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覚醒と自分の知らない自分

 俺はヒレに力を溜め、一刻でも早く傷付いているライラの元へと泳ぎ寄ろうとしたが、それをアイクが手で制して止めた。


「なんで止めるんですか!」

「冷静になれ。俺達はまだ結構深い位置にいるから船の上の人間は俺達に気付いていない。俺がライラとは反対方向から水を操って陽動するからお前がライラを助けるんだ。」

「でもそれじゃアイクさんが危ないんじゃ……」

「あまり俺をなめるな、これがベストなんだ。合図したらいくぞ」


 作戦どおりアイクは少し浅めの水深で船の反対側へと回り込み、俺はライラの真下でそのままの水深を保ち待機する。

 人間達は弱りきったライラのことを投網のようなもので今にも捕獲しようとしている。


 早く!合図はまだかと、焦る俺は気付いた。波が強くなっている。するとアイクは静かに手を上にかざし、そして気合の雄叫びと共に腕を一気に振り下ろした!


「うおおおっ!!」


 アイクは自身の気合を全て船にぶつけるかのように、一番強い波の流れに自分の水を操る力を乗っけて大波を引き起こす。

 その大波は人が10人乗れるぐらいのサイズの船を揺らすのには十分だった。


「今だ!カイト!行け!!」


 その言葉と同時に俺とアイクは海面へと上昇する。俺がライラを助けるのに手間取るほど、アイクがケガをする確率が高くなる。


 俺は無我夢中で、ここに来たときよりもさらにスピードを上げるためヒレだけでなく手で前方方向の水を操作し、自分にかかる抵抗を減らした。

 その効果はてきめんで、あっという間に水面にうつ伏せで力無く浮かぶライラが見えてくる。


 水面に近づくにつれて船の上の人間の慌てた声が聞こえてくる。水中なのにこんなにはっきりと船上の声が聞こえるのは水中にいるから身体能力が強化されているからだろう。


「おい、どうなってんだっぺ!」

「仲間の人魚が来たのけ!?」

「うろたえんな!人魚のガキさえ手に入ればこっちのもんだ!さっさと捕まえるんだ!」


 船の上のやつらが何をしようと関係ない。

 できるだけ速く、今の自分にできる最大速度で水面に上がりライラを抱いてすぐ海底に潜る。

 これが今の俺にできるベストだ。


「ライラ!!」

「シー……カ?」


 俺が水面に出る直前、俺とライラは短く言葉を交わした。ライラは俺のことをこの体の持ち主だと思っているようだったが、俺が安心させるためにっこりと微笑むと、とても安心した表情になった。


 バシャンと音を立ててついに水面に出たが、勢いが付きすぎてしまい、俺はちょうどイルカがショーをするときのように弧を描いて空中を飛んでからまた水中へと飛び込んだ。


「うおお!人魚がこっちにもいるっぺ!」

「早く人魚のガキを捕まえて人質にすんだ!そうしたら奴らも一網打尽だ!」


 しかし、不幸中の幸いで空中に出たことで船の上には8人ほどの船員がいて、その半数が体勢を崩していることが確認できた。

 それにしても、この船は漁船じゃないのか?ちらっと見ただけでも船の上に武器がかなり見えた。

 船の反対側ではアイクが片手で第二波の用意をしつつ、もう片方の手で水で盾を作って守りを固めている。 


 俺は着水してすぐに下へと向かおうとする体を水を操って無理矢理に方向転換し、ライラに泳ぎ寄る。


「そうはさせるかってんだ!」


 声に反応して水上を見ると、片手持ちの斧を持った筋骨隆々のハゲ男が船から降りた勢いを生かして、そのまま水中の俺の腹目がけて斧を振り下ろしてきている。

 このままでは、俺の柔らかい腹は薪割りで割られる薪のように真っ二つに叩き切られて確実に俺は重症を負うだろう。


 俺はとっさにヒレと手のスピードを出すための水操作をやめて、右手で薄いながらも水の壁を作り少しでも斧の勢いを弱め、それと同時に左手で水を操作し自らの腹に水のパンチをぶち当てて後ろへ少しでも距離をとる。


「ぐうッ……痛ッ!!!」


 それでも斧の一撃を避けきることはできずに、まず自分に当てた水のパンチの痛みが、次に、鈍くも力強く俺の腹をえぐるように斧の痛みが襲ってくる。


 クソッ!痛い!

 腹から人間だったころと変わらない赤い血がどくどくと、止めどなく溢れて、海に滲んで血の赤がだんだん海の青へとなじんでいく。だけど、痛がってる場合じゃない。ライラを助けに行くんだ。


 俺は痛む腹を手で押さえながらライラの元へと向かおうとする。だがその時、俺の尾ビレの付け根の細い部分を腕ががっちりと掴む感触がしてからすぐに、尾ビレに鋭い痛みが走った。


 後ろを振り返るとさっきのハゲ男が必死の形相でナイフを俺のしっぽに突き立てていた。まだ武器を持っていたのか!


 俺は腹部と尾びれの余りの痛みに体が固まり、身動きが取れなくなる。そんな俺を見てハゲ男は一瞬ニヤリと笑って、半透明の薄い尾ビレに突き立てたナイフをそのまま下方向へと動かし、俺の尾ビレを()()()()やがった!


「う゛わ゛あ゛ぁァ!!!」


 たまらず獣のような叫び声をあげる。裂かれたヒレから、腹ほどではないもののサラサラと流血してハゲ男付近の海水をわずかに朱に染める。


 俺は必死にヒレで水を操って腕を振りほどこうとするが男が力の限りしがみついている上に、痛みで水を操ることに集中できず、男を振り払うことができない。


 それを好機と見たのか男はまたナイフを振り上げた。鱗のある下半身ではなく、また尾ビレを狙って俺を動けなくする気だろう。


 どうする、どうする……

 俺の思考と動悸が今までになく速くなるのとは反対に、俺の周りの世界は限りなく遅く進んで、男がナイフを振り下ろすのもとてもゆっくりに感じる。


 その引き延ばされた時間の中で俺は決意する。


 自分の身を守るため、何よりライラを助けるためにこの男を倒すことを。

 セイレーン様の前ではああ言ったものの、(元)同じ人間と戦って殺し合うのは極力避けたいと思っていた。だが自分が傷つけられ殺されそうになった今、その考えをようやく捨てることが出来た。


 決意が俺に力を与えた。


 海と同色だった水色の鱗はまるで砂浜に波が押し寄せるように、腰、下半身の中ほど、尾ビレの付け根、尾ビレの先端の順でさぁーっと濃紺に染まっていく。それと同時に、空想の中にしか無かった敵を倒すための力と自信が俺の中にみなぎってくる。


「絶対に倒す」


 言葉が自然と口をついて出てくる。


 男は鱗の色の変化なんて気にも留めずそのままナイフを振り下ろす。ナイフは深々と俺のヒレに突き刺さった。


 だが俺は動じずに着々と攻撃の準備を進める。両手とヒレで水を操作し、俺の血が混ざった水を体の周りに集める。


 そして男が俺のヒレを三枚に分けた瞬間、俺は水を操る能力を発動した。俺の血が濃く混じった海水は通称の海水よりも力強く、思い通りに動いてくれる。


 俺はまず、ヒレ付近の水を操作し渦を巻き起こす。セイレーン様が俺にデモンストレーションで見せたものとは違う、敵を拘束するための本気の渦だ。


 男は渦の流れに耐えきれずに俺から手を離し、無様に海中で回転する。息が苦しくなったのか、男は必死に海面へと浮上しようとするが、それを許すわけはない。


 今度は、俺が掴む番だ。男の両足首を掴み海中へと引きずり込む。自分の足を掴む俺を見た男は、ナイフをかざして俺の手を切ってなんとか逃れようとするが、俺は腹から出た血が混ざった海水を両手で操って強烈な水の流れを起こし、ナイフを思うように振らせない。


 男はいよいよ苦しくなってきたようで足を懸命にジタバタと振るが俺は決してその足を離さない。


 やがて男の反応が鈍くなり、完全に動かなくなったので俺は男の口を開け、腹とヒレのお返しだとばかりに海水をたらふくぶちこんでやった。

「ふん、ざまあみろ!」


 そこで俺は我に帰った。そうだライラは!


 そう思ってライラがいた方を見ると、ちょうどアイクがライラを抱きかかえて、海中へと潜っていくところだった。


 よかっ……た……


 安心してフッと意識が遠のいた時、頭上でバシャンという水に何かが着水する音がした。その一瞬後、

「ぐぁ……はっ……!」


 身体に特大のハンマーで殴られたような衝撃が走った。



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