其の一 探偵は謎を解かない
「なんで混同されるんだろうね」
夢見がちな助手を一瞥して、探偵は呟いた。
探偵、という言葉から、皆さんはどんな人間を想像するだろうか。
虫眼鏡を片手に殺人現場から犯人の手がかりを見つける現場主義? 安楽椅子に腰掛けて、聞いた情報から真実を解き明かす壮年? 仲間とともに怪盗に立ち向かう少年なんてのもいいかもしれない。
だが、その全部が間違いだ。私がいつ名探偵の話をしろと言った。私が聞いているのは『探偵』の話だ。
ディテクティブではなくプライベートアイ。翻訳すればあからさまな差も、日本語においては混同されてしまう。ああ、なんて嘆かわしい。
探偵。そう、探り偵う者だ。迷い猫から旦那の浮気の有無まで、調査して依頼主に報告する。それが探偵という仕事。決して殺人事件を解決したり怪盗と対決したりする仕事ではない。というか怪盗って何だよ、生まれてこのかたフィクション以外でお目にかかったこと無いぞ。
さて、前置きが長くなったけれども。
「サクラギさんサクラギさん! 殺人事件です! 解決しに行きましょう!」
以上のことを何度言っても理解してくれないこの自称助手につける薬を誰か知らないかね。なんなら証拠が残らずに殺せる薬品でもいいぞ。
「あのねぇ、アンドウ君。私はフィクションに出るような名探偵じゃなくてただの探偵だって、何度言ったらわかってくれるんだい?」
目の前の青年に、諭すようにそう言う。
彼の名前はアンドウ……アンドウ……ダメだ、どうしても下の名前が思い出せない。まあとにかく、アンドウなんとかだ。自称助手。バカ。以上、説明終わり。
「名探偵ってすごい探偵ってことじゃないですか! だったらサクラギさんも名探偵ですよ!」
「そこは否定しないけどもさ」
このご時世で、個人の探偵事務所をやっていけているのは誇っても構わないところだろう。目の前の自称助手が私の本業を手伝ってくれたことなんて一度もないから、職員は真に私一人だ。
ただ、だからといって名探偵であるかは話は別。個人的にはさっきも言ったように定義は分けていきたい。
「はぁ……それで、殺人事件って言うけれど、何が起こったんだい?」
謎を解くかは置いといて、話を促す。十中八九解く謎なんて無いし万が一あっても解く気なんて無いけど、このバカのことだから殺人現場を目にしても警察が捜査しに入ると邪魔だからみたいなバカみたいな理由で通報してない可能性もある。だから情報は知っておきたい。
「あ、はい! そこの八百屋のおじさんが、看板を直す作業中に梯子から転落しまして」
確か文字が剥がれかかっていたんだったか。まあ、それは置いといて。
「事故じゃないか」
「事故じゃないんですって。確かに梯子を揺らして落とした人がいたって、おじさん言ってましたよ」
ふむ、おじさん自身がそう証言したと。
「つまり未遂じゃないか」
というかそのおじさんがボケていたという説が濃厚なのでは。
「未遂でも殺そうとした犯人がいるのは確かなんですよ! おじさん以外にも目撃者がいるんです。ただ、その後の足取りが全く掴めなくて……つまり、名探偵であるサクラギさんの出番ってことですよ!」
騒ぎ立てるアンドウ君を他所に、考える。
殺人未遂。逃げた犯人。目撃者の存在。ここから導き出せる答えは……
「アンドウ君」
「はい! なんですか?」
「大人しく警察に通報したまえ」
その後、警察の捜査によりどこかの監視カメラにバッチリ写っていた犯人は捕まったらしい。
なんでも、おじさんの弟の嫁の母親の従姉妹の不倫相手が、あの土地を手に入れるためにおじさんを亡き者にしようと企てたとか。
「それにしても流石です、サクラギさん」
「……一応聞いておこう。何が?」
「この程度の事件、サクラギさんの手を煩わせるまでもないと判断して警察に任せたんですよね!?」
「はあぁ……」
アホなことを言ってるアホなアホに大きなため息を吐く。
「あのねえ、アンドウ君。難事件だろうとそうでなかろうと、未遂であろうとそうでなかろうと殺人事件の調査は警察の仕事だよ。探偵の仕事じゃあない。探偵の仕事は……」
机の上にある依頼書を手に取って、立ち上がる。
「探し物さ。というわけで私は探偵の仕事をしに行ってくるよ」
「あ、はい。じゃあ僕は留守番してますね!」
現実の事件に、謎なんて無い。あったとしてもそれは頭を働かせて解くものではなく、科学と道具と設備と専門家、要するに警察の設備を駆使して解くものだ。
犯罪にトリックなんて無いのだ。
……それはそれとして。
どうにかこの自称助手を証拠が残らないように排除する方法は無いものだろうか……。




