第七六話 共有化
鬼のダンジョン五階層。
景色にはこれまでと異なるような際立った違和感もなく、相変わらずどデカい洞窟が延々と続いているという印象だった。
マップスキルのナビを利用すれば、初見の場所だろうとエンカウントを避けての探索は容易だ。罠の存在にだけ注意をはらいつつ、私達はダンジョン内を駆けていた。
マップのサーチ範囲は半径約二キロメートルほどだが、当然道は入り組んでおり、実際の移動距離は回り道や曲がりくねりを考慮すると、地図上で見る程短くはないわけで。
マップを見ているとつくづく思う。こんな所を地図もなしに探索していれば、そりゃぁ時間がかかって当然だと。
私の場合は、行ってみたい場所をマップにマークすれば、そこへ向けての安全且つ最も距離の短い道筋を、視界に表示された矢印が教えてくれるわけなのだけれど。
普通の冒険者は手書きで地図をこしらえたり、目印を残すなどの工夫を重ねて道を覚えていくものだ。
そこには大変な手間と時間がかかるわけで、たとえ狭いフロアだろうと攻略は容易いものではないのである。
それと比較すれば、私達は今恐ろしい速度でダンジョン内を突き進んでいることになるだろう。
「うーん、マップ端が見えてきたな。こっちはどうやらハズレみたい。別方向を探ってみよう」
「久しぶりにマップのスキルをお使いになるミコト様を見ましたけど、やっぱりすごいですね。ココロには何がなんだかです」
「それは私も。と言うか、ミコトには何が見えているのか気になって仕方がない」
「あ、ココロも同感です。一体どんな地図がミコト様の目には映っているのでしょうか……?」
未探索のフロアじゃ、一発で下り階段を見つけ出すというのは難しい。と言うか、運ゲーだ。
マップを見ていて道が途切れたのなら、さっさと別方向へ進路を変えるべきだろう。ということで、マーカーを設定し直して方向転換する。
オルカとココロちゃんはエンカウントすることもないため、罠への警戒くらいしかすることがなく、暇を持て余して雑談でお茶を濁している。
しかし二人にもこのマップが見えたら、確かに便利かもしれないなとは私も思った。
三人で見れば、何か見落としに気づくかも知れないし、意見の交換もスムーズになる。
例えば現状、地形を活かした作戦なんかを立てる際、私だけがマップで把握している地形情報は、何らかの形でアウトプットして二人と共有しなくてはならないのだが。
マップウィンドウの地形を、わざわざ紙に描いてみせたり、口頭で語ったり、というのはいかにも効率が悪い。情報の精度も落ちるし。
なので、何らかの形で二人にもマップを見せることが出来るなら、戦略を組む上できっと助けになるなとは思う。
「あれ、そういえばミコト。マップのスキルって二段階成長したって言ってた、よね?」
「うん、多分だけどね」
「その際に追加されたのが確か、ナビ機能でしたっけ?」
「そうそう。マップにこう、ピンを刺す感じで位置を指定すると、そこまで導いてくれる機能だね」
「それじゃぁ、もう一つは?」
「へ?」
「レベルが二つ上がったのなら、もう一つ能力が追加されていても不思議じゃないかな、って思って」
「あ。考えてみたら確かにそうです! ミコト様、何かあるのですか?」
「盲点だった……ええと、今調べるね……んーと……」
相変わらず走りながらではあるが、私は目の前に表示されているマップウィンドウをあーでもないこーでもないといじくり回し、首をひねった。
しかし幾ら捜してみても、それらしい機能は見つからない。
もしかしてそんなものは存在しないのではないかと思った時、ふと一つの閃きがあった。
そう言えばさっきの話。マップを二人に見せるような機能が追加されている可能性だってあるじゃないか、と。
しかしそうだとしても、どうやって実行するのか。それっぽいボタンがあるわけでもなし、そもそも本当にそんな機能が追加されたという確証さえないわけだしな。
とりあえず困ったら念じてみることだ。二人にもマップが見えるようになれぇ~と、念を送ってみた。
すると。
「んっ!?」
「あわわっ!?」
「え、なにごと?!」
突然後ろで二人が何かに驚き、立ち止まる気配を感じた。
私もすぐさま足を止めて振り向く。何があったのかと、立ち尽くしている彼女らの視線を追ってみたけれど、解せないことに二人して呆然と虚空を眺めているようで、わけが分からず私は警戒を強めた。
もしかして未知のモンスターの仕業? 或いはトラップのたぐいか?!
なんて緊張の糸をピンと張っていると、しかし二人からは困惑とも戸惑いともつかない声が漏れてきた。
「こ、これってまさか、【マップウィンドウ】?」
「ミコト様が普段見ている地図って、コレのことなんですか?」
「え、あ……あー、そういう……」
どうやら私の取り越し苦労……というより、二人を驚かせてしまった犯人は他でもない私自身だったらしい。
果たして私の送った念が通じたのか、二人の目の前にもマップウィンドウが表示されたっぽいのだが、まさかそう来るとは……。
てっきりこう、私の目がカッと光ってさ、プロジェクターみたいになって立体映像でも投写するのかとワクワクしてたんだけど、そんな素敵仕様にはならなかったらしい。
私が見ているこのマップが、同じように二人の視界にも表示されているようだ。ナビの矢印も見えるとのこと。
「ミコト、こんなのを見ながら歩いてたの……?」
「コレはズルです。反則級です……! ミコト様以外の冒険者が持っていたなら、文句の一つも言っていたところですよ!」
「でもこれ、ずっと目の前にあると邪魔じゃない?」
「ああ、それは視界確保を優先したいなぁって念を送ると、非表示になるから」
「ほ、本当です。また見たいって考えたら出てきましたし」
「確かに、コレはズルい……」
「う、なんかごめん」
マップウィンドウ有用性を三人で共有できた。それは素晴らしいことなのだけれど、なんだかズルしているのがバレたような、形容し難い後ろめたさも同時に感じてしまった。
ともあれ、どうやらマップウィンドウの共有化というのが、レベルアップに際して追加されたもう一つの機能、ということで間違いないだろう。
「これって、共有できる相手の条件とか設定されてそうだね」
「PTを組んでいる相手に限られる、とか?」
「街に戻ったら、ソフィアさんで試してみましょう。きっと喜んで検証に協力してくれますよ」
「だね。ともかく、マップが二人にも確認できるようになったっていうのは、私としても心強いよ。なにか気になることや気づいたことがあったら、どんどん指摘してほしいな」
「じゃぁ、マップ共有って切ることは出来るの?」
「でしたらココロは、こちらから切れるかを試してみますね」
「ならミコトは、私に対して共有を切れるか実験」
「ぅぉぉ、手際よく検証が進んでいく! 共有化って素晴らしいな……!」
試してみた結果、どちらも可能であることが分かった。
ココロちゃんは自らマップスキルの共有を絶ち、そのため再表示させられなくなってしょんぼりしていた。
一方でオルカへの共有は、大本である私から遮断することが可能だった。
次に、一人ずつの共有というのも試したけれど、コレも問題なく成功。まずしょんぼりしているココロちゃんにマップを共有し、視界に表示が戻ったことを確認した後、オルカにも同じく共有。念じるだけで出来るのは利点ではあるが、そうと知らねば出来ないというのは不利点だよな。
今後もスキルレベルが上がる度に、いろいろ試してみるべきかも知れない。
何だったら今まで得たスキルに関しても、これが機能や使い方の全てだと思っていたものに、思わぬ隠し機能が存在しているかも知れないのだ。
ワクワクするが、説明がないというのはやっぱり不便も感じてしまう。
もっと一つ一つのスキルを、しっかり調べて使いこなしていかねばな。
「さて、それじゃ再出発しようか」
「ミコト、もしかするとこれって私たちにもサーチが可能なのかな?」
「だとすると、手分けをすれば一気にフロアのマップを埋めることができそうですね」
「おお、なるほど……でもリスクもあるよね」
「確かに。単独行動は危険」
「ココロは罠を見抜くのは苦手ですし……まぁ、引っかかってケガをしても、すぐに治っちゃうんですけど」
「うん、手分けは無しの方向で」
「異議なし」
「で、ですね。ココロもミコト様をお一人には出来ませんし」
話は決まり、再び三人一緒に移動を開始した。
ただし今回は、私が二人を先導するのではなく、ちゃんと皆が道を分かった上で意見を交わしつつ、しっかりと一緒に進行するという好ましい形が取れるようになった。
ただ、二人からはこんな便利なスキルを、うっかり依頼なんかで一緒になった人に見せないよう気をつけろと念を押されてしまった。
言われてふと考えたのだけれど、そういえば私は、はじめからオルカという優秀な冒険者と親しくなって、自分自身変なスキルばっかり生えてくるしで、普通の人がどういうステータスで、どういうスキルを持っているのかなんてぼんやりとしか知らないな。
一応、ごく一般的な人のステータスは、HP、MP以外の値が10前後しかないということくらいは知っている。
でもそれ以上のことは、本で得た知識しかない。
特にどんな人がどんなスキルを持っているか、なんていうのには疎いと思う。
だから、お前のスキルは特別なんだぞー、だなんて言われてみたところで、いまいち実感が伴わないと言うか。確かにすごいし便利だとは思うのだけれど、これよりももっとすごいスキルを持った人なんて、世界を探し回れば幾らでもいるんじゃないの? みたいに漠然と考えていたりする。
だってさ、日本に生きてても私の得意なことなんてゲームくらいのものだったしね。それだけはまぁ、胸を張れるものだったけれど、それにしたってあまり一つのゲームをとことん突き詰めたってこともない。
色んなジャンルや作品に手を出していたせいで、どれも中途半端な成績で満足しちゃったんだ。
どんな作品にも、その道にはその道のツワモノがひしめいていて、私みたいなぽっと出が簡単に天辺を取れるようには出来ていなかった。
スキルの希少性だってそう。きっと上には上がいるものだって、自然とそんなふうに思ってしまうのは、もしかすると生前の私がネットを見て育ったせいもあるのかも知れない。
世界最高峰のレベル、だなんていうものが手軽に知れて、且つ決して届かない画面越しの世界なんだって、自然と自分を画面のこっち側に置いちゃう癖がついている。
身内にスキルを少し褒められたとて、それは所詮身内贔屓というやつで、小さな輪の中で粋がっても仕方がないなと、つい冷静に考えてしまうんだ。
世界に誇れるすごいもの! だなんていうのは、往々にして遠くにあるものだよ。
まかり間違っても、私が持ってるだなんて思えない。
とはいえ、自分が一体どの程度珍しいスキルを持っているのか、というのをもっときちんと調べ把握することは、必要なことなのかも知れない。
それにより何にどの程度注意を払うべきか、というのも理解できてくるだろうし。
街に戻ったなら、その辺のことをソフィアさんに相談してみるのもいいだろう。
なんて考え事をしていると、不意にオルカが疑問を投げてきた。
「ミコト、マップに名前が表示されないモンスターの反応があるけど、これは?」
「! それは多分、今まで私が遭遇したことのないモンスターだね。この階層から出現するようになったやつだと思う」
「下級鬼がいるということは、もしかすると中級鬼かも知れませんね……」
「中級か……下級でもCランク冒険者並みの強さを持ってるってことだったし、中級となるとBランク、下手するとAランク級?」
マップでモンスターを示す光点を注視すると、そのモンスターに関する簡単な情報が表示される。
しかし私が出遭ったことのないモンスターだった場合、表示されるのは光点のみ。
名前も簡易情報も記されることはないのだ。
「Aランクの冒険者さんが先行してるということは、その方が十分対応できるレベル……つまりAランクほどの力はないと見て良いのでは?」
「だとしても、私にとっては厳しいレベルだと思う」
「いや、オルカはしっかり奇襲を決めれば格上でも問題なく仕留められると思うよ。でも正面からの戦闘は避けるべきだろうね」
実際にはBランク以上の実力を持つオルカではあるが、現状はまだCランクに甘んじている彼女。
そのため不安を訴えるが、私にしてみればそれ程の懸念材料ではないように思える。
私たちはチームだ。オルカの戦闘スタイルは、チームワークでこそ光ると私は思う。
なので、咄嗟にそんな偉そうなセリフが口をついて出てしまった。
っていかん! 調子に乗ってると思われたかな?
「ミコト……うん、わかった」
大丈夫だったらしい。
オルカは少し嬉しそうに、口元をほころばせた。
けれど、試験に受かったからと言って調子づくものではないね。視野狭窄に陥りやすくなるし。
私が密かに自らを戒めていると、それとは知らずココロちゃんが問うてくる。
「それでこのモンスター、確認しに行ってみますか?」
「あ、うん……そうだね。単体で移動してるやつがいるなら、一度戦ってみたほうが良いと思う。中級鬼にせよ、そうでないにせよ」
「了解です」
「これ……この個体は単独行動してる。距離も遠くないみたい」
「よし、じゃぁちょっと行ってみようか。オルカ、その個体をマークできる?」
「ど、どうやるの?」
実験も兼ねて、オルカが目をつけたそのモンスターには、彼女自身の手でピン刺しをしてもらうことにした。
果たして共有している相手でもそれは可能なのか。可能だとして、私たちの見ているマップにもその情報は反映されるのか。
やり方をレクチャーして少し様子を見ていると、問題なく件のモンスターへピンが刺さり、同時に視界に別の矢印が現れた。
矢印の色はピンと連動しているらしく、そしてピンの色は任意に変えられるようだ。っていうか、色が変えられるなんて今知ったぞ。それどころか、やろうと思えばピンの形すら変えられるらしい。
やっぱり、自分だけじゃ気づかない見落としってあるものなんだなぁ。
なんて感心しつつ、私たちは新たにオルカがマークした先へと導く青い矢印を追って、進路を変えたのである。
一体この先で待っているモンスターとは、何なのだろうか。ちょっと緊張してきた。
や、やってしまった。すみません、投稿遅刻です!
ぐぬぉぉ……金曜日は気が緩みがちだ。気をつけないとですね……。




