音楽のない世界#10
保健室にての打ち合わせ、裕太君のパソコンで教科書を開きながら、説明する。社会科の教科書、そして、リンダと大橋先生が好きな体育の教科書を開いて、説明した。
全員が息をのんだ。そして、沈黙が流れた。CNウィルス、オリンピック中止、音楽もない、そして、スポーツのルールも変更されているそんな、人との交わりと極限まで絶った新しい世界。
「本当の話、だよね。」校長先生が、この沈黙の空気を裂くように私に言ってくる。
「はい、本当の話です。教科書に書いてあるのだから。」
「私も横で見ていました。4時間目まで、本当のことのようです。パソコンの中に教科書がある時点で未来から来たと言いきれます。」
島田先生は私に続けた。
「確かに昨日、電話番号も使われていないものになっていたこと、それらを総合すれば、あり得ますよ。校長先生。」
教頭先生は校長先生に向かって言った。
「ヒコウキナイノ、イギリスカラデラレナクナル、ニホンイケナイ、ガイコクイケナイ、サビシイ。」
リンダが、素直に言った。
「それに、俺とリンダの好きなサッカーもこんなつまんないルールになっているなんて、PKだけとかなんだよ、運の世界じゃんか。」
大橋先生も同じだ。熱血の目がだんだんと涙に変わってくる。
「畜生、後1年後にウィルスが来てしまうというのか。わけのわかんない。」大橋先生が机をバンバン叩く。
「まあ、落ち着きましょう。大橋先生。とりあえず、この子を未来の時代に帰しましょう。やり方を模索しつつ、今の時代だと彼の戸籍謄本も住民票も無いのだから、何かと不便でしょう。教育委員会と役所に問い合わせて確認しましょう。」
校長先生は言った。
「いや、待ってくださいよ校長先生。彼を元の時代に帰すにはどうすればいいですかね。それに、帰れても居場所はないですよ。いじめられているのだから。」
それも確かにそうだ。未来の先生とも連絡が取れない。タイムマシンというモノは存在しない。
階段で落ちた衝撃ならば再び階段で落ちればいいが、その保障はどこにもない、もしかしたら、教師がけがをさせたで、問題になるだけだ。
「確かにそうだ、いじめの問題はともかく、どうやって帰しましょうか。方法が見つかるまではここで待機するしかないでしょう。」
校長先生はしぶしぶそのような顔つきでこちらを見た。
「あの、校長先生。いじめの問題も解決するのかもしれないです。」
私は言ってみた、そう、少なくとも彼は私の曾孫なのだ、曾祖母として言ってみよう。
「私たちが、このウィルスに対抗できる手段をいち早く、この教科書から予習すれば、どうにかできると思います。そうすれば、少なくとも感染者は減りますし。」
「といっても今は手洗いとうがいしか呼びかける手段はないですよ。」
校長先生が言った。
「思い切って、ワクチンの開発とかは、きっとそのパソコンにワクチンの開発やデータが載っているかもしれません、資料として。」
島田先生が言った。
「しかし、見つかりますかね。まだ見ぬウィルスの薬とワクチンなんて。」
「俺は、その望みにかけたいです。サッカーしたい、水泳したい。」
大橋先生が、子供のように言った。
「私も、彼のピアノを評価してくれる人が増えることを望みます。」
私も大橋先生に続いた。
「ワタシモヤリタイ、ミンナ、エイゴハナセルヨウニ、ナッテホシイ。」
リンダが言った。
「まあ、いいですよ。とにかく元の時代に帰すこと、そして、出来るならばいじめをなくすこと。少なくとも彼がここにいる間はそうしましょう。」
校長先生が言った。
私たちは嬉しくなったが試練はここからだった。どうやってワクチンを開発しようか。少なくともいじめの問題は解決できる。彼のピアノを評価してもらえる人を増やせばいじめは少なくて済む。
おそらく、彼の生きている時代は、体力のある人ほどより評価される時代なのかもしれない。少なくとも小学校は。その体力のある人も不運だ、ある意味で黒田君という子も不運だ。野球や水泳で見える敵と勝負すればこのように人に暴力をふるう可能性も低くなるはずだ。
時代のせいで、敵は見えなくされている。
「とにかくワクチン作成に協力できる人を今から探そう。」私は言った。心当たりはあるかどうかを聞いた。
「私の友達に聞いてみます。医療の会社に勤めている。友達に。」
島田先生は言った。
「私の夫はどうだろう、たしか、病院の電子カルテのシステムを納品した経験があると言ってたし。聴いてみます。」
私も続いた。
歴史を変える、私たちにできること、それは裕太君や黒田君が幸せに過ごせる社会を作ること、裕太君がこの時代に来たのはある意味でよかったのかもしれない。
私はそう思った。