第七七一話 恐くない
思えば当時は、厄災級アルラウネ本体と戦うまでに、ダンジョン攻略だなんてプロセスを踏む必要があり、何だか大変な苦労を強いられた覚えがある。
しかしCPU対戦モードでは幸いにも、そうした前段階をすっ飛ばしての戦闘開始であり。
攻略当時は第二形態と呼んでいた、山のように巨大な厄災級アルラウネ。
あの時は確かリリにキャラクター操作を使って、奴を魔創剣で無理やり凍らせたのだったか。
それもイクシスさんとサラステラさんの二人がかりで、奴の体力を削りまくってからの作戦決行である。
今回はそんな連携もなく、力押しあるのみ。
果たして私の撃ち出した魔砲は、きちんと奴に有効なダメージを与えられただろうか。
過去の経験に則り、選んだ属性は氷。属性魔砲を撃ち分けることが出来るっていうのは、何気に画期的だよね。
ツツガナシでも出来なくはないけど、私の方で魔力に手を加える必要があったもの。
一方でアラカミはそこら辺も機能として仕込まれているため、私は純粋に魔力をタンクに注いでやればそれでいいっていう、すごくお手軽な仕様となっている。まるで家電だね。
さて、それでアラカミの吐き出した冷凍ビー……いや、冷凍光線は、果たして期待に足る結果を叩き出すことが出来ただろうか。
ヘルメットには遮光機能が搭載されており、眩しさに目をやられたりだとか、視界を遮られるようなハプニングもなく。
頭上よりサソリの如く構えられたアラカミの尾先が指す彼方。未だ吐き出され続けている、青白い光の突き刺さるそこを、目を細めて凝視する私。
直後、またも頭を抱えたくなってくる。
(さっき反省したばかりなのに、またとんでもない自然破壊を……)
何せフルパワーでの発射である。ブーストリングまで使ったのが悪かったのか、厄災級アルラウネどうこう以前に、一面が氷の大地へと豹変してしまっているではないか。
それも、射線に沿うよう地面は深々と抉れ、ガッツリと地形が変わってしまっている。
え? なに? これを、私の頭の上にあるこの武器がやらかしたって?
オレ姉の創作武器も、とうとうこんなとこまで来たかぁ……とでも言えば良いんだろうか。
なんか、自分のやってることが恐ろしく感じられて、無性に心細いんですけど。
なんて内心ビビリ散らかしていると、装備に宿る蛇爺ちゃんが渋々同意を表し。
白九尾のカミカゼとオメガポロックの月日が励ましてくれた。一人なのに独りじゃないって素敵!
と、まぁそれはそれとして。
もう十分だろうとアラカミの照射を止め、通常モードへと移行。
改めて目標である厄災級アルラウネを観察してみる。
「……こりゃ酷いや」
端的に言えば、期待以上と言うか、想像を絶すると言うか。
抉れた地面の向かう先。そこには既に、見知った姿は存在していなかったのだ。
辛うじて残るは、巨大植物の残骸。それにしたって片っ端から凍結しているらしく。
どうやら狙い通り、再生能力は機能を停止しているようだった。
「今後再生持ちを相手にする場合、凍らせるのも良いかも……じゃなくて。まだ塵になってないってことは、どうやら“種”は難を逃れたみたいだね」
過去の戦いを思い出しながら、アルラウネの元へと再び転移する私。勿論転移前にはMP補給も済ませる。こまめな回復大事。
そうして残骸の散乱する現場を、空中よりぐるりと見回してみたなら、不意に地面より勢いよく飛び出してくる影があり。
重力に引かれるまま、ドサリと凍りついた大地へ落下とも着地ともつかず落ちたそれの元へ、警戒しつつ接近していく私である。
するとそこには、異様に痩せ細った人型とも獣型とも呼べるような、緑色のモンスターが姿勢を低くしこちらを睨みつけており。
記憶にある姿と見比べて、私はそれを厄災級アルラウネの種である、と判断したのだった。
(それにしたって、以前見たものより小柄だし、蓄えてるエネルギー量も随分少なく見える。きっと十分育つ前に追い詰めちゃったんだな)
可哀想に、寒いのだろう。ガタガタと震えながらこちらを威嚇するアルラウネの種。
そう言えば一面銀世界ならぬ、氷結世界だものね。冷凍光線の余韻で、気温もバカみたいに低いし、寒がるのも仕方のないことか。
翻って私はと言えば、この防具、カイゲンに仕込まれた特殊能力の効果で気温変化をものともしないわけだ。
なので寒くて動きが鈍る、なんてこともなく。
このままえいやと斬りかかったなら、然程の苦労もなく決着は付くのだろう。
だが、しかし。
「ふむ……」
徐に、月日を納刀する私。
そうしたらそっと両腕を広げ、険しい表情でこちらを睨み続ける種へと語りかける。
「おーよしよし、こっちおいでー。私が抱きしめてあげよう」
にじりにじりとにじり寄りつつ、努めて優しい声でそう述べてみる。
すると、何故だか少しずつ後ずさる種。すごい警戒されてるみたいだ。
かと思えば、ギュンと突き出した腕がピッ◯ロさんよろしくデタラメに伸び、私の心臓を射抜かんと貫手を仕掛けてきた。
対する私は敢えて無防備を晒し。
直後、鋭く尖った指先は私の胸部を捉え……。
ガインッ! と。
何やら、思いがけず硬質な音を響かせ弾き返したのである。
ダメージ? そんなものは無い。攻撃を受ける瞬間、イクシスさんの圧縮スキルに倣って防御バフを発動したしね。
それにしても、胸部装甲もろくに付いてないこのカイゲン。インナースーツで受けたのに、ガインッ! とは一体何事なのか。
装備がっていうか、私の身体自体が変なんだろうね。完全装着のせいで、人間離れも甚だしい。
とは言え、そんな驚きや動揺などおくびにも出さず。尚もジリジリと種へにじり寄っていく私。
「大丈夫。恐くない、恐くない」
ヘルメットの下では努めて優しい笑みを浮かべてるっていうのに、種は警戒を通り越してとうとう怯え始めてしまったではないか。
ビシバシと何度も攻撃を仕掛けてくるも、全てが意味を成さない。
どころか、攻撃される度にステータスが永続上昇するっていうんだから、もう滅茶苦茶である。
すると、その時だった。
いよいよアルラウネの種が、覚悟を決めたかの如き凛々しい表情を見せたのだ。
かと思えば、強い踏み込みでもってこちらへ突っ込んでくるではないか。
両腕を広げて、それを迎え入れる私。
だっていうのに、アメフト選手さながらの低いタックルを仕掛けてくる種。失礼な奴である。
押し倒しでもするつもりだったのだろう。けれど、微動だにしない私。
見上げる種の困惑顔が、不覚にも可愛らしく思えてしまった。
けれどそれも一瞬のこと。
突然、張り裂けんばかりの絶叫を上げる種。と同時、身体はカッと発光を始め。
そして。
私の視界と言わず、周辺一帯は忽ち真っ白に染まったのである。
厄災級アルラウネの溜め込んだエネルギーを、一気に破裂させた決死の自爆攻撃。
その威力たるや、大爆発だなんて言葉では到底生ぬるい、きっと都市だって簡単に消し飛ばせるほどの凄まじいものだった。
だが、私は知っている。というより、予想していた。
これはただの自爆に非ず。次の形態へ至るためのプロセスに過ぎないのだと。
そんな予想を裏付けるかの如く、膨大な爆発エネルギーは突如拡散を止め、さながら逆再生映像が如く一つ所へ収縮、集約。
そうして何やら新たな形を象り始めたのである。
種の姿を第三形態とするのであれば、それは第四形態と呼ぶべきか。いや、最終形態と呼んだほうが良いだろうか。
植物の身体という器を捨て、エネルギー体となった厄災級アルラウネの威容が、遂にそこへ顕現したのである。
そして。
そんな様を、私は爆心地からぼんやりと見上げていたのだった。
「痛てて。流石に無傷とは行かなかったか……まぁ、もう治ったけど」
軽く負った傷を装備の自己修復能力と治癒魔法でもって、ちゃっちゃか回復。
私の直上にて生じたアルラウネのド派手な変身を、ヘルメット越しに見物し、感心とも納得ともつかない心持ちを得るのだった。
以前は爆発の被害を抑えようと隔離障壁に封じ込め、しかもイクシスさんやサラステラさんの必殺技まで放り込んだせいで、ハプニング的に最終形態なんてものが生じたのか、とも思ったのだけれど。
どうやら、この変身は起こるべくして起こったメタモルフォーゼだったらしい。
それにしても、変身に伴い吸収したエネルギーが少なかったせいだろう。
以前見た姿より、まぁ随分と小さいじゃないか。
真上より私を忌々しげに見下ろす、エネルギー体のアルラウネ。
背には巨大な花を携え、下半身はスカートの如く根だか何だかをびっしり生やして浮遊していらっしゃる。
サイズ感で言えば、全身合わせて精々が平屋のお家くらいだろうか。以前のは豪邸……いや、ビルくらいのサイズだったのに。
それに今回は、精霊力を取り込んでいないっていうのもあるんだろう。
思えば私が初めて精霊の力に触れたのって、厄災級アルラウネ戦が最初だった気がする。そう考えるとちょっぴり感慨深いかも。
ともあれ、あの程度だったら手に負えない、なんてことは無さそうだ。
しかしまぁ、問題はステータスというよりその性質にこそあり。
エネルギー体である最終形態アルラウネは、一切の物理攻撃をすり抜けてしまう。
かと言って魔法攻撃を仕掛けようにも、確か植物魔法と聖魔法以外は吸収して、自分の糧にしちゃうんだったかな。
つまり攻撃すればするほど成長する。奇しくも今の私にちょっと似てるじゃないか。
さて、そんな厄介で面倒くさい最終形態をどう処理しようかという話なのだけれど……。
なんて思案していると、先に動いたのは奴の方で。
頭上より早速、雨あられが如く実体を持たない植物の槍が次々に降り注いでは、私を射抜かんと襲いかかってきたのである。
直接触れたなら、エナジードレインの憂き目を見ることになるだろう。
いや、吸収合戦なら受けて立っても良いのだけれど。
しかし、そうだね。ここは……。
「新スタイルをお披露目しちゃおうかな!」
言いながら、私は迫るそれらを念力にて跳ね除けたのである。




