第九七話 伝説のスキル
ユニークスキルっていいよね。
他の誰も持っていない、自分だけのスキル。殊更それが強力なものであったなら尚の事いい。
私はそういうのが、とても好きだ。手堅さとロマンを並べたなら、ロマンのある方を選んでしまうくらい、私は自分だけの一点物というのに憧れがある。
とは言え、命がけの冒険を強いられるこの世界では、脳死気味にロマンばかりを追うわけには行かないのだけれどさ。
それでもやっぱり、ユニークというのはいい。
けれど。当然のことながら、ユニークスキルにも当たり外れというか、強力なものもあれば、使いみちのないショボいものもあるように、非ユニークスキルにも凄まじい性能を持ったものというのは存在する。
私が今回会得した【心眼】というのも、どうやらその一種のようで。
「私の聞いた話によると、かつてそれを持った者は生涯王宮に仕え、国を大きく発展させたと」
「私の聞いた話だと、伝説の冒険者がそれを持っていたって」
「ココロは、とある宗教の神として崇められたって聞きました」
「へぇ……みんな上手にスキルを活かして大成したんだなぁ」
素直な感想を言ってみたが、私は三人から『どうしようもないなコイツ』と言わんばかりのガッカリした目を向けられて、彼女らは各々疲れたように着席した。
私、何かおかしなことを言っただろうか? てっきり三人の反応からするに、心眼を上手く使えば歴史に名を残せるような大人物になれちゃうかもよ! ってことだと思ったんだけど。
「ともかく、それに関してはここでする話じゃないな」
「そうだね。早くテーブルの上を片付けて、場所を変えて話そう」
「壁にミアリー障子にメアリーってやつですね」
「おしい!」
ココロちゃんのへんてこなことわざにツッコミを入れながらも、確かにスキルの話はデリケートだからね。誰かに聞かれるのは避けたい。
よって私たちは未だチラホラと残るテーブル上のスイーツを、親の仇のごとく喰らい尽くし、お腹を苦しくしながらお店を後にしたのである。お会計が思いがけず高くて、ちょっとびっくりした。
所変わって宿の自室。
クラウとココロちゃんも各自ベッドや椅子に腰掛け、更には遮音結界まで張った上で話の続きをすることに。
「それで、心眼についての話だったっけ?」
「そう。そのスキルを持っていると知られたら、本当に色んな人から目をつけられると思う」
オルカはそんな事を真剣に言うのだけれど、私としては今までも同じようなセリフを幾度となく向けられてきたため、いまいち危機感ってものが湧いてこない。
殊の外三人がこんなに心配してくるのは、一体どういうわけなのか。
「スキルを知られたら目をつけられる、なんて今まで結構言われ続けてきたことなんだけど……」
「確かにそれはそうですね。ミコト様がお持ちのスキルには、とても強力なものが多いです」
「でもそれらは、他に例を見ないようなものばかりだった。万が一他人に知られたところで、眉唾ものとして扱われるほどにデタラメ」
「だが心眼は、言うなれば"伝説のスキル”とでもいうべきものだ」
「‼」
でで、伝説!?
そこまでの代物だったのか、心眼……そりゃ驚かれるわけだ。
さっき三人の口から出た逸話も、考えてみれば伝説だものな。そんな珍しいスキルを仲間が覚えたと知れば、それは驚いて当然だろう。
なんと例えたら良いかな、ええと……未プレイのソシャゲでURキャラを自慢されても、ふーん? って感じだったのが、自分もそのゲームを始めてみて、ようやっとそのキャラの凄さを思い知った……みたいな……なんか違うかな?
まぁともかく、彼女らにとって私の持っているスキルの殆どが、見知らぬゲームのレアキャラクターだとするなら、心眼は三人もよくプレイするゲームのレアキャラクターだという感じか。
いや、三人だけじゃないのか。みんながこのスキルの凄さを知っている。だからもし情報が漏れた際の危険度は、今までより遥かに高いと……。
「あ、あばば……なんかちょっと怖くなってきた」
「よかった、少しは理解してもらえたみたい」
「心眼の存在が知られると、周りの人間全てがソフィアさんみたいに食いついてくると思っていればいいです」
「ひぃぃっ!」
それはかなりキツいな。ようやっと私は、事の重大さというのに思い至り始めたのである。
例えばワープなんかは、これこれこういうスキルで、こういう効果があるんですよー、すごいんですよー!
なんて解説した上でアピールしなくては、その凄さも伝わりにくいだろう。
一方で心眼は、それを所持していることが知れただけで騒ぎになると。知名度の力というのは恐ろしいものだ。
「それに加えて、とんでもスキルの数々……これはもう、ミコトは立派な要人と言えるんじゃないか?」
「ミコトの価値が知られれば、間違いなくそうなる」
「そうしたらきっと、冒険者なんて即座に止めさせられちゃいますよ。国とかに」
「国!? ま、またまた大袈裟な……」
流石にそれは言いすぎだろうと苦笑してみせたのだけれど、三人の表情は至って真剣なものだった。
え、本気で言ってる?
「……マジですか?」
「「「マジです」」」
マジらしい。
ともかく、この件に関してはこれまで以上に情報が漏れぬよう努めるしか無い、ということで話し合いは区切りとし、今日のところは解散となった。
それにしても、伝説のスキル、ね……。
もし誰かに知られたらどうなるんだろう? 三人が話していた逸話によると、王宮に連れて行かれたり、すごい冒険者になったり、新興宗教の神仏扱いされたり……うぅむ。すごい冒険者路線で行きたいものだ。
そんな事を考えながら、その日はゆっくりと眠りに落ちたのだった。
★
一夜明けての早朝。
昨夜は私の新しいスキルが原因で、せっかくのお祝いがとっ散らかってしまったが、ともあれ今日からは通常営業だ……と言いたいところだが、まだ些か疲労が抜けきれておらず、体が重い。キャラクター操作の反動はやはり大きいらしい。
鬼のダンジョンを攻略してすぐなので、今日から数日間は休養日ということで各々のんびりする予定である。
しかしながら昨日話し合った通り、クラウが私たちのPTと行動を共にしたいという話をソフィアさんに相談するべく、クラウと合流の後冒険者ギルドへ向かっている最中であった。
時間帯はギルドが混み合う頃合いを避けて、些か遅めである。
既に見慣れた町並みをのんびりと歩きながら、とりとめもない言葉を交わす。
「ソフィアさん、クラウのこと話したらなんて言うかなぁ?」
「別に問題は無いと思う。むしろ口止めの手間が省けたって喜ぶかも」
「というかあの方、昨日ミコト様のスキルについて伺ってから大分様子が変でしたけど、大丈夫でしょうか?」
「そのソフィアという女性は、随分愉快な人みたいだな。私も会うのが楽しみだ」
なんて話していると、やがてギルドへ到着した。
私たちの恰好は、普段とは打って変わって一応最低限装備は身につけているものの、随分とラフな軽装である。
まぁ私の場合はいつでも装備を切り替えれるし、仮面は当然のように着けているのだけれど。
それにしたって、これから依頼を受けて冒険に行くぜ! というような装いではない。
そのため少ないながらも屯していた冒険者や、スタッフの視線がこちらに向くが、流石にもう慣れたものだ。
私たちはそれを努めて無視し、受付カウンターへ向かう。
が、すぐに気づいた。
「あれ、ソフィアさんいないね」
「他の受付嬢に訪ねてみよう」
いつもは大体カウンターで、バリバリシャカシャカと仕事をこなしているソフィアさん。
それがどういうわけか見当たらず、今は席を外しているのだろうかと適当に他の受付嬢さんに話を聞いてみたところ。
「ソフィアなら、今日は休みを取っていますね。珍しいことに、体調不良だそうです」
「ありゃ、そうなんですか。あのソフィアさんがお休みとは、何かあったんですかね?」
「そう言えば、昨日様子が変でしたね。頭から湯気が上がっていました。こう、もくもくと」
「そ、それは大変だ……」
もっと心配して差し上げろ、とは思ったが、まぁソフィアさんだもんな。仕方ないか。
私たちは受付嬢さんにお礼を言うと、踵を返してギルドを後にした。
ソフィアさんがいないのなら、クラウのことを話すことも出来ない。すっかり予定がすっぽ抜けてしまったわけだ。
「ソフィアさん、やっぱりミコト様のスキルが余程衝撃的だったのでしょうね……」
「頭から湯気が出るほどって、普通に心配なんだけど……お見舞いとか行ったほうが良いかな?」
「ミコトの顔を見たら、悪化する気がする。というかそもそも住所を知らない」
「ではどうする? また日を改めるか?」
まぁ、時間が空いたなら空いたで、やるべきことはある。買い出しとか、お洗濯とか、お勉強とか。
何ならクラウをオレ姉のお店に連れて行くのもいいだろう。ああでも、オレ姉のところは基本的に武器屋さんだったか。クラウが求めているのは武器じゃなくて防具だもんな。
もともと休養日の予定だったため、ここで解散。各自自由行動、ということでも良いのだが。
せっかくなので私から一つ提案してみることにした。
「ソフィアさんへの話はまた日を改めるとして、この後なんだけどさ。よかったら昨日手に入れた新しい武具の試しとか、してみない?」
「おお、それは良いな! 私は大賛成だ!」
「でもミコト、体は平気?」
乗り気なクラウとは対象的に、私を気遣ってくれるオルカ。ココロちゃんも心配そうにしているが、それくらい大丈夫だろう。
「別に強敵と戦いに行くってわけでもないんだし、大丈夫だよ。それに昨日からずっと、早く試してみたくてウズウズしてたんだ」
「確かに、それは私もそうだけど」
「ココロも、ミコト様がそう仰るのならお付き合いします」
ということで急遽予定を変更し、私たちは鬼のダンジョンのクリア特典である武具を試すべく、一旦準備をしに宿へ戻るのだった。
装備品自体は持ち歩いているのだけれど、ちゃんとした装備へ着替えるのには相応の場所が要るだろう。野営中というのならまだしも、街中だからね。
そういうわけで、一度私たちの泊まる宿へ戻ることになった。クラウも一緒である。彼女もマジックバッグに装備は入れてあるため、自分の宿へ荷物を取りに戻る必要こそ無いが、着替えをする場所は要るのだ。
それならいちいち別行動して、後でまた合流するというのも手間だろうという話になり、一緒に宿へ向かっている。
「今後一緒に行動するんなら、クラウも私たちの泊まってる宿に移ったらどう?」
「ああ、それもいいな。部屋に空きがあるようなら、今日中に手続きをしておくとしよう」
そうして私たちは支度を整えた後、街を北に抜けて、起伏も多く人目につきにくい山岳地帯を目指したのである。
果たして、黒い武具シリーズの持つ力とは如何なるものなのか。楽しみで仕方がない。




