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ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて!  作者: カノエカノト


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第七八話 中級鬼

 第九階層ともなると、モンスターの強さは相当に強力だ。……と思う。

 というのも、私たちがここまでろくに戦闘することもなく、ひたすら安全なルートで突き進んできたため、どれくらいモンスターたちの戦闘力が上昇しているか測りかねているためだ。

 なので次の第一〇階層では、その辺りも確かめておく必要があるだろう。

 うっかり戦闘に陥った際、敵が思いがけず強力になっており、手も足も出なかった! だなんて事態は避けなくちゃならないからね。


 休息を終えた私たちは、食事を摂ると身支度と片付けを済ませ、軽く準備運動をした。

 バトル漫画だと、「こんなの準備運動にもならないぜ」だなんて言って、強敵をボコすような演出がたまに見られるけれど、実際問題準備運動って体をほぐすものだから、ゆっくりとしたストレッチこそ重要なんだよね。

 異世界だろうと、休憩後いきなり動いてアキレス腱を切った冒険者、なんてしょっぱい話は存在する。

 食堂でそんな話が近くの席から聞こえてきた時は、私自身そこら辺の注意が甘かったなと反省したものである。


 そんなわけで各々ちゃんと体をほぐすことは出来たので、体にも気持ち的にも探索スイッチが入った。

 準備を調えた私たちは、いよいよ第一〇階層へと足を踏み入れていくのであった。



 ★



 これまでは洞窟と言ってもトンネルめいた、大きな障害物も少ない造りだったこのダンジョン。

 しかしこの第一〇階層に足を踏み入れた瞬間、その印象はガラリと変わった。

 ダンジョンというのは、赤い雷によって生成される。つまり、その日、その瞬間まではそこに存在しなかったものだ。

 それなのに、幾千幾万の時間を積み重ねて生成されたかのような、見事な鍾乳石の柱が無数に高い天井と床とを結んでおり、その様は圧巻。ともすれば見入ってしまいそうなほどであった。

 一説にはダンジョンとは、別の空間に存在しているものだとされている。つまり、このダンジョンももしかすると、実際の洞窟というわけではなく、異次元とか、何かそういう不思議空間に作り出された場所であって、実際に地面をくり抜いて作られた場ではない、という話。

 明確な確証のある話ではないが、信じている者も一定数いる説なのだとか。

 なので、果たしてこの鍾乳石たちは如何にして生じたのか。そこに思いを馳せるだけで、不可解さや不気味さ、神秘めいたものを感じずにはいられない。


「こんなにガラリと景色が変わるなんて、私は初めて見たな」

「ダンジョンには、もっとすごい変化を見せるところもある」

「ですね。草原や空が広がってるダンジョンもあるそうですよ」

「定番のやつだね!」

「「?」」

「ああごめん、日本の創作物では結構あるんだよ。迷宮の中に草原や大空が広がっていた! みたいな話」


 なんて益体もないことを話しながら、私たちはそれぞれマップウィンドウで辺りの様子をざっと確認していく。

 地形はこれまでの階層よりも入り組んでおり、このマップがなければ簡単に迷ってしまいそうな形をしていた。

 そして当然、モンスターの反応も見られる。風景も一変したことから予想はしていたが、やはりそこには名前のわからないモンスターの光点を見つけることが出来た。あまり良い予感はしない。


「やっぱりいたね、未確認モンスター」

「そうみたい。でも、このタイミングで出てくるとなると多分、強力なやつだと思う」

「今度こそ、中級鬼の可能性が高いと思います」

「むぅ、人喰姥でも結構強かったし、それを思うとかなり手強そうだね……ともかく、本当に中級鬼かを見定めに行かなくちゃならないだろう」


 階層が進んだことでモンスターの強さというのもどんどん上がっているはずだ。

 私たちはエンカウントすること無く進んできたため、正直どれくらいモンスターたちが強化されているかというのを把握できていない。

 それを確かめる意味もあり、この未確認モンスターとはここで戦っておかねばなるまい。

 純粋な戦力比較なら、これまでに戦ったことのある下級鬼やその他既知のモンスターが適しているのだろうから、そちらも検討しておいたほうが良いだろう。


 それから適当に、単体で行動をしている未確認モンスターに目星をつけると、速やかにそいつめがけて移動を開始した。

 乱立する大小様々な鍾乳石は、本来なら多くの物陰を生み出すため、一層の警戒が必要になるだろう。

 しかし私達の場合、マップウィンドウを共有しているおかげで警戒の必要すらない。

 モンスターの反応はすべからくマップに光点として表示されているし、もしそれに反応しないようなモンスターが現れたとしても、オルカの気配察知は凄まじい精度を誇る。私もそれにこそ及ばないまでも、修行で気配読みは出来るようになった。

 なので必要以上に物陰に怯え、神経をすり減らすこともないわけだ。

 それもあって、私達の足取りは軽快であり、罠にだけは相変わらずよく注意をはらいながら、あっと言う間に未確認モンスターの姿を視認できる距離にまで接近することが出来た。

 そうして件のモンスターを確認したわけだけれど。


「あー……強そうだなぁ」

「面構えから違う。それに良い筋肉」

「……間違いありませんね。中級鬼です」


 嫌というほど見てきた下級鬼とは明らかに異なる、一回りも二回りも体躯の大きな鬼がのっしのっしと歩いているのが見えた。

 私達は身を隠すのに丁度いい鍾乳石の影からそれを確認しているわけだが、大きな体躯を除けば次に特徴的なのはその角だろうか。下級の鬼が持つ角というのは、額から三角錐がもっこり生えている感じだった。その長さも人の指ほどだろうか。

 しかし奴は違う。しっかりと鬼の角だなぁと一目で分かるような立派なそれを、額からにょっきり生やしているのだ。

 もし肩車してもらえたなら、掴むのに丁度いいだろうな、と思えるほどにはしっかりしている。


 これからあいつと戦うのかと思うと、少し緊張してしまうな。ムキムキしてて体躯のでかい相手というのは、それだけで迫力を放っているものだ。

 しかも私は元日本の女子高生だぞ。魔法もスキルもない世界では、筋肉が物を言うのだ。

 そのため、潜在的な恐れというものはやはりあるのだけれど。かと言って不思議と手も足も出ずボコられる、というようなイメージは湧いてこない。アレを試そう、コレは通じるかな? なんていう幾通りもの戦術が脳裏を過ぎっては、私の心細さを払い除けてくれる。


「ミコト、どう攻める?」

「そうだね、今回はとりあえず動きを見るだなんていう手加減はナシでいいかな。倒せるかどうか、それだけが知りたい」

「となると、オルカ様の一撃で様子を窺いつつ、畳み掛ける感じでしょうか?」

「一つ言っておくと、私の弱点看破はこのレベルの相手になると効果を発揮できない。だからコアの位置はわからない」

「見えるのは格下のモンスターを相手にした時か、格上が相手でも十分に弱らせた場合は有効、だったっけ?」

「そう。だからコアを狙うなら十分なダメージを与える必要がある」

「なるほどな……それとココロちゃん。中級鬼とは今回初対決になるけど、大丈夫?」

「は、はい。お気遣いありがとうございますミコト様。ココロにはお二人がついているので、大丈夫です!」

「なにか異変があれば、無理せず下がって。私とミコトには奥の手もあるから」

「だね。だから最悪でも負けて殺される、なんてことにはならないよ。何かあれば、遠慮せず退いてね」

「お二人とも……感謝します。でも、ココロだって戦えます。コレでもAランクですからね!」


 ぐっと胸の前で拳を握ってみせるココロちゃん。どうやらやる気は十分なようだ。

 ココロちゃん側は大丈夫として、それなら鬼の動きにおかしな所が無いかはしっかりチェックしておかなくてはなるまい。

 何が彼女の抱える問題へのヒントになるとも知れないのだから。そういう意味でも、気を引き締めてかからねば。

 それから幾らかの打ち合わせを短く済ませた後、いよいよ私達は行動を開始した。

 まず狙うのは頭だ。下級鬼同様であるならば、頭にコアがあるはず。まずはそこをオルカに射抜いてもらう手筈である。

 いつものように隠密で気配を完璧に殺したオルカは、安全な位置へ移動し潜伏。

 私とココロちゃんで奴の注意を引き、弓の一撃で仕留められるのなら万々歳だが、果たして……。


「さて、行こうか」

「はい!」


 初手は人喰姥時に行った、光球と影踏みによる対象の拘束。これにより身動きを封じつつ、敵愾心を煽ることが出来る。私がヘイトを取っておけば、その分オルカの一撃は確実に決まるし、仮にそれが致命傷を与えられなくとも追撃を仕掛けることが出来る。

 私たちが物陰より躍り出た途端、強烈な敵意が中級鬼より放たれ、思わず怯みそうになってしまった。なるほど大した迫力である。

 しかし、私だってなかなかの修羅場をくぐった身だ。このくらいで蹈鞴を踏むようなことはしない。

 奴が初動を起こすよりも早く、私は鋭く光球を発射。

 放ったそれは、すわ攻撃魔法かと身構えた中級鬼の脇を通り過ぎて、その背後でピタリと静止。光球はその輝きを一気に強め、中級鬼の足元に落ちる影をより濃く、より長いものへと塗り直した。

 そうして伸びた影を、私は思い切り踏みつける。瞬間、ビキッと中級鬼の動きが停止した。だが、抵抗力が強い。長く固定するのは難しいだろう。

 しかし、もともとそのような長時間の拘束を期待してはいない。

 実戦の中、射程範囲内で僅か一瞬動きを封じる。そこには取り返しのつかないほどの意味や価値があるのだ。

 そしてオルカは、それを見逃したりはしない。

 まばゆく輝く光球の向こうより、鋭く飛来した一本の矢は間違いなく、中級鬼の頭部を捉えた。

 だが。


「貫通、しない……か」

「お任せください!」


 オルカの矢は中級鬼の後頭部に突き刺さった。だが、貫通することはなく、そして奴が黒い塵に還ることもなかった。

 けれどそれも想定の範囲内。鬼は突如訪れた頭部への衝撃と激痛に、悶え暴れようとする。拘束が跳ね除けられそうになる。

 しかしその直前、私の後方よりすかさず飛び出したココロちゃんが愛用のメイスを構え、それを思い切りフルスイング。鬼の側頭部を激しくぶっ叩くと、あまりの衝撃に奴の体は浮き上がるどころか、おかしな回転を加えつつ鍾乳石を何本も叩き折り、そして耳を塞ぎたくなるような轟音とともに壁へと激突したのである。

 間違いなくクリティカルヒット。しかしながら、完璧な一撃とは言えない。

 というのもココロちゃんのステータスは特殊で、STRに斑があるためだ。

 攻撃を繰り出す度、彼女の意思とは関係なくそれはランダムで変じるようで、最大値ともなると軽く人の限界を凌駕するような数値にまで至るのだが、今回の一撃を見るにそうはならなかったみたいだ。

 寧ろココロちゃんの攻撃にしては、弱い部類に入ると言ってもいいほどだろう。彼女と行動を共にしている私やオルカにとっては、それくらい迫力に乏しい一撃だったように思う。


 そしてそれを証明するかのように、中級鬼は起き上がる素振りを見せた。これは拙い。

 鬼には、怒らせると手がつけられないほどにステータスが上がり、メチャクチャに暴れまわるという特性がある。

 中級鬼ともなれば、一体どれほど強化されるか分かったものじゃない。そうなる前に仕留める必要があった。

 私は足具アルアノイレの力でもって、不可視の爪を振るい鬼の体を引き裂いた。

 畳み掛けるように再度ココロちゃんが飛びかかると、先程とは比べ物にならぬ一撃が中級鬼を叩き潰す。

 粉々になった岩に混ざり、塵に変わりゆく中級鬼の肉片が飛び散る。堪らずココロちゃんは顔を青くさせた。


 随分と雑な決着となりはしたが、ともあれ勝負は決した。

 のだが、しかしそこで思いがけない事態が起こる。

 ココロちゃんの繰り出した一撃は、中級鬼の体ごと背面の壁を叩き破り、大穴を空けてしまったのだ。

 ダンジョンの壁はたちまちの内に修復される。けれどそれが行われる前に、穴を潜ろうとしたものがあった。

 壁向こうにいた、別の中級鬼である。

 鬼を自らの手で叩き潰してしまった。その衝撃から、ココロちゃんの反応が遅れた。

 しかし私とオルカの反応は速く、穴を潜ろうとした鬼のコメカミには矢が一本深々と突き刺さり、他方で私は再度アルアノイレの爪を繰り出す。

 その結果、驚くべきことが起こった。


 穴をくぐりきれなかった鬼は、なんと壁に取り込まれてしまったのである。

 同化と言うにも歪な形で成ったそれは、鬼の頭部から右肩にかけてのみが壁から飛び出している状態で、残りは壁の中に埋もれているような有様だ。

 その衝撃的な光景に、私もココロちゃんも思わず息を呑んだ。

 鬼は苦しげに悶え藻掻いていたけれど、壁はびくともしない。

 こうなっては、とどめを刺すこと自体は簡単だろう。けれど、抵抗のすべを失った相手を一方的に屠っていいものか。

 ココロちゃんの前でそれをやる、というのはいかにも憚られた。

 私は躊躇い、他方でココロちゃんは顔色青くしたまま戸惑いを見せている。すると身を潜めていたオルカも出てきて、困惑を顕にした。


「コイツは……ココロちゃんの顔色も良くないし、放っておこうか」

「私もそれで構わないと思う」

「うぅ……ですがそれは……」


 大昔、この世界の鬼は亜人の一種に数えられていたと言う。

 その成れの果てが、今のモンスターとしての鬼だと。

 それを思うと、正直コレをどうするのが正解なのか、私には分からない。

 怪物に成り果て、挙げ句壁に埋め込まれて自由を失った相手に、私たちはどう対応するのが正しいのだろう?

 一思いに殺してやるのが慈悲だろうか? 見逃してやることが慈善だろうか? 或いは、モンスターを相手に壁から救出してやることこそが善性の行動であると?

 私には何れが正しいかなんて分からない。分からないから、ココロちゃんの具合を案じて目を背けようとした。

 けれどやはり、ココロちゃんには抵抗があるようで。


「まぁ、だよね。放っておいたところで、いずれ他の冒険者にやられるか、ずっと身動きとれずこのままか。どの道碌なものじゃない」

「なら、倒す?」

「そう……ですね。私たちは冒険者ですから、それが普通で、当たり前なことだと思います」


 確かに、それはそのとおりだ。

 もしも私が鬼のルーツなんか知らず、ココロちゃんと関わりもなかったなら、この間抜けな鬼を見て滑稽だと笑っていたかも知れない。

 そうして躊躇いもせず、その首をはねていただろう。そこに迷う余地もなく。

 立場が違えば正義も形を変える。だなんて、よく言ったものだなと思う。

 正しいとか間違ってるとか、そんなのは主観や環境が作り出す勝手な理屈に過ぎないんだなと、漠然とそんなことを思った。


「私がやるよ。オルカはココロちゃんをお願い」

「うん」

「ミコト様……すみません」


 私は換装でスリングショットを装備すると、足元に転がっていた小石を一つ拾った。

 そうしてフリージングバレットの発射態勢を取ると、危機感を感じた鬼が一層激しくもがき始めた。

 しかしそれでも壁はびくともしない。けれど尚も苦しげな声を上げて暴れる鬼に、いよいよ私は引導を渡すべくマジックアーツ由来の氷結弾を発射しようとした。

 その直前である。

 不意に鬼の動きがピタリと止まり、そしてその視線はまっすぐとココロちゃんを捉えていた。

 その不可解な反応を前に、私は思わず発射を躊躇うのだった。

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