第四十九話 勇者到来⑦クリスとゴーレム
その集落から一番近いダンジョンといえば、ここ。
そう、我らがエ・イ・ドーリアン地下大墳墓迷宮。
「そうか!お前があの時の幼子であったか!!」
「え・・・。
それじゃあ、やっぱり!?」
そうだったのか。
十数年前に幼子がこの迷宮へ足を踏み入れた時、ゴーレムの一体が不可思議な行動をしたものだった。
我輩が命じたわけでも無いのに、自ら進み出て、幼子を迷宮から連れ出し、どうやら人里の近くまで行ったらしい。
らしい、というのは、迷宮出口から進んだ方向と、ゴーレムが出かけて戻るまでの時間から割り出した推測だったからだ。
そうか、まさか十数年後に幼子だった本人の口から、こんな後日談が聞けるとは思わなかった。
クリスの両親は、幼い彼女を残して死んでしまったらしい。
どうやら、森で魔物か魔獣に襲われ、彼女だけは辛うじて逃がすことに成功したものの、エ・イ・ドーリアン地下大墳墓迷宮に迷い込まなければ、確実に一晩と命は保たなかったであろう。
彼女の両親の死は、馬もなく横転した馬車近くに散らばっていた遺品と食い散らかされた僅かな肉片、大量の血痕から、魔獣か魔物に襲われたと判断されたためだ。
一人残された彼女は、人間の町にある孤児院で育ち、12歳を迎えた日に、勇者としての徴が手の甲に現れたため、神殿へ連れて行かれ、修行させられること3年。
ようやく辛く厳しい修業が終り、実習の一環として、一人で外で修業することが認められたそうだ。
そして、各地で見習い勇者として修業の旅を続けながら、この迷宮を探し求めて辿り着いたのだ。
泣かせる話しじゃないか。
「人間だけが正義だと思っていたけど、さっきまでの勇者一行の姿を見ると、私が教えられ、守ろうとしていた正義とは、一体なんだったのかしら・・・・。」
首を傾げ、真剣に悩み始めるクリス。
確かにその通りだ。
我輩は魔王であるからして、人間である勇者一行から命を狙われるのは日常茶飯事である。
しかし、先程の戦闘は惨い。
大声で怒鳴り込んで来たかと思えば、同族である人間たちが大勢居る場所で、火炎魔法や風属性の切断魔法を使って、施設のあちらこちらを破壊し、平気で怪我人を量産していた。
更には、非戦闘員が沢山いる中で、大規模殲滅魔法を平気で唱えた勇者。
翻って見れば、我輩や魔族と呼ばれた従業員たちは、非戦闘員である人間たちを庇いながら戦っていた。
アレではどちらが魔王か分からないではないか。
しかも、クリスが飛び込んで大分威力を殺したとはいえ、本来エクスプロージョンは、あの場に居た人間たちにとっては大変危険な殺傷能力の高い魔法だ。
クリスでなくとも疑問を抱くのは当たり前であろう。
女勇者クリスの日記
今日、思い切ってダンジョンへ行ってみた。
目的は、幼いころに行ったはずの場所の確認と、あのゴーレムに出会うためだ。
私の両親は、深い森を通り抜けようとして、魔物か魔獣に襲われ、帰らぬ人と
なってしまったらしい。
本来なら、同行していた私の命は、あの森で終わっていたはずだった。
なのに、何故か私一人だけ、今もこうして生きている。
深い森の奥にある大迷宮へ迷い込んだ幼い私を、ゴーレムが里近くまで連れて来てくれたお陰だと思う。
ゴーレム。魔物が幼いとはいえ、人間である私の命を助ける?
そんなことがあるはずは無い。
勇者としての徴が現れ、厳しい修業を積まされた。
その三年間でゴーレムにだって何度も挑まされた。
その全てが、私への攻撃を躊躇うはずも無く、命を奪いに襲ってくる。
では、あの地下迷宮のゴーレムは一体何だったのだろう。
人間側の女勇者として、大勢から期待されている私。
人間を襲う魔物や魔獣は、全て敵。
魔王はそれら人間の敵を統べる存在。
絶対的強者であり、全人類の敵。
非情にして、高慢、冷徹、強欲で権力欲の権化。
不義と堕落と怠惰、色欲、不遜の塊。
そう教えられてきた魔王と、実際に出会った魔王は、まるで別人のようだった。
むしろ、下手な国王なんかよりも、ずっと高潔で誠実な人物に見えた。
配下からも慕われ、女勇者である私にも、正面から行ったら会ってくれた。
男勇者が放った強力な攻撃や魔法を軽々と受け、躱して見せたのだ。
やはり魔王。
だけど、そんな魔王は、人間を守ろうとしていて、逆に勇者一行が人間を気にせず、周囲の迷惑も顧みずに攻撃し続ける姿に、私の正義感は崩壊しちゃった。
普通、逆よね?
魔王が人間を襲い、勇者が人間を守る。
OK?
うん。OKOK。
私の価値観や正義観は、間違ってなんかない。
なのに、どうして魔王が人間守って、勇者が平気で人を傷付けるのよ!
そっか、人を傷つけようとするのが、魔王で
人を守ろうとするのが、勇者、よね?
なーんだ。
私ってば、勘違いしてたんだわ、きっと。
頭に角は生えてるけど、身長だって3mあって口から牙生えてるけど。
きっとこの人こそが勇者で、あの人々を攻撃していた連中こそが、魔王なんだわ。
よし、問題解決!
スッキリしたわw




