第五十一話 魔族と人族の在り方
翌日のクリスとゴーレムの再開はといえば。
結論だけ言おう。
短かった。
だって、迷宮内を探した結果、クリスを助けたというゴーレムは言葉が話せるほどの高位ゴーレムではなく、無意識か、自意識があるかも曖昧な状態のゴーレムであったから。
高位の隊長ゴーレムに通訳を頼んだが、「オレ。小サイ者助ケル。オレ。満足。」これだけしか聞き出せなかったらしい。
そうか、ゴーレムにも色々なヤツが居たんだな。
それでも、クリスは幼少期に助けてもらったお礼を何度も何度も伝え、ペコペコとお辞儀をしていたけど、当のゴーレムはと言うと、左程興味を示さなかったのか、くるりと向きを変えて、ダンジョンの奥へと戻ってしまった。
照れ屋なのだろうか?
そのついでに、クリスがゴーレムとの感動の(?)再開をしている間に、氷柱勇者一行の回収作業が行われたのだった。
◇
クリスと出会ったお陰で、吾輩の中にあった人間という種族への理解、特に勇者に関しては激変せざるを得なかった。
これまでの勇者は一様に、人の話を、特に吾輩たち魔族の話しを聞かない。
聞こうともせずに、一方的に戦いを吹っ掛けては暴れる。
時に、我輩や魔族の気まぐれで、大怪我を負った勇者一行に治癒魔法を施しても、「何の真似だ!」とか「卑劣な策略には乗らない!」などと、恩を仇で返す始末だった。
こんなことが代々続いているのだ。
我輩ならずとも、魔族全体にとって、勇者一行こそが、人間という種族の代表的な存在であり、冒険者や墓荒らしたちもまた、同様であった。
しかし、クリスは唯一の例外なのであろうか。
幼少期に、この地下大迷宮へ迷い込み、ゴーレムに助けられた少女。
それゆえか、我等魔族に対して、明確な敵意が感じられない。
動揺はしているかもしれぬが、会話もできている。
いや、しかし、たった一人の人間の少女が吾輩たちへ理解を示したからと言って、人間という種族全体が、同じとは考えられない。
現に、地下大迷宮入り口から第一階層で開かれている店は、全てが人間に偽装した者たちで固めた結果、非戦闘員の人間が来るようになっただけであろう。
第二階層もまた同様に、ファンシー空間としての、云わばレジャーランド。
従業員たちも、人間に偽装済みな者たちで固めている。
数百年前から連綿と続いている人間と魔族の戦争は、たかが一人の少女が現れただけでは、何も変わらないのではないだろうか。
それでも・・・。
と、つい、我輩は訪れるはずも無いであろう、甘い未来を夢想してしまう。
我等魔族の悲願。
そう、人族とも争わずに、平和に暮らす未来だ。
そのために、歴代の魔王たちは人間の世界を滅ぼすか、征服してしまい、種族の壁を失くそうと励んで来たのだ。
我輩もまた、志を同じくする者の一人である。
そうだ。吾輩は魔王なのだ。
我らが魔族の悲願達成の為であれば、どんな非道なことでも行う覚悟は決めている。
男勇者ゴールディ日記(+@?)
俺の名は、ゴールディだぜぇ!
名は、黄金!
身体は細マッチョ!
心はいつだって、グッツグツに煮えたぎるマグマのように燃え盛るオトコだぜぇ!!
子供のころから正義が好き!
曲がったことや悪は許せない!
悪を懲らしめ!
弱い者を助け!
弱者を虐げる者たちを打ち砕いてきたんだぜぇ!!
いいかっ!
オトコってのぁ!
弱いヤツを守るんだぜぇ!
女は弱いんだぜぇ!
俺は弱いやつの味方だぜぇ!
だから、俺は女が大好きなんんだぜぇ!
大好きだから俺は女を守るんだぜぇ!
そいつが俺の正義だぜぇ!
正義ってのは、つまりは、悪を倒すことだぜぇ!
正義のためなら、何だって許されるんだぜぇ!
だって、正義だからだぜぇ!
力こそ正義!
正義こそ力!
つまり、強いやつこそが正義ってわけだぜぇ!
簡単で単純じゃねーか!
この世は弱肉強食。
つまりは、そういうこった。
そしてそして、俺は勇者だぜぇ!
勇者。それは絶対的な英雄。世界に希望と勝利と正義を齎す存在。
それこそが勇者なんだぜぇっ!
俺は、これまでだって、何度も何度も魔王軍や魔族と戦って来たんだぜぇ!
そりゃ、勇者になるには一朝一夕なんかじゃ成れないんだぜぇ!
ガキん頃から、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日っ!
来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も!
剣を振り、身体を鍛え、魔力を高め、魔法を学び、魔物や魔獣を観察し、敵を如何に効率良く殺すのか、魔王軍が如何に残虐非道で人々を苦しめて来たかについて、学び、特訓し続けてきたんだぜぇっ!
そんで、つい先日?
魔王の地下大迷宮へ攻め込んだ時なんか、大勢から褒め称えられたんだぜぇ!
あん時ゃ超気持ち良かったぜぇ!
魔獣どもの群れを蹂躙し、虫けらどもを踏みつぶしながらの快進撃だったぜぇ!
地下三階あたりで、アンデッド軍団が湧いて出なけりゃ、もっともっと奥まで、それこそ、魔王自身だって倒せたかもしんねーのに、とんだ邪魔が入ったんだぜぇ!
国王様にそう報告したら、「それは難儀であったな。再戦へ備えて、十分に養生し、武具を整えるように。」と金貨100枚を下賜された時ゃ超ラッキーだったぜぇ!
男連中引き連れて、夜の街へ繰り出したもんさぁ!
でもって、夜の街で大金スっちまった俺たちだが、女戦士ルシエラと女魔法使いミラーにこっぴどく怒られちまったぃ。
でもよぉー
神ってのは居るもんだなーって思ったぜぇ
女勇者発見したのはツイてたぜぇ!
やっぱさー
男勇者には、対になる存在っつーか、女勇者、だろ?
これで俺の嫁は決定だぜぇ!
多少強引ではあったかもしんねーけっどもよ、なんとかクリスをパーティーへ引きずり込んで、幾つかの依頼をこなしたんだぜぇ。
そんなクリスが、何も言わずに姿を消しちまった時ゃぶったまげたが、アイツ、俺たちと居たときから、地下大迷宮やらゴーレムやらって方々で尋ねてたからな。
すぐに見つけられたんだぜぇ!
やっぱ、運命の赤い糸は俺とクリスをガッツリと堅く結んでるんだぜぇ!
◇
オカシイ。
気が付いたら、何で俺たち、教会の医療施設のベッドで仰向けだったんだぜぇ・・・?
ありゃ?
記憶がスッパリと抜け落ちちまってるんだぜぇ?
あ。修道女さん、チィーッス。
包帯の交代っすか?
あざーす。
アレ?
なんでだ、俺の身体、起き上がれないぜぇ・・・?
ナニコレ!?
どーしてこーなったんだぜぇ!?
俺は確かにクリスを連れ戻しに、地下大迷宮へ仲間たちと乗り込んだんだぜぇ!?
そうだ、クリス!
クリスは一体どこなんだぜぇ!!
あいつを連れ戻さなくっちゃ!
俺の大事な嫁なんだぜぇ!!
おいっ!
ヤメロ!
離しやがれ!!
興奮するな、落ち着けって何だよぉ!?
あっ・・・・。
だめだぁ・・・
興奮したせいか、頭に一気に血が昇っちまったせいか・・・
力がぁ・・・
入らない・・・ぜぇ・・・
ク、リ・・・すぅー・・・。
◇
「やれやれ、やっと眠ったかね?」
「ええ。他の方々は未だに意識も戻らないと言うのに、流石は勇者というところでしょうか。」
「そうかもしれんな。他の職業に比べ、勇者は頑丈なのが取り柄なのだろうな。」
「ホント、呆れるほどですわね。ゴキブリ並みの生命力とでも言うのでしょうかねぇ・・・。」
「おいおい、いくらなんでも仮にも勇者様に向かってゴキブリは無いんじゃないかね?」
「だって、祭司様、この勇者ってば、目覚めたと思ったら、即座に私のお尻に向かって手を伸ばそうとしたんですのよ!」
「・・・。
呆れた生命力という表現には同意しよう。
だが、虫けらに例えるのは感心せんな。」
「では、私の心の中でだけ思うことに致しましょう。」
「・・・。
まあ、思うことまでは自由だからな。」
王宮の敷地内に建てられている立派な教会。
ここは、そんな教会の敷地内に設けられた病院だ。
治癒魔法に特化した祭司と看護師の様な修道女が、呆れたように先程まで暴れようともがいていたベッドに横たわった勇者を見下ろす。
地下墳墓大迷宮から、衛兵たちが女勇者クリスからの要請を受け、氷柱と化していた勇者一行を回収したのが数時間前。
それから、つい30分ほど前まで、魔王から受けた絶対零度の呪詛からの解除呪文を浴びせられ続け、ようやく解除出来たばかりの勇者一行は、一様に深い眠りについたままだった。
身体の氷は解かせても、魔王から受けた精神的なダメージが回復するには、時間が必要なのであろう。




