第七八八話 プンプンしやがる
イクシス邸会議室。
篩の迷宮に挑むべきか否かという、判断の難しい議題の最中。
ならば今こそ骸を探すべき!
と主張したのはクラウ。
皆の注目が集まる中、彼女は淡々と語る。
「思うに、他の周回でエンドコンテンツにまで至ったことのあるミコト、というのは存在するのではないだろうか。刀の骸のような強者のことを思えば、十分にあり得ると私は思う。だとすると、そんな彼女らも今のミコトと似たような悩みを抱えたはずだ」
対する周囲の反応は、納得するものもあれば、些か懐疑的なものもあり。
それらを気にするでもなく、彼女は続きを述べる。
「我々は、エンドコンテンツに備えるべく力を付けた。なればそれを活かすためにも、篩の迷宮をアクティベートさせたい。が、ミコトの悩みもよく分かる。だから」
「だから、骸の“ヒント”を頼るってこと……?」
「ああ、そのとおりだ」
骸はその散り際、私に短いメッセージを残していく。
強力な骸ほど、その内容は意味深いものであり、だから私たちはそれを『ヒント』として捉えている。
「エンドコンテンツに挑み、今のミコトさんと同じ悩みを経験した骸なら、何らかの判断基準をそこに残していった可能性は確かにありますね」
「でもさ、もしそんなのが本当に居るにせよ、それって絶対強いよね。今のミコトで勝てるかな?」
ソフィアさんによる肯定的な声。反面、レッカによる懸念。
どちらの言うことも尤もで、確かに私も白いモノリスの危険性に関する情報は、骸の何れかが残してくれているものと考えていいと思う。
実際、刀の骸クラスのすごい骸が他にも居るとするなら、そんな彼女らがエンドコンテンツにまで辿り着いている可能性は決して低くないだろうし。
であれば、今の私のようにリスクに躊躇い、且つ思い切って挑戦することを選択した者も存在するだろう。
なら、篩の迷宮をアクティベートしたり、白いモノリスにキーオブジェクトを捧げたりした結果を、ヒントにして残してくれている可能性は実際高いはずだ。
クラウの提案は、白いモノリスをどうこうする以前に、先ずそんな骸を探して倒そうというもの。
けれどレッカの言うように、きっと一筋縄ではいかない相手だ。
最悪負けて死ぬかも知れないわけだし。
って言うか、それよりなにより。
「そんな強力な骸を呼び出すためのキーパーソンって、一体……」
皆の視線が、示し合わせたかのように一点に集中する。
そう。そんなのは決まってる。
我らが勇者様、イクシスさんだ。
彼女と行動を共にした周回の私ならば、エンドコンテンツにまで至っていたとて何ら不思議ではない。
不思議ではない、のだが。
「いやいや待て。エンドコンテンツに至っているということは、篩の迷宮どころかその先、虚ろなる塔へ達した骸の可能性すらあるのだろう? このタイミングで骸を呼び出して良いのか?」
「……それなんだよねぇ」
「ミコトさんが負けてしまっては、元も子もないですしね~」
「だが母上から骸を呼び出した場合、いつもと違って共闘できるのだろう? 母上とミコトの二人がかりであれば、どんな強力なやつが出たところで負けはせんと思うがな」
「そう言えばそうじゃん!」
いつも骸とは、ソロで戦ってばかりの私。
何故なら、骸を認識できるのは私自身と、それを呼び出すきっかけとなった『当時の仲間』であるキーパーソンだけだから。
しかし大抵の場合、キーパーソンは実力が不足しており、共闘するのはリスクでしかなく。
そのため私がソロで戦う、という構図が続いているわけだ。
ああいや、ソロというかゼノワとのタッグではあるけどね。
その点イクシスさんをキーパーソンとした場合は、何と彼女の助力を得ることが出来る。
チームミコバトでも異質な強さを誇るイクシスさん。そんな勇者様と一緒に戦えるのならば、どんな骸が相手でも恐くはないってなものだ。
それに。
「それにイクシスさんには『重複』の疑いもあるし、良きタイミングで検証をしておこうって話もあったしね」
重複。
それは、一人のキーパーソンが複数体の骸を呼び出すトリガーとなっていることを指しており。
刀の骸を探し当てる少し前、失せ物探しのスキルでキーパーソンを見つけては骸狩りを行っていた時のこと。
ふと、レッカが言ったのだ。
「例えば今の私たちみたいに、異なる周回でミコトと絡んでるキーパーソンってどういう扱いになるのかな?」
と。
そこで私たちは、キーパーソンに対して二回、三回とキャラクター操作を使ってみる、という実験を行ったわけである。
するとどうだ。
叩くとコインが出てくる箱の如く、ポコポコと数度にわたって、キャラクター操作の度に飛び出す骸のアイコン。
この時である。『重複』という存在が確立したのは。
そしてそれは同時に、とある仮説にも繋がった。
一度倒され、回収された骸も、プレイヤーの死と同時に元の場所に戻されるのではないか?
そうでなければ、重複というのは起こり難いはずなのだ。
何故なら、仲間にはキャラクター操作を掛ける可能性が高いから。
もしも一度倒された骸が消え去ってしまうのなら、重複の起こる条件って
『キャラクター操作を受けたことがない人物』
『ミコトの仲間だった人物』
『二周以上仲間だった人物』
ってことになる。でも、キャラクター操作をかけられたことのない仲間、だなんていうのがそう何人も居るものだろうか?
なんだったら、キーパーソン化する条件として、『キャラクター操作を受けたことがある仲間』って説まで考えられている程だし。
もしこの条件予想が正しかった場合、明確に重複とは矛盾を起こすことになる。
矛盾しないよう理屈を通すにはやはり、回収された骸の再配置説が有力なわけで。
まぁ、所詮推察に過ぎない話ではあるのだけど、しかし。
本当に骸が再利用されているのだとすると、なんか……あまり気分の良い話ではない。
だってさながら、成仏を禁じられた地縛霊みたいだものね。我が事ながら、何だか浮かばれないじゃない。
ともあれ。
「この辺で一度、イクシスさんが抱えてるであろう骸に挑戦してみるのも、ありって気はするね」
「あっちこっちキーパーソンを探し回るより手っ取り早いぱわな」
「今のミコト様たちなら平気平気です!」
「結果なんて既に知れてるわよ。これは勝ったわね!」
ミコバトでの修行に加えて、SH魔王撃破という実績を得た今の私たち。
なればこそ、正直どんなやつが相手だろうと負ける気がしない。
と言うか、転生魔王に比べたなら、何もかもが然程の脅威でもないように思えてしまうのだ。
追い風を感じる。行ける気がする。
行ける気はするのだけど……ちょっと待って。
そこはかとなく、立ってませんかね? 慢心敗北フラグ。
「イクシスさんはどう思う?」
「クラウが言うのだから間違いない。我々が共闘すれば勝てない相手などいないさ!」
「あっ……(察し)」
なんか、ダメそうな気がしてきた。
盛大に嫌な予感を覚えた私は、膨れ上がった自信を急速に萎ませ。徐に席を立ち。
コホンと一つ咳払いをしたなら、皆へ向けて言うのである。
「ここで、私の故郷に伝わることわざを一つ紹介させてほしい」
一体何を言い出す気だろうかと、皆がこちらを見やる中。
私は、努めて重々しく述べた。
「『急がば回れ』。急ぐ時ほど安全で確実な道を辿ったほうが、結果的に早く、或いは有利な条件で目的地にたどり着けるよ、っていう言葉だね」
「何でぱわ? パワーで押し切れば最短ルートに勝るものなんて無いぱわ」
「って言うか、どうして今そんなこと言うのよ?」
サラステラさんとリリが首を傾げてみせる。
対して、負けフラグの臭いを嗅ぎ取った、だなんて荒唐無稽なことを言うわけにも行かず。
私は少しばかり思考を整理すると、冷静に答えを返した。
「確かに私とイクシスさんが組めば、大抵のやつには負けないと思う。でも、恐らくイクシスさんをキーパーソンとして呼び出す骸はそんなに甘い相手じゃないって思うんだ」
皆の顔色が変化する。ポジティブなムードに水を差したことには、少しばかりの罪悪感があるけれど、私は努めてそんな気持ちに蓋をし、続ける。
指を二本立て、「懸念するべき点が、少なくとも二つある」と前置きし。
そして、その内容を率直に述べた。
「一つは、他の周回の私がアップデートを重ねている可能性。そしてもう一つは、エンドコンテンツ内で破格の性能を持つ装備を手に入れている可能性」
アップデートといえば、世界に大きな変革を齎す他、成長限界を引き上げる効果すら期待できる、絶大なるパワーアップコンテンツ。
ただし、これによりモンスターの脅威が加速する可能性すら否めないため、現在の私たちは一度目のアップデートで留まっている状態だ。
しかし他の周回の私なら、アップデートを二つ三つと実行していないとも限らない。
であれば必然、今の私たちとはステージの異なる強さを有していても、何ら不思議ではないだろう。
それに加えて、もう一つの懸念。もしも骸がエンドコンテンツにまで至っている場合。
RPGなどで裏ダンジョンに入ると、バカみたいな性能の装備が手に入ったりする。
これまでのゲームバランスを大きく書き換えるような、強力な要素。本編を終えたからこその、大盤振る舞い。
この世界に於いても、もし同じことが言えるのだとしたら。
いや、そうでなかったとしても、だ。
より強力なモンスターは、それに見合った装備をドロップしたりする。
ならば必然、他所では手に入らないレベルの強力な装備品を入手している可能性は高いだろう。
完全装着持ちの私は、喜んでそれらを身につけたに違いない。
そんな状態の私が骸化したような存在が、万一イクシスさんへのキャラクター操作を切っ掛けに現れたとしたら。
果たして、私とイクシスさんの二人で倒せるのだろうか?
そう考えると、正直自信はあまり無い。
「イクシスさんにキャラクター操作を使うっていう、見るからに安直な道が目の前にあるからこそ、私たちはもうちょっと冷静に判断するべきなんじゃないかって思う」
その様に締めくくったなら、先程までの勢いは何処へやら。
難しい顔で考え込む面々。
もし挑むのであれば、相応の覚悟が必要なようだ。




