魔力無限の男
痛みで意識が覚醒し、戦闘モードにスイッチが切り替わる。再び流れ出したアドレナリンのような力の奔流を感じながら水面を見上げると、船の上から身を乗り出し、こちらに両手を向ける人間の姿を発見する。
「魔力弾」
「ぐあっ……!」
その男が何かをつぶやくと水面を割って再び俺の体に謎の衝撃波が着弾する。
なんだ!?どういう攻撃なんだ!?突然の出来事に思考が追いつかない。魔法は自然現象を再現するものじゃなかったのか?こんなの自然現象じゃないぞ!
「すごいですユウヤ様!」
「ふん……」
俺が苦しみにもだえている中、船上からは女の騒ぐ声と男の声が聞こえる。こんなふざけたいちゃついている奴らにやられんのかよ!
どうしようもなくムカッ腹が立ち、頭に血がのぼるがそれをなんとか抑えて、さっきの攻撃で泡立つ水面を目隠しにして、船の下に隠れる。
これならあの衝撃波を撃っているらしき男は何もできないはずだ。
「カイト!」
アイクが眼下でライラを抱えたまま安否を確かめるように俺の名前を呼ぶ。
助けてくれ!……そう叫びたいのはヤマヤマだけど、怪我をしたライラを放っておくことはできない。
そういえば、ライラは目立った傷がなかったのに衰弱していた。あのふざけた奴にやられたとしたらますます許せない。俺はアイクにしっしっとあっちへ行けと手で合図し、助太刀は無用だと言外に伝えた。
「ユウヤ様、逃げられちゃいますよ!」
「うるさい、騒ぐな。魔力弾・無限」
また女が騒ぐと男が衝撃波を、今度は船の周り全方位に掃射し始めた。水しぶきがいくつもあがり、水面が泡立つ。
これはチャンスだ。相手は視界が悪くなって、こっちは回復の時間を稼げる。それに衝撃で起こった波で、船が多少揺れているのもいい。俺は痛む体にむち打って、木で作られた船底をヒレで叩いて穴を開け続けると同時に、水を操作して船内に水を送り続ける。8人は乗れる大きめの船だが、少しすれば浸水が始まり、船は沈み始めるだろう。
わざわざ船の上から、あの魔法だかなんだかよく分からない衝撃波で攻撃し続ける臆病者を水の中に招待してやる。
1分ほど経ってようやく掃射が終わった頃には船の周囲は海底から巻き上がった泥やら何やらで濁り、とても視界が悪くなっていて、俺におあつらえ向きの状況になっていた。
「すごい!さすがユウヤ様!」
「はは……ははは!これが無限の魔力!これが俺の……力!!」
船の上では女と男がまたバカ騒ぎをしている。見てろ、今から恐怖のズンドコに落としてやる。浸水させて沈没させるなんてまどろっこしいことはしない。一気に転覆させてやる。
あらかじめ浸水させておいた水を操作して、一気に船を傾かせる。いくぞ、水操作!
両手で水を操作し、船内の水を右へ、左へと動かす。
「きゃあっ!」
「おっと」
「も、もうユウヤ様のエッチ!」
船上からはずいぶんと楽しそうな声が聞こえる。すぐに笑えなくしてやるぞ。
徐々に波を反動をつけて大きくしていく。アイクが波を起こした時は距離があったし、それに水を操る力なら俺のほうが上だ。俺の水を操る力なら、いける!
いっそう力を込めて船を揺らすと、ついに船はゆっくりと、しかし時間をかけることなく横転し、その半身を海に寝そべらせた。
さてと奴らはどこにいったかなと耳を澄ますが、おかしい。海中から聞こえるのは奴ら以外の船の人間の声だけだ。
「ユウヤ様、これどうなってるんですか!?」
「魔力を足から放出して、空を飛んでいる。まだ制御が難しいけどな」
「はい!じゃあしっかり掴まってますね!」
「あまりくっつくなよ」
「えへへ」
「やれやれ……」
声のする方を船の影から見上げると、口にした素っ気ない言葉や態度とは裏腹に気持ち悪い笑みを浮かべた男と、そいつに抱きつくような体勢の乳の大きな女が空中に浮いているのが見えた。
「ユウヤ様、まだ近くに人魚がいるはずです!早く終わりにしましょう」
「ああ」
自分の体にきつく腕を回して抱きつく女を見て、男が鼻の下を伸ばし口ぶりとは真逆の口元の緩んだ気持ち悪い笑みを浮かべるのを見て悪寒が走り、背筋がぞわっとしたがそんなことを気にしている場合じゃない。空中から、またあの魔力弾ってやつを掃射れたら今度こそゲームオーバーだ。
こうなりゃ、一か八かだ。俺は沈んだ船に必死に掴まるような格好で上半身だけを水から出し、叫ぶ。
「助けてくれ!!いつ人魚に襲われるかわからない!」
「ふん……」
男がまるで興味が無いといった表情でこちらを見る。今度はちゃんとセリフと表情が合ってるじゃないか。本当にクズだなと思いながら助けを求めるフリを続ける。
「頼む!!」
「やれやれ……」
無表情のまま、男が女を連れたまま下降して近づいてきた。幸いにも、濁った水のおかげで俺の魚の下半身は見えていない。
俺が必死に救いを求める風に右手を伸ばすと、男は女が捕まっている左側とは逆の右手をこちらに差し伸べて言った。
「掴まれ」
「ありがとう、ありがとうございます!」
「いいから早く掴まれ」
「こっちの土俵に来てくれて、ありがとう」
そう言うが速いか、俺は男の手首を掴み海中へと引きずり込み、海底へ向かって高速で泳ぐ。
「ガ、ゴボッ」
情けない声とともに男の口から泡が吐き出される。人間2人にしては軽いと思ったら、女はさっきまであんなにくっついていたのにとっさに手を離したらしい。
「ガボゴボゴブ」
掴んだ右手から連続で衝撃波が出て、俺の腹をかすめてから海底に着弾し、岩が砕け大量の砂が舞う。少しヒヤッとした。
妙なことをされる前に急いで倒すべく、海底へと向かう勢いを水操作で殺し、急制動する。男は水に流されてうまく使えない左手で目を開けられないながらも、俺の進む方向へ狙いをなんとか定めようとしていたが急停止に面食らい、
「ガボゴボ」
明後日の方向へ衝撃波を飛ばした。それを見てすかさず空いている自分の左手を男の口に当てがい、強引に口を開いて、海水を流し込む。ハゲとの戦いでこれが有効だというのはもう知っている。
「どうだ、苦しいか。でもライラはもっと苦しいし、痛かったし怖かったはずだ」
「グ……ボ……」
男が左手で衝撃波を撃とうとするのをヒレで払い、さらに水を流し込む。
「ゴ……ボ……」
最後のあがきで男は左手で見当違いの方向に弱々しい衝撃波を撃って、動かなくなった。泳げもしないし海の中で目も開けられないのによく人魚狩りに来ようと思ったもんだ。
さて、女の方は……ただうるさかっただけだし意味もなく戦ったらこの襲ってきた人間と同じになってしまうから、放っておこう。
そう思い、男を掴んでもと来た道を帰ろうとした時、ぎぃんと頭痛がして頭の中に声が響いてきた。
――コロセ……ニンゲン……コロセ……
は?何言ってんだよ。
――コロセ……コロセ!!
俺は殺さない!!
――……コロセ!!!
頭の中で強く響く声に意識が遠のき、俺は意識を失った。