第九六話 同行
巷で話題のそのお店は料理が美味しいと評判ではあったけれど、それより何より注目されているのは、甘味であった。
この世界にも砂糖は存在しているわけだが、少なくとも日本のそれよりは高価なものとして扱われている印象だ。
というのも、この世界では機械の代わりに魔法や魔道具が技術を支えているため、環境や星にダメージを与えにくい代わりに、進歩や効率性に劣っているらしい。
なので、スイーツ関連の技術レベルというのも未だ熟達しておらず、日々専門家たちが研究を行っている状態だ。
しかしある意味、どの業界も行き着くところまで達しちゃった感じのあった日本より、まだまだ伸びしろが広いこの世界のほうが熱量を感じられる気がする。
ともあれ、世界は違えど女性が甘味に飛びついてしまうというのは一緒らしく、店内にはほとんど男性客の姿は見当たらず、女性比率が圧倒的に高かった。
店員のお姉さんに四人がけのテーブル席へ案内され、適当に腰掛ける。
テーブルに備え付けられたメニューから、それぞれ思い思いの品を注文するが、しかし量としては多くない。
というのも、ご飯はほどほどにしてデザートをたらふく頂こうという魂胆があるためだ。
祝勝会のつもりだったのに、スイーツパーティーということになりそうだ。とは言え、スイーツは高価だからね。お祝いにちょっと贅沢をするのなら、むしろ丁度いいと言えるのかも知れない。
適当に駄弁りながら待っていると、やがて料理が運ばれてきた。評判に違わぬ美味しさに舌鼓を打っていると、不意にクラウが真面目な顔になり、居住まいを正す。
何事かと、皆の視線を集める中彼女は言った。
「一つ、皆に頼み事があるのだけれど、話を聞いてもらえるか?」
「? どうしたの、急に改まって」
代表して私が問い返すと、クラウは軽く頭を下げ、こう言ったのである。
「今後しばらくの間、君たちのPTと行動を共にしてみたく思うのだけれど、了承してくれるだろうか?」
「「「!」」」
思いがけない頼み、というより提案に私たちは揃って面食らってしまった。
女騎士ことAランク冒険者クラウと言えば、広く名の知れたソロ冒険者だ。その実力たるや、鬼のダンジョン最下層まで恐ろしい速度で駆け下りてしまうほどの猛者である。
ハッキリって、今の私たちで彼女に比肩する実力がある者は、誰もいないだろう。
「えっと……とりあえず、理由を聞かせてくれるかな?」
「ああ。それは勿論、君たちに強く興味を引かれたからだ。特にミコト、君の傍にいればきっと退屈しないだろうという予感がある」
「それは、否定できないかも。ミコトの力を活かすなら、自ずと相応の環境に向かうことになると思うし、それはクラウの言う『退屈』から遠いものになる可能性はある」
「ですね。今回の件だって、結局ミコト様がいらっしゃらねば詰んでいましたし」
ウンウンと頷くオルカとココロちゃん。
とは言え、私はしこたまソフィアさんに叱られたばっかりだからね。そうホイホイとウェルカムして良いのか、ちょっと悩みどころではある。
「そもそも、クラウはどうしてソロ冒険者なの? 仲間は?」
「? そんなものを作っては、私が戦う機会が減るだろう」
「バトルジャンキーめ……ああだからPT加入じゃなくて、同行したいって言い出したのか」
「そうなるな」
なるほどなぁ。
まぁもし仮に、彼女が私たちのPTに入りたい! だなんて突然言い出したとしても、流石に出会って日の浅い相手をヘイラッシャイ! とは行かないだろうけどさ。
しかし同行ね。うーん。
「二人はどう思う?」
「……私たちはしばらく、力を蓄えるための活動に入る。特に私は実力不足が深刻だから、クラウにとっては退屈に思えるはず」
「ココロも、力をもっと引き出すために頑張らないといけませんからね」
「そうだね。クラウの求めるような活動は、しばらく無理なんじゃないかなぁ?」
今回の件で、私たちは力不足を悟った。
鬼のダンジョンが特別きつかったというのもあるけれど、世界にはまだまだ強力なダンジョンなんて幾らでもあるんだ。
なのに私たちは中級鬼にすら脅威を感じたほどで、黒鬼相手では切り札を切る羽目になった。
ハッキリ言って私の奥の手である、キャラクター操作というのはイレギュラーもいいところの、チートじみたスキルだ。何せ黒鬼をもってして、お前こそ物の怪だとドン引きさせるような代物だもの。
それに消耗も大きすぎる。ダンジョンは戦闘がいつ何時、何度生じるとも知れない場所。そんなところで消耗の大きなスキルをぶちかますというのは、かなりリスキーなことなのだ。
ダンジョン以外でも、フィールドにだってモンスターは徘徊している。大技は本当に、ここぞというときにしか使うべきではないわけで。要は燃費の良さこそ重視されるべき能力であり、キャラクター操作は著しくその基準から外れてしまう。
実力というのなら、キャラクター操作を使わない状態で何処までやれるか、で判断せねばならないということだ。
だから私たちには、それが十分でないと言える。もっと鍛えなくては、次に困難な状況に陥った際、命を落としてしまうかも知れないのだ。
ここは、そういう世界なのだから。
「望むところだ!」
「え……?」
「それは、どういう意味?」
「もしかしてココロたちの修行に、付き合ってくださるということですか?」
「いかにも!」
クラウはふんすと鼻息をついたかと思うと、次は腕組みをして眉間にシワを作った。
「君たちも知っての通り、私とて今回敗北を喫している身だ。力不足と言うなら、私も同じく感じているんだよ」
「む、確かに」
「本当に危ない状態でしたからね……」
「だから私たちの修行にも付き合ってくれるって? でも、レベルが違うからなぁ。クラウの修行にはならないんじゃない?」
「そんなことはないさ。特にミコト、私は君の修行方法にとても興味がある!」
クラウがそう言って身を乗り出すと、対象的にオルカとココロちゃんが遠い目をした。
彼女が言っているのは、きっと私が眠っている間に行っているというスキルや魔法訓練のことだろう。
正直あまり自覚はないのだけれどね……。
「クラウ、アレは真似しようとして出来るものじゃない」
「ですです。経験者は語りますよ」
「え、もしかして二人とも真似しようとしてたの?」
「寝ている間にミコトとの差が広がるのは嫌だったから……」
「まぁ、どう足掻いても出来なかったんですけどね……」
何だかどんよりとした空気を出し始めるオルカとココロちゃん。こころなしかつられてクラウまでしょんぼりしてしまった。
「そうなのか……いや、だが諦めない! 私は諦めないぞ!」
「クラウは前向きなんだね。まぁともあれ、そこまで言うなら同行の件、私は認めても構わないと思うよ」
「私も別に異存はないかな」
「ですね。ああでも、一応ソフィアさんにもお伺いを立てましょう」
ということで、明日にでもソフィアさんにこの件を話し、許可が出たなら正式に同行を認めることになる。
こういう関係をなんと言うのだろうね、PTと別の冒険者が一緒に活動するのって。ココロちゃんもずっとそんな感じだったけども。同盟? 提携? ……よく分からないな。
まぁともあれ、この話は一旦保留ということになった。
と、そこへ運ばれてくるスイーツの数々。とりあえずメニューから、手当たりしだいに頼んだものだから、食べきれるかちょっと不安になるレベルで甘味がテーブルを埋めていく。
だがそこは別腹というやつだ。やってやれないことはないだろう。
早速各々が、注文した品に手を付けていく。
異世界スイーツは当然ながら、地球のそれとは些か様子が異なりはするものの、そこはやはり人の作る品だ。全く全然見たこともないような品! なんてものはなく。どれも、異国のスイーツかな? くらいの姿形をしている。
ケーキっぽいものやクレープっぽいもの、エクレアっぽいものに大判焼きに似たものまで、色々と調理師の試行錯誤が見て取れる。
ただまぁ、味は地球のそれに比べると素朴というか、大味と言うか。あと、砂糖が高価なせいか甘みもちょっと物足りない。
とは言え久々の甘味はやはり美味しく、そもそも食へのこだわりが薄い私としては、十分満足の行くものだった。
そしてオルカたち三人も、すっかり表情をだらしなくさせている。普段ハキハキしてるクラウまでもが、目尻を下げてにやけている有様だ。
甘さの力は恐ろしいなと、私は内心で恐々とするのだった。
それからみんなして一心不乱に甘味へ喰らいつき、次々に皿を空にしながらも、なかなか片付かないテーブルの上の有様に、ちょっと頼みすぎたかなと誰もが思い始めた頃。
不意にオルカが些か遠い目をしながら、思い出したかのように問うてきた。
「そう言えばミコト、今日ギルドを出る時なにか気にしてたみたいだけど、あれって何だったの?」
「ん? ああ、あれか。うーん……なんかねぇ、今日目が覚めてからずっと、変な感じがするんだよね」
「な、なんですかミコト様! そういうことはちゃんと仰っていただかないと困ります! 具体的にはどのように!? すぐに治療しますよ!」
「お、落ち着いてココロちゃん。別に不調ってわけじゃないから!」
途端にアワアワと慌て始めるココロちゃんをどうにか宥め、私はなるべく詳しくその違和感について説明することに。
「ええとね、いまいち説明しにくいんだけど……」
「待ってミコト。嫌な予感がするから遮音の結界を張ろう」
「ですね。こういう場合、ミコト様は何を言い出すかわかりませんから」
「はは、さすが二人は慣れたものだな。私も席を外したほうがいいか?」
「んー……行動を共にするっていうんなら、別にいいんじゃないかな? むしろ何か知ってるなら教えてほしいくらいだし」
と、オルカの提案で、相変わらず慎重だなと思いながらも言われた通り、私たちの席を包むような形で遮音の結界をパッと展開する。これで外に声は漏れないだろうし、読唇術を使おうにも私は仮面をしているからね。
遮音の結界が正常に機能している裏付けとして、一気に周囲の喧騒がかき消えた。唐突に訪れた無音の世界。初めて体験するクラウは、またもや面食らった様子で周囲をキョロキョロしている。
「すごいな、ミコトの魔法は。正しく万能じゃないか」
「あはは、おだてたって何もでないよ。あ、何か追加注文するなら奢るけど?」
「うぷ……そ、それは遠慮しておくよ」
「それで、ミコト」
「ああはいはい。ええとね……」
今日ダンジョンの最下層で目覚めて以来、どうにも不思議な感じを覚えていた。
他人の考えていることが、大雑把にではあるが何となく分かるというか、次の行動が手に取るように分かってしまうというか。
始めは気のせいかとも思ったのだけれど、ダンジョンを脱し、街に戻ってからというものそれは確信に変わっていった。
街を行き交う人達の一人ひとりがどんな感情を抱え、何に気づき、どう歩むか。立ち止まって何を見ているか。子供の不規則めいた行動ですらも全てが、自然と頭に入ってくるのだ。
頭に入ってくると言うよりは、感覚的に理解、把握できると言うべきか。如何とも言葉にはしづらい感覚なのだが。
「……というような、変な感覚があるんだけど」
「まさかそれは……」
「クラウ、何か心当たりとかあるの?」
「まぁ、それに似た話なら聞いたことがある、という程度だが」
「ふむ……ところでミコト、スキルはなにか増えてたりしないの?」
「お、そうだった。えっとね」
私は改めてステータスウィンドウを開き、そこに、確かにそれが表記されていることを確認しながら言った。
「【心眼】ってスキルが増えてるね」
「「「‼」」」
瞬間、三人が一斉にガタッと立ち上がり、目を見開いて私を見た。
周囲のお客さんが、何事かとこちらを振り向く。私もそんなお客さんたち同様、びっくりしてぽかんと彼女らを見上げた。
「えっと、みんな何か知ってるの……?」
なんだか、不穏な予感である。




