音楽のない世界#2
保健室は職員室の隣にある。斉藤君を保健室へ連れて行き、養護の先生に、頭のこぶの処置を任せて、私は、職員室へ行く。
6年2組の担任の先生は、大橋先生だ。体育主任で、少しカッコいい。やせ形ではあるが、足のラインには筋肉がしっかりついており、陸上競技や、水泳の選手に居そうな体系だ。事実、大橋先生も、高校、大学と水泳の平泳ぎで国体に出ている。ただ、平泳ぎには当時、世界新記録を樹立し、その後、オリンピックで金メダルを取っていた選手が存在しており、
大橋先生は、その選手と同期で、全国大会で何度も対戦したが、その選手に勝てなかったという。
つまり、そのようないじめがクラス内であれば、ビシッと指導してくれそうだが、見落としているのだろうか。
朝礼でも低学年の生徒から、「気を付け」や「礼」、「前へならえ」など、厳しく号令をかけていることから、怖そうな先生と言われているのを聞いたことがあるのに。
私は、大橋先生に裕太君の一件を話した。
「斉藤君・・・。伊藤先生、斉藤君と黒田君と言いましたよね。」
大橋先生も難しい顔をした。私も大橋先生と同じ表情をさっきまでしていた。
「そんな名前の生徒はうちにはいないし、伊藤先生も音楽の授業でかかわっているから、知ってるでしょう。」
大橋先生の口調が、少し厳しめな言い方に変わっている。生徒の顔と名前を覚えるのは教師の基本と言いたいのだろう。
「その、斉藤君という子が、6年2組と言っているので、聞いてみたのですが。私も、6年2組にそんな子がいた記憶もないですし。」
大橋先生の厳しい顔も解けていく。
「ああ、そうなの。とりあえず保健室に行ってみるか。」
大橋先生を連れて保健室へと向かった。保健室の椅子に斉藤君は座っている、手には氷が大量に入った袋をもって、その袋を頭に当てて、こぶを冷やしている。
「斉藤君、6年2組の大橋先生だけど。」
私が言った。彼の表情がこわばる。同時に大橋先生の表情も難しくなる。
「やはりうちのクラスの生徒ではないですね。伊藤先生。」
大橋先生が言った。斉藤君も同時に行った・
「僕の先生は、内田先生という女の先生だけど。」
内田・・・・。私と、大橋先生、そして、養護の先生も顔をしかめる。
「内田先生って。」
「この学校に内田という苗字の先生はいないよね。」
そんな会話になる。
「斉藤君、斉藤君の学校はどこですか。別の学校から来たのかな。」
大橋先生が、質問する。その可能性しかない。と私たちも思う。
「南区第三小学校です。」
斉藤君の答えに、私たちは驚く。
南区第三小学校。ここだ。
「斉藤君、階段から突き飛ばされたこと、お母さんに電話したいから、お母さんの連絡先、教えて。」
母親の携帯番号らしき電話番号を斉藤君は言った。私は、メモする。数字だから間違う理由はない・
「伊藤先生、メモしたよね。電話してきて。僕は、とりあえず、校長先生と教頭背院生に連絡するから。」
私は、そわそわしながら、職員室へ急いだ。
職員室の電話で、その電話番号にかける。電話番号の数字も間違いなく合致している。
「お掛けになった電話番号は現在使わされておりません。」
そんなメッセージ音声が流れた。
私は首をかしげる。もう一度実施する。しかし、何度やっても結果は同じだった。
私は、自分の机に戻った。バックからスマホを取り出す。自分のスマホからなら。そう思って、電話の数字を押した。しかし、
「お掛けになった電話番号は現在使わされておりません。」
結果は同じだった。
「Aya What’s wrong?」
隣の席から、声がする。
「アヤ、ドウカシタノ。」
英語専科でALT指導のリンダがそこにはいた。リンダはブロンドな髪に、青い目。典型的な欧米の女性の顔をしている。年も私と同い年で、仲よくしてもらっている。
イギリス、マンチェスターの出身。強いサッカーチームが地元にあるからだろうか。サッカー観戦が好きで、日本に来てもJリーグの観戦によく足を運んでおり、ユニフォームも何着か持っている。
斉藤君のことを彼女にも話す。
「ワタシモ、ホケンシツイク」
そういって、彼女も保健室についてきた。
保健室には相変わらず、斉藤君が椅子に座って、手で氷を当てながら頭を冷やしている。大橋先生はまだなのか、保健の先生と、斉藤君の二人だけだ。私とリンダは様子をうかがう。
「斉藤君、電話番号違うみたいなんだけど、本当にこれであってる。」
「合ってる。」
電話番号のメモを見せたが、それでもあっているという。
それと同時に不思議そうな表情をした。
その表情は、私ではなくリンダに向けられていた。