかいトカゲが瀕死状態で身動きを封じられていた。残りHPはわずかに1。非力な僕は全力で剣を突き刺してどうにかそれを0にする。
モンスターを倒した時に近くにいるだけでも多少は経験値が入るのだけど、やはり大きなダメージを与えたり止めの一撃を行った方が得られる経験値は大きい。そんなわけで度々大物の止めを譲ってもらっていた。
おかげで僕のレベルもだいぶ上がった。
でもみんなのレベルの上がり方はそれ以上だ。雑魚モンスターをたくさん倒していたり、与ダメージが大きかったりするのもそうなんだけど、それ以上に成長が速い。賢者有川君の見立てでは、この世界の一般人の十倍くらいの成長チートらしい。
僕の成長速度は一般人以下らしい。ついでにレベルが上がってもステータスがほとんど変わらない。ステータスの上限は上がっていると思うから、帰ったらまた訓練だな。
「お、強そうな武器発見。吉川、ちょっと持ってみてくれ。」
ダンジョン内では宝箱やドロップアイテム的なもので時々レアアイテムとか強力な武器とかが手に入ることがある。それを、「アイテムチートかもしれないから。」とか言って見つける度に僕に持たせてくれるのだけど……
「う、この剣すごく重い。それにだんだん力が抜けて行くような……。ああ、剣が手から離れない! 助けて~」
「やはり、呪われていたか。西山!」
「はいはい。『解呪』、それと『回復』。」
結構呪われたアイテムもあるんだよね。それを「呪われた武器をただ一人使いこなす、テンプレだろう。」と言って容赦なく僕に持たせるんだよ。これだけは勘弁してほしい。
この日、ダンジョンの攻略でみんなは城の騎士達よりもはるかに強くなった。
僕以外のみんなは。
そしていよいよ魔王討伐に向かうことになった前日の夜のこと。
「和成君、ずっと前から好きでした!」
ええと、言いにくいんだけど鈴木さん、あなたはずっと前から北川君の追っかけだったでしょう。
「それで、本音は?」
「ここで告っておけばヒロイン確定かな、って。てへっ。」
……本当にうちのクラスの女子はノリが軽い。これでも実戦訓練の盗賊退治で対人戦闘&敵対する人間を殺したり、魔王軍の先兵に破壊された村のかなり悲惨な難民の支援とか、結構シリアスな経験もしているのだけれど。
「はいはい、そういうのはいいから。後ろで並んでいる人も、解散解散! 明日は早いんだから、さっさと寝ようよ。」
女子の半分以上が同じことを考えていたみたいだからね、全員の相手をしていられないよ。って、あれ?
「何で山崎君までいるの?」
「ここいらで親友アピールしておかないと、モブで終わりそうだったからな。」
うちのクラスの男子もやっぱりノリが軽い。
いよいよ魔王討伐の作戦が開始された。
作戦は単純だ。これまで魔王軍の侵攻を食い止めていた各国軍隊に温存していた精鋭まで投入して最後の力で戦線を押し上げ、魔王軍の主力を引き付ける。
その間に勇者北川君を中心とした僕たちのクラスメイトが魔王城に乗り込み、魔王を倒す。
「それで、やはりヨシカワ様も連れて行かれるのですか?」
リディア姫が心配そうに聞く。この姫様、うちのクラスメイトよりも常識人だ。相変わらず最弱の僕は正直戦力にならない。
いや、ダンジョンから帰った後で訓練してステータスは上がったよ。五歳児の平均は超えた。十歳児には負けるけど。
「むろんです。ここまで目立った変化がなかった以上、吉川は魔王との戦いの中で覚醒するのでしょう。我々の切り札です。」
北川君が自信満々に言い切る。どうしてそこまで自信があるのだろう。
結局北川君以下、僕以外のクラスメイト全員の総意に押し切られて僕も一緒に戦場へ行くことになった。
魔王城までの道のりは、快進撃とか、破竹の勢いという言葉がぴったりだろう。
後先考えずに各国の軍が猛攻を開始した中、その軍の精鋭より強いチート集団が突き進んで行ったのだ、魔王軍に止められるはずがない。
ただ、既に勇者の存在は魔王軍にばれているらしく、途中魔王軍の幹部やら四天王やらが何度か立ち塞がった。
しかし、うちのクラスメイト達は全く危なげなく撃破して行った。本当に、僕がいる意味あるの?
特に四天王は弱い順に一人ずつ登場して、みんなにテンプレテンプレ言われながら倒されていた。
そしてあっさりと魔王城に到着。みんなの足に付いて行くのが一番苦労したよ。
魔王城には人気がなかった。
人類との決戦に出払っているのだとしても、全く誰もいないというのは不自然だった。しかし、罠だとしても進むしかない。
そして誰とも会わないままにそれらしき場所に出た。いかにもな玉座が置かれている。
そして、玉座に座していた男、魔王が立ち上がった。
魔王、だよな? なんだか貧相で、さえないおっさんに見えるんだけど。
――バタン!
やはり罠だったらしい。突然背後で扉が閉まった。魔王からは逃げられないのだろう。
「我が軍の精鋭を退け、よくぞここまで来たな勇者共よ! だがそれもここまでだ。お前たちはこの場で全員、このこのワシ、魔王直々に殺してくれよう。」
あ、やっぱり魔王だったんだ。強そうには見えないんだけど、一人で全員を相手にする気みたいだから相当強いのだろう。
「元より我々は魔王を倒すためにやって来た。お前を倒し、我々は生きて帰る!」
北川君が前に進み出る。ちょっぴり不機嫌そうなのは、「世界の半分をやろう」などというお約束がなかったせいだと、クラスメイト一同理解している。
「行くぞ!」
剣を手に北川君が魔王に向かう。他の皆もいつでも北川君をサポートできるように戦闘態勢を取った。しかし――
「うわぁ!」
嘘! 北川君が一瞬でやられた!
西山さんが慌てて駆け寄る。命に別状はないみたいだけど、北川君がまるで相手にならないというのは想定外だ。
「ハッハッハッ、勇者がいくら強くてもワシには勝てぬ! ワシのスキル『強肉 弱食』の前では赤子同然よ。」
勝ち誇る魔王。既に勝利を確信したのか、雄弁に語りだす。
「ワシの『強肉 弱食』の影響下では、強いものほど弱く、弱いものほど強くなる。ちなみに、スキル無しのワシは、一般兵よりも弱いぞ!」
「……。」
「……。」
「……焼肉定食?」
「……。」
「……。」
治療が終わったのか、北川君がむくりと体を起こした。
「どうやら我々は思い違いをしていたらしい。これから覚醒するのではなく、彼は最初から完成していたのだ。……吉川、頼んだぞ。」
「……。」
僕は無言のまま、得意になって語る魔王に近付いた。
「ここまで説明してやったのは、お前たち全員生きて帰れないからだ。この城には非戦闘員が百名、ワシのスキル発動と同時にこの部屋を囲んでおる。この部屋を抜け出したとしても逃げることは……」
「ていっ!」
「のぎゃあぁ!!」
あっさりと魔王が吹っ飛んだ。弱い。
「なんじゃと! ワシの『布の服』の防御を突破するじゃと!」
――布の服
防御力:10
「魔王のスキルの影響下では、魔王本人の防御力と合わせて、攻撃力90以上の攻撃は全て無効化されます!」
賢者有川君の鑑定スキルは健在のようだった。
因みに一般的な兵士は魔法職や後方支援を含めて攻撃力は100を下回らない。北川君の攻撃力は100,000を超えるし、他のクラスメイトも、魔法職の女子を含めて攻撃力500以上ある。僕以外は。
「何でこんなに弱い奴を連れて来るんじゃ! 非常識だろう!」
「お前が言うな!」
「ぶぎゃぁ!!」
なんか逆切れ気味の魔王を再び黙らせる。十歳児にも負ける実力を舐めるなよ! はぁ~。
床に転がってのたうち回っていた魔王が再び立ち上がった。意外とタフだ。
「まさかワシよりも非力な者を連れて来るとは……じゃが、それならば『強肉 弱食』を解除すれば……」
「ほう、厄介なスキルを解除してくれるのか?」
「うっ」
先に皆を倒した後だったらその手も使えただろうけど、今スキルを解除したら、北川君達が魔王を瞬殺する。今から北川君達を攻撃しようとしても僕が魔王を止める。
魔王は進退窮まった。
「ええい、こうなったら最後の手段じゃ!」
魔王は突然布の服を脱ぎ始めた。
「これがワシの最強の防具じゃ!」
――特殊防具:全裸
防御力:0
変態度:+120%
『強肉 弱食』の影響下では、魔王の素の防御力である80を超える攻撃力を持つ者の攻撃は全て無力化される。
ただし、吉川の攻撃はそれでも通る。
「やめんか、変態!」
僕はポケットに入れてあった武器を取り出し、魔王に叩きつけた。
――ミニハリセン
攻撃力:0
吉川がクラスメイトに突っ込むために自作した小型のハリセン。
特殊効果として、持つ者の攻撃力を百分の一に低下させる。
――ペシ。
「アギャラブァ!!!」
こうして、魔王は滅んだ。
「魔王は死んだ。だが油断してはならない。いずれ第二第三の魔王が現れるだろう。その時のために、吉川、お前はそのままでいてくれ。」
「いや、あんなピンポイントで僕だけが倒せる相手がそうそう現れてたまるか!」
主人公、最初から最後まで突っ込み役です。
異世界転移で最弱→最強に成り上がるパターンは多いから、その手の物語を知っていたら最弱無能なクラスメイトを虐めていられないだろうな、という感じで書いてみました。
基本一発ギャグなので短編にしましたが、テンプレ展開を色々と詰め込むと長くなるのでバランスが難しかったです。結果自分の書いた短編の中では最長になりました。