第八三話 対黒鬼
一線を越える強さを有するモンスターは、自我を持ち人の言葉を話すようになると言う。
その理由については解明されていないらしいが、何にせよそういった個体が危険であり、厄介なのは間違いないだろう。
言葉を話すことが、ではない。自我を獲得したことで、自ら思考し、行動することが出来るようになったという点が厄介なのだ。
普通のモンスターは、さながらCPUの操作するキャラクターのごとく、動きが単調だったり、パターンが読みやすかったりする。対策さえきちんと打てば、一方的な戦闘に持ち込むことも難しくない。
そして彼らは、それに対して対応策を練ってくることもないのだ。
しかし自我のあるモンスターは、自ら思考する。ヤバいと思ったら、どうするべきかと考え、対策案を実行してくるのである。
つまりは、学習するのだ。それが自我を持つモンスターの最も厄介な点。自我と言うより、知恵を獲得したと言うべきかも知れない。
だから、黒鬼にはその点においてまだ付け入る隙があると言えるだろう。
モンスターの攻撃衝動に加えて、鬼の破壊衝動が意識を曖昧にする。結果、思考や学習といった冷静さを求められる機能が麻痺してしまうわけだ。
そこに攻略の糸口はある。
現に今も、先程と同様にココロちゃんを金棒で殴り飛ばし、壁に叩きつけて追撃を行おうとする様は、さながら同じ映像を見せられているような錯覚を覚える。
しかして、それに対する私たちのインターセプトは、先程とまるで異なるアプローチとなった。
「ミコト!」
「うん、使わせてもらうよ。キャラクター操作!」
それは私の、私たちの奥の手。
【キャラクター操作】というスキルは、PTメンバーの体に私が融合し、その操作権限を借り受けるというもの。
その際、相手のステータスに私のステータス(装備補正込み)を上乗せできるという効果があり、人間離れしたステータスを獲得できるという合体技である。
ただしこのスキルには制限時間の縛りがあり、仮にフルタイムで活動した場合、まともに立ち上がることさえ出来なくなるほどの消耗が課せられることとなる。
使い所を誤れば、一転して詰んでしまうという捨て身の技なのだ。
だけど今、ここで使わずして何時使うのだと私たちは判断、合意し、そして融合した。
私の体は粒子状に解けてオルカの中へと吸い込まれ、一瞬意識が飛んだかと思うと、彼女の肉体の主として覚醒した。
オルカ自身の意識は私の中にあり、意思疎通は言葉を交わすよりなお直接的に行える。
そして何より、久々に使用したこのスキル。私のステータスが上昇したこともあり、以前よりも体がさらに軽い。
私はココロちゃんへ追撃を仕掛けようと飛びかかる黒鬼の前へ躍り出ると、思い切り奴の胴体へ突き刺すような蹴りを叩き込んだ。
対応仕損じた黒鬼は、見事に体をくの字に折って吹っ飛んでいく。
しかし所詮はただの蹴り。切り落とした腕も、砕けた顎も一瞬で修復するような奴にどれ程の意味があるとも知れない。
だが、今はダメージを与えることが目的ではない。
私は蹴飛ばした黒鬼を一瞥する間も惜しんで、ココロちゃんの方へ振り返った。
そこには、強かに壁へ全身を打ち付け、手足をあらぬ方向へ曲げた彼女の姿があった。
しかし再生は既に始まっており、傷という傷が見る見る内に治っていくさまが確認できた。
そんな彼女へ駆け寄り、私はすぐさまスリープの魔法を発動した。
「……ふぅ、良かった。効いたみたい」
『これで黒鬼と一対一』
「だね。時間もないし、一気に片を付けよう」
とは言ったものの、正直相性は悪いと思う。
黒鬼は防御力も高く、凄まじい再生能力を持つ。
思えばドレッドノートというクマのモンスターも、同じく再生能力を持っていて手を焼かされたものだ。
もしかして強者は標準搭載の能力だったりするのだろうか?
しかし黒鬼のそれは恐らく、ドレッドノートを上回る。再生能力もさることながら、戦闘力はアイツの比ではないだろう。
そんなのを相手に、こちらには一〇分という時間制限がある。
『倒す必要はない。とにかくもう一度対話できる状態にすることが最優先』
「聖魔法で精神的な状態異常を解除するんだよね。積極的に狙ってみる」
モンスターには、人間に対する攻撃衝動があるらしい。そちらはどうにもならないとしても、鬼の破壊衝動ならば魔法による正常化が有効かも知れない。
黒鬼ともう一度対話が出来るかは、そこにかかっているのだ。
さもなくば、まともにやり合ったところで仕留めきれず、制限時間を使い切る可能性がある。
なればこそこちらは、搦手に打って出る他ないわけだ。
「行くよ!」
既にダメージの残滓すら感じさせず立ち上がっている黒鬼へ、私は勢いよく突っ込んでいく。
回復系の魔法は、攻撃魔法に比べて効果を引き出すのに少しの時間がかかる。傷つけるのは容易くとも、逆に癒やすのには時間がかかるというのは、魔法やスキルに於いても同じこと。
即ち、黒鬼へ正常化を施すにはなんとかして動きを止める必要がある、ということだ。
更に一つ問題があるとすれば、この融合状態の場合、裏技を使ったMPの高速回復が行えないというデメリットがある。
裏技は、一旦私が極端にMP上限の低い装備セットへ切り替えることで、回復薬によるMP補充の効率を爆発的に上げるという手法を用いているのだが、融合状態だとどう足掻いてもMP総量は高い状態で維持されるため、回復にもそこそこの暇がかかってしまうわけだ。
黒鬼との戦闘で、果たしてMP回復薬を十分な量グビグビ飲んでいる時間を作れるか、と考えると、たとえ移動しながら飲んでも難しいだろう。
魔法の無駄打ちは出来ない。可能な限りMP消費の無いスキル、或いは消費の軽いスキルか魔法を駆使して動きを封じたいところである。
私は融合したことで飛躍的に高まった機動力に加え、換装でウサ耳をセット。コレにより更に私の動きは変態機動と表すべきものへ進化を遂げる。
と言うか、私自身集中しないとステップを間違えて、壁や床、或いは天井に激突してしまいそうで恐ろしいほどだ。
オルカの基本ステータスからして防御力は低く、私もさして高くないため、融合した今の状態でも比較的打たれ弱いのだ。
だから事故による自滅だなんて、正直笑い話にもならない。
しかしそれでも、黒鬼を確実に翻弄するためにはこれくらい手堅く有りたい。
更には時折残像を交えて、黒鬼の空振りを誘ってみる。
案の定、恐ろしい反応速度で残像を捉えたかと思えば、すぐさまそこへ金棒を叩きつける黒鬼。
こいつ、さっきオルカに翻弄されていたときより、ずっと反応が良くなっている。
これが、自我のあるモンスターの特性か。対応力がこれまでのモンスターと別格だ。
それでも、空振りは空振りだ。そこに確かな隙が生じるため、私はそれを見逃さず攻撃をしかけ、可能なら畳み掛けに入るのだけれど、そこは歴戦の猛者。
自らの損傷もいとわず、生じた隙すら把握し、カウンターを狙ってくる。
しかも、回を重ねるほどそれは的確になってきて、今なんて危うく捉えられそうになった。
『ミコト、長引くのは拙い。コイツ、どんどん慣れてきてる』
「仕方ない、少しだけ無茶するよ」
『うん』
生成するのは大きなアクアボム。
拘束と言えば氷だ。いかな黒鬼と言えど、大量の水を浴びせかけられては金棒一つで防ぎ切ることも出来まい。
後は水を凍らせて、黒鬼の体を氷中に巻き込む。そうすれば流石に身動きが取れなくなるのではなかろうか。
そうなればその隙に、正常化魔法をかけて対話を試みる。うん、いけるいける!
早速私は巨大なアクアボムを黒鬼の頭上へ生成。そちらへ意識を向けたため、自然と移動速度が低下してしまう。奴に捉えられる危険性は生じるが、その分距離を取っての実行である。
頭上はいろんな生物にとって、死角となる場所だ。しかし、魔法の気配でも感じ取ったのか、奴は素早く上を向くとそれに気づいてしまった。
そしてなんと、まだ生成途中のアクアボムを金棒で叩き落とし、散らしてしまったのである。
ぐぬぅ、なんて奴だ。私は懲りずに数度それを繰り返す。だが、結果は何れも同じ。
散らされたアクアボムの残骸は、さながらシャボン玉のごとく空中に漂って、一種幻想的とも取れる景色を作り出しているが、勿論そんなものを楽しんでいる暇も余裕もない。
再度黒鬼はアクアボムを叩き壊すと、すぐさまぐいんと首をこちらへ回し、しっかりと私の姿を捉えたではないか。
慌てて移動に専念するも、完全にロックオンされてしまった。残像によるフェイントも意味をなさず、叩き落とすタイミングを図っている状態へ移行した。最悪だ。
心臓がバクバクと高鳴り、背筋を冷や汗が伝う。
そうしてついに、黒鬼が自慢の金棒を振ろうとした、その時だった。
「今!」
私はとある魔法の発動を念じ、それに応じて変化は起こった。
大小様々な水玉が宙に浮かぶこの空間。それら全ての水玉より、尋常ならざる勢いで水鉄砲が黒鬼めがけて発射されたのだ。
しかして水鉄砲は飛来する最中氷の槍へと姿を変え、そして勢いそのままに次々と黒鬼の体を刺し、あるものは貫通すらした。
それは対象を貫き、その場に縫い止める氷の線。もともとは氷の橋をかけるための魔法だったが、それを応用して攻撃魔法に作り変えたのだ。
その名も【アイスライン】。別途水を用意すると発動が劇的に早くなるため、アクアボムとの相性はとてもいい。
というかそもそも、私の水魔法は氷魔法と組み合わせることで本領を発揮する。
そして氷魔法とは、単に物を凍らせるだけが能ではない。
「アイスドリル!」
黒鬼の体にぶつかるも、刺さり方の浅いラインは多かった。ならば、螺旋の力を利用するまで。
飛ばす氷の槍の穂先を、ドリルへ変形。更に強い回転も加えて黒鬼へ突き刺していく。
すると効果は劇的で、鬼の体を貫いてはそのまま直進し、角度によっては地面や近くの柱、壁などに刺さって鬼を縫い留めた。
鬼は堪らずラインを振り払い、体を修復しようとするが、折れたラインはしかし体内に残るため、再生を妨げる。
そうしている間にラインはどんどん増え、砕けた氷もまた破片が寄り集まって新たなドリルを鬼へ向けて発射する。
「い、今のうちにMP補充……!」
『またえげつない魔法を……』
「その分消耗もすごいの。ラインを生み出し続ける限り、維持コストがかかるからね」
私はストレージから取り出した、おばあちゃん謹製のMP回復薬をグビグビ煽りながらも、追加でアクアボムを生成し、放ってはラインをどんどん黒鬼へ突き刺し、奴の動きが留まるまで延々とそれを繰り返した。
『ねぇミコト、うっかりコアを砕いたりしないよね?』
「あっ」
ヤバい、それは考えてなかった!
鬼の動きが完全に留まったのを確認すると、MPをしっかり回復した後素早く鬼へ駆け寄った。
全身を氷の線で貫かれた黒鬼は、痛々しいどころの騒ぎではない。グロである。
私は流石に申し訳ない気持ちを感じつつも、しかしそれでも尚再生を行っている黒鬼に驚きながら、早速聖魔法をかけることに。
「お、怒っちゃヤだよ。ノーマライゼーション」
『流石に怒ると思うけど』
【ノーマライゼーション】は文字通り、正常化を促す魔法。ただ、毒とか病気なんかに用いるのはまた別の魔法であり、こちらは精神的な状態異常に特化した治癒魔法となる。
鬼の破壊衝動が、一種の精神的状態異常に基づくものだとするならば、これで黒鬼を再度対話できる状態に戻せるかもと考えたのだけれど。
果たしてその結果は……。
『痛い痛い痛い! なんじゃこれは、地獄か!? ここが地獄なのか!?』
「痛いで済むのか……痛みに強いんだね」
『ミコト、煽ってどうするの』
どうやら無事、黒鬼の暴走状態を払うことには成功したらしい。
私たちはようやっと一息ついて、融合を解除したのである。
経過時間は、おおよそ六分くらいか。凄まじい疲労感を感じながら、私たちは再度黒鬼と対話を始めるのだった。