第2坑 晞(あさ)
続きです。
私は疲れが残る体を、足で振りをつけて起こした。普段こんな時間に起きないだけあって新鮮な気分だ。旅行先にいるような錯覚さえ起こす。私の部屋は家の2階南方面にベランダ窓がある。
「よっ」
私は階下の家族を起こさないように、猫やヤモリのようにそっと、ベランダ窓から外の風景を眺めた。家が小高い丘の上にあるから、朝焼けに映える街を目いっぱいに写すことができる。普段は夕方にこれをするのだが、今日、初めて朝焼けの街を眺める。角張っていて上に伸びる、大きさまばらの建物はいつも見るより淡い色をしている。時々強い反射をするのが晶洞の中の長石のようで綺麗だ。
「ほっ…………」
心満たされた私は、溜息にも似た安堵の呼気を吐いた。
この部屋は姉の海月と妹の陽和と私の姉妹3人の激しい争いの果てに得たものだ。じゃんけんで。拍子抜けしたとは言わせない。本当に激しかった。あいこが100回も続いたのだ。最初こそ、みんなこの部屋を我がものにと血眼になって手を出し合っていたが、30回を超えたぐらいから3人どこまで続くか目を輝かせてじゃんけんをしていた。しかし、とうとう101回目に私の出したパーが2人のグーをひれ伏せた。みんなあいこにならなかったのが悔しくて
「あ゛ーーーーーっ」
と天を仰いだ。もちろん、その時にはみんな部屋決めの事はすっかり忘れていた。口々に「惜しい」とか「うーわ」とか言っていた。後で思い出した海月はとても悔しそうにしていた。が、単細胞な人なので夕飯後には忘れたらしく、ケロッとしていた。が、荷物を運ぶ時になって再び思い出したらしく、
「ねね、みこちゃ……1週間に1回でいいんだよ。お姉ちゃんに部屋貸してよ。ね、貸して? 貸してください! 詔様ぁ〜!」
といった塩梅だった。やれプライドは無いのかあやつには。
……しかしこの風景を見るとその海月の振る舞いも頷ける。ごめんよ姉ちゃん。
陽和はというと、特に悔しがる様子がなかった。むしろなんだか安心したといった顔をしていて、後はただ騒がしい姉たちを幸せそうに眺めていた。元気はつらつな妹だからこう静かに微笑んでいるのはとても不自然だった。しかし、その後は私が家に帰ると、時々ちゃっかり私の部屋にいて、ベッドの上に座って
「みこ姉おかえりっ」
と言ったと思ったら抱きついてくる。私もこれをされると部屋に入られたことに腹を立てられなくなる。海月もこんな感じでしれっと入ってくればいいのに。それが出来ないのが、頑固で武士みたいな義理堅さを持つ海月だ。私はそんな海月と陽和が大好きだ。
何だか泣きたくなるような幸せな気持ちになって、鼻歌交じりに窓の外の景色を眺めている私は、ふと、着けたままの髪飾りに気づき、昨夜の夢と昨日お風呂に入らずに寝てしまっていたことを思い出した。私は階下の浴室に向かった。
「今から淹れる訳にもいかんし、シャワーにするか……」
と、不服混じりに言いながら、昨夜の夢を回想した。
夢の記憶はとても頼りないもので、断片的にしか覚えていない。こう言っている間にも記憶は薄れていく。が、思い出したところで、きっとハチャメチャな夢だ。何か大きなもの、恐ろしい何かと戦う夢。私がこの手の夢を見るのは、決まって寝落ちした時だ。それがその夢を見ることに関係があるかどうかは分からない。
昨夜の夢の中で私はポニーテールで、髪を束ねたところに、ターコイズの髪飾りを着けているといった体だった。いつもはルーズサイドテールで、後頭部の真ん中に髪飾りをしているから、どうして夢の中でポニーテールなのかは分からない。
ポニーテールはかわいいけれど、中学の時に家でポニーテールをしていたら母が、
「あら……詔、可愛いじゃない……」
とは言ってくれたが顔は何だか引きつっていた。
「……似合ってなかった?」
「い、いや、そんなことはないわ」
「ほんとに?」
「ほんとよ。可愛いわが子が尊くて……くらぁっ」
「ふふん、でしょ?」
問い詰めてみたけれど、やはり母の笑顔は不自然なままだった。普段の大げさな言動も何だかキレがなかった。私は満足したような返事で会話を終わらせたが、なんでもお見通しの母のことで、きっとそれを感じとったのだろう、
「今日の夕飯は何がいいかしら? みこちゃんが好きなものを作るわよ〜! すき焼き? 皿うどん?」
「えぇ……じゃあ……すき焼きで!」
といった具合だった。私はすき焼きに心を躍らせる反面、悪いことをしてしまった気分でいた。だから私は、それからというもの、ポニーテールをすることは全くと言っていいほどなかった。
1度運動会の騎馬戦でしたことがあったと思う。その時の母はあの日よりも深刻な顔で、終いには涙をぼろぼろ落としていた。その後は本当に1度もないだろう。
しかし……そんな忌むべき髪型を夢の中の私がしているとはどういうことなのか。そもそも他にも人がいたはずだが、記憶が曖昧すぎてそれが誰だか思い出せない。いつかの記憶なのだろうか、予知夢なのか……こう考えているうちも、夢の記憶は薄れていく。
「まぁ、いっか! よし!」
シャワーと共にモヤモヤを流す。朝シャワーはとても気持ちがいいものだと知った。
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コンコン
「ハロー?マイシスター?」
ノックと聞き慣れた声に気づき、目を開くと、鏡に曇りガラスの向こうに伸びをする、まとまりのないショートヘアの影が動いている。
ガチャ……
え……
ヒタヒタ
「はよ。はよ。私もシャワーするで」
「ちょっ! 姉ちゃん! 勝手に入ってこないでよっ!」
「いつもはこんな早く起きないくせに」
「昨日入ってないから仕方ないじゃないのっ!」
咄嗟に上と下を隠し、わざと頬を膨らませて海月を睨む。
「はい、かわいいかわいい」
「でし……ょ」
ピシャッ
返事し切る前に脱衣所まで押し出された。しかし、海月は入ってきた時パジャマ姿だった。一体どうする気なのか。
どこか抜けてていじらしい姉だ。
「ねね、みこちゃ、私服脱いでないんだけど」
「来て脱げば? 見といてあげるよ?」
「詔様……先程は誠に失礼しました……あの…聞いてる? おーい」
服を着ながら、遠くで足音やガスコンロの火の音を聞く。みんな起きた頃だ。デリカシーのない海月に、多少の苛立ちはあったが、今日も何だか騒がしい1日になりそうだなと心が踊るのだった。
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