おばあちゃんのお手伝いロボット
おばあちゃんが死んじゃうなんて、考えたこともなかった。
ううん。一回も考えなかったわけじゃない。
でもそんなのは遠い先の話で今のわたしには全然関係ないと思ってたのに。
買い物帰りに突然倒れて、亡くなってしまったおばあちゃん。
いつも通り元気なおばあちゃんに会ってから、まだ一ヶ月も経っていない。
まだまだ、何回でも会っていっぱい話もできると思ってた。
だからこの前、おばあちゃんから庭の花を見に来ないかって誘われた時も、ちょうどカナコちゃんとケーキ食べに行く約束してたから、また今度ねって言っちゃったんだ。
棺桶の中に寝かされているおばあちゃんを見ても、わたしには関係のないところで、勝手にいろんな事が進んでいく感じで、わたしは取り残されたままだった。
おばあちゃんの棺の横には、当然のようにおばあちゃんのお手伝いロボットが立っている。棺桶を運んでから、ずっとそこに立って動かないでいるらしい。
まるでそこでおばあちゃんを見送ろうとしているかのように。
感情なんてないロボットのくせに。自分が一番おばあちゃんのことをわかっていると主張しているような気がして、何故だか腹が立った。
いつもあのお手伝いロボットはそうだった。
わたしをイライラさせた。
いつもそうだった……。
「ミキん家、新しいお手伝いロボット買うの?」
教室に着くなり、わたしのカバンからはみ出していたパンフレットを見つけて声を掛けてきたのはカナコちゃん。
「違うよ。うちは去年買い替えたばっかりだし。もうすぐおばあちゃんの誕生日だからさ、おばあちゃんにどうかなって思って」
言いながら、わたしはパンフレットを机の上に広げてみた。最新機種がずらっと並んでいる。
「紙のパンフなんて今時めずらしいよね」
カナコちゃんはパンフを覗き込みながら言う。
「今日おばあちゃん家に持って行こうと思って。うちのおばあちゃん、あんまりネット使わないんだ」
「確か、ミキのおばあちゃんって一人暮らししてるんだよね? 前に一回会ったけど、やさしそうなおばあちゃんだよね」
カナコちゃんにそう言われて、なんだか嬉しくなった。自慢のおばあちゃんだもん。
でもちょっと頑固なところがあるんだよね。
「うん。おばあちゃん家のお手伝いロボット、もう5年くらい前に買ったやつなんだ。今ので充分だからってなかなか買い替えようとしないんだよね」
そんな古いの、性能も悪いし使いにくいと思うのに。
「へぇ〜。うちは2年くらいおんなじの使ってるよ。うちの親、新機種とかに興味ないんだよね」
まぁ、二台も三台もあって頻繁に買い替える家もあるし、一台も買わないっていう家もあるみたいだからそれぞれなんだろうけどね。
しばらく二人でパンフレットを見て、この色のが一番かわいいとか言い合っていたが、教室に先生が入ってきたのでその話は中断した。
学校帰り、わたしはパンフをしっかりとカバンの中に入れて一駅離れたおばあちゃんの家を訪れた。昔はほぼ毎日遊びに行ってたんだけど、中学校に入ってからは月に一回くらい。
家に帰るのとは逆方向の駅なので、自然と訪ねる回数が減ってきていた。
インターフォンを押す前に、庭に出ていたおばあちゃんがわたしに気付いて近づいて来てくれる。
その後ろには、お手伝いロボットが続いていた。
「ミキちゃん、いらっしゃい」
おばあちゃんは、笑顔でわたしを迎えて門を開けてくれた。
最近園芸を始めたと言ってたので庭で何か作業をしてたんだろうけど、それを中断して先に立って家の中に入っていく。
それに続くわたし。そしてその後には、「ミキさん、いらっしゃい」と独特の音声で言いながらロボットがついてくる。
だいたい今のロボットは人の腰の辺りまでのサイズで形もスマートな円筒形。そこにアームがいくつか付いていて様々な作業をこなす。だけど、このロボットはわたしの肩の高さくらいまである無駄な大きさで、形だってなんだかずんぐりしてて全然かわいくない。
リビングに入ると、わたしはお気に入りのソファに腰掛けた。おばあちゃんもその向かいに座る。
早速わたしはパンフレットを広げて見せた。
「お手伝いロボット、今度こそ新しいのにしようよ! すごいいろんな機能もついてるし小さくて便利なんだよ」
しかし、おばあちゃんはちょっと困ったような顔をする。いつもこの話をすると、こんな顔になるのだ。
「ミキちゃんがせっかく薦めてくれるのは嬉しいんだけど、うちにはピーちゃんがいるしねぇ」
ピーちゃん。
おばあちゃんは、このお手伝いロボットの事をそう呼ぶ。どうやら動作を起動する時のピー……という音から名付けたみたいだけど。
「でもさ、古いといつ壊れるかもわからないし」
ちょうどその時、お手伝いロボットがオレンジジュースを持ってきた。
「どうぞ。お飲み物です」
話の途中なのに、とむくれながらもそれを受け取る。
「ありがとう、ピーちゃん。あ、それと、花の水遣り済ませといてくれる?」
「はい。わかりました」
いつもの、ピーという小さな電子音を響かせてロボットは庭の方に向かう。
わたしはストローでジュースを飲みながらその後ろ姿を目で追った。
やっぱりうちのに比べても動作が格段に遅いなぁ。
「……ちゃんと毎年点検に出してるし、今のところ何の問題もないのよ。まだ新しくする必要なんてないわ」
前にもおんなじことを言っていた。
「でも……」
「ピーちゃん、私と一緒に庭の手入れをするのも慣れてきたし」
慣れてきたんじゃなくて、メモリーに書き込まれただけだから。作業が何段階かに分かれていると、一度で覚え切ることができなくて何回も教えなきゃいけないだけだ。それだって今は進歩しててかなり複雑な作業を一度で覚えるロボットもたくさん発売されている。
「ねぇ。ピーちゃんも庭で色々育てるの、楽しいわよね?」
おばあちゃんは部屋を出る直前だったロボットに声を掛ける。答えを考えるかのようにその場でしばらく動きを止めるロボット。そして、くるりと体ごと振り向いた。
「楽しい……かどうかわかりません」
そう答えると、最初に命令をされたことをこなすために部屋を出て行った。
……これだ。わたしがこのお手伝いロボットが好きじゃない理由のひとつ。
普通、うちにあるロボットもそうだけど、こっちが言ったことに対してある程度の理解力を示して話を合わせてくれる。それなのにこのロボットときたら、平気でこんな回答をするのだ。
「あの子、感じ悪〜い」
思わず呟いてしまった。おばあちゃんはそれでもにこにこしている。
「ピーちゃんはあれでいいのよ。おばあちゃんと約束してるの。絶対に嘘はつかないこと、って。やっぱり、楽しいとか悲しいとか感情を理解するのって難しいみたいねぇ」
当たり前だ。ロボットに感情なんてあるわけない。言葉だって、教えられたものを音声にしているだけだ。
結局その日はロボットを買い替えるように説得はできなかった。
まぁいいか。おばあちゃんの誕生日はまだ先だし。そのうちお父さん達と一緒に来ることもあるから、その時にも話をしてもらおう。
「今日は来てくれてありがとう。とっても楽しかったわ」
「うん、おばあちゃん、またね」
そう言って帰ろうとしていると、
「ミキさん、気を付けてお帰りください」
ロボットの声が聞こえてきたが、わたしはそれを無視しておばあちゃんの家を後にした。
「おばあちゃんったらね、まだお手伝いロボットは買い替えなくて良いっていうんだよ。あんなに古い型のやつ、あんまり役に立たない気がするんだけどなぁ」
家に帰るなり、出迎えてくれたお母さんに向かってわたしは言い放った。
お母さんも事情は理解しているのか、ちょっと苦笑する。
「ミキちゃんったら、しばらく前から随分熱心におばあちゃんに勧めてるもんね」
「うん……」
わたしは、「おかえりなさい」と近くに来ていたうちのお手伝いロボットにカバンを押し付ける。スムーズな動きで、わたしの部屋にそれを運ぶため二階に上がっていった。
「確かに、おばあちゃん体が弱いから、いざという時にお手伝いロボットが故障でもしちゃったら大変だもんね。そろそろ買い替えてもらった方がお母さんも安心だわ」
「そうだよ。わたしだって、そう思ってるの」
以前、うちで一緒に住もうと提案したそうだけど、おばあちゃんは思い出のある家から離れるのは嫌だって拒否したそうだ。
まぁ、家もそんなに遠い距離にあるわけじゃないし、お手伝いロボットもいるからということで結局一人暮しを続けているみたい。
お母さんと会話をしながらリビングに移動する。
わたしは真っ先にテーブルの端についているボタンを押す。何もないテーブルの上にネットの画面が瞬時に浮かび上がった。
パンフレットの隅に書かれているのを見て、後でネットで確認しようと思っていたのだ。目当てのページが見つかったのでお母さんにもそれを見せる。
「だからさ、お母さん。これ見に行こうよ。お手伝いロボットの展示会」
まだ発売前の機種の展示会。画面に開催日時や場所が表示される。開催期間はちょうどおばあちゃんの誕生日の少し前から。会場もそんなに遠くない。
お母さんはそれをしばらく眺める。
「そうねぇ。おばあちゃんはあんまり興味ないと思うんだけど……。まぁ、一度お父さんにも聞いてみましょう」
そんな風に話をしていたのに、結局それが実行されることはなかった。
お葬式の会場で無言で突っ立っていたわたし。聞き慣れたピーという小さい音が耳に入った。
そちらを見る。
何台かこの葬儀場に常備されているお手伝いロボットが忙しなく会場内で働いていたが、それと比べてもダントツで古い。
おばあちゃんのお手伝いロボットだ。
「ミキさん。奥様が、もし自分が死んでしまっら、ミキさんのおかげでとても楽しい時間が過ごせてよかったと伝えて欲しいとおっしゃっていました」
このロボットがわたしにそんな風に話し掛けるのは初めてだった。
「あんたはいいわね。おばあちゃんが死んじゃっても、悲しくなんてないでしょ」
馬鹿げていると思ったけれど、わたしはそう言葉を返す。
「いいえ。ワタシは悲しいです」
意外な返事だった。
「ウソばっかり。おばあちゃんと、ウソはつかないって約束したんじゃなかったの? 悲しいわけないでしょ。ロボットなんだから」
ロボット相手に複雑な会話なんて成立するわけないのに。
「はい。ワタシはウソをつきません。とても悲しいです。大事な人がいなくなってしまいました」
……なんでだろう。
その時、このロボットならわたしの気持ちがわかるんじゃないかと急に思ったのは。
おばあちゃんが好きだといいながら、いつからか友達との約束を優先させることが多くなっていた。
おばあちゃんは寂しかったんじゃないだろうか。
このロボットはわたしの代わりにおばあちゃんの側にいてくれたんじゃないだろうか。
それでも、わたしはこのロボットが嫌いだ。
ううん。だからこそ、嫌いなのかもしれない。
「わたし、あんたのこと嫌い……」
「嫌い、というのはよくわかりません」
お決まりのセリフ。
なんでか、ふっと笑ってしまった。
「でも、奥様がミキさんの笑顔が好きだとおっしゃってましたから、ワタシも好きです」
プログラムされただけのロボットの言葉。
かもしれないけど。
今日は、一緒におばあちゃんを見送ろう。
おばあちゃんの家を片付けて、他の人に引き渡す準備が進んでいた。
いろんなところからおばあちゃんの思い出が消えていく。
回収業者の人がお手伝いロボットを引き取りに来た時、わたしもおばあちゃんの家にいて片付けを手伝っていた。
ロボットは、もう電源を落として動きを停めている。
わたしはそちらには行かず隣の部屋で、棚の中を片付けていた。その時そこに古めかしい花瓶が置いてあるのに気付く。
なんだろう?
不思議に思って花瓶を手にとると、それは一旦割れた後、修理してあることがわかった。
わかったと同時に思い出した。
まだ小さかった頃、わたしが遊んでて割っちゃったんだ。
それを言い出せずに、そんなの知らないと言ったわたしに、おばあちゃんがにっこりと微笑んでから、諭してくれた。
「ミキちゃん。嘘をつくと他の人にも悲しい思いをさせちゃうし、自分も辛くなっちゃうでしょう? 今度からは嘘をついたらダメよ。おばあちゃんとの約束ね」
……忘れていた。
隣の部屋からは、業者の人とお母さんが世間話をしている声が聞こえてきている。お母さんは、このロボットの事を話していたようだ。
「奥さん、でもこれ5、6年前の型でしょう? 売り出し始めた頃だからね、どのメーカーもロボットのいいとこアピールするのに必死だったんだよねぇ。だから、多少自分の好きに設定変えても、『わかりません』って言葉は使わないはずだけどなぁ。そんな風に言ってた気がするだけで、奥さんの思い違いじゃないですかねぇ」
業者のおじさんは笑い混じりにそんな事をお母さんに言った。
お母さんもあまり気にならなかったようで、「あら、じゃあ勘違いかもしれないわね」なんて返事をして、また他の世間話が始まっていた。
わたしは黙って片付けを進めた。
うちに戻って、自分の部屋の机の上に置かれたままになっていたお手伝いロボットのパンフを手にとる。
そういえばうちのお手伝いロボットは『わかりません』とは言わないかもしれない。っていうか、会話っぽいことをしたことがなかった気がする。
そんな事を考えていると、ノックの音がした。
「はーい」
応えると、部屋のドアが開けられる。思ったとおり、お母さんだった。
「ミキちゃん、この前言ってたでしょ、お手伝いロボットの展示会に行ってみたいって。おばあちゃんと一緒には行けなくなっちゃったけど、よければ今からでも行ってみる? 日曜でお父さんも家にいるし」
最近、元気のないわたしのことを心配してくれてるのはわかっている。
「ううん。展示会はもういいや! だってうちには去年来たばっかりのお手伝いロボットがいるし! あ。それよりさ、この前カナコちゃんにおいしいケーキ屋さん教えてもらったんだ! そのお店に一緒に行こうよ」
座っていた椅子から立ち上がりながら言う。
「ほんと!? お母さんもケーキ食べたいわ〜。じゃあ、お父さんにも言ってくるわね」
ちょっとほっとした様子でお母さんは階段を下りて行った。
わたしも。
部屋を出る前に、手に持っていたパンフを狙い定めて投げる。
それは、コトンと言う音と共に、きれいにゴミ箱に吸い込まれた。