第七七九話 決戦SH魔王 その七
魔王の動き出しに応じ、チームミコバトもまた行動を再開する。
そうさ、結局は誰一人として離脱することはなかったのである。
『ヘイトは私が稼ぐ!』
『なら全力サポートですね~!』
『ちょっかいを掛けつつ時間を稼ぐパワ!』
『すまん皆。よろしく頼む!』
作戦は決まった。
一縷の望みをイクシスさんに託し、私たちは総出で時間稼ぎに全力を注ぐのだ。
かつての魔王戦に於いて、絶望的な戦力差をひっくり返してみせたという、彼女に秘められたる力。
その奇跡のような御業を、今ここで再現してもらおうというのである。
お願いしておいて何だけれど、まぁ無茶振りだよね。
それはまるで、灰色表示の使用不能コマンドを、ここぞという場面で無理やり使えるようにしろ! なんて要求しているようなもの。
使用条件も何もわからない状態でそんなことを言われたって、きっとどうしようもない事だろう。
まして、これまで幾度となく試してきて、うんともすんとも言わないっていう筋金入りの死にコマンドだもの。
可能性はゼロじゃない。
そう、ゼロじゃないっていうだけの話。皆よく分かってる。
でも、こうも思うんだ。
ゼロじゃないだけずっと良いって。
何故なら、これまでずっとゼロだったから。どう足掻いたって勝ち目なんて無いって、そう思ってしまうほどに転生魔王との差は隔絶していて、絶望的で。
底すら見せない彼女を前にしたなら、勝利の可能性なんて見出すべくもなかった。
けれど今は、ほんの僅かだろうとそれが見えている。
魔王も切り札を切った。底もやっとこさ見えてきた。
きっとこれこそが、このてんこ盛りフォームこそが、魔王の全力。
正直、これを実現させてしまった時点で最善の運びからは外れてしまっている。しくじったんだ。
まぁ、本当にスキルを強奪されるだなんて、流石に思わなかったもの。謂わば初見殺しだ。
だから、次はもっと上手くやれるんだろう。次回こそはスマートに魔王を追い詰め、勝利を掴むことも出来るのかも知れない。
だとしても。
その程度の失敗じゃ、この一戦を投げやりにしていい理由にはならない。
良くも悪くも負け慣れたんだ、私たちは。
負けると分かっている一戦にだって、バカみたいに全力を尽くすことも、今となっては何ら厭うものではない。
やると決めたのならば、結果がどうあれやり切る。
不毛とも言えるような、負けてばかりのSH魔王戦に於いて、私たちが培った強みの一つである。
どんなにおバカで、「いやいやいや、それは流石にないわ」って酷評された作戦だって、やると決めたなら死力を尽くして実行してきた。
だから今回も、やり通すのみ。
私を宿したクラウが、ガインガインと己が盾を叩く。
盾スキル【目立ちたがりの鐘】。敵のヘイトを一手に集めるための、タンク御用達の技だ。
幸い魔王だから効きませぇ~ん! なんて意地悪な結果は免れたようで。
幼い少女の姿をした魔王は、途端にビシバシとこちらへ魔法を浴びせかかってきた。
一撃一撃がフィニッシャーも真っ青な威力をしており、私はそれを白枝でちまちまと減衰させつつ、消しきれない分をクラウに受けさせた。
『はっ! 便利な枝だな!』
『自慢の逸品ですから!』
普段の“相手に何もさせずに殺す!”って戦闘スタイルとは対極を行く、時間稼ぎをテーマとした立ち回り。
とは言え別に、これが初めてってわけでもなければ、不慣れというわけでもない。
この転生魔王の手札を暴くために、耐久戦は何度も仕掛けてきたのだ。
まぁその度に、圧倒的な力でボコボコにされ、微々たる情報しか持ち帰れなかったわけだけれど。
それでも良い鍛錬になったのは事実。より長く生き延びるための立ち回りは、私やクラウのみならず、チームミコバトの皆が身に沁みて理解しているはずである。
ベースとなるのはクラウの防御と、私の心眼。それにオルカのヘイト管理テクニックだ。
ビシバシと遠距離から魔法やスキルを放っていても、これでは埒が明かないと判断したのだろう。
接近戦に転じて一気に勝負をつけてしまおうと、魔王が僅かに表情を変えたその時。
オルカが彼女の視線を遮るよう、目の前を横切ろうとする。
だが、魔王のイカれた動体視力がそれを見逃すはずもなく。或いはキャラクター操作の影響で、普段より動きが鈍かったのが原因か。
マジカルステッキは、一振りのバスターソードへと変じてオルカをバッサリと斬り捨てたのである。
だが。
直後に生じる爆発。そう、分身体だ。
当然のようにして無傷な魔王。
しかしだからと言って、カチンと来ないわけでもなく。
若干眉根を寄せた少女の気が、ヘイトが、私たちより逸れようとした。
そこに差し込まれる、盾の鳴る音。
鬼さんこちら、とでも言わんばかりの挑発行為。目立ちたがりの鐘は再び彼女のヘイトを私たちへと引き付ける。
オルカのおかげで、彼女の得物がバスターソードであると知ることが叶った。
それから。
切っ先の描いた延長線上を、バカみたいに強力な衝撃波が駆けていくことも知れた。恐らくあのバスターソードの能力なんだろう。
幸い誰が巻き込まれるでもなかったけれど、アレをデタラメに振り回されるだけで、こっちは簡単に壊滅の憂き目を見かねない。
一層立ち回りには慎重さが要求される、嫌な状況の中。
始まったのはスイレンさんの演奏。しかしその曲調たるや、いつものアニソンめいたそれではなく。
さながら魔王戦BGMの壮大さを感じさせる楽曲である。
それというのも、彼女なりのヘイトを取らないための工夫であり。
普段は私たちの気分が上がるような選曲を行うスイレンさんだけれど、今回は寧ろ逆。
魔王の好みにこそ合わせた曲を選び、奏でているのである。
しかも、曲の内容とバフの効果は必ずしも関係するわけではなく。
修行の結果、どんな曲にも任意のバフ、デバフ効果を乗せられるスキルを得た彼女は、魔王好みの三重奏を奏でながらも、しっかり味方にはバフ、魔王にはデバフを課すことに成功している。
思えば魔王の好みを探るのにも、なかなか苦労したものである。
この曲だって、スイレンさんがわざわざ書き下ろしたものだしね。
そんな苦労の甲斐もあり、自身に掛かったデバフを煩わしく思いながらも、スイレンさんを止めようとはしない魔王。
吟遊詩人ってすごい(小並感)。
そうしたなら、次いで展開されたのは聖女さんの聖域。
魔王にとっては煩わしい、フィールドスキルだ。
しかし、特筆するべきはその効果。
一口に聖域と言っても、それが齎すのは単純に邪なるものを遠ざけたり、弱らせたりするだけではない。
寧ろ、そんなものは数多あるバリエーションの一部に過ぎないのである。
聖女さんが修業によって得た力は、聖域内を自らの意のままに作り変える、『箱庭』の力。
上位互換である神域ほどではないにせよ、展開された聖域内は彼女のテリトリー。
謂わば、フィールドを味方につけるのが聖女さんのスタイルである、と言っても過言ではないだろう。
今回聖女さんが聖域へと施した細工は、『認識妨害』。
端的に言えば、聖域の中に於いて魔王は、クラウと私以外の姿を、存在を、認識することが出来なくなってしまった。
透明化だとか、気配がどうのという次元の話ですらなく。
この聖域内に於いては、魔王はこちらの存在を捉えることが出来ない。そういうルールが敷かれているのである。
さりとて、干渉が出来なくなったというわけではなく。
ボンと全体攻撃や、それこそ咆哮をぶっ放されては、少なくない被害が出ることが予想される。
なんて、警戒しているそばから範囲攻撃の予兆である。
融合していることにより、心眼の効果はクラウへも共有化されており。
故にこそ、反応は速かった。展開されたのは【反転障壁】。
魔王のぶちまけたそれは、彼女を包むよう球状に現れた障壁の中で跳ね返っては暴れ狂い。
さしもの魔王も、自らの魔法を受けてはダメージを免れない様子。
途端に膨れ上がる彼女の怒気。
今にも咆哮を上げそうな魔王の気を逸らすべく、解除された障壁。内部で跳ね回っていた魔法の大半は、魔王自らがその身に受けたことで消え去ったけれど、それでも余韻めいた破壊は障壁の消失とともに解き放たれ。
クラウの内側より伸ばした白枝にて、それらを処理する私。
他方で、そんな魔王へと弾丸を放つのはクオさんだ。
彼女はミコバトにて、その銃の扱いに奇妙なテクニックを見出していた。
何でも、トッツォくんに着想を得たとかで。しかしその試みときたら、もはや曲芸と言うか神業というか。
それは、銃とPTストレージを組み合わせた、奇天烈なバレットワーク。
撃ち出した弾丸をストレージに捕え、任意の場所に、任意のタイミングで放つという予測がほぼ叶わない必中の射撃を可能としており。
まさに今、その妙技が輝きを見せたのである。
ただでさえ、聖域の効果により魔王からは認識されないクオさん。
MP回復も不十分なままに、さりとて淀みない動きで早撃ちを行ったなら、しかし撃ち出されたはずの弾丸は行方知れず。
次の瞬間、魔王の腹に突き刺さる一発の弾丸。
さりとてろくなダメージもないのか、魔王は顔色一つ変えることもない。
だが。
『鎮静弾。怒気を鎮める“状態異常”だよ』
これもまた、修行の成果。
状態異常のスペシャリストであるクオさんにとって、最大の敵は何かと言えば、当然それは『耐性』に他ならないわけだ。
裏を返せば、状態異常とは人間・モンスター問わず、あらゆる存在にとっての脅威であり。
故にこそ耐性を備えるのは、基本中の基本であると。そのような常識がまかり通っていた。
クオさんにとっては、まぁ忌々しいことだろう。寧ろ、それをどう潜り抜けるかが状態異常使いとしての、腕の見せ所というやつなのだろうけれど。
なればこそ、である。
腕の見せ所、というのであれば、その分野に秀でないはずがないのだ。
彼女に芽生えた新たなモード。
瞳は赤紫に怪しく灯り、弾丸に込める効果には強力な能力が付与される。
『レジストキラー』
それが、彼女の弾丸に宿る、理不尽とも言える力であり、クオさんの得たスタイルの名でもあった。
流石に効果の強烈な、致命級の異常を通すことは叶わないようだけれど。それでも。
クオさんの状態異常からは、たとえ転生魔王だろうと逃れられない。
イクシスさんに時間を与えるための布陣。
盤石とまではいかずとも、そう安々と突破させるつもりはないのである。




