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其の五 犯人はこの中にいない(下)

「私がツインテールって呼ばれるの納得いかないんですけど」

おさげに眼鏡の少女は、友人二人の髪型を見ながら言った。

「さて。それじゃあ一つずつ可能性を潰して行こうか。まず、女将さん達。貴方達は犯人では無いですよ、安心してください」


「何でそう言い切れるんですか?」


 そう聞き返して来たのは、女将さん達を犯人候補として挙げたツインテールさん。


「簡単だよ。盗まれた──無くなったのは、旅行者のものとはいえ所詮は財布。中身なんてたかが知れてる。ちなみにポニーテールさん、中身はどれくらい入っていたんだい?」


「バイト代下ろしたばっかりだから、十二万円は入ってたはずよ」


 思ったより多いな……でも、根拠を覆すほどでは無い。


「つまり、仮に女将さん達が犯人だったとして、得られる利益はたった十二万円。対して、その場合のデメリットは……捕まるリスク、そして何より警察の捜査が入ること。しばらくまともに営業できないとなったら、損失はかなり大きいだろう。更に旅館の評判も悪くなる。得るものよりも失うものの方が圧倒的に大きい。だから、旅館スタッフの中に犯人はいないよ」


 私の言葉に、女将さん達は胸をなでおろす。ツインテールさんも納得できたのか、引き下がってくれた。




「次に、チェックアウトした客……はまだなんとも言えないから、置いといて」


「ほら、やっぱりそいつが犯人なのよ!」


「慌てない慌てない。まったく、そそっかしい子だね。それで、最後。私達……を、アンドウ君が容疑者として挙げたりはしないだろう?」


「そりゃそうですよ! 信じてますし、そもそもここ来るまで一緒でしたもん」


「口だけで信じられると思ってんの?」


「君も慌てない。何なら今すぐに警察を呼んでもらっても私的には構わないさ。もっとも、大ごとにならないまま解決できる可能性があるならそれに越したことはないと思うけどね」


 せっかくの旅行を潰されちゃたまったもんじゃないし。


「さて。……それで、君は誰が犯人だって言いたいんだい? アンドウ君」


 挙動不審になっていないということは、アンドウ君が思っている犯人の容疑はまだ晴らしていないということだ。

 私、アンドウ君、女将さん、中居さん二人。それ以外でこの場にいる人物。つまり……


「ふっふっふ……僕が推理を披露しちゃっていいんですね?」


「さっさとしたまえ」


 こっちが疲労して来そうだ。

 というか、アンドウ君『が』じゃなくてアンドウ君『の』だ。しれっと私が言い出したみたいな流れにするんじゃない。


「ずばり、犯人は……あなたか、あなたです!」


 アンドウ君は、両手の人差し指でそれぞれ容疑者を指す。

 指されたのは……


「は? 本気で言っているんですか?」


「へ? 何これ、怒っていいやつ? 笑い飛ばせばいいやつ?」


 ツインテールさんとサイドテールさん。……今更だけどこの中の誰一人として名前聞いてないな。まあいいや。


「それで、根拠は?」


「答えは簡単です。荒らされたのは三人分の鞄。しかし盗まれた財布は一つだけ。ならば何故他の鞄は荒らされていたのか。そう、偽装ですよ! 外部に犯人がいると思わせるために、この二人のどちらかがやったんです!」


 ふむ。アンドウ君にしては悪くない根拠。でも、詰めが甘い。


「そうだね、次は現場検証かな。彼女たちの部屋、案内してもらっても構わないかな?」




 さて。目の前には鞄が三つ。中身を全部ひっくり返されたかのような惨状。だけども……


「一応確認しておくけど、最初にこの部屋に戻ったのはポニーテールさんでいいんだよね?」


「ええ、そうよ」


「そして鞄が荒らされているのを発見した、と。その後……君は、どうしたんだい?」


「そりゃ、何か無くなってないか確認しようとしたわよ。私の分だけじゃなくて、つーちゃんとさっちゃんのも」


「どうやって?」


「そりゃ、中身を……ひっくり返して……」


 お、ようやく気付いたかな。


「事件当時はここまでの状態じゃなかった。そうだろう?」


「……ええ、そうよ。でも、それがどうしたっていうの!? 私の鞄が倒れて中身が散乱してたのは確かなのよ!」


「……あ、ごめんそれ多分私……」


 バツが悪そうに手を挙げたのは、サイドテールさん。


「急いでたからちょっと足引っかかっちゃって。あとで直せばいいかなって思って……」


「っ……でも、財布は無くなってたのよ! 誰かが盗んだのは間違いないじゃない!」


「本当にそうかい? いや、そうである可能性もまだ残っているけどね。……多分、君は答えに気付いたんじゃないかな」


 そう言って、ツインテールさんに顔を向ける。


「……そうですね。今更気付いたってのも恥ずかしいですけど」


 ツインテールさんは、アンドウ君の方を向いて言葉を続けた。


「何で私達の財布が無くなってないのか、って言いましたよね。当然ですよ。だって私達が温泉に浸かってる間……財布はここにありませんでしたから」






 事件のあらましはこうだ。彼女たちが温泉に向かう際に、貴重品、つまりは財布を持ち出して、脱衣所のロッカーにしまって……そして、ポニーテールさんがそれをど忘れして、騒ぎ立てた。以上。


「いやあ、それにしてもサクラギさん凄かったですね! あんなあっさり事件を解決してしまうなんて。名推理です」


「推理、ね。そんなものはした覚えが無いけれど」


「そんな、ずっと僕らの目の前でやってたじゃないですか!」


「……あのねえ、アンドウ君。話の流れを思い出してみたまえ」


 一人ずつ、容疑者を潰していって答えに辿り着く。


「あんなのはただの総当りだよ。犯人がたまたまあのタイミングで見つかったってだけ」


 仮にツインテールさんかサイドテールさんが本当に盗んでいたとしても。或いはチェックアウトした客か、そもそも外部に犯人がいたとしても。

 その時は捜査が続行しただけの話だ。もっとも、その場合は警察の手を借りる事態になっていたろうけど。


「まあ、最初からあの子が一番怪しいとは思っていたけどね」


 これは名探偵の頭脳じゃなくて、探偵の経験則。

 要は彼女が騒いでいただけで──最初から、この件はただの失せ物探しだったんだ。


「犯人なんているわけないだろう。だって、事件が起こってないんだから」


 この世界は決してミステリー小説の中なんかじゃない。

 だから、探偵が旅館に泊まっても何も起こったりしないさ。ただ、お騒がせなかしまし娘に遭遇しただけ。


 言っただろう、私は名探偵ではないって。

ストックが無いので今日の更新は終わりです。

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