第6坑 血の池に花が燃ゆ
続きです。
遅くなってしまいすみません:( ;´꒳`;)
「ヨッチョレヨーヨッチョレヨーヨッチョレヨーヨッチョレヨーヨッチョレヨーヨッチョレヨー……緋イ月、唸ル宙、轍ノ痕ノ、血ィ達磨ッ! ホイ! ……ヨッチョレヨーヨッチョレヨーヨッチョレヨー……」
無数の何かがそれぞれの声で歌いながら練り歩く。途切れるところを知らない。手に目玉を持つもの、道具の形をしたもの、白目を向いて前にいる鬼を齧っているもの、魔羅やそその形をしたもの、挙げ出せばキリがない。滅茶苦茶、正に百鬼夜行。見ている傍からも異形たちの足元から地を割って湧いて出てくる異形。異形。異形。
しばらく動ける訳もなく、ただ息を殺して、2人コンビニであった場所に力無く立ち尽くし、赤く曇った窓ガラスの向こうの異形の列を目で追っていた。
すると、1匹の目のない、蛇のような形をした鬼が壁が水でできているかのように、トプンという音を立てて、すり抜けて入ってきた。
「ひぃっ!」
思わず天音が悲鳴をあげた。青い顔で顔中に汗。咄嗟に天音は震える両手で口を塞ぐ。私は同時に身構えた。が、鬼はしばらく
「はあっ、はっ、はああっ」
と、匂いを嗅ぐような息遣いをして、また同じく游ぐ様に外へ出ていった。
よかった……
私は安堵した。しかし、それはつかの間の安堵だった。
異形の列は終わる気配を見せない。何分たったか分からない。何時間か。あるいは数秒なのかもしれない。膝の皿が頷いた様に震えた。
汗が、横腹や腰のあたりを這いずる。
心臓が這い上がってくる様。
浅い呼吸を繰り返す。
「っっぷふっ……はっはっはっ」
天音はまた息をし始めた。私と同じように恐怖で動けずにいたのだろう。息つく声と服の擦れる音が赤黒い空間中に溶けていく。
私は忘れかけた呼吸を始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「これと…これと…そんでこれも……っと」
妖怪に物理攻撃が果たして効果があるものなのか。それは分からないが、思いつく限りの武器をカバンに押し込む。
やっぱり撮りたいからカメラも。
ナイフにエアガン……
ガシャンッ
ちゃんと動くね。うん。よかった。当分使ってなかったからなぁ……電池は新品だからおkね。お守りも……一応。あと塩も。粗塩だからなあ…清められなくても目に入りゃ勝ちだな。うん。
「よし! 行ってきまーす!」
リビングの母に向かって。
「気をつけるのよ〜!」
「はーい!」
「あっ! みこちゃん!途中でお姉ちゃん見かけたらLIMEして〜!」
「ん! 分かったー!」
午後8時。母さんには写真部の友達と夜景を撮りに行くと伝えて、私は勢いよく玄関を出た。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
メリリッ……ボゴッ……ガラガラ……
アスファルトが下から突き上げられて割れた。
そこから縦に開いた単眼の鬼が身を捩り、地上に上がってくる。
そんな光景を何度見ただろうか。しかし、慣れはしなかった。自分の鼓動が私を追い込む。
ボウッ……ホボウッ……
これが俗に言う鬼火なのか……金魚の形をした炎がこちらへ泳いでくる。
わぁ……とても綺麗……
私は、この状況下、その金魚にうっとりと、逃避した。金魚はゆらゆらと、その尾びれを赤黒い闇の中で漂わせている。はぐれた火の粉が、虫のように飛び、溶けていく。
「綺麗……」
天音も同じ気持ちだったのだろう。声を漏らした。
__________金魚の目が私と合う。
金魚は、鼓膜を破るような爆音と共に、辺りを燦々と照らした。
眩しくて目を閉じた。
バリリリリリリリリリリリリリリリリッ!
ガシャ……パリッ……パリッ
「ろう……ろう……ろう……」
「うまそうだやぁ……」
「んもふっんもふっんもふぅぅぅぅぅぅぅう」
「肉かぁ……? おぉ……2匹もおるなぁ……ふふぅ」
不穏に響く声とともに、窓ガラスが崩れ落ちては割れる。生臭く、ぬるい風が髪の隙間をくぐり抜ける。
「いっ! きゃぁぁぁあぁあ!」
「天音っ! 下がってっ!」
天音の悲鳴に続き、私は天音を後ろへ押そうとしたが、緊張で体は思うように動かなかった。
動け動け動け動け動けぇぇぇぇ!
叫んだつもりの声も出なかった。
そこへ1匹、蛙のような鬼が天音の方に飛びかかった。
私は目で追いながら……金縛りに遭ったある夜を思い出していた。
水の中を走るように、体は鈍い。
腕も足も首も全てが縛られているようで、思うように動かない。
動か……いや動くんだ! 動くんだ! 天音を……天音を……
こんな時、本当に世界はゆっくりに見えた。
天音がどんな目に遭うかは知れない。私は全身に力を込め、力いっぱいに叫んだ。
「っ……がぁぁああああぁぁぁぁあああああ!!!」
体に巻かれた縄が弾け飛んだように、私の体は強く躍動し、恐怖は消えていた。自分の足が空間を斬る。
メリッ……
足の骨の奥から脳天に音が伝播した。痛みや悪寒はない。
鬼の顎の骨を砕いて、足が通過する。
私から怪力が発揮された。神に匹敵するとも思えるような力。
いける……!戦える……!
「天音に触るな!!!」
足元の瓦礫をも震わす咆哮。
恐怖も緊張も、怒りにかき消されていた。
目頭も目尻も熱く濡れて、涙が頬を通って落ちていく。
万能感に満たされて、後ろで倒れるように座った天音の前、足を踏ん張って叫ぶ。
「人間ごときが笑わせる……」
「今日は上物が紛れ込んだんだのぉ……」
「ふんぬっふんふんふんっふふんっ」
鬼が私たち目掛けて押し寄せてくる。ほとんどが私の半身ほどと小さく、小鬼のようで、中には私と同じ背丈の者もいたが、人間を超えた私にはこれらを伏せることが容易な事に思われた。
バキッ
ぐしやっ
ビタタッ
瞬間的に鬼の肋に拳がめり込む。喉を掴んで叩きつける。向かってくる鬼の顔を足で抑え、踏み潰す。振り払って叩きつける。背骨を蹴り潰す。腕を掴んで振り回しては腕が千切れるまでほかの鬼に叩きつける。倒れた鬼の肋を踏み潰す。中で臓物が弾ける音がする。後ろへ飛びかかる足を掴んで振り落とす。腹を殴り破る。臓が弾ける。目を殴り潰す。髪をつかむ。顎を蹴り飛ばす。骨の折れる音が響く。崩れるのを待たず横へ蹴り飛ばす。殴り掛かる拳を掴む。振り回す。千切る。
際限ない骨の碎ける音……鬼のものか私のものか分からない。
体は内側から熱くなっている。
いつもの人間の動きは最早ない。
頭を掴む。地面に押し付ける。胡桃のように押し潰す。宙に浮く体をひっ捕らえては叩きつける。足を払う。頭を踏み潰す。踵で鎖骨をへし折る。腕を掴む。逆向きに曲げる。角をへし折る。目に突き刺す。抉りとる。捨てる。
「ふーーーーっ」
息は果てしなく続く気がした。しかし同時に、この戦いも果てしなく続く気がした。
鬼の阿鼻叫喚。いちいち嫌な声を出す。耳の奥に重油を塗るような、深海に沈められるような疎外感、孤独感、次いで恐怖を感じる。
鼻を殴り潰す。腕を蹴り飛ばす。肋を折る。叩きつける。殴る。蹴る。殴る。殴る。殴る、殴る、殴る、殴る_______。
……………………………………………………何のために?
気づけば鬼の血の池の中に立っていた。
拳の感覚は無くなっていた。握っているのかどうかも分からない。
腕も足も頬も裂傷だらけで黒い。
視線を向けて確認することさえしなかった。
あれ……? 痛い……何で? 痛い……天音……? 私……守りきれるかな……守る必要……ある? 他人……私の命……引き換え……
「なぁ、首……括らないか? 痛いだろ? 怖いだろ?」
誰かが耳の傍で囁く。
括る……? 縄なんてないし……そんなことしたら天音が……
「天音? 別にいいじゃないか。 他人がどうなろうたってお前の体に傷はつきゃしないさ……縄がないなら……ほら……そこにガラスの破片がある。首を掻っ切ってしまえば……そのあとは怖くも痛くもない……さ……ふふっふふふっ……」
誰かが続けて言う。
「うっ……おえぇぇぇぇっ……はぁっ……おえっおええっ……」
ビタタッ……ビタッ
気分が悪くなるほどの恐怖に嘔吐、激しい自殺衝動に駆られる。
さっきまでの威勢は嘘のように絶望へと豹変していた。
闇が、べっとりと私の胸の奥、心のようなものを、後ろから鷲掴みにしていた。
あ゛ぁーーーーっ! 死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい…………………
「はあっはあっはあっ……」
夢中にガラスの破片を拾い上げる。
私……死ぬんだ。死のう。
ガラスの先が喉をチクリと震わせた。
頭の中にぼやっと人の姿が浮かぶ。私だ。私の顔だ。
死ぬ前ってこんなこと考えるのかなぁ……もっと……友達とか……家族とか……私……情けないなぁ……天音……守れないでごめんね……自己中なんだ。私。先に行くよ……あぁでももう会えないか……私は地獄行きだね……。
「海月……早く首を掻っ切れ……楽になる。ついでに天音への償いにもなる……さぁ……さぁ……」
頭に浮かんだ私は私に向かって言う。
より一層ガラスが食い込む。
キリキリ……キリキリ……
「さぁ、そんなに勿体ぶるなよ。一思いに……」
頭の中の私の顔は、目がずるりと落ち、その奥からこんこんと黒い血が溢れ、頬を流れる。ニタリと歪んだ笑みを浮かべた。
目以外が次第に天音のものに変わっていく。
「鬱陶しいのよ。仲良くしてやってればつけ上がってさぁ……死んで?」
天音……そんな事言わないでよ……ごめんね……
「今、死ぬからね……」
口が勝手に喋った。いや、心の声が漏れ出たのだ。
バキッ……バチィィィィンッ!
その時、私が今まで見ていたものがガラスが割れるように崩れて、私は何者かに頬を強く打たれた。
「ばっかやろおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「ちいっ……」
倒れる私に聞こえたのは、生気に満ち満ちた怒号と、鬱々としたしゃがれた声が、不協和にせめぎ合う音だった。
完走おつかれさまです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
誤字などございましたら、お手数ですが、誤字報告の方、よろしくお願いします。
感想などございましたら
およせ頂けるとありがたいです♪
ではまた(*・ω・)*_ _)ペコリ