第5坑 開く鬼門、開かれた鬼門
続きです。
「詔ーっ! こっちこっち!」
私が待ち合わせ場所の2-3教室を覗いた時、里音は机の横側に立って、私に手を挙げた状態で「こっちこっち」の動作をしていた。熊石は、その机に着いている椅子に座ってスマホを左手にこっちを向いて右手を振っていた。
「ねね聞いてよ。さっきさぁ、バスの隣をさ、火の塊がズバーンって通ったんよ! すごい振動やった!」
私は2人に駆け寄りながら、興奮して話した。すると里音は、
「だぁ……なによコイツ……先々遭遇する……いつもじゃんっ!」
「詔はねー。見えないくせにねー」
ジト目の里音と、苦笑いの熊石。
「いやぁ、すまねぇすまねぇ。あれがその不審火なの?」
「はぁぁぁぁ……そだよ……これで話すことの3分の2は終わったわ」
白目をむく。
「まーまー。詔のこれがあるから僕達は対策練れてるんだしー」
イケメン対応の熊石。
「むむ……」
下唇を噛む里音は目の下にくまを作っていた。また夜中まで情報収集を頑張ったのだろう。私は里音に向かって手を合わせて謝る動作をした。
私は見える方面の霊感はないが、霊的なものと遭遇するのに長けている。運が悪いとも言える。
私達はよく3人で心霊スポットに行くことがあるが、大体私が先に遭遇して、後で2人がどんな霊なのかを推測して、その後の動きを決める。いくら霊感がないとはいえ、見える時は誰でも見える。里音や熊石と違って普段見えないから、見えた時の恐怖と言ったらない。さらに言えば、見えるだけならいいが、神社での出来事のように金縛りやら耳鳴りは付き物で、遭遇しやすいというのは損するステータスだ。現に里音に怒られている。
それはちょっと違うかな。
「で、あれなんなの?」
会話を元に戻す。熊石がスマホを机に置いて私に見やすいようにして、話し出した。
「今回のはねー、今までとはちょっと違うんだよー」
里音が腕を組んでコクコクと相槌を打つ。
「違う……?」
「うんー。今回はねー。相手は妖怪らしいんだー」
「んっ!? よっ!? 妖怪!?」
私は机に手を付き、身を乗り出した。
クラスの視線が痛い。が、それは今はどうでもいい。
里音は私の驚く様子に満足したのだろう、私をドヤ顔で見つめてくる。一方、熊石はスマホを手に取って私に近づけた。
「それでねー、その妖怪はねー、これだと思うんだー」
「屋根とか電柱とか至る所に真っ赤な猫のような足跡が見つかったのよ。四足歩行にしては足跡が少なくて赤いのはご遺体を貪ったからよ!」
考察を羅列する里音をよそに、私は熊石のスマホに目をやる。
スマホの画面には、尾が二股に分かれた二足歩行の猫が炎をまとっており、それが白装束の人を担いでいる絵が映されていた。これを「火車」または「魍魎」と呼ぶ。生前罪を犯した者の亡骸を奪いに来る妖怪だ。
「かっ……」
「火車よ」
「わーってるよっ!」
「初歩中の初歩だもんねー」
私が言い終わる前に里音はメガネの真ん中を指でクイッと上げて言った。発言を遮られたことは何ともなかった。それより私は、「妖怪」という霊とも神ともつかない存在に直接出会えることに歓喜した。
「やたー!」
私は思わず両手を上げて飛び跳ねた。
またもクラスの視線の的になる。
「落ち着きなよー」
「そうよ。そんなんで授業集中できるの?」
「任せろっ!」
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「どーした、熊石、船持、今日はひと味違うなぁ!」
「はいー」
「はいっ!」
授業中、私と熊石は中々に冴えていた。一方の里音はと言うと、
「んで、境。あれ? 境? おーい? さーかーいー?」
「ブツブツブツブツ……違うなぁ……ブツブツ……んん……ブツブツ……」
あれだけ言っといて……
呆れたことに、里音の机の上には授業とは全く関係の無い妖怪の本で埋め尽くされていた。こんな調子で放課後を迎えた。
「じゃあ、各々家に帰って用意してから、またここに集合ね!」
先生じゃないが、今日の里音もひと味違う。
そりゃ私の台詞だわ。まぁ、今日くらいいいか。
普段は私が先陣を切って進むが、今はそんなエゴは要らない。私は未知との遭遇に胸を躍らせた。
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部活動も終わり、時刻は午後7時半を過ぎた。さすがに夏まっただ中でもこの時間になれば、あたりは夕闇に包まれつつあった。
部室で着信があったから、スマホを確認した。友達の天音の世話役の執事の田宮さんからだった。
『船持様、申し訳ございません。予想以上に混んでおりまして……遅れてしまいそうです。一応、天音様にもこのメールを送信しておりますが、天音様はあまり着信を気にされないので……私が到着するまでしばらく、天音様をよろしくお願いします』
とあった。田宮さんにしては珍しいことだった。しかし、私は『はい! 伝えときます!』と打って、あまり気にせずに、私は学校玄関で待つ天音のところへ向かった。
天音はカバンの持ち手を肩にかけて、所在なさに踵をトントンして立っていた。
「ごめん! ちょっと遅くなった」
「ん? 私も、今来たところよ」
「よ」の部分で首を少し傾ける天音。溢れる小動物感。なんだこのかわいい生き物は。
「あそう? ならよかった」
頭を撫でたい気持ちを抑えた。
「あ、でも結果遅れたの海月だから、ジュース1本奢りねっ!」
そう言った天音は物欲しそうな子供の目をしていた。
「何よーっ。天音はお嬢様でしょ。それに私、今月ピンチだから」
……とは言ってももう今月は使う予定は入ってないけど。
「けちーっ!」
私の右の二の腕を天音がポカポカ殴る。
「むう……かわいいなぁもうっ! 一本ね? 」
「わーい! 海月お姉ちゃん大好きぃ!」
ジュース1本で……全く。将来が心配だ。
って、同級だろよ。
「あっ、そういえば! 田宮さん遅れるってさ」
「ええーっ! ……あ、じゃあさ、途中まで歩いて帰ろ? 途中にコンビニもあるしっ!」
「え……? 田宮さん見つけれないじゃん……」
「だいじょーぶ。私GPS着いてるからっ! ふふん」
天音にGPSが着いている理由が察せられた。
そしてそんなに誇らしげに言うことじゃないぞ。
「はいはい。わかったよ」
コンビニまでは歩いて3分くらいだったし、大きな道沿いだから田宮さんにも迷惑にはならないと思って行くことにした。
コンビニに着いて、ふと思った。
もしかして2人だけで買い物って初めてかな。いつも田宮さんとか他の執事さんが一緒だったしな……今日の天音……そういえばいつもより活き活きしてるな……。
「ちょーっと? 海月ー? 聞いてるー?」
「ん? あはい」
「アーモンドかマカダミア、どっちがいいと思う?」
そういう天音の両手にはチョコ菓子が握られていた。こっちに見せて私に選ばそうとしている。
「あら? 天音さん? ご所望なのはお飲み物じではなくって?」
少し煽るように言った。
「いーもんっ! チョコは飲み物なのっ!」
「肥るぞ」
「ぐぬっ……ぬぬぬっ……」
頬をふくらませている。
良いんだけどねーちょっと値が張るというか……ジュースの2倍くらいするんだよなぁ……あとなぁ……マカダミアの方が高いんだ。頼むマカダミアだけはよしてくれ……!
「ざんねーん! 海月選択権剥奪ーっ! よってマカダミアっ♡」
「あーっ! もー! ピンチって言ってるじゃんーっ!」
まあ……なるよね。しゃーなし。
「どうせ『今月はもう出費ないー』とか言うんだし。いいでしょ?」
天音は私を真似て言った。
くっ……図星……っ
「図星ねー! はいはいお会計! ふんふふーん♪」
憎めないなぁ……実の妹より可愛いからなぁ……
私が天音を追ってレジに向かおうとした時だった。
「___百鬼夜行」
「きゃっ!?」
思わず悲鳴を上げた。
どこからともなく女の声がした。全身に響く……否。私が存在している世界全体に響くような声。冷たい汗が横腹を蛆の様に這い、胃のあたりからなにかが込み上げて来る。息苦しい感じがした。
「な?! どした?!」
能天気な様子に、どうやら天音には聞こえていようだ。他の人はと思い、辺りを見回したが、確かにコンビニの中にはいるのだが、商品から壁、店員さんまで、赤黒く染まっている。
「天音、出るよ」
「う、うん」
私は至って落ち着いて天音に言った。天音も状況が呑み込めないながらも、取り乱さず、私の目を見て頷いた。
入り口に手をかけようとした時だ。
トントン……トントントン……トントン……トントントン
シャラン……シャラン……シャラン……シャラン……
ピ〜ピピ、ピッピッピッ、ピーヒャラピーヒャラ、ヒャラランラン
ベン……ベンベンベン……べべベンベン……ベベンッ
「ヨッチョレヨーヨッチョレヨー、アカイツキ、ウナルソラ、ワダチノアトノ、チーダルマ、ヨッチョレヨーヨッチョレヨー……」
無数の足音と共に、夏祭りのお囃子のようなものと低い声。あの声が聞こえてからずっとどこからともなく聞こえていた。しかし、それが近付いていることに気付いた。
「コクッ……」
天音が固唾を飲む音が聞こえてきた。
私達は、赤黒く曇ったガラスの向こうに、色んな形をしたなにかが、列になって練り歩くのを、息も絶え絶えに、ただ、眺める他なかった。
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