第4坑 呼んでいる面
続きです。
バスの中で私は、流れていく景色をぼやっと眺めている。青々とした銀杏並木の木漏れ日が私の顔を撫でていく。
ブーブブッ
スマホが鳴った。確認すると、友達からLIMEの着信が来ていた。
「里音じゃん……なんだなんだ……?」
ブツブツ小声で言いつつメッセージを見る。
「詔ーっ! 最近話題の不審火について会議をしたい! 2-3教室で熊石と待っとく!じゃまた!」
不審火……ニュースを見ない私はピンと来なかった。しかし、まぁ話してるうちに分かるかと思って再び景色に目をやる。
境と熊石は中学からの友達だ。境は名前を境 里音と言い、ほわっとした顔つきで丸メガネにおさげという、いかにも地味女子な女の子だ。顔はほんとにいい。しかしそれを打ち消すようにメガネをかけている。いつも「里音はコンタクトの方ががモテるよ?」と言っているが、頑なにメガネをかけている。まさか……彼氏がいることを私に黙っているのか。いや、まさか……。あまり自信はない。まぁ、誰だって誰にでも黙っておきたいことくらいあるよね。と、自分に言い聞かす。
熊石は名前を熊石 毅という。名前に反してコイツはとても貧弱な見た目をしている。全体的に色素が薄い。常に猫背で、男であるだけガタイは良いが、体育祭でも特に目立った活躍をする方でもない。が、道路に飛び出たネコを助けた時、アスリート並みの跳躍を見せた……ような気がする。あまりはっきり覚えていない。夢な気もしてきた。
この2人と私の共通点は、オカルト好きということだ。それ以外は特にない。中学一年生の時、文化祭で事故があって、生徒が大怪我をした。その時から私と里音は友達で、事故当日の朝、私は体育館で漂う腐臭に気づいて、里音に話した。
「ねね、里音、昨日準備の時さ、体育館臭くなかった? なんか生ゴミみたいな匂いしたよね」
「へ? そう?」
「したよ~。臭いがどっから来てるか見回したけどらしいもの無かったんよ……したらさ、里音もなんかきょろきょろしてたから。ひょっとして……って」
里音は決まりの悪い顔をした。
「ちっ、よく見てんなぁ。詔は」
すると急に神妙な顔で少し下を向いて里音は言った。
「……詔はさ……心霊とか信じる?」
急に何をと思った。
「ん? 何よ。急に」
「まま、いーから、信じる?」
「信じるよ。見たことないけど」
私は冷やかされるのかとも思ったが、正直に答えた。すると、里音は、耳打ちするように私に顔を近づけて言った。
すこしドキッとしたのはここだけの話。
「実はね、あの体育館はいつもなにかがいるのよ。入学式の時から見えてたけど。昨日はいつもの場所にいなかったの。だから探したのよ」
と言う。
「へぇ……」
としか返せなかった。
「あーっ! 信じてないな?!」
里音は少し赤くなって言った。確かにその時はその言葉を信じきれなかった。しかし、文化祭本番は機材トラブルや、演劇中の生徒の足に舞台の幕が不自然に巻きつき、足を骨折する事故が発生したことから、里音の言うことを信じることになった。骨折した生徒の悲鳴が響く体育館で、里音が青ざめて
「やっぱり……」
と呟いたのを横から見たのを覚えている。
それからというもの、怪我をした生徒には不謹慎な話だが、私はオカルトにより傾倒していった。里音は私のように、匂いで感じることは無いが、しっかり見えるらしく、私が「匂うな……」と思った場所に行っては、どんなのがいるか、絵にしてくれた。里音も、「まだ見たことない形をしたなにかを見たい」ということで快く同行してくれた。そうしているうちに神社の家の子の熊石が仲間入りしたということ。
神社は、石の匂いに酒の匂いが混じった匂いがする。「石の匂い」と言うのは、土や泥の匂いがするという訳ではなく、私の持っているターコイズの髪飾りから、山川から漂う自然の爽やかな香りがするからそう呼んでいる。とても洗練された香り。寺社仏閣などのプラスの気があると言われる所は大体が洗練された匂いがする。もはや「匂い」ではなく「香り」。ある日、「神様を見てみたい」と無理やり里音と2人で熊石の家の神社へ行った。境内の注連縄をした岩を見た里音が、
「見えたっ! 熊! まんま!」
と言った途端、金縛りに遭ってしまった。里音は全身から汗を流して、
「う……あ……」
と、呻き、小刻みに震えていた。里音に声をかけようとした途端、私も頭が割れるような耳鳴りに襲われ、まともに立てなくなってしまった。
しばらくして、
「えっ? 船持さんとー……境さん……? どしたのー?」
と、こちらへ向かってくるか細い声がした。熊石だった。私は頭を抱えて悶えていたから、細かくは覚えていない。が、困惑していた熊石は、すぐにどこかへ行った。間もなく狩衣に似た装束を着て、今までになく真面目な顔をして戻ってきた。そして、岩の前に座って三礼して、なにか岩に向かって詠じた後、また三礼をした。すると。私の耳鳴りは収まった。私は安堵と共に気を失った。
「詔、詔! ねえっ! みーこーとーっ!」
里音の声で目が覚めた。
「ん……っ……どこ?」
「熊石君の家だよ」
私はさっきのことを思い出して、
「あっ!」
と、飛び起きた。すると、
「気がついたー?」
違う部屋から熊石の声が聞こえた。
「うん! 生きてた!」
里音が声のする方へ少し大きな声で言う。
「全く……無茶するんだねー。2人ともー……僕怒ってるからー」
怒気が感じられない声量と声色で、私服に着替えた熊石が歩いて来た。熊石は続ける。
「神様は無理に見ていいものじゃないからねっ! 今回は何とか家の長年のよしみで許してもらったけどー……他のとこで同じことしてたら死んじゃうこともあるんだからねー?」
その時、熊石から出た特に強めて言った訳では無い「死」が、私を戦慄させた。
「ごめん……つい、興味が湧いてさ……」
「私も……ごめんっ!」
2人で熊石に謝った。
熊石は、
「いいよー丸く納まったしー」
と言ってニッコリ子供のような笑顔を見せたかと思うと、
「2人ともーもしかしてー、オカルト好きなのー?」
と聞いてきた。私たちが、
「うん!」
と答えると、熊石は嬉しそうに新聞の切り抜きや、古文書を持ってきてくれ、色んな話をしてくれた。聞くには、熊石は霊的なものを見ることと、交信することができるらしい。それからというもの、あーでもないこーでもないと話している内に、3人は仲良くなった。それからは、よく集まって話したり、時には心霊スポットに行くこともあった。
姉の中学進学を機に引っ越した私は、身近に友達がいなかったから、この2人との関係は必然的に私のかけがえのない物になっていた。さっきLIMEで来たように、私たちは毎日どこかへ集まっては雑談をする。最初はオカルトだけだったが、より仲良くなるにつれて内容は雑多になって行った。
「おい、熊石ァ彼女はまだか」
「んー……幽霊の彼女募集中ー」
うわぁ……
とか
「も〜っ! 英語の担当がうざいーっ!!!」
「ほんとそれなぁー」
「僕はなかなか好きだけどなぁー」
「乳見て言ってんのか? むしろそうであってくれ」
とか
「巫女のバイト足りてないんだけどー2人とも興味ないー?」
「ぬっ? いくら出るんや……?」
「してみたい! 詔も行こーよー」
とか。心の避難所、要するに憩いの場所になっている。
今日はどんな話が聞けるのだろうか。
プーーーーッ
「釜鳴高校前ー、釜鳴高校前ー、お降りの際は忘れ物のないよう、ご注意ください。えー次は釜鳴高校前ー。バス停車後に席を_」
運転手が言いかけた時だった。
ボウッ____________ガタガタガタガタッ!
バスの隣を一陣の風……いや、写真に写るフレアのような炎が、刹那の時にすれ違って行った。バスが波を打つように揺れた。
キキーーーッ!
バスが急停車する。運転手の人も混乱しているらしく、辺りを見回している。
「え? なに?」
「地震?事故?」
「すごい風だ……」
「風じゃなかった。炎だ」
「大丈夫? 怪我してない?」
車内がどよめく。
「きゅ、急停車失礼致しました。車両は強風に煽られた模様です。事故ではありません。ご安心ください。まもなくバスは運転を再開致します。次は釜鳴高校前。釜鳴高校前」
運転手が乗客に説明アナウンスをした。
車窓の隙間から鼻を突くような腐臭が忍び寄ってくる。私の鼓動は倍速になり、私の口を目指していた。
「面白いやん……」
不敵な笑みを浮かべ、私は意味ありげに、ポケットから取り出した髪飾りを着けた。
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