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其の六 アリバイは偽装されていない

探偵は時系列と人物の行動を振り返って、その人物のあまりのお粗末ぶりにそう口にした。


 解けない謎は無い……っていうのは、フィクションの名探偵の主義としてはよくある部類だと思う。

 自分の能力に自信を持っているゆえの信念か。或いは、その謎を作ったのが人間である限りは()()()()解けるはずであるという信条か。

 まあ、そこに関しては深くは掘り下げまい。アンドウ君と違って私はそこまでミステリーには詳しくないし。


 まあ何が言いたいかと言うと。


「ううん……どうなってるんだ、これ?」


 私は名探偵じゃなくてただの探偵だ。だから解けない謎も存在する。そういうことだ。






「ちわーっす……あれ、どうしたんですか、サクラギさん。浮かない顔して」


「ああ、アンドウ君か。いやね、ちょっと今抱えている案件に手間取っていてね。どうしても腑に落ちない点があるんだ」


 私がそう答えると、事務所の扉を開けて入ってきたピタリとフリーズした。

 1……2……はい、アンドウ君が動き出すまで5秒かかりました。なんて


「どど、どういうことですか!!!???」


 直後、アンドウ君が限界まで溜めたデコピンのように、さっきのフリーズを取り戻さんとするかのように大声をあげた。


「うるさい、近所迷惑だ」


 静かなアンドウ君というまず見ないものを目にして、ちょっと動転してた。耳を塞ぐのが遅れて、まだ鼓膜がジンジンする。

 とりあえずアンドウ君がいつも程度までは静かになるまで待つとして……はい、アンドウ君が静かになるまで3分かかりました。


「落ち着いたかい?」


「ええ、まあ……でも、本当にどうしたんですか?サクラギさんらしくないですよ」


 私らしくないとはこれいかに。このレベルで動揺されることというと……「私は名探偵だ」って言い出すくらいのことじゃないか?


「まさか名探偵のサクラギさんに解けない謎があるなんて、そんなのありえないです!」


「私は名探偵じゃないって、何度言わせる気だ」


 そう言って、アンドウ君の額を小突く。しかし、アンドウ君はそれで大人しくなることはなく、尚も言葉を続けた。


「だとしても、です。サクラギさんは名探偵じゃないとは言うけど……それでもすごい探偵なのは確かですし、これまでだってそんなこと起こらなかったじゃないですか」


「あのねえ、アンドウ君。夢を見るのは勝手だけど、凄い人が何一つ失敗を起こさないっていうわけじゃないよ」


 自分で自分のことを凄い人とか、言ってて恥ずかしくなってきたけど無視だ無視。いつものアンドウ君の方がもっと恥ずかしい。以上。


「私にだってわからないことはあるさ。差し当たってはアンドウ君がどうすれば名探偵と探偵の区別がつくようになるかが疑問だな」


 何度言ったらわかってくれるんだろうか。さっぱりわからないからそれは置いといて。そろそろアンドウ君も静かになってきた。






 さて。


「そうだね、ミステリオタクのアンドウ君の意見も聞いておこうかな。この二つの写真なんだけれど……」


 そう言って、デスクに並べていた写真をアンドウ君の方に向ける。

 解像度と背景に差はあれど、その両方に同じ人物の後ろ姿が写っている。


「あれ、なんかこの人見た覚えがあるような気がするんですけど……有名人ですか?」


「いいや、そんなことはないよ。記憶違いか……いや、アンドウ君の謎の記憶力ならその可能性は薄いかな。むしろどこかですれ違った程度とかじゃないかい?」


 いつぞやの怪盗の件を思い出す。

 まあ、調査対象のプロフィールは特に関係無いだろうから置いておいて。


「片方は、私が調査の依頼を受けて、直接写真を撮ったもの」


 高解像度の方を指す。

 後ろ姿と言っても斜めの角度で横顔が写っており、知人なら本人だと断言できるレベルのものだ。


「それで、こっちはSNSで捜索対象の特徴といた場所から、足取りが追えないか調べてたら見つけたもの」


 拾った写真のプリントアウト、それも一部を拡大したものであるために極端に解像度の低い方を指す。

 こちらは、真後ろからのアングルで横顔も見えないが……しかし、体格と服装は、小物まで含めて私の撮った写真と完全に一致している。


「えっと、こっちの写真から足取りを辿ってこっちを見つけたってことですか?」


 そう言って、アンドウ君は解像度の低い方から先に、二枚の写真を指す。


「だったら単純だったんだけどね。残念ながら順番は逆だ。捜索対象をしっかり見つけた上で、調査の補強のためにSNSで調べたんだけど……」


 ちなみに、依頼の内容は浮気調査。

 本人の足取りをなるべく詳細に辿りたかったから、補足のために本人が写っている写真を探したんだけど、そこで問題に当たった。


「何が問題なんですか?」


「その二つの写真、撮影されたのが完全に同時刻なんだ」


「えっと……つまり、どういうことです?」


「同じ人が同時刻に二箇所に存在したことになる」


 もちろん、そんなことはあり得ない。どちらかは偽物ということになる。私は偽物を追うなんてヘマやらかさないから、SNSで拾った方が偽物だ。


「なるほど、アリバイ工作ってことですね」


「そうなる……はず、なんだけど」


 アリバイ工作があった。それで終わってもいいのかもしれない。

 だけど、私はそうはしたくなかった。


「アリバイ工作って、何のためにやると思う?」


「え、そりゃ……自分がその場所にいなかったってするためですか?」


「そ。でもこの人……この二人? に関してはそれはできないんだ」


 拾った方の写真は、この人の足取りを元に辿ろうとしたもの。

 当然、探す範囲はこの時間にこの人がいた場所から近いもので。


「だいたい1キロくらい。それが、当時の二人のいた場所の距離だよ」


「なるほど、それは確かに偽装しても意味ないですね……」


 その通り。建物が爆発するレベルでの目立つ上にタイミングが確定される事件を起こすなら話は別だけど、そうでないならこの距離で偽装したところで、目撃された場所の近くにいたという事実は変わらない。


「ちなみに、場所はどこなんですか?」


「ああ、ここだよ」


 アンドウ君からの問いに、二枚目の写真の拡大する前のものを示す。


「アニメのイベント。詳しくは知らないけど……ああ、ちなみに本物の方が向かっていたのもそれだよ。……あれ、どうしたんだい、アンドウ君」


 何やらアンドウ君の様子がおかしい。いつもおかしいような気もするし、今日は輪をかけておかしかったけれど、そこから更に様子がおかしい……何かこんがらがってきた。


「えっと……サクラギさん、僕わかっちゃいました」


「……へ?」






 はい、私が冷静さを取り戻すのに二十分かかりました。

 くそう、やってしまった。探偵の名折れだ。どの口叩いて探偵を名乗ってるんだ恥を知れ私!

 ……すまない、まだ冷静さは取り戻せていなかったようだ。


 見落としがあったわけではない。調査を失敗したわけでもない。

 ただ、調べればわかることを調べられていなかった。


 結論を言うと、あれはアリバイ工作でもなんでもない。

 にもかかわらず、服装が一致した理由は……地道な調査も必要なく、検索すれば五分もかからずにわかることだった。

 あの場所で開催されていたアニメのイベント。そのアニメの登場キャラの──────コスプレ、だ。

 つまるところただの偶然にして必然。そこに誰の意図も介入していない。


 アンドウ君を笑えない。むしろアンドウ君を笑っていたことを笑えない。完全に、誰かが何かをした前提で考えていた。意図していないことに何故も何のためにも無いじゃないか。

 私がアンドウ君の前で醜態を晒した以外に、依頼者などの関係者含めて被害は出ていないから、まだマシと言えるのだろうか。そんなわけあるか。






「アンドウ君」


「あ、はい。なんですか?」


「探偵のサクラギここにはいなかった。いいね?」


 やらかしたのは私じゃないもん!


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