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第10坑 眠りから覚めて 三

お待たせしておりましたかは定かではありませんが、第一幕完結です。

「ったく……めちゃくちゃだ」

 火車の牽くリヤカーの上で、長い白髪を後ろで括った男(しきみ)が頭を抱えている。

「どしたの」

呪圧(しゅあつ)が増えた」

「シュアツ?」

妖怪(お前のようなやつ)とか、霊能者(特殊な人間)の持ってる気配(オーラ)のようなものだろ。 変なことを聞くな」

「だって知らないんだもん」

「……いつまでも白けるな......」

 樒の鋭い視線は、切っ先で喉笛を小突くようだ。が、揺れるリヤカーの上努めて前方を見ていた。

 細い道を抜け、リヤカーは大きな道に出た。

 遠くに大きな火のようなものが見えた。

「火事?」

 呟いた。

「おい……まじ......か……」

 樒が身を乗り出してそれを凝視したまま動かなくなった。樒の手は先程まで刀があった場所を空振りしていた。


 ■■■■■■■■■■■■■■■■


「「「我を見るより汝の友を見よ」」」

 頭の中を掻き回す地鳴りのような声。

 胃のあたりにのしかかってくる不安と恐怖。脳内がうねるようで、視界さえもが歪むように感じるほどだ。


 最中、目の前で天音の体の様々な部分が千切り取られて消えていく。体からは鮮血が吹き出す。悲鳴を上げる間もなく肉塊と化す天音は、雨のような血飛沫と音を立てて千切り取られる皮膚や血管、筋は声にならない悲鳴を上げているようだった。


 そんな凄惨な現場において身体の自由が利かず目が離せない。


 無力感に恐怖も悲しみも憎悪もなくなってしまった。

 頭の中直接手を入れて脳を捏ねられているようで、感覚が歪み、顔面が福笑いのように無理やり笑顔になる。

「あはは。 あはははははっ ひひっ ははっ、 うっうっ……」

 勝手に笑い出して、止まらなくなった。

 と同時に胃のあたりが波打つ。


「おえっ」

 私は前のめりになって嘔吐き、ぶちまけた胃酸の上に膝から崩れ落ちた。


 コッ……コッコロコロコロコロ……

 額を生暖かいアスファルトに当て、顔面を地面に擦る。ちょうどそれは土下座のような姿勢。強ばった頬を掠めて、深い青が一粒、赤黒い地面に滴った。

 古い記憶からずっと馴染んだ一雫。


 それは、お気に入りのラピスラズリのピアス。


 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■


「丸腰じゃん」

 樒に声をかける

「誰の所為だろうな」

 おおげさに肩をすくめて見せた。

「火車、次の角を曲がったところに停めてくれ」

「了解ですにゃ」

 火車は徐行して住宅街の一角、垣根の影にリヤカーを停めた。


「ありがとう。 もう帰っていいぞ」

「お、お疲れ様ですにゃ!」

 火車はリヤカーと共にぼんやりと消えて、鈴が一つ地面に落ちた。

 メキッ

 樒は落ちた鈴を踏みつぶした。鈴は粉々になって地面に溶けるように消えた。

「ご苦労だった」

「おい、なんてもったいない事……「静かにしろ。」

 垣根の影から向こうの様子を伺う樒。

「2、3……4人だな。無事だと良いが……」


 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 輪入道【わにゅうどう】

 牛車の片方車輪の軸部分((こしき))に入道の頭が着いた見た目をした妖怪。車輪を転がして移動する。そのの姿を見た者の生命または同等に大切な物を奪う。「此所勝母の里」と紙に書いて家の出入の戸に貼っておけば近づかなくなる。

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 四人いるが、二人は安否が分からない。


 目線の先に居るのは妖怪の代表格、輪入道だった。付近にいる四人は魅入られたようでその場を離れようとしない。魅入られたのなら既に何らかの犠牲が出ている、かあるいは、今この瞬間にも出るだろう。


「ちょっと何とか言ってよ」

 船持詔が背後から話しかけてくる。


 いい所に厄介者が揃った。毒を以て毒を制す。この状況下では間違いなく軍配は輪入道に上がることだろう。幸い、輪入道はこちらには気付いていないようだ。輪入道に船持をぶつけている間に退避して船持が絶命したのを見届けて退却するとしよう。


「お前、戦えるか?罪なき人が死ぬかもし

  れない」

 船持は垣根の影から少し顔を出して

「戦うってアレと?」

「そうだ。アレだ。今俺は見ての通り丸腰だ。そんなに手こずる相手でもない。お前に行って貰い……」

「……しょうもない嘘つくんじゃねぇよ。あれが何なのかってくらいよく知ってる。下手すれば即死じゃん」


 そう簡単に行くはずもないよな。しかし、聞かないのなら聞かせるまで。

「झगड़ा करना《闘え》」

 ……ゴッ……

 船持の拳が頬に炸裂した。視界が歪む。船持が胸倉につかみかかるのに反応することもできず、舌の上に広がる血の味だけが脳内に広がっていく。


「お前な、日本語(自分の口)で言えない事なら初めから泣いて頼めよ」

 おぼつかない手を胸倉を掴む船持の腕に伸ばすが、その甲斐なくただ空を掻いた。

「妖怪風情が……ほ……ほざ……くな……」

「ふっ、ちっとはマシな顔になったじゃん」

「お前……ただで済むと……思う……なよ……」

「『お前』じゃねぇよ。『船持』、『船持詔(ふなもちみこと)』な。 輪入道(アイツ)を倒し終わるまでに覚えておけよ」

 船持は輪入道の方を向き、腰をかがめたかと思うと刹那のうちに飛び去ってしまった。


 ■■■■■■■■■■■■■


 目の前すれすれを桜の花びらが通り過ぎて行ったように見えた。

 足はまだひどく痛むが、これで人が救えるならなんてことは無い。

 前屈姿勢で足に力を込める。足の指の付け根あたりから灼けた鐡が巡るように力が張り巡らされてゆく。いつの間にか右手には斧を握っていた。斧は突然現れたにしてはやけにしっくり、手に慣れていた。輪入道の火の灯りを見据え、地を蹴った。

 闇を切り裂くような跳躍、その悲鳴を聴きながら、夜風の一つになる。蛾を集める色褪せた橙の街頭が薄気味悪い高音と共に過ぎ去り、遠くに見据えた業火の炎が刹那のうちに視界を覆った。


 着地の全体重をのせ、斧の刃は輪入道の車輪に喰らいつく。足もまた、木の車輪を鷹のように掴む。


 メリメリメリメリッッ


 その年季数百はくだらない、黒光りした車輪を白銀の刃は奥へ奥へと喰い込んでいく。


「オオオオッ……!」

 輪入道は地鳴りのような雄叫びを上げて傾いた。


 仁王のような恐ろしい顔を揺らしながら必死にこちらを見ようとしている。可動域が足りず、輪入道は私を見ることが出来ない。カマキリの胸部分を摘んでいるのと同じで、その(視線)はこちらには届かない。こうしている間は私に大して能力を使うことは出来ない。


「目が合わなきゃ世話ねぇなぁ!」

 空腹の中肉に食らいつくかの如く。緊張の果てに快感を覚える。


 斧は木の車輪を突き進み、入道の頭部まで刃を滑り込ませた。研ぎ澄まされた刃を前に、肉は道を譲るように裂けていく。


 勝利を確信した。


 ふと輪入道の前にいた人々に目をやった。

 四人。うち2人は目を抑えて泡を吹き倒れている。内一人はもうかつて人であった事を想像することが難しい状態になっていた。真っ赤な肉塊が学生服を着ている。その学生服もズタズタだ。もう一人は目立った外傷は無いものの、血だらけだ。どこか(海月)に似た物を感じ……


「お姉ちゃん……!? 」


 間違いない。姉だ。という事はその隣で肉の塊となってしまった人は……見覚えのある制服。見覚えのあるカバンのストラップ。


「天音……さん……」


 姉を迎えに来る天音さんの姿が思い出された。その表情が苦しみに歪む。それは目の前の肉塊の顔と重なった。

 血の気が引き、刃がブレる。

 バランスを崩して咄嗟に車輪を掴んだ。


「此処はっ……勝母の里っ……他所へどうぞ……」

 絞り出すようにして輪入道避けの呪いを唱える。しかし、相変わらず入道は唸り声を上げながら頭部を捩っている。


「なんでっ!?なんで効かないんだよ……!」

 車輪を力いっぱいに揺さぶる。しかし車輪はびくともしない。


「此処はっ……」

 投げやりに二度目の呪いを口にした時、視界の端に青い閃光が炸裂した。輪入道の動きが止まった。閃光に視線を向ける。


 そこには青い光に包まれた姉の姿があった。上半身を持ち上げた状態で髪と瞳が青く光り、こちらを睨んでいる。その視線には根源的な恐怖を感じさせられた。それは姉ではないような気がした。


「姉ちゃん!」

 咄嗟に声をかけた。


 その声に答えるかのように姉は右手を押すようにこちらに差し伸べた。その瞬間、姉の体から数条の青い閃光が放たれた。その光は輪入道の額を、ほかの数本は輪入道の車輪、あろうことか私の斧を持った腕を撃ち抜いた。青い光線だった。


「オァアアアッ!!!」

「痛ぁぁぁぁああっ!」

 断末魔をあげて灰のように崩れていく輪入道。その上で千切れた右腕を抑えて苦痛に呻く。足場が崩れて地面に転がり落ちる。痛みの中姉のいた場所に目をやる。

 そこには仏のように目を伏せて佇む姉と思われる人物。睨むでもなく、微笑むでもなく、その目は何であっても欺けない。そう思わせる絶対的な圧力があった。


「ね、姉ちゃん……?」

 恐る恐る声をかける。


 姉の形をしたそれは静かに歩み寄って来た。

 姉が無事であることを安心したい一方で、これまでに無いその振る舞いに対する強烈な違和感が私を後ずさりさせる。

「ね、ねぇ、何か言ってよ」


「可哀想に。私の可愛い詔よ。今にその腕を治してあげる。さぁ、早くこちらへ……」

 静かに近づいてくるそれは姉の声で語りかけてくる。しかし間違いなく今話しているのは姉ではない。しかし妙に落ち着く雰囲気を漂わせている。

 それは足元に転がる私の腕を拾い上げた。


「そんなの拾ってどうするんだよ、ねぇ、姉ちゃん……姉ちゃんってば!」

 声を荒らげて語りかけると、今まで青く威光を放っていた瞳が次第に光を弱めて普段のように戻っていった。


「詔、おいで」

 それは待ち望んでいた普段の姉の声だった。


 私は思わず駆け寄って抱きつく。

「お姉ちゃん、お姉ちゃんなんだよね?わぁあああ……うぅっ、お姉ちゃん」

 胸の奥に鉛のように重くつっかえていた物が溶けだすように感情が溢れ出した。きつくきつく姉を抱きしめた。

「はいはい、怖かったねよしよし。 助けてくれたんだね。 ありがとう」

 頭を優しく撫でられて涙がとめどなく流れて仕方がなかった。


 ■■■■■■■■■■■■■


 一通り妹をあやした後、手になにか握っている事に気がついた。ふと目をやると、女性のものと思われる腕が握られていた。


「えっ、なにこれ」

 全身から冷たい汗が吹き出るようだった。

 反射的に妹から離れてしまった。


「あ……それ……私の……」

 妹から耳を疑うような言葉が発せられた。しかし、目の前に差し出された肘から先のない腕は疑いようのない様子だった。


「…」

 言葉が出なかった。しかし、何だか漠然と今手に握っている腕を目の前の妹の腕にくっつけることが出来るような気がしていた。


「詔、ちょっと腕貸して」

「今持ってるじゃん」

 確かに。妹はこれでもかとザクロのような真っ赤な切れ口を押し出してくる。

「あ……いや、まだ体に着いてる方の腕を……そうそう」

 切り口同士をくっつけ合わせる。

「あ゛っちょっとそれ痛いかも……いやめっちゃ痛いそれ……!」

 妹は痛みに呻き、身を捩る。

「ごめんね、もう少しだけ我慢してね……」

 脇で腕を抑えて動きを封じる。接着面に手をかざして撫でるように手を動かす。ぼんやりと指先に縫合の糸の動きが感じられた。磁石がくっつくように肉や神経が思うように繋がっていく感覚。

数秒の間、腕同士はつなぎ目も無くくっついた。今まで力無く開いて垂れていた腕が握りこぶしを作る。

「あれ!?……治った……」

「うん。 治ったよ。 もう大丈夫」

 向き直った妹は信じられないという表情で治った腕を握ったり開いたりしている。信じられないのは私もそうだった。


 ■■■■■■■■■■■■■


 振り返ると二人の少女が赤い塊の傍に立ち尽くしていた。


「先輩……」

「この子はもう無理みたいね……」

 少女たちはこちらに気がついたようでこちらに振り向いた。


「大丈夫ですか!?」

 驚いたように内の一人、白髪のクオーツが声をかけてきた。


「はい、何とか……大丈夫です」

 応えつつ妹と二人の所へ向かう。視線の先には二人と地面に横たわるかつて親友であり恋人だった逃れられない現実があった。それは重く膝や肩にのしかかり、歩みを阻害している。

 ……しかし、心のどこかで何とかなると思っていた。私にはまだその肉塊は私にかつての笑顔で笑いかけている。そんな気がしていた。


「あのっ、船持海月さ……「……」

 クオーツが何かを言おうとした時、赤髪のガーネットが静止した。


 私は落ち着いて天音の横に座り、その無惨に引き裂かれた体を抱き抱える。剥がれた顔面のかすかに開いた口からは私になにか最後に語り掛けてくるようだった。

 天音を膝の上に乗せ、上半身を抱き抱える。

 全神経を天音に注ぎ込む。

 私から発せられた青い光が天音に流れ込み、血管や神経を伝い、肉と肉を繋ぐ。

「あ……あ゛ぁ゛っ……う゛ぅっ……」

 力のない呻き声が聞こえた。地獄のような苦痛に呻くその声は、今まさきこの世に甦る産声であるのだ。私はその声に希望を抱いた。

「頑張れっ天音っ! 帰ってきて! 頑張れっ!」

「あ゛……っ……」

 呻き声は途切れて、やがて安らかな寝息に変わった。その頃には顕になっていた筋組織や内蔵、骨は柔らかな白い肌に包まれ、元通りの天音が膝の上で微笑ましい寝顔で眠っていた。気付くと天音は私の手を握っている。私はほっとしてその手を優しく握り返した。


「せんぱ「さて!なんだかよく分からないけど、一件落着のようね。 さっさと帰るわよ!」


 沈黙を破ってガーネットが呼びかける。


 抱き抱えようとした時、天音が目を覚ました。

「海月、ありがとう」

「ううん、それは私のセリフだよ」

 妹の前だったから込み上げてくる衝動を何とか抑えた。


 ■■■■■■■■■■■■■


 二人の少女に連れられて私たち3人は赤黒い世界から抜け出した。

 幾つかの曲がり角を曲がると見慣れた色の見慣れた道だった。

 時刻は午前三時。静まり返った町は先程の事が夢に思えるようだったが、紛れもない事実であることを体の痛みが証明していた。


 二人の少女についてはお洒落な名前以外はよく教えてもらえなかった。二人とは近くのコンビニで分かれた。姉は天音さんの家に泊まるそうだ。

 私は帰路に就いた。街頭に照らされた橙色の道を一人歩く。


 船持

 詔


 ずっと脳内で反芻していた境と熊石の二人の事は、未明の闇の中で頭の中いっぱいに広がり、時々二人が自分を呼ぶ声が聞こえてくる。居ても立ってもいられなくなってただ速足で家路を急いだ。


 ■■■■■■■■■■■■■


 家では皆寝ているようだったが、ふとリビングを見ると母が机に突っ伏して寝ていた。

 その前には私と姉の分の晩御飯の焼きそばがさらに分けて置いてあった。

「母さん起きて。腰痛めるよ」

 母を揺さぶるつもりだったが、思わず抱き着いてしまった。


「……」

 ……ぐすっ

「母さん……ねぇ、風邪ひくよ」


「……うん……?もう何時だと思ってるのよぉ……晩御はんん……」

 また眠ってしまった。


「ごめんなさい。晩御飯食べるね。 ありがとう」

 これ以上は変に心配させてもいけないと思い、焼きそばを片手に部屋に戻った。


 机に焼きそばを置いたはいいが食欲がまるで湧かず、何をしていても果てしない不安に駆られている。

 ベッドに横になり、明るくなる窓の外をカーテン越しに、霞む視界に沈んでいった。



 ■■■■■■■■■■■■■


翡翠(ひすい)だ。 目的地に到着した。 船持詔との接触を試みる」

 船持家前、本部に連絡を入れる。


完走お疲れ様です(`・ω・´)ゞ

頑張ってます。頑張ります。

皆様の閲覧に支えられています。

誤字等ございましたら、お手数ですがご報告ください。

お気に召されましたらブックマーク等頂けるとより頑張れます。

次からは第二幕に突入します。ぜひよろしくお願いいたします。

では。また。

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