第七九三話 黄色い髪の子
ミコトとイクシスが連携訓練を始め。
また、他のメンバーたちが『一般的な感覚』というものを思い出す活動を始めてから、早くも十日ほどが経過していた。
何れもが順調……とはやや言い難いか。
ミコトとイクシスは、戦闘に於ける連携レベルに磨きをかけたし、合体必殺技も形になった。
キャラクター操作の反動も問題無く抜けたし、ミコトに関しては最強装備をオメガポロックの力で少しでも強化するべく、イクシスやサラステラとのリアルスパーリングなんかに取り組みもした。
着実に骸戦へ向けての支度は整いつつある。
一方で問題なのは、他の面々。
初心に返る、と言う目的に関してはしっかりと果たすことが出来てはいる。
のだけれど。
その過程に於いて、時折散々にやらかしては他の冒険者に怖がられるという、武勇伝めいたエピソードをチラホラと生み出しており。
すっかりグランリィスでは、一目置かれるどころか、恐れられる存在として密かに名を馳せてしまっていた。
無論図らずのことではあるのだけれど、これを受けてイクシスは珍しく皆を叱責。特にお目付け役のサラステラは長めのお説教を食らって涙目である。
そうしたトラブルもあり、流石の彼女たちもようやっと自分たちの異常さ、というものを自覚することが出来。
故にこそ、ズレにズレた己と他者との常識の隔たりに、堪らず打ち拉がれるのだった。
今日も今日とて『普通の依頼』をこなし、イクシス邸へと戻る道すがら。
肩を落としながら言葉を交わす面々。
ポロポロと飛び出してくるのは愚痴、と言うよりどちらかというと懺悔に近いもので。
「はぁ……今日も、依頼者に同行しているだけなのに、モンスターが一切近づいてこなかった。素材調達が目的だというのに……」
「こちらも似たようなものよ……」
「私は剣術の指南を頼まれたんだけどね、参考にならないから帰れって、追い返されちゃったよ……ははは」
「分かるぱわぁ。昔を思い出すぱわぁ」
背を丸める彼女たちの姿に、過去の自身を投影するサラステラ。
彼女もまた、魔王討伐から帰還してすぐの頃は、似たような悩みに苛まれたものである。
当時のちょっぴり苦い記憶を思い出しつつ、沁み沁みと共感する。
尤も。
「そういうおば様だって、似たようなものじゃないか。子供に泣かれて慌ててるのを見かけたぞ」
「ゔ」
「なによ、ダメじゃない」
「ダメダメ同士、傷を舐め合うのです」
「惨めです~」
不思議なもので。力を得た皆は当然、他者には真似の出来ないようなことが出来るようになった。
誰もが恐れるような恐ろしいモンスターを、軽々と屠れるほどの圧倒的な実力を手にしたのだ。
にも関わらず、何故か普通の人が当たり前に出来ることに、不自由を覚えるようにもなってしまった。
周囲からは恐がられ、これまでに感じたことのない類の視線を向けられるようになり。
その事実に彼女たちは、戸惑いと危機感を覚えていた。
「ミコバト、恐るべし」
ボソリと述べられたクオの言葉に、皆は共感せずには居られなかった。
それは、これまで彼女たちが何度となく思ったことではあれど。
しかしこうして、自らの大きな変化を実感してみて、改めて思うことでもあった。
「考えてみたら、私たち夢中になってミコバトで修行してきたけどさ。でもまさか、こんなに強くなれるだなんて思ってなかったよね」
「まぁ、それはそうだな。日々着実に上昇する自らのステータス値も、なにかの冗談、或いは半ば他人事のように感じていた」
「ゲーム感覚、というやつなのです!」
「だけど実際、ここ暫くの活動で思い知った」
「戦闘は仮想空間内での出来事が殆どでしたけど、その恩恵は紛うことなき本物」
「そうぱわ。みんなは、間違いなく大きな力を手にしたんぱわ」
それはさながら、「夢の中なら出来るのに」と思い描いたことが、そのまま現実で可能になってしまったかのような。
そんな、「まさか、現実でそんな事できるはずない」という思いと、「努力して力を手に入れたんだ」という思いが上手く馴染まずにいる、奇妙な心持ち。
ミコト風に喩えるなら、『ゲーム学習』或いは『ゲーミフィケーション』と呼ばれる、ゲームで遊ぶことにより学びを得たり、能力を伸ばすこと。これを体験し、効果を実感した時の感覚に近いだろうか。
当人たちは半ば夢中になってゲームで遊んでいたようなつもりでも、プレイングを通して彼女たちは確かに成長することが出来た。
そんなことで効果が出るはずがない! と決めて掛かっていたのに、現実には想像を凌駕するような、嘘みたいな結果が現れてしまい、未だに実感が追いつかないっていう。そんな夢現めいた気持ち。
勿論、ミコバトはただのゲームではなく、戦闘シミュレーターのようなもの。仮想空間内の戦闘はどこまでも強烈なリアリティを孕んでおり、それは単なるゲームなどとは比べるべくもないものだ。
それでも、やはりどこか現実離れした感覚はあり。心の何処かでは、リアルと区別して考えていたのかもしれない。
けれど、十日も掛けて思い知らされたのでは、そろそろ認める他ないだろう。
ミコバトで得たものは仮想空間内に限ったものではなく、恐ろしいほどの成長効果を現実世界の自分たちに齎したのだと。
SH魔王戦を終え、どこか夢見心地から覚めたような彼女たちに、それは殊の外深く刺さる実感だった。
その感覚を喩えるなら、ゲーム内通貨がまるっとリアルマネーとして手元に現れたようなものだろうか。彼女たちはそのお金で実際に買い物をして、ようやっと理解したのだ。
これは確かに、現実の出来事なのだと。
故にこそ、嫌でも考えてしまう。
「一体、ミコトって何者なんだろうね……」
ぼんやりとしたレッカの呟き。
さりとてそれこそが、皆の懐く共通の疑問でもあった。
そして今の活動の延長線上に、その答えはきっとある。
そう思うと、自然とモチベーションも上がろうというもの。
「解き明かしてやるわよ……絶対!」
確かな熱量にて紡がれたリリエラの言葉に、皆は静かに頷いて応えるのだった。
★
日はすっかり傾き、空に夕の差し始めた頃。
イクシス邸を中心とした広大な敷地と、その外とを隔てる正門。
そこに佇むは、二人の門衛。普段であれば、そろそろ今日の夕飯にでも思いを馳せる頃合い。
さりとて今日はと言うべきか、今日もと言うべきか。
門の前には、珍客が一人やって来ており。なかなかの長時間にわたって二人を困らせ続けていた。
「だーかーらー! いい加減にするのだ! 先代に会わせてほしいと言っているのだ!」
応対する門衛の二人は、かれこれ三時間近くも粘る目の前の相手に、『イクシスは忙しい』の一点張りでどうにかこうにかやんわり対応し続けたのだけれど、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうになっており。
それでも、礼節を軽んじればそれは雇い主たるイクシスの評判に傷をつける行為にもなりかねないと、努めて心を殺し、冷静な応対を徹底し続けた。
けれどそんな二人のストレスになど気づいた様子もなく。
小柄な彼女は、尊大なのか何なのかよく分からない態度で、『先代』とやらに会わせろという要求を延々と続けるのである。
「せっかく今日も、街で評判の菓子折りを用意して尋ねてきたのに! 一体何が気に食わないというのだ!? はっ! そうか分かったぞ、さてはお前たちもこのお菓子が欲しかったのだな!?」
「いえ違いますけど」
「じゃ何なのだ! 頭が高いとでも言いたいのだ? お前たちより背は低いのだ!」
「ええと……」
「こうか! こうやって地べたに這いつくばれば通してくれるのだ!?」
「あー……」
とうとう黒きGの如く地べたでカサカサと、気持ちの悪い動きを始めた彼女。
門衛の二人は、ため息交じりにその容姿を改めて眺める。
目を引くのは、黄色の頭髪。肩まであるそれを二つ結びにした、小柄で可愛らしい娘だ。
やや幼く見える顔立ちも綺麗に整っており、黙ってさえいればうっかり飴でも渡したくなってしまいそうな雰囲気がある。
反面、背中には二本の剣をクロスさせるように背負っており、身なりも戦う者のそれ。
身のこなしからして隙がなく、虫の真似事などをしている今だって、もしも戦闘になったならそつなく体勢を整えてしまうことが簡単にイメージできる。
只者でないことは確か。侮って良い相手ではなく。だからこそ門衛らは対応に困っていた。
そんな二人の気苦労も知らず、小柄な少女は頭を低くして尚も言う。
「どうだ! 通す気になっただろう?!」
「すみません。なりません」
「何故なのだ!?」
その時である。
「黄色い髪に、二本の剣。それと小柄な体躯……ふむ。もしや」
「!?」
ぴんっ! と、即座にその場から跳ねるように退く少女。
やはり見事な身のこなし。門衛二人が小さく感心するが、それ以上に。
黄色髪の少女共々、唐突に出現してみせた、美しき人影に目を丸くする。
何時現れたとも知れず、女騎士にも喩えられる彼女は、気づけば三人の間近に佇んでおり。
少女は驚きから、声を上ずらせつつ誰何した。
「お、おま、お前は何者なのだ!?」
「む。私か? 私はクラウだ。人に名を尋ねる時は、先に己が名乗るものだぞ」
「名乗った後にそれを言うのだ!?」
「はっ……確かにそれはそうだ」
「へ、変なやつなのだ……」
「変なやつではない。クラウだと言っている」
クラウは小さく頬を膨らませ、ジト目で目の前の少女を睨んだ。
すると。
「!? ど、どうしたのだ私の膝小僧たち! 何故そんなに笑っているのだぁ!?」
無意識に漏れ出したクラウの威圧感に当てられたか、大袈裟なほどに膝をガクガクさせる黄髪の彼女。
そこへ、
「何なのです? 急に駆け出して。面白いものでも見つけたのです?」
ひょっこりと、クラウの陰より顔を出したのはココロ。
更にその後方からは、何れも人外めいた気配を放つ、姦しくも異様なる一団が迫ってきているではないか。
さながらそれは、未知との遭遇。少女は、自らを襲う得体の知れない怖気に戸惑いながら、思わず一歩二歩と後退り。
最後にどうにか、一言だけ絞り出して踵を返したのである。
「で、でっ……出直してくるのだ……!」
そうして、心許ない足取りの少女は、菓子折りをぎゅっと抱きしめるように抱えたまま、些か不格好な小走りで遠ざかっていくのだった。
ココロはその背を不思議そうに見送りつつ、傍らのクラウへと問うた。
「お知り合いですか?」
「いや……だが恐らく」
不敵に笑い、彼女は言う。
「アレが巷で噂の、自称『次代の勇者』だ」
そう述べたクラウの目は、キランと喜色に輝いていた。
ゔう! あれ、おかしいな、誤字報告が増殖傾向にありますぞ……?
奴らは既に撲滅されたと思っていたのに……どうやらまだ潜んでいたようです。
報告感謝であります! 修正適用させていただきました!




