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必守技

「これは……!」


 セイレーン様は俺の鱗が色が変わるのを見て驚き、そしてその中に色の変わらない水色の鱗があるのを発見するとそれを慈しむように優しく見つめてから、俺に言った。


「その鱗……触ってもいいですか?」

「はい」


 俺はセイレーン様が鱗に触りやすいように岩の椅子から降りて砂の上に立った。


 セイレーン様は俺にひざまずくような格好になって、シーカの鱗を優しく撫でている。

 触ったら手のひらに握った砂のように、さらさらとこぼれ落ちそうなほど細くて艷やかなセイレーン様の髪を上から見下ろしていると、なんだかいけない事をしているみたいでドキドキする。


 ふいにセイレーン様が上を向いて、ばっちり目が合って俺は思わずたじろぐがセイレーン様は特に気にしたふうもなく言った。


「カイト、あなたを改めて人魚族の戦士として歓迎します。今夜は人魚族の者を集めて宴を開きましょう!」

「はい!ありがとうございます!」


 セイレーン様は満面の笑みで言った。こんなに笑った顔を見たことがなかったのでその楽しそうな表情に俺もつられて笑顔になって、テンションが上がる。

 やった!パーティーだ!

 人魚のパーティーがどんなものなのか、楽しみなようでちょっと怖いようでワクワクする。


「じゃあ失礼します!」


 そう言って俺はウキウキでライラがいる家に帰ろうとするが、そんな俺をセイレーン様が呼び止める。


「そんなに慌てなくても夜まではまだ時間があります。これからのあなたの生活についてお話しましょう」


 ……確かにそうだ。

 俺はこの見知らぬ海の底でどうやって暮らしていくのか、そんなことにも気づかないなんて相当まぬけだったと、ついさっきの自分を顧みてわずかに顔を赤らめるが、周囲の海水に否応なく頭を冷やされてすぐに元に戻った。


「よろしくお願いします」


 俺達は岩の椅子に座り直して話を再開する。


「まずあなたには戦士として今より強くなってもらうことが必要です。そのためには力の使い方を訓練する必要があります。シーカはアイクに訓練をつけてもらっていました。あなたもそうするのが良いでしょう。宿もアイクの所に泊めさせてもらうのが良いと思います。アイクにはあなたから話しておいてください」

「わかりました」


 どうやら俺はこれからちょっと気難しい人魚のおじさんとひとつ屋根の下のようだ。まあ人魚の家に屋根はないが。


「それと、あなたはこの世界やこの人魚の体についての知識が足りません。訓練が終わったら、時々私のところに来てください。座学も必須ですよ」

「はいぃ……」


 勉強と聞いて俺のさっきまで上がっていたテンションは一気にガタ落ちする。勉強は嫌いだ。どのくらい嫌いかというと、教科書を見るとどよんとした気持ちになるくらい嫌いだ。


「まあ、生活面はこのぐらいでしょうか。あと、最後に一つだけ。最近この海域にくる人間の船の数が増えています。なにか嫌な予感がします。近々、またあなたの力が必要になるかもしれません。それだけ覚えておいてください」

「はい」


 また、この前みたいに戦闘になるのか。それまでにもっと強くなろう。話も終わったようだし帰ろうと思ったが、尋ねたいことを思い出したので話す。


「セイレーン様は宴には来ないんですか?」

「ふふふ……ナイショです」

 そう答えてなにやら秘密ありげに口角をあげた。セイレーン様も宴を楽しみにしていることと、きっと関係があるのだろう。何があるのか楽しみだ。


 俺はセイレーン様に一旦別れを告げてアイクの家に向かった。

 するとちょうどアイクはまだ起きないライラのことを見ていたので、この家に住まわせてもらうこと、訓練をしてほしいことなどを話した。


「ほう……そうか。……お前その鱗は……」


 アイクは俺の濃紺の鱗に混じった水色のシーカの鱗を見つけたようだ。アイクは難しい顔をしてしばらく黙り込んだのちに、軽く挑発するように言った。


「夜まではまだ時間がある。軽く訓練するぞ。それともまだ傷が痛むか?」

「……いえ、よろしくお願いします」


 俺はアイクに導かれるまま、外へ出た。


「バシャ……バシャ……」


 二人は黙して水をかく音のみを立てながら進む。


 アイクは俺を連れてちょうど俺が今来た方向、つまりセイレーン様の住まいの方に向かった。なぜその方角なんだろうと思ったが、この微妙な雰囲気の中では聞きづらいので、俺は黙ってついていく。


 そうこうしているうちに俺達はセイレーン様の住まいの上を通り過ぎて、さらに奥へと進んでいく。心なしか背中を押す水の流れが強くなっている気がする。


 セイレーン様の住まいが後ろに遠く霞んで見えるようになって来た頃、アイクは止まって俺の方に向き直り、厳しい表情をして言った。


「カイト、戦うぞ。先に相手の右胸に一撃を与えるか、降参させた方が勝ちだ。戦うことでお前の弱点も強みもわかってくるはずだ」

「! わかりました。でもなんで右胸なんですか?」


 俺はアイクの突然の提案に少し驚いたが薄々わかっていたことなので迷わず了承して、疑問を投げかける。


「知らないのか?どんな生き物にも魔臓があるだろ?」

「いえ、知らないです」

「もしかしてあんたがいた異界には魔法がないのか?」

「ないです」

「ほう……」


 こりゃ驚いたといった表情でアイクは相槌を打った。

 そりゃそうだろう。魔法なんてないよ。そもそもなんだよ魔臓って。でも逆にこの世界の人々にとっては、魔法とか水操作とかが当たり前なんだろう。常識の違いってやつだな。


「魔臓はその名の通り、体の中に魔力を取り込むための臓器で、心臓は左胸にあるのに対して魔臓は右胸にある。この臓器にダメージを受けると、人間は魔力を取り込めなくなって魔法を撃てなくなるから、人間との戦いでは有効だ。」

「人魚には効かないんですか?」

「ああ、俺達の水操作は魔法とは違うから魔力に関係なく使える。説明はこんなものでいいだろう。始めるぞ」

 

 俺達は少し距離を取って、お互いの様子をうかがう。

 アイクは半身になって左腕を手のひらを開いた状態で前に構える。右手は体の反対側にあるのでこちらからは見えない。


 戦闘の構えになると、アイクの纏う雰囲気がライラを助けに行ったときのような鬼気迫るものに変わる。

 俺はアイクに正対して、その気迫に怖じ気づくことなく、その一挙一動を見逃さないようにじっと観察する。が、観察なんて意味がないくらいのスピードでアイクは突然距離を詰めてきた!


 そしてそのまま前に置いた左腕で魔臓へ打撃を加えようとしてくる。俺はすぐに回避を諦め、腕でガードしようとするが、この細腕では耐えられそうもないのでヒレを体の前に折り曲げて守りを固めて、衝撃に備える。


 ……が、なかなか掌打の痛みが襲ってこない。アイクが今何をしているのか分からず俺は混乱し、とりあえず体の前でガードのために折っていたヒレを、かかと落としのようにそのまま振り下ろすが、そこにアイクの姿はなかった。


 そしてアイクを見失ったという一瞬の混乱の後に、左脇腹にヒレによるボディーブローを食らい、悶絶する。


「ぐぇ……」


 おそらく水操作による加速もされていた一撃の威力は大きく、痛みのあまり俺は思わずお腹を押さえてしまう。その隙をアイクが見逃すはずはなく追い打ちをかけるように容赦なく顔面に殴りかかってくる。


 

 俺は腹を押さえていた腕を顔を守るために使おうとして……やめた。むしろ両手のガードを解き、手で水操作をして俺からアイクの方向へと水流を起こす。それによりアイクの動きも一瞬鈍ったので、その間に俺はヒレで水をはたいて、後方へと移動しその場から離脱する。


 アイクは全身で水操作をしなくても出せた俺のスピードを褒めてくれた。つまり俺の長所は、力強く水を操ることのはずだ。ならばと俺は攻撃は全て捨ててヒレと両手から、さっきやったような自分に敵を近づけさせない水流を全方向に生み出す。


 その結果として、俺の周りを水が球状のバリアのように取り囲んだ。その場から動かないことと、その大きさを除けばそれはまるで海に浮かぶ水泡のようだった。俺はその出来栄えを確認しながら、挑発するように手のひらをちょいちょいと振って言った。

「名付けて……うーん……泡バリア?まあ名前はなんでもいいや。来い、アイク!」

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