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第9坑 眠りから覚めて 二

まーた時間をかけて駄文を打ち連ねました。気長にお付き合いください。新規様はぜひ過去の部も興味がございましたら読んでみたください。

では。対戦よろしくお願いします。

 ある平日の昼前のこと。


(わた)さん、海さん」

 玄関から息子の嫁を呼ぶ。


「はーい! ちょっと待ってくださいね、今開けますから」

 家の奥から海さんの声がする。

「はーい」

 気持ちだけでもと、つぶやくくらいの声で応えながら、私はこれから海さんに話す内容を反芻しつつ、ドアスコープの左下と自分の足元あたりを交互に眺めていた。


 キィ


「こんにちは、お義母さん」

 そんな中、海さんが玄関のドアを開けた。

「おはよう。すこしいい?」

「……」

 海さんは私の表情から読み取ったようで、表情を曇らせた。

「……つらいだろうけど……」

「……はい……」

 私が靴脱ぎ帽子掛けしている間に、海さんは熱々の珈琲とシュークリームをテーブルの上に並べた。

 改めて、出来の良い嫁だと感心する。そしてまた、息子の和樹に連れられて結婚前の挨拶に来た日を思い出す。




「ほんとにいいの?」

 机を挟み向かい側に座る海さんに私が問う。彼女の口は一の字に結ばれていた。


 和樹は父親を生まれる前に亡くした子で、男の見本が家庭にない分頼りない子だから、お嫁さんを、ましてやこんなにしっかりした子を連れてくるとは夢にも思わなかったのだ。


「申し訳ないけど、うちはそんなに太い家じゃ……」

 私は言いかけた。

「私はかずく……和樹さんとならどんなことにも耐えます」

 海さんは顔全体を真っ赤にしてきっぱりと、そして曇りのない目に映した覚悟で私の言葉を遮った。

 しかし、そんな海さんの隣で照れ臭そうにしている和樹を見ると、まだなんとなく信じられない。

「和樹さんは教職に就いて家庭を支えると言ってくれますが、私も子供を見なければならない時を除いて働きます。 お義母さんにはご迷惑をおかけすることも……」


 真面目に聞いていたが、現実的な海さんの隣で、夢うつつな和樹を見やると、親として恥ずかしかった。しかし、自分の子が幸せになってくれることは親冥利に尽きるもので、海さんを再び見やった時、海さんは霞んで見えた。


「お義母さん?!」「母さん?!」

 息子と海さんが私の顔を目を丸くしてのぞいている。


「情けない子だけれど……よろしくね」

「っはいっ! ありがとうございます!」

 涙を手で拭う私を、海さんの木漏れ日のような笑顔が照らしていた。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 それから月日は経ち、笑顔だけ変わらず海さんはすっかり母親の顔つきになっていた。

 珈琲とシュークリームが並べられた席に座るや否や、私は切り出した。


海月(くらげ)ちゃんと陽和(ひより)ちゃんのことなんだけど……」

 海さんは黙って頷く。表情は険しい。


「二人とも身体能力には問題ないようだし、学校に預けましょう。(みこと)ちゃんもいるし、和樹も頑張ってるみたいだから……家は大丈夫でしょう?」


 実は、私と海さんにはある共通点がある。和樹が連れてくる前から、海さんのことは知っていた。

「でっ、でもね、最近は落ち着いてるし、私やあなたの時代とは違うし……あの子たちなら大丈夫よ」


 嵐の前の静けさというように、現状には心配もあった。


「それに……ほら、親玉は(りん)ちゃんがやっつけてくれたじゃない。形だけよ」

 私は珈琲の入ったコップを両手で包むようにしてその中身に目を移して言った。

「そ……そうですよね……」

 平静を装ったのは、無理に作った海さんの笑顔を見たくなかったからだ。


 ■■■■■■■■■

 冥法 第三十六条 


 一、人間は、急迫不正の神および人外による侵害に対して、自己又は他人の生命を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。

 二、神殺し等、防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。


 平成十二年七月九日

 某地に金剛姫尊(こんごうひめのみこと)が降臨。要石(かなめいし)三名を筆頭とする部隊が鎮守に当たるが壊滅。


 神祇省の資料には、

「此の日、ご降臨あらせられたる金剛姫尊、土耳古(とるこ)石、玉髄(ぎょくずい)幣帛(みてぐら)に召さる。姫、おほとのごもりける後、他要石、土耳古石、玉髄、連れ帰りけり。

 ■■■■■■■■


 目の前に舞うのは、暖かい鮮血。

 それは次第に淡く、淡く、桜の花弁(はなびら)になり、頬に感じるのは、暖かな春の木漏れ日に変わった。


 目を覚ますと池に浮いていた。

 視界の周りを、満開の桜が覆っている。

 桜の縁の向こうには、雲が流れる空が見える。


 ギィ……ギィ……ギィ……ギィ……


 軋む音が近づいてくる。同時に、池に波が立った。

 私は動く気が湧かず、ただただ麗らかな景色に見入っていた。


 やがて、波が大きくなり、音が止んだ。

 上から人影が覗く。

(りん)? 燐よね?早く()わなきゃ……」

 声は若い女の人であると思われる。

 細い手が私の両脇に滑り込んで、私を持ち上げた。

「んっ……やっぱり少し太ったでしょ。 誰だか一瞬分からなかったわ……んー! 」

 女の人は苦しそうな声を上げるが、私にはどうすることもできなかった。

 この時初めて、私が体を動かすことができないことに気が付いた。

 力が入らない。声が出せない。


 ごんっ

 身体が持ち上がっていく中で、頭に固いものが当たった。


「あっ……ごめんなさいっ!」

 焦った様子で女の人が言った。


 私の頭は力なく落ちて、耳が胸に着きかけた。が、こめかみ辺りを左右から硬いもので掴まれ、元の位置に戻された。しかし、今度は頭は力なく肩の上に乗った。


 やっと水から上がった。私は船に仰向けに転がされ、先程の風景を相変わらず眺める。その横っちょに、若い、青緑色を基調にした着物姿の女の人がしゃがんでいる。


「女の子が鼻血なんてみっともないわよー……よっ、よっしょ、完璧ね」

 ぼうっとしている私の鼻を、着物の袖で拭いながら、女の人が言った。

 何が起こっているのだろう。

「しかし……首をやられるなんて。 さすがに(なま)り過ぎよ……」

 そうか。そうだ。あれがああなって……

 考えるのを放棄する。

「平和ボケ? (おの)も持たないで……って、言ったってしょうがないよね。 さっさとやっちゃいましょ。」

 女の人は私の頬や髪を撫でる。口をとがらせながら。

 私はと言うと、虚ろに、全てに身を任せていた。


「んしょ」

 女の人は懐に手を入れ、彼女の腰辺りから針を取り出した。そして、つまんだ針の針穴の方を咥え、わずかに唇を動かしたかと思うと、針を口から離した。

 出てきた針の針穴に、キラキラと光るものが見えた。次第にそれは垂れ下がる。

 それはどうやら糸であるようだ。口の中で針に糸を通し、それを取り出したのだ。

「すーぐ楽になるよー」

 話している間にも、私の目線は女の人の口の中に伸びる糸に注がれていた。

 手が私の額を抑える。


 ぷつっ


 ぷっ、ぷっ


 ぷっ、ぷっぷっぷっぷっ


 感覚が戻ってくる。

 首に刺さる針の一針一針が、脳を揺する。


「छुपाना」

 ぺちっ

 何かを囁いて、縫ったあとを軽く叩く。


「うっ」

 痛くはなかったが、首の喉辺りを叩かれて声が出た。この一声で、自分の体にスイッチが入った気がした。体の主導権が自分に帰って来たという実感。

「あ、起きた。」

「あっ、ちょっ!」

「うんうん。 言いたいことなら私もいぃっっぱいある! でも全部後!」

 背中に細い手が滑り込み、船の外に押し出す。

「まって!まって!落ちるって!」

「ん何をいまさらっ。 あぁ重いっ」


 ドボッ


「溺れっ……おぼぼぼ……

 船から覗く女の人の顔は笑っていた。悪意は感じなかった。


 沈んでゆく。

 耳には、水が揺蕩(たゆた)う音。


 暫く沈むと、あたりは青い闇に包まれた。


 水底が見えたとき、一匹の魚が目の前に泳ぎ出た。

 魚の目は(えぐ)り取られていた。

「……」

 魚が口を忙しく開けたり閉じたりしている。それがこちらに語り掛けているように感じた。

 悪寒がして、咄嗟に手に持っているものを力の限り魚に振り下ろす。


 バョ……ン

 弦楽器のような音が、体中を駆け巡った。


 水底に足が着くと、足に全体重が掛かる。

 水がさっと引いて、ふらつく体の上を、いくつかの影が音を立てて通り過ぎる。

 髪が風圧に(なび)く。


 何が通ったのかは理解した。桜の花弁が一枚、目の前を舞い落ちていく。

 目の前に、尻餅を()きこちらを見上げる、自分とそう歳の変わらないと思われる五条袈裟(ごじょうけさ)の男。

「こいつらはもうだめだ! どけっ!」

 視界がぼやけていく中、男を睨みつけて怒鳴る。鼻と喉が詰まり、気を抜けば声も出なくなってしまいそうだった。


「菊田っ! こっちへ!」

 渋い声の神主のような恰好をした四、五十代の男が駆け寄り、五条袈裟の男を引きずっていく。


 頬にへばり付いた髪を伝う熱いものが口の中に流れ込む。

 口の中に塩辛い味が広がる。


 見上げた目の先、鳥は羽搏きもせず宙に浮いている。


「く……も、く……も……」

 こちらが見えているのかは分らない。首から伸びた黒い花々のおしべとめしべが、嫌に花の黒に映えて、無数の目がこちらを睨んでいるように感じる。


 蜘蛛じゃねぇよ。


 ぺっ

 口の塩辛さが、鼻の奥を突き、横隔膜をひくつかせてくる。


 鳥の毛が(ざわ)めいた。

 鳥が躰を(ひね)る。数分前の記憶が(よみがえ)る。

 地面を蹴り、前に飛び掛かり、手に握った斧を振るう。


 羽と、そのの芯の何本かを切って、斧の刃は肉に滑り込む。鳥は裂けて、視界の後ろに過ぎていく。

 着地した背中に、粘り気のある液体が降りかかる。


 振り返ると、そこには羽根が片方()げた鳥が躰をくねらしている。

「うううっ、あ゛あ゛ぁ゛……」

 声にならない叫び。男のものにも、女のものにも、人以外のものにも聞こえる。


 (とど)めを。


 鳥の背中目掛けて、もう一度地面を蹴る。

 背中に斧の刃がめり込んだ時、無数の青白い腕が後方に向かって伸びていく。

 背中を突き抜ける。

 先程の比にならない量の液体がバケツを反したように降りかかった。


 着地したままの体制で、顔だけ振り返る。その目線の先で鳥が地面に崩れ落ちた。

 鳥の足を投げ出して、背中から生えた無数の腕が力なく伸びている。花の生えた首はこちらを向いている。

 首に向かって斧を投げる。

 花を何輪か切って、斧は首に突き刺さった。

 鳥はもう微動だにしなかった。


 大きな喪失感が心を覆った。見渡しても見渡しても、里音と熊石の影も形もなかった。残っているのは、血の水たまりが二つ。


「……そっ……くそっ」

 こぶしを握って、何度も、何度も、強く、強く、(もも)に叩きつける。次第に早くなるその手を止めることができなかった。叩くごとに耳が熱くなり、声が出なくなる。

「ひぐっ……あぁ……」

 スカートの端を、拳がはち切れるほどに握りしめる。

 鼻から落ちた血が、靴の傍に落ちて、それを五滴見るのを待たず、視界がぐねりと歪み、私はその場に倒れた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 何分経ったかは定かでない。


 天音が顔を離して、またこちらを見つめてくる。先ほどと違った緊張感があった。下腹部がそわそわする。自分の膝同士を強くくっつける。腿と腿の間には、汗のべたつきがあった。

 何も言わない天音をじっと見る事に耐えかねて、目線が定まらない。


 天音は、私の胸に耳をつけて、小さくなった。

 私はそっと天音の腰に手をやる。

「ふふん……」

 天音の小さな笑い声が、耳をくすぐった。

 静かに長いため息をついた。


 暫くの沈黙は、穏やかな気持ちで過ぎていった。


 ■■■■■■■■■■■■■■■■


「この辺りね……ひどい血の匂い。 クォーツちゃん」

「っはい! ガーネット先輩!」

 二人分の声がする。私と天音は、しゃがむように身構えた。

 人間のものと思われる話し声と近づく足音に、安堵しつつ、一抹の不安を抱えていた。


 割れたガラス窓の向こうに、二人の女の子が見えた。近辺の学校では見ない制服を着ていた。

 二人とも小柄で、片方は赤髪で三つ編みを二つ結びにして、赤いリボンで留めている。もう片方は透き通るような白髪で、スタンダードな二つ結び。後者の方が少し背が低く、重そうな木箱を背負っている。


「あーいたわ。 二人よ。 クォーツちゃん、在庫は足りるかしら。」

「えーと、薬は全然足りますが、包帯が足りるか怪しいです……」

「よね」

 どうやら白髪がクォーツ、赤髪がガーネットというらしい。

 二人してこちらへ近づいてくる二人を凝視していたが、二人が近づくにつれて天音の体が強張っている。自分が不安であったのもあり、天音の手の上に自分の手を重ねた。

 天音はこちらを見た。私は努めて微笑んだ。


「おふたりさーん! もう大丈夫ですよー!」

 手を振りながら白髪のクォーツが微笑みながら、小走りで寄ってくる。それに赤髪のガーネットが続く。

 クォーツの表情に私たちは一気に力が抜け、腰を下ろした。


 手は握られたままだった。


 ◆◆◆◆◆◆


 国立(こくりつ)水精学院(すいせいがくいん)

 主に日本国での人と神や鬼の間での争乱を武力鎮圧する役割を果たす、要石(かなめいし)を養成する国の機関。神祇省が監督している。

 元要石の指導の下、新たな世代の要石を養成している。代々要石の家系は、子が一定の年齢になったところで、当学院に預けなければならない。

 有事の際は、必要に応じて当学院の学生を前線に派遣する。平成十二年以降大きな争乱が止んだため、ここ二十年は専ら後方支援・救護に派遣されている。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 二十一時五十四分鳴釜市。

 禍々しい呪圧が一つ消え、また一つ新たな呪圧が出現した。

「神祇省使部(しきみ)。新たな呪圧を確認。直ちに現場に向かう。 応援に要石二、三頼む。」

 電話を切り、丘の上を睨む。


「……ṃ vidhati mahāghota……」

 右手に刀印を結び、人差し指と中指に呪を吹きかける。


 足元が風に乗る。

 目を閉じた。


 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■


「だいぶ()みますよ〜」

 クォーツは一言言って傷口を軽く綿で叩いた。

 天音の傷はガーネットが看てくれている。


 改めて安堵を噛み締める。すると、いろいろ気になることが浮かんできた。なぜこの人っ子一人いなくなった状況でガーネットとクォーツはここにいるのだろうか。二人は一体何者なのだろうか。そもそも人間なのだろうか。聞いてみることにした。

「あの、天音さんと海月さんはどういったご関係なのですか?」

「あ、それあたしも気になってた!」

 私が口を開こうとした時、突拍子もなくクォーツが聞いてきた。ガーネットも同調し、彼女達は目を輝かせて私の方を見ている。しかしなぜ急にそんなことを聞いてくるのか理解できなかった。


「え、あ、いや…「カノカノです!」

 しどろもどろする私の代わりに、天音は握った手を2人に突き出して言った。私にも天音に握られた私の手が見えた。

「えっ、やっぱりそうなんですね!素敵です!」


 あっ……そういうこと……

 両手を頬にやって、より一層目を輝かせるクォーツ。

 顔から耳までが一気に火照るのを感じた。

「えっ、あっいや、そうです……」

 急に気恥ずかしくなった。

「何よ海月、照れちゃって」

 天音は恍惚とした表情で肩を寄せてくる。

「やけに初々しいわね。 付き合いたてかしら。」

「そーなんですよガーネットさん」

 手当をしながらあちらで話が進む。

「しかしねー……それでこの災難なんて幸先悪いわね。」

 ガーネットが天音に貼った絆創膏を優しく撫でながら呟いた。それは少し心にチクリと刺さった。

「先輩。 そんな事言わないでくださいよー縁起悪いですよ!」

「そーですよ!」


 天音はほぼ同じ受け答えしかしない。きっと疲れているのだろう。

  確かに滑り出しは良くなかったかもしれない。しかし、忘れられないスタートだ。先に何があるかは今はどうでもいい。今を楽しまないと。

 私は天音の横顔を目に焼き付けた。


 ■■■■■■■■■■■■


「生きてますか?」

 目を覚ますと紫色の髪をツインテールにした制服姿の女の子がこちらを覗き込んでいた。

「あっ……」

「人間のお友達はだいぶ重症でしたが……何とかなりました。 おふたりとも明日にはきっとお元気になります。」

 囁くような声。しかし、はっきりと聞こえてくる。

「しかし、すごいご活躍でしたよ。 横で治療の片手間に拝見しておりました。 胸が昂りました。 あなたが噂に聞いておりました都知久母(つちぐも)さんですね」

 またか。

「違う。 私は船持詔。 土蜘蛛じゃない。 それより二人に会わせてほしい」

 全身が重く、すぐに立ち上がれなかった。少し上体を起こして、里音と熊石の話を促す。

「それはできかねます。 あなたは危険すぎる」

「だからさ……「……来てますね。それでは……また。」

 女の子は振り返ったと思うと、そのまま暗闇に消えていってしまった。


 ザッザッザッ

 間もなく少し離れたところから砂利をふむ音が聞こえる。

 しゃがんだ体勢になり、足音の方を見る。黒ズボンに白シャツを肘下まで腕まくりといった服装。そして長い白髪を後ろにひとまとめにしている人物が迫って来ていた。肩幅からして男性だろうか。腰に長い物を着けている。


 刀だ。


 その刀に手をやり、腰を少し落とした。


 横目に刀が鋭く光る。

 咄嗟に跳ね退いた。

「ちっ、避けたか。」

「土蜘蛛ってなん」

 平衡感覚がマヒして避けた先でよろける。

「つ……!」

 左耳が鋭く痛み、生ぬるいものが顎を伝って滴った。直感的に耳が切り落とされたことを理解する。


「だまれ腐れ神」

 男は淡々と言う。


「人の形をしたものを斬るのは気分が悪い。頼むからあまり動くな」

 本気で殺しに来ている。毎秒増す緊張感。


 男が再び腰を少し落とした。

 脳裏に光る刃が過ぎり、咄嗟に深く伏せた。

「『人の形』じゃねぇよ」

 これが最後になるなら。


 案の定、男の影が横にあった。

 翻って見上げると、男は既に刀を振りかざしていた。

 振り下ろされる刀に対し、本能的に白刃取りの構えを取る。

「私はっ」

 誤解が解けなくても。せめて、


 月を映す清らかな刀身が、光の尾を引いて迫ってくる。鵺の羽が迫った時と同じ緊張。

「れっきとした人間なんだよ!」

 せめて、人間らしく、燃え尽きたい。


 ぱちんっ


 両手がぶつかる音が響き渡る。

 刀を捉えた感触はなかった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「海月さーん、海月さーん!」

「あっはい!」

「歩けますか?」

 天音に見とれて、何度か呼ばれたことに気づかなかった。ふと我に返る。

「あ……るけます」

「よかったです! では、とりあえずここを出ましょう。 鬼が来ては困ります。 腕失礼しますね」

 クォーツは手際良く私の腕を彼女の肩に載せた。


 コンビニだった空間から抜け、いつもの道とよく似た通りに出てきた。有るものは全く同じに見えるが、全体は相変わらず赤黒い。ガーネットとクォーツの二人がいる分幾分かましではあったが、どこからともなく、えも言われぬ緊張が迫り来るようだった。

「百鬼夜行はどうやら過ぎたようね」

 当たりを見回し、ガーネットは言う。

 ガーネットの方を見て軽く頷くクォーツ。

「諸々の説明は後ね。……とは言っても伝えられることはあまり多くは無いけど」

 ガーネットはこちらに微かに微笑みを見せた。

 彼女の火のような赤い髪の毛が、彼女の頬に沿って流れる。


 少し歩いて、私たち一行はカーブミラーの前に立った。

元の世界(うつしよ)へ戻ります。少し待っててくださいね」

 クォーツが何やらカーブミラーに向かって儀式めいたことを始めた。

 ■■■■■■■■■■■■■■■


 天津麻羅事変(あまつまらじへん)

 817年12月8日、突如として紀州の国(現在の大和)にて、単眼一足の鬼が出現。

 咆哮・足踏等により、地震、雪崩、家屋倒壊が複数地域に於いて発生。

 死者205名(内、変死体7名) 行方不明者12名。


 ■■■■■■■■■■■■■■■

「え……はっ?」「あっ、あっつ!」


 唖然と立ち尽くす目の前、刀が熔けた。刀身が黄赤色に変色したかと思えば、目が潰れんばかりの白い光が込み上げてきた。刀を捨て、距離を置く。熔けた(きっさき)以外の部分は赤くなり、地面に落ちていた。



都知久母(つちぐも)は天津麻羅事変への関与は無いはずだが……」

話に追いつけないことに不安を感じる。

「アマツマラ? 次々になんなんだよ本当に」

「前言撤回。 お前は生かしておく。 色々聞きたいことがあるが、ここから出てからだ。」


「あ?」

 こちらを無視して話を続ける男に苛立ちを覚える。

 絶対こいつ女とかいねぇな。

 刀が駄目になったため、ある程度の警戒心が溶けた。それに従って思考も普段に戻ってきた。


「付いてこい。 怪我の手当をしてもらう」

「はぁ? さっき殺しにかかってきたヤツに付いていくほど馬鹿じゃねぇよ」

 男はこちらに背を向けて歩き出した。

「いいから来い」

「……」


 すとっ

 私はあぐらをかいて地面に座った。ついでに手を組む。

 少し脅かしてやろう。ひひっ。

「……おい何をしている」

 男が不審がって振り向く。

「人に物を頼む時は言い方ってもんがあんだろ? 丸腰なんだから、もっと下手に出た方があんたのためなんじゃねーの?」

「……っ! てめぇ……」

 目を見開き、明らかに興奮している。額に血管が浮かんでいそうである。反応が良い。面白い。

 おー怒ってやがる。面白れ〜

 男の表情が崩れたところが見れたから満足した。より面倒になる前に言うことを聞くことにした。

「冗談冗談。 着いてくよー」

「……クソガキ……」


 しばらく丘を下った。


「ねーお兄さん名前は?」

 じっとしていられない性で、沈黙に耐え兼ねて男に話しかけた。

(しきみ)だ」

 相変わらず無愛想な返事。

「シキミ?」

「木へんに秘密の密で樒だ。 もちろん本名ではない」

「本名を教えろよー」

「信頼のおける者にしか本名は教えない。 呪に使われては困る。 こっちの世界では常識だろ」

「へーん、あっそ」

 気に入らなかったからつい素っ気なくなってしまった。こちらから聞いておいて失礼だよなとも思った。


 門のところまで来た。

 樒が辺りを見回す。ポケットから取りだしたウェットティッシュで指を拭く。

 えー潔癖? ないわー


 樒が指を咥え始めた。指の形でわかる。嫌な予感がした次の瞬間、高い笛の音が闇夜に響き渡った。

「おいおいおい! また妖怪が集まって来るって! 大きな音出すなよ! 」

 私は急いで樒の肩を掴んで揺すった。もちろん声を殺して。

「大丈夫だ。」

 樒はそれだけ言ってまた指を拭き始めた。


 チリンッ

 聞き覚えのある鈴の音。

「お呼びですか? 」

 また聞き覚えのある声。

 門の影から既視感のある猫が出てきた。

「「あ」」


 先程の猫だった。


「なんだ? 顔見知りか?」

「いえいえ、滅相もございませんにゃ! こんな悪しき妖怪とは付き合いはございませぬにゃ! 」

 猫は明らかに動揺し始めた。猫の保身に走る気持ちはよく分かる。

 もっと上手くやればいいのに。

「さっき少し話しただけだよ。 この()は関係ないよ」

 猫は樒を見て頭がちぎれる程に頷いた。

「まぁいい。 適当な神籬(ひもろぎ)まで連れて行ってくれ」

「承知しましたにゃ!」

「連れていく?」

「こいつはいわゆる『火車(かしゃ)』だ。」


 カラカラカラカラ

 猫改め火車は、一度暗がりへ歩いて行き、どこから持ってきたのか、人が乗れる程のリヤカーのようなものを牽いてきた。

「ではどうぞにゃ!」

「え、モン○ン?」

「なにを訳の分からないことを言っている。 さっさと乗れ」

 こいつモン○ン知らねぇのか。どうりでシラケたヤツなわけだ。

 リヤカーに乗った。

 ■■■■■■■■■■■■

 ごろごろごろごろ………

 雷のような音が響き始めた。


 雨でも降るのかな


 音はどうも地上の音であるようで、次第に微かな揺れが始まった。



「みんなっ 下向いてしゃがんでっ!」

 ガーネットが切迫した表情で振り向いた。

 ガーネットとクォーツは目を閉じ、耳を塞いだ。

「え?「早く!」

 理解が追いつかない中、促された。

 しかし、大きな耳鳴りが頭に響き、思考がめちゃくちゃになった。


 意志に反して、体が勝手に振り向いた。目に映ったのは、炎に包まれた大男の首だった。

 その大男は、眉間に深い深い皺を寄せて言った。

「我を見るより、汝の友を見よ」

 またもや体は、意思に反して天音の方を向く。

 崩れ落ちる天音。

 その胸には、脈動する風穴が空いていた。

完走お疲れ様です(`・ω・´)ゞ

頑張ってます。頑張ります。

皆様の閲覧に支えられています。

誤字等ございましたら、お手数ですがご報告ください。

お気に召されましたらブックマーク等頂けるとより頑張れます。

では。また。

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