第七六〇話 ターンエンド
オメガポロックは空間魔法に飽き足らず、どうやら隔離障壁まで使いこなすらしい。
判明したこの事実に、いよいよ私は戦慄を禁じ得なかった。
私のアイデンティティが侵害されている……とか、そういう問題じゃない。いや、全く思わないでもないけども。
それより何より大変なのは、オメガポロックを拘束・固定する術が損なわれたかも知れない、という点である。
想定ではこの戦闘の最終局面、私は奴を空間魔法や隔離障壁でもってがっちり空中に固定し、そこにトッツォくんの完成形態をぶっ刺す予定だったのだ。
空間魔法と隔離障壁。珍しいこれら二つのスキル、流石に両方に対応できる奴は居まいという想定でもって作戦を定め、結局ここまで来てしまったわけだが。
よもや本当にそれらの何れもを習得しているような存在が、私以外に居ようとは……いや、居るには居るだろうとは思ってたけども。
それがよりにもよって、オメガポロックとは。酷い偶然もあったものである。
これでは恐らく、空間魔法で捕まえても隔離障壁で固定しても、自前の能力で抵抗ないし解除してしまうものと思われ。
とは言えそれでも、一瞬奴の動きを止めるくらいは可能だろう。
けど、抵抗の際に位置ブレが起こり、肝心要の一撃が核を外れてしまう、なんて可能性は否めない。
ここまではトッツォくんの一撃で仕留められるという確信があったため、まだ心理的にも余裕があったわけだけれど。
しかしこうなってくるとちょっと話は異なってしまう。
なにか別の手段で彼女を拘束し、核にビシッとトッツォくんを突き刺さねば、恐らく目的を正しく果たすことは出来ないだろう。
っていうか、こういう土壇場のトラブルってあんまり経験ないんですけど。正直ちょっとテンパってるんですけど!
ヤバいかも知れない。対応力が求められている。
大丈夫、落ち着け私。どんな状況にだって対応できるように、これまで昼夜問わず鍛錬を繰り返してきたじゃないか。持ち前のスキル数は伊達じゃないはずだ! 累計スキルレベルの値は人間離れも甚だしいって、ソフィアさんを驚喜させた時のことを思い出すんだ!
などと、内心で小パニックを起こしている最中も、目まぐるしい戦闘は続いており。
正しく目にも留まらぬ棘の刺突にて、のべつ幕なしに攻め立ててくるオメガポロック。
白き穂先は、さながらナナフシの足が如く横合いより新たに飛び出しては、巧みにこちらの死角を突かんと空中を駆け巡り。
かと思えば棘の先端に突如生じる球体。即ちオメガポロック本体である。
どうやら、どれほど枝分かれした遠い枝先となろうとも、その先端に本体を発生させることは一瞬で済むらしく。
棘の根幹はあっちこっちに顔を出しては姿を隠し、私を翻弄せんと神出鬼没を演じてみせたのである。
気分はまるで、転移スキル持ちを相手にしているかのようだ。
とは言え、こちらには心眼というアドバンテージがあり、彼女が如何に動き回ってみせたところで、致命的に対応が遅れてしまうような事態にはなり得ないわけだけれど。
ただ、来ると分かっていたところで、ミス無く対応できるかというのはまた別問題だろう。
機械だって偶にミスをする。勿論私だって、無限に集中力が続くわけじゃない。揺らぎだってある。
なれば必然、こんな面倒くさい攻撃をいつまでも至近距離で躱し続けるというのは、なかなかに困難な話なわけで。
とは言え、以前刀の骸と何時間にも渡り、神経をすり減らすようなやり取りをした経験もある。
それを思えば、まだまだこのくらいで音を上げたりはしない。
っていうかいざとなれば、自動回避さんが仕事をしてくれるだろう。その点は心理的余裕を確保するための一助となっていたりする。
それにしても厄介なのは、伸ばした棘の軌跡がそのまま残り続けるということ。
オメガポロックが意図的に引っ込めない限り、棘が細い棒としていつまでも留まり、私の回避を妨げるのだ。
破壊しようにも、棘はオメガポロックの身体の一部。攻撃を与えれば彼女の防御力が更に高まるだろうし、何より恐らく頑丈すぎて壊すに壊せないと思う。
それに輪をかけて面倒なのが、そんなデタラメに張り巡らされた白い棒。そこから、また時折新たに棘が飛び出してくることだ。
まるで自分の意志で棘を操れる薔薇を相手にしているようなもの。一見して棘なんて無いくせに、触れようとした途端指を余裕で貫通するような長く硬い棘をシャキンと伸ばす。そんな、とてもおっかない白薔薇だ。
必然、避け続けている間に段々逃げ場は無くなっていき。
已むを得ずテレポートにて距離を取ってみても、あっという間に追いつかれてしまう。
逃亡にならない程度の距離に転移しているとは言え、素早くこちらを見つけ出す索敵能力は驚異的であり。
総じて評するに、滅茶苦茶厄介な相手であった。なんじゃぁこいつぅ! って感じ。
とは言え始めに宣言したとおり、オメガポロックが私の力を認めてくれるまで、延々と捌きや回避に徹すると決めている。
この程度で根負けしてなんていられないのだ。
(そうさ、これはもはや根比べ! 何が何でも避け倒してやる!)
そんなこんなで私とオメガポロックによる、弾幕シューティングさながらの死闘は延々と続いていったのである。
★
三時間くらい経ったかな。
現場は、まぁ悲惨なことになっている。
ドカンバカンと強力な魔法が荒れ狂い、刺の軌跡は地面も空中も問わずびっしりと張り巡らされていて、もはやそれ自体が一種のアート作品のよう。
魔法の影響で美しい緑は荒れ果て、地面は派手に抉り掘り返されていて、大穴もそこかしこに開いている。
そんな最中私はどこで回避を続けているかと言えば、相変わらず安全地帯を見つけてはテレポートで飛び、地上なり空中なり問わず回避回避ひたすら回避である。
すると、そんなことを長時間続けていては流石のオメガポロックも辟易としてきたようで。
攻撃に魔法を交え始めたのが、もう一時間以上も前のこと。
回避難易度がぐっと上がって、まぁいい迷惑である。
ただ、難易度が上がればやる気もモリッと盛り上がるのが私。
喩えるなら、アレだ。体育のドッジボールで最後の一人に残った時みたいな。
そう言えばあの頃から、避けるのって謎に得意だったなぁ。気持ち悪いくらい当たらん! ってクラスメートに奇妙なキレ方をされた覚えがあるもの。
でも反面、ボールを投げるのは下手だったっけね。下手っていうか、筋力が足りなかった。ゲーマーだもの、何処で鍛えるんですかって話。
それで言うと、この世界ではステータスのおかげですこぶる思い通りに体が動く。走り込みや筋トレも地味にやってるしね。
加えて刀の骸譲りの体捌きや歩法、そして心眼の備わった今の私は、回避の鬼と言っても過言ではないのである。
しかしこれだけ動き続けていれば、流石に幾らか疲れもする。
MPに関しては、時折綻びの腕輪より白枝を伸ばして、オメガポロックの繰り出す魔法を分解、吸収させていただいているので枯渇の心配は無さそうだけれども。
と言うか逆に、オメガポロックのMPこそ段々減っていって、大分残量がヤバい頃合いではなかろうか。
魔法の行使も然ることながら、無限に伸ばせるように思えた棘も、扱うのにはどうやらコストとしてMPが用いられるらしく。
となれば自然、私のスタミナないし、集中力が尽きるのが先か、それともオメガポロックのMPが尽きるのが先か。
なんて、決着の形がいよいよ具体性を帯び始めていた。
そう言えばオメガポロック、棘を扱う際に黒から白ボディへ変身を遂げ、暫く魔法は使わないものだから『白い姿の時は魔法は使えないもの』と当たりをつけていたのだけれど。
しかしどうやらそれは、当たらずとも遠からずだったらしい。
現在のオメガポロック本体は、白地に黒と青の幾何学模様が入っており、何だかギアを上げた感がプンプンしている。
もしかすると黒地バージョンも有るのかな?
ともあれ、青が交じり始めてから強力な魔法を併用し始めたため、棘か魔法のどっちかしか使えない、という私の予想は綺麗に的外れだったようだ。器用なやつである。
いや、器用と言うには大味な魔法ばかり撃ってくるので、マルチタスクはそれほど得意ではないのかも?
なんて、分析とも言えない考え事をしつつ回避を続けること更に暫く。
不意に、であった。
ピタリとオメガポロックからの攻撃が、綺麗に止んだのだ。
今しがたまで感じられた、『何じゃお前いい加減にせぇよゴラァ!』って感じのイライラすら鳴りを潜め、何だかスッキリした模様。
かと思えば、バカみたいに張り巡らされた棘のオブジェが、一瞬にして本体へと引っ込んでしまったではないか。一体どういう構造になっているのやら……。
その効果か、幾らかMPが回復した様子。棘を引っ込めると、支払ったコストの何割かが返ってくる、みたいな仕組みなのかな?
何にせよ、もう限界ってわけではないみたいだ。
対する私も、肩で息をしてはいるけれどまだまだ大丈夫。日頃の鍛錬の賜物である。
地面の上で沈黙するオメガポロック。
警戒を解くこと無く、それと対峙する私。取り敢えず声でも掛けてみようかな。
「ぜぇ……はぁ……何さ、やっと私のこと認めてくれる気になったのかな?」
「…………」
その様に問うてみたなら、返ってきたのは少しの沈黙。
そして、新たな変化であった。
彼女の身体が、不意に白から黒へ。つまりは最初にまみえた姿へと戻り。
けれどそれでいて、違いも確かに存在した。
浮かぶ白の幾何学模様に、緑色が混じっていたのだ。
黒地に緑の模様……結構好きな配色なんですけど。彼女がモンスターでなくオブジェクトだったなら、間違いなくお持ち帰りしてたところだ。そのくらいオシャレなインテリアっぽいんですけど!
などと呑気なことを思う一方で、警戒はグッと高まる。
それはそうだ。新たなフォームチェンジだとすると、ここからまた次のラウンドが始まるってことじゃないか。
今度は一体どんな手で攻めてくるものか、と注意深く観察する私。
けれど、展開は思いがけない方向へ向かい。
彼女はなんと、ババッと防御態勢を整え始めたのである。それも、あっという間のことだ。
伸ばしたトゲの先には、丸く平らな板、恐らくシールドと思しきものが展開され、更には本体を隔離障壁が包み込んでいる。
そして極めつけが、こちらへ向けてくる挑戦的な意思。
流石にこれだけやり合えば分かるだろう。私に、相手の思考を読む力があることくらい。
なればこそ、彼女はその意思をはっきりと伝えてきたのだ。
撃ってこいと。
お前の必殺技とやらを、今度はこちらが受けきってやると。
つまりはターンエンド。
私のターン、ドロー! ってことだ!
しかも、あんなガチガチに身を固めてるところを見るに、どうやら回避をするつもりはないらしい。
それはそうだ。何せオメガポロック最大の武器は、打たれたら打たれるほど力を増すって能力だものね。
なれば必然、相手に自身を攻撃させる、という選択肢はあって然るべきものだった。
そのカードを、ようやっとここに来て切ろうというのだ。
真っ向勝負。さながらホコタテってやつだ。
私の編み出した新必殺技が勝つか、それともオメガポロックの防御力ないし、生命力が勝つか。
いよいよ決着の時である!
でも、あの、ちょっと待ってほしいんですけど。
そんな地面の上で構えられると、勢い余ったトッツォくんが何処まで地中に埋もれるか、分かったもんじゃないんですけど!
せめて空中で構えてもらえませんかね!?
あぁぁ、地味に恥ずかしい間違いが多いよぉぉ!
ということで、今回も誤字報告有難うございます。修正適用させていただきました。はいー……。




