第七五九話 VSオメガポロック
不可視の刃が足元に迫る。
気合一発えいやと踏み潰したなら、ついでにと巻き起こした衝撃波が水の礫を押し留め。
ならばと懐にて生じかけた爆炎の予兆に、私は無属性の魔力塊をぶつける。
デタラメに揺らぐ魔力のカタチを無理やり一塊にした私特性の魔力弾は、魔法の発生予兆から形成の間に撃ち込むことで、その発動を阻害する効果を持つ。
言うなれば、緻密な計算式が組まれている最中に、数字をランダムに弄って滅茶苦茶にするようなもの。
ただし、タイミングがシビアであるため心眼があればこそ可能な高難度テクニックって感じ。
ならばと地面が隆起し、鋭い石槍となって幾重にも下方より迫るも、飛び上がってこれを回避。
するとどうだ、そこへ迫るは幾筋の光線に雷。全く容赦というものを知らないオメガポロックだ。
けれど、空中なら避けることが出来ないだなんて常識は、残念ながら捨て去って久しい私である。
周囲で忙しなく変動する魔力の動きを読み解き、オメガポロックの狙いを心眼で探り、魔法で適宜必要なだけ足場をこしらえたなら、最小限の動きでもって全てやり過ごしていく。
だが、そうしてちまちま避ける私の頭上。
これみよがしに生成されたのは、直径数十メートルはあろうかというバカでかい氷塊。
質量で押し潰してやろうというのだろう。その狙いにはちょっぴりシンパシーを感じる。
かれこれもう一〇日くらい前になるかな、トッツォくんを生み出し戯れたのは。
ゴルドウさんたちに依頼した穂先が仕上がるのに、存外時間がかかったからね。
おかげで私は私で完全装着を鍛えるのに時間を割けたんだけど。
まぁ、それにより伸びたステータスは、残念ながらこの戦闘に於いては然程の意味も無いけれど。
それでも。
完全装着が育てば、その分以前よりも装備がより身体に馴染んだ感覚はある。
ツツガナシから引き出せる力だってずっと強くなった。
だから、今ならこのくらいの氷塊……。
「ふっ!」
宙にこしらえた空間魔法の足場。
呼気とともに踏みつけ、描いた剣閃の軌跡はアーチ状。
天上へ繰り出したるは、鋭利であり剛健なる衝撃波だ。
直後である。
ごうと地鳴りが如き低音を轟かせ、頭上より迫る巨大な氷塊が見事、左右へ真っ二つ。
気分はさながら、海を割ったというモーゼのよう。或いは何かの漫画かアニメで見た、修行の果てに剣一本で滝を割るシーンを彷彿とさせた。
が、ドヤってる場合でもない。オメガポロックめ、余韻に浸る暇さえ与えずさらなる魔法をバカスカと浴びせかけてくるのである。
質量攻撃がダメと見るや、次は何と自ら氷塊を魔法で木っ端微塵に粉砕。
鋭利な氷の棘が私めがけ、一斉に襲いかかって来るではないか。
でも、こういうシチュエーションにちょっとした憧れのある私である。
ツツガナシ一本で、真っ向からこれに対峙。集中力を研ぎ澄ませ、いざ。
視界を覆い尽くすは、圧倒的な物量。
鋭利な棘が息を揃えてこちらを向いているのだもの。もしも私が先端恐怖症ないし集合体恐怖症だったなら、きっと堪らず発狂していたことだろう。
いや、実際はそんな暇も余裕もないか。
用いたのは風魔法。空間魔法。
用途は無数に迫る氷の棘を、一つ一つ正確に捉えるため。
空間魔法で、文字通り空間把握能力を強化。風魔法で、位置関係を感覚的に捉え、五感で感じるよりも遥かに正確にそれらの動きを把握。
あとは、ひたすら効率的に刃を振るうのみである。
試される技量。瞬発力。肉体制御に神経を張り巡らせ、かつ思考も止めない。無闇矢鱈でどうにか出来る物量ではないのだから。
しかも、オメガポロックは追加で何か企ててるみたいだし。
警戒を切らすこと無く、それでいて目の前の群れにも手を抜けない。
上等である。マルチタスクのトレーニングにぴったりじゃないか。
不要な情報をシャットダウン。
視覚すら煩わしいので、敢えて目を閉じてやろう。
五感の中から必要なものにだけ意識を振り、魔法で捉えた情報の上で刃を舞わせる。
刃先が氷を斬り、叩き、些細な反動すら利用して片っ端から処理していく。
これだけ密集していれば、弾いた氷が他とぶつかり連鎖的に軌道を歪ませることも珍しくない。
だから、これも利用する。向きが狂えば修正に暇を要し、その間に剣を振るえる。
ふふ、アドレナリンどばどばである。ちょー楽しー!
そうこうして、どれほどの棘を斬っただろう。
不意に、オメガポロックの魔力が迸った。案の定何か仕掛けてきたようだ。
途端、氷を渡るよう迫ったのは稲妻。即ち、雷魔法を行使したらしい。
が、そんなことは結果を見るより先に感知できている。なれば取るべき行動は選定済みであり、事が起きる頃には既に私はそこに居なかった。
お馴染み、テレポートである。
「無粋だなぁ。最後まで斬らせてくれても良かったじゃん」
「…………」
オメガポロックの目の前に立ち、その様にぼやいてみせる私。
別に舐めプをしようっていうんじゃない。彼……いや、彼女にしておこうか。脳内で擬人化した時、そのほうが捗るし。
彼女から、ピタリと戦意が引いたためである。
引いたと言うよりは、戦意より興味が上回った、と言うべきか。
もっと平たく言うなら、転移スキルを目の当たりにしてビックリしたようだ。
身体に浮かぶ幾何学模様も、何だか激しく変化を続けているし。こうして見てみると、なかなか面白いモンスターだ。
しかし、どうやらそれも束の間のことらしい。
「お、第二ラウンドかな?」
「…………」
まだ私を計り足りないみたいだ。
心眼が捉えた彼女の意図は、先程までとは打って変わって。
どうやら魔法での攻撃は止めるらしく。その代わり、別の手段で襲ってくるつもりのようだ。
分かりやすく体の色も黒と白がひっくり返り、白い真ん丸ボディに黒い幾何学模様。フォームチェンジのつもりかな?
っていうかそういう事が出来るなんてちょっと聞いてないんですけど。もしかして事前情報に無いやつじゃないの?!
なんて警戒する私に、鋭く迫ったのは……。
これまた、棘であった。
しかし氷ではない。なんと、オメガポロックの身体からニョッキリ生えた、長い棘。それが私の顔面目がけて突き出されたのだ。
いきなり顔狙いとか、なかなかえげつないことをする。
しかしそんな不意打ちにやられる私ではないのだよ!
すいと首を傾けやり過ごすことに成功。けれど、厄介なのはここからだった。
棘の半ばから、別の棘が生えては追撃を行ってきたのである。
危なかった。心眼がなかったら当たってたかも知れない。それくらい恐ろしい速度での伸縮。
少なくともステータス的には、完全に凌駕されている形だ。刀の骸の体捌きがあればこそ、どうにか対応が間に合うレベル。見てから回避は無理じゃないかな。
気分はまるで、今も左腕に付けてる綻びの腕輪。これの能力を敵に回したような感じ。すごく厄介。
だけど距離を取ってしまえば、然程の脅威でもなかろうなのだ。
なんて安直な考えのもと、ひょいひょいと刀の骸より得た謎歩法を使いオメガポロックより遠ざかる私。
だというのに、彼女の棘の伸びること伸びること。質量とか絶対無視してるもの。幾らでも伸びて襲ってくる。
しかも、それだけじゃなかった。
棘の先端、不意にぷっくりと膨れたかと思えば、忽ち生じたるは綺麗な球体。
何事かとよく見てみれば、球体はなんとオメガポロック本体である。どうやら棘を使って移動が出来るらしい。
棘の伸び縮みする尋常ならざる速度を思えば、彼女の移動速度だって相当なものだ。本体を先端に移すのも一瞬だったし。
なんて驚きと感心を覚えていたなら、唐突に本体より無数の棘が全方向へ展開され、その様たるやさながら真っ白なウニ。
棘の頑丈さはオメガポロックの防御力と同等であることが予想され、打ち払うのは不可能。とくれば、対応は無難にテレポートである。
たっぷり二〇〇メートルは距離を取って、遠目に彼女を眺めてみる。
なんて恐ろしいやつだろうか。物理戦闘もめちゃくちゃ強いじゃないか。
でも、普通のモンスターと異なり、あまり我武者羅に襲ってくるような印象を受けない。
もしかするとオメガポロックと交戦経験があり、逃げ延びたことのある人っていうのは、普通に見逃されたため生還が叶っただけなのかも。
そうじゃなきゃ、絶対追いつかれるもの。あの奇妙な移動と速度、人間が一生懸命走った程度で置き去りにできるとはとても思えない。
なんて観察をしていると、音もなく迫る白き棘。あっぶない!
って言うかめっちゃ伸びる! ここまで余裕で届くじゃん!
しかし、そうであるならば障壁で妨害だ。幸い棘は直進しか出来ない様子。ならばその進路上に障壁を展開してやることで、棘の進行を邪魔することが出来るはず。
いやむしろ、オメガポロックを障壁で閉じ込めてしまえば、それで詰みになるのでは?
ふはは! 何だそんなことでいいなら簡単じゃないか! 勝ったながははである!
一先ず、迫り来る棘を物理障壁でガード!
……うん。貫かれたんですけど。僅かな抵抗にもならなかったんですけど。
障壁のこっち側、念の為身を躱したことが功を奏し、手傷を免れた私。
さりとて予想していたとは言えども、こんなにあっさり貫かれちゃうのか。なかなか良い貫通力をお持ちじゃないか……!
私も貫通力には今、ちょっぴりうるさいからね。そんな私から見ても良い腕してるよキミ!
などと、余裕をかましている場合ではなく。
やや慌て気味に隔離障壁を持ち出す私。流石にこれは貫けないらしく、壁面にぶつかっては悔しそうにする白い先端。
だが、次の瞬間だった。私はとんでもないものを目撃したのだ。
棘の先端に、ふと生じたるは見覚えのある障壁。
見覚えどころか……私が今展開してるものと、瓜二つなんですけど!?
しかも、障壁の形状が変化。これまたズバッと尖っては、私の隔離障壁にぐさっと突き刺さり。
なんとそのまま、綺麗に風穴を開けてしまったのである。
直後、迫る棘。逃げる私。
え、これ、え、マジで。
空間魔法どころか、隔離障壁まで使いこなすモンスターとか、マジでヤバい相手じゃん……!
うぁ……今回も誤字報告ありがとです。適用させていただきました。
なんかねぇ、思ったのです。すごいなぁって。
書き損じの中には、稀にとんでもないものがあるんですよ。そんな間違い方ある!? みたいな。
それを見つけてくださる猛者も稀に現れるわけです。すごいなぁ。頭が上がらぬぅ……!




