第七七〇話 緑
装備への名付けも済んだことで、ようやっと本題である。
オレ姉主導のもと、先ずは対戦相手をどうするか、ということで一悶着あり。
わーわーと討論がありつつも、何だかんだで決定は下されて現在。
トレモちゃん相手に軽いウォーミングアップを済ませた私は、皆と別れて単身CPU対戦モードへ入場を果たす。
フィールドは広大な草原。足元には既に初期待機位置を知らせる輝きが灯っていて。
そして、見据える前方。そこには、頭を抱えたくなるような光景が広がっていたのである。
距離にして数キロくらいは向こうだろうか。正直距離感も狂わされるような巨体である。目測じゃよくわかんない。
山のように折り重なった、べらぼうに太い根っこだか茎だか蔓だか。そんな、植物の管がエアーズ・ロックさながらにこんもりと山を作っており。
その頂点には、頭から巨大な花を生やした緑色の巨人が、迫力をたっぷり帯びて上半身を覗かせているのである。
見覚えのある……どころの話じゃない。私にとっても忌々しい、過去に戦った強敵の姿だった。
厄災級アルラウネ。
いつの間にやらアンロックされていた、厄災級の称号を冠する極めて危険なモンスターだ。
何せタフなやつで、イクシスさんとサラステラさん二人の攻撃を受け続けてなお、再生能力が勝るというとんでもない生命力を持つ。
と同時、手下というか眷属というか。そういったモンスターを大量にばら撒いたり、恐ろしい花粉を振り撒いたりするため、甚大な被害を周辺にもたらすメチャクチャ厄介な手合として、今も私や仲間たちの記憶には鮮明に残る忌まわしき相手である。
しかも回復するのに、地面から栄養素を吸い取っているらしく。そのせいで攻撃をすればするほど大地が枯れるという、バカみたいな特性があり。
まぁ、酷く手を焼いた覚えしかない。
そんな奴に、これから私一人で挑もうっていうんだ。無茶振りも甚だしい。
だって、イクシスさんとサラステラさんの猛攻に耐えたタフネスモンスターだよ?
幾ら当時はアプデ前で、ミコバトでの修行も未体験だったとしても、レジェンズのアタッカー二人がかりで倒しきれなかったようなやつを私一人でとか、あまりにも荷が重たすぎる。
まぁ、それだけ最強装備への期待値が高いってことでもあるのだろうけれど、だからと言ってデビュー戦から厄災級アルラウネって。
なんて、途方に暮れている間にもカウントダウンは進み、そして尽きてしまった。
容赦なく足元では光が弾け、試合開始の合図を成す。
今頃他の皆は、トレモから観戦ウィンドウにて私の様子を眺めているのだろう。高みの見物ってやつだ。
なんかちょっぴりムカついてきたんですけど。
「はぁ……仕方ない、やりますか」
先ずは前哨戦。
面前に広がる草原より、ぼこりぼこりと次々に這い出してくるのは、通称を『草人形』という、植物を束ねて作った人形が如き人型のモンスターである。
登場の仕方から動きに至るまで、まるでゾンビのようじゃないか。気色悪い。
取り敢えず、厄災級アルラウネと対峙するのなら状態異常耐性は必須。
その点私は、既に【状態異常無効】をイクシスさんから習ってるからね。気兼ねなく戦うことが出来るわけだけれど。
うっかりアクティベートしてないってんじゃ笑い話にもならないので、一応確認……問題無く稼働していることを認めたなら、いよいよ戦闘開始である。
さて、いつの間にやら数百とも数千ともつかない数に膨れ上がったこの草人形たち、一体どう料理してくれようか。
っていうか、恐ろしい勢いで厄災級アルラウネを中心に地面が色味を失くしていってる。
大地が死んでるんだ。この仮想空間に精霊は存在しないけれど、見ていると腹立たしい光景である。
草人形相手にのんびり遊んでる場合じゃないか。
ポジティブに捉えるのなら、範囲攻撃のお披露目には丁度いいシチュエーションだと言えなくもない。
「ガッとかまして一掃しよう。MAP兵器のお披露目だ。んで一気に本体を叩く!」
端的に方針を口にしたなら、下副腕を展開。背後の地面をガッと掴ませ、反動に備える。
そうしたら、尻尾ことアラカミを魔砲モードへ移行。尾の先端がガシャリと、心躍るようなギミック音を響かせ、砲口へと変形した。
そんな尻尾へと手早く魔力チャージを済ませたなら、明々と橙色の光が尻尾を構成する複雑な部品の隙間より漏れ出して、発射準備の完了を知らせてくれる。
ニヤリと口の端を上げ、私は敢えて発射の合図を口にするのだった。
「ファイアッ」
瞬間、ガツンとした衝撃が全身を襲い、危うく後ろにひっくり返りそうになる。支えに展開した副腕のおかげで助かった。
今回は火属性を付与して撃ち出したため、吐き出された光線はオレンジがかっており。
尾先の砲口を左から右へ、ビッと一薙ぎ。
それだけだった。
一拍遅れて、着弾箇所では大爆発が起こり、薙ぎ払いに巻き込まれた草人形たちも軒並み黒い塵へ。まして射線上にあった存在などは、尚の事一溜まりもなく。
草人形の殆どが、これ一つで消失してしまったのである。
「おぉぅ……厄災級アルラウネの自然破壊は許せないけど、私も大概じゃん。取り扱いには注意しないと……」
初手から反省である。
とは言え、成果は上々。抜刀すらしてないっていうのに、大した威力じゃないか。
アラカミの活躍も見せられたことだし、きっとオレ姉も喜んでいるに違いない。
ならば次だ。アルラウネ本体へ殴り込みをかけるとしよう。
相変わらず健在な裏技にて、サッとMPを補充したなら、念力により宙高くへ浮かび上がる私。
副腕それぞれを変形させ、手首から先をブースターへ。カミカゼ号の発進である。
すると、気づいた時にはもう、奴の目前だ。正に殺人的な加速。重力魔法を持ってなきゃ、普通に死んじゃうよこんなの! 尚更ヤバいブレーキもそう!
心臓に悪い超加速・超急停止にこっそり動揺しながらも、目の前のそいつを睨みつける私。
懐かしくも忌々しいその威容に、ヘルメットの下では眉根も寄ろうというもの。
対する厄災級アルラウネにしても、私の見せたスピードに驚いたのだろう。ほんの僅かに上体を仰け反らせた。
好機である。せっかく意表を突いて接近したのだから、挨拶がてら一撃かましてやりたい。
ということで、引き続きアラカミの出番である。
奴が何かしらの迎撃行動を起こすその前に、爆ぜさせるようなブースター活用によるクイックブーストにて素早く首元へ迫り、大蛇モードのアラカミで一噛み。気分は吸血鬼……いや、サイズ差から考えて、精々が蚊とか、その程度だろうか。なんかヤだな……。
けれど、そんな蚊がエゲツない病気を持っていることなんて、前世では実際ある話だったもの。
アルラウネさんには、存分にその恐ろしさを知ってもらうことにしよう。
緑色の肌に、ガブリと。アラカミの牙が深々と突き刺さったなら、反応は劇的だった。
ビクリとその巨躯を跳ねさせ、かと思えば悲鳴を上げながら悶え苦しむ彼女である。
しかし何せ図体がデカイなんてもんじゃない。身じろぎ一つで圧殺されかねないほどの体格差だ。
巻き込まれては堪らないと、噛んだ次の瞬間にはその場を離れ、距離を取って少し様子を見る。
普段ならこれ見よがしに畳み掛けているところだけどね、実戦テストも兼ねたお披露目であるため、敢えてがっつくような立ち回りはしないのだ。
「あんなに大きい相手でも、こんなに効果があるもんなんだねぇ」
なんて独り言ちる私の視線の先。
何と噛みつかれた患部諸共、乱暴に肉を引き千切り、痛みに吠える厄災級アルラウネ。
忌々しげに自らの肉を投げ捨てたなら、あっという間に傷口は癒え。
酷くワイルドな、正に荒療治って感じの対処法ではあれど、どうやらアラカミの毒……っぽい何かが身体を食い散らかす前に、それを排除することに成功したようだった。素晴らしい判断だと言えるだろう。
直後である。鬼の形相にてこちらを睨みつけてくるアルラウネ。
かと思えば即座に、槍の如く鋭い植物が無数に襲いかかって来るではないか。激おこである。
ただ、正直厄災級アルラウネの攻撃能力に関しては、然程危険視していない私。
状態異常も効かないし、巨体なだけ合って攻撃も大味。自由な空中機動が出来る他、ブースターのお陰で十分なスピードも出るため、避けるだけならどうということもない。
考えるべき問題はもっぱら、奴のHPを削りきれるかどうかという、その尋常でない耐久力への対策にのみ絞られており。
それ故、襲いかかってくる無数の蔓だか枝だかには、気負わず月日を抜いて真正面から相対。
ここは回避より迎撃をしようと決めたなら、再度変形させた副腕四本に舞姫を一振りずつ握らせ、尻尾も含めた六刀流でのお相手である。
流石は万能マスタリーとでも言おうか。
腕が四本も増え、尻尾まで生えたこの身体。本来なら、自在に操るだけで大変な訓練と慣れが必要だったはずだ。
にもかかわらず、動きには一切の迷いも淀みもない。思ったとおりに体が動くと言うよりは、アレを斬りたいと考えただけで最適な攻撃が発生するような、そんな不思議な感覚。
スキルに頼り切りというのは好かないため、万能マスタリーの導きを教師役に見立て、これから少しずつ副腕や尻尾を含めた適切な身体の動かし方、というのをまた見出していかなくちゃならないだろう。
そうすることで、きっとより自在でクリティカルな動きが出来るようになるはずだからね。
さておき、難なく厄災級アルラウネの攻撃をやり過ごしたなら、すかさず反撃である。
舞姫を投擲し、空中にて合体させる私。
巨大な手裏剣が如く、猛烈に回転しながら迫るそれはきっと、以前までの舞姫ではない。
この最強装備(白)のSTRが乗っかった、悍ましき威力の回転剣。
それと気づかず腕で受け止めようとしたアルラウネは、案の定痛い目を見ることとなった。
スパンと、小気味よくアルラウネの巨腕を切断。
ばかりか、勢いの止まらぬ舞姫はそのまま彼女の首元まで迫り。
バスン、と。
あろうことか、厄災級アルラウネの首すら断ち斬ってみせたのだ。
勿論バフなんかも一応乗せはしたけども、それにしたってとんでもない切断力。巨人の天敵みたいな武器になっちゃってるじゃん!
しかし、そこは流石の厄災級。
切断されたところで、持ち前の再生能力がそれをカバーしてみせる。
腕も首も、切断面からは即座に無数の植物が相互に伸び、がしりと結びついては強引に接合。
結果、何事もなかったかのように健在な姿を示してみせたのである。
予想の範疇とは言え、ドン引きだ。って言うかゲンナリする。
「部位切断くらい屁でもないって感じだね。これだから厄災級は……」
ぼやきつつ、戻ってきた舞姫をナイスキャッチ。分離した四本をそれぞれの副腕で受け止めた。
さてどうしようかと顔を引きつらせる私に対し、しかし向こうもこちらの攻撃を警戒する気になったようで。
牽制がてら寄越してくるのは、巨大な植物の槍。
奴にとってはジャブのような攻撃なのだろうけれど、こちらからしたら視界いっぱいを覆い尽くすような緑の尖った壁である。
面倒くさくなって、左手を突き出す。
そこで、はたと気づいた。
(そう言えば綻びの腕輪って、この厄災級アルラウネがドロップしたものじゃん)
まぁ、だからどうということもないのだけれど。
目には目を歯には歯を。植物で攻撃してくるっていうんなら、白枝で迎え撃つのが最も相応しいのかも知れない。
面前に迫る質量の塊を、左手より伸ばした白き無数の枝にて片っ端から分解していく。
と同時、分解したそれらは漏れなく吸収し、エネルギーとして取り込む……のだけれど。
(あ、そっか。尻尾にチャージしちゃえば良いのか)
アラカミには、いちいち発射に際して魔力を送り込む必要がないよう、予めチャージしておける仕組みが備わっている。要は魔力タンクのようなものだ。
吸収しても無駄になっちゃうような過剰エネルギーは、全部そっちに流してやれば非常に効率的ではなかろうか。
などと企てたならば、即座に実行。魔力タンクが満タンになるまでアルラウネの攻撃を分解、吸収し。
そうして程良き頃に、テレポートにてその場を離脱。大きく距離を取り、構えを取った。
下副腕を支えとし、尻尾を魔砲モードへ。
「今度は抜刀状態のフルパワーで行くよ。【ブーストリング】多重展開!」
レラおばあちゃん直伝のバフスキルまで発動し、準備は万端。
狙う先には山の如き厄災級アルラウネの巨躯。
幾重にも縦列状に並ぶは、ドーナツ状の輪っか。その内を通った射撃系スキルの威力をグンと引き上げてくれる効果を持つ。
尻尾は明々と、先程と異なり今度は青白い光を放っており。
準備は整った。
「この一撃で、決める!」
カッと強く輝く青白い魔力の光は、紛れもない発射の予兆。
斯くして、凄絶なる極光は撃ち放たれたのである。
ご、誤字報告感謝です。とってもためになります!
修正適用させていただきました。ありがたや……!




