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音楽のない世界  作者: なか たつとし
9/11

音楽のない世界#9

 すべての状況を飲み込めた後、

「とにかく、今日はここに泊まりなさい。明日は一緒に学校に行こう。少なくとも裕太君は私の曾孫なのだから、家族なのだから。」

「明日、学校に行っちゃダメなんだよ、僕は。」

「どういうこと。」

「クラスの中で7人ずつしか登校しないの。今日は僕が登校する日だったから、次は来週の火曜日。」

 そうか、感染拡大の防止から、同じクラスでも登校する日が決まっているのだ。

「黒田君という子も、裕太君と同じ日に登校するの」

「そう、黒田君と同じ班。」

 彼はさびしそうに、言った。

「クラスのみんなの名前わかる全員の。」

「わからない、黒田君とその取り巻きの人しかあったことがない。」

 さらに、さびしそうに言った。

 あまりにも不運すぎる光景だ。同じクラス、その黒田君という人と同じ登校する日の班になってしまったため、裕太君はいじめられている状況に陥ってしまったのだ。

 彼のことを好きな人がクラスメイトに居ればいいのに、彼の存在を知っている人がもっとこのクラスに居ればいいのにと思った。

「明日は、学校に行っていいんだよ。少なくともこの時代は。」

 私は、そう声を掛けると、彼は少し嬉しそうな表情をする。やはりいじめっ子が居ても、子供は外に出るのが楽しいようだ。

 

 裕太君は、お風呂に入り、布団で眠った。まさしく、その寝顔は私たちにどこか似ていた。

「どうするか、綾。このまま、放っておくわけにはいかなくなってきたぞ。」夫は言った。

「私もよ、どうしようか。」

私たちの珍無垢は続く。

「俺は、未来の日本も気になった。こんなことになるのだろうか。彼がピアノを弾けるような時代を作らないといけないのでは。」

「どうやってよ、相手はウィルスよ、私たちがまだ見たことのない。」

「歴史を変えてみたい。彼のために、未来のために。」

夫が夢みたいなことを言う。これで何度目だろう夫の夢のような発言は。

本当に実現できるか私にはわからない。ワクチンを作るということなのか、薬を作るということなのか、私たちは想像がつかない。

しかし、何かを変えなければならないのは事実だった。私たちの曾孫が未来の世界でいじめられているのだ、黒田という少年に、それを考えれば絶対に黒田は許せない。家族として。

そして、家族からも、ピアノが弾ける風変わりな少年で疎まれているし、虐待されているようだ。こんなことが、未来の私たちの家族にあってはならない。

私たちが死んだあと、そうなっているなんて。

どうやら、やるしかないようだ。


「とにかく、事実を明日、校長先生と、教頭先生に話してみよう。」

 私たちは、そう思った。


 翌朝になった。夫と私、そして、裕太君は朝食を済ませた。

「とりあえず、彼を連れて行くんだから、しばらくは車だろう。はい、鍵、僕は駅から電車だから。」

 夫が、車の鍵を渡した。そうだ、最大の試練だ。裕太君を連れて行く、つまり車を運転して、学校に行くのだ。しかも、クラウンを。

 

 やがて、出発する時間になり、夫は、電車に乗るため駅へ向かい、私は駅の駐車場へ向かった。


 黒のクラウンが大きく見える駐車場。


 ああ、夫がいない。こんな高い車、ボコボコにしたらどうしよう。と思った。

 裕太君を後部座席に乗せて、車にエンジンをかけて、私は出発した。

 仕様は実家の車と同じらしく、運転は大丈夫そうだった、しかし、いつになく集中する私。赤信号で、止まるたびにぶつけていないか、人を引いていないか心配になる。いつもよりもノロノロ運転だ。


 やっとの思いで、学校に到着する。車を駐車するのも時間がかかった。やはり疲れる、裕太君が居る間はこれをずっと繰り返さなければならないのか。ああ、どうにかしてほしい。しかし、これも仕方ない。大変なことは車の運転だけでいいのだから乗り越えようと思った。


 裕太君を保健室に連れて行かせ、私は職員室へと向かった。

「おはようございます、伊藤先生。昨日は大変だったようで。」

大橋先生が、声を掛けてくれた。

「ええ、とても大変でした。しばらく、斉藤君を預かることになるようです。色々なことが分かったので、お話します。」

「おお、そうか、楽しみにしているよ。」

大橋先生は、ナイスガイのように、親指を立てていた。まさに体育教師。


「アヤ、ダイジョウブ?」

リンダも声を掛けてくる。

「大丈夫だよ。私は。後で、リンダにもお話があるんだ。」

私は彼女にも行った。


「伊藤先生、昨日はありがとうございました。」

校長先生、教頭先生も声を掛けてきた。

「大丈夫です。斉藤君に関しては、しばらくうちで面倒を見ます。そこのことに関してお話したいので、大橋先生、リンダ、そして、保健の島田先生も交えてもらっていいですか。」

「ええ、いいですよ。今日の昼休みに。大橋先生と島田先生にも言っておきます。」

昨日からお世話になっている、保健の島田先生は、まだ若いが、看護師のような雰囲気があり、さすがは保健室の先生だと思う。芯が強い、しっかり者だ。

 未来の話をしても大丈夫なのだろうか。大丈夫だろう。スポーツ好きの大橋先生とリンダならば唖然としているだろう。なんたって、サッカーがPK戦のみになる時代に変化するのだから。


 一時間目、私も音楽の授業をしに、音楽室へと向かう。その前に保健の島田先生の元へといった。

 裕太君はパソコンを持っていますが、なんでもありません。パソコンの件に関しては昼休み、校長先生、教頭先生と交えて、打合せをします。と言っておいた。

 島田先生はそれを承知したらしく、打合せを楽しみにしているようだった。彼がいったい何者なのだろうと知る手段を楽しみにしているようだった。


 音楽の授業は身が入らなかった。未来には音楽の授業が存在しないことがわかると、どうしてもやる気がわかない。子供たちはリコーダーや歌を歌う日が来るのだろうか、再び。それすらもわからない。とにかく、色々な歌を沢山今日は紹介したし、たくさん歌う時間にしようと心に決めた。

 その結果、いつも以上に張り切っていた。1時間目と2時間目は四年生の授業だ。歌を2曲、3曲と次々と紹介していく。皆は元気よく歌っている。

 ソプラノとアルトがわかれる歌も歌うことになった。それでもクラスの皆は元気よくいっぱい声を出している。

 歌が好きなのだ、音楽はみんなを明るくさせる。

 3時間目と4時間目はそれぞれ、5年生の一クラス、6年生の一クラスの授業だ。5年生は市の学校音楽祭に学年全体で出場するためその準備を行う。6年生は運動会で実施する、マーチングの練習を実施することになる。5年生の合唱の練習、6年生のマーチングの練習も少しではあるが、気合が乗って来た。

 来年はひょっとするとできないのかもしれない。そうなると私も楽しく、授業をして、指導も熱が入ってくる。


 あっと、言う間に給食と昼休みの時間になった。さあ、打合せしよう。私は職員室に戻った。


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