第七五一話 限界を超えて
問題が発覚した。
意気揚々と、早速トッツォくんの真下にスペースゲートを開き、上空六〇キロメートルに送り出すことに成功。
各種魔法で一気に加速させ、無限落下のループに入れるまでは良かったのだけれど。
なんか、いつの間にか……。
「トッツォくん、空中で乱回転してるんですけど……ゲッダンしちゃってるんですけど!」
理由は一応分かる。
一見均整の取れた美しいフォルムのトッツォくんではあるものの、しかしながら細かく調べれば重量バランスの乱れなんかが散見できるはずだ。
そんなものを適当に空から落下させ、あまつさえブースターなんぞくっつけて加速させようものならどうなるか。
バランスが崩れ、ご覧の有様である。
風の抵抗を魔法で遮ってるから行けるでしょ! とか思ってたんだけど、どうやら考えが甘かったらしい。
「うーん、どうしたら……」
それにしてもまぁ、物騒極まりない光景である。
とてつもない質量爆弾が、上空から落下しては送り返され落下し、を延々と繰り返し。
もしアレが地面に接触しようものなら、果たしてどんな大惨事に発展するかも、正直想像がつかないのだ。
もしかすると私、今とんでもない実験をしているのかも知れない。
まぁ、それはいいとして。
「あんなグルングルンしてたら、狙いをつけるのもままならない。どうにか安定させる方法は……あー……それこそ銃弾を参考にしてみようかな。ライフリングとか言ったっけ? 銃弾ってそれでめっちゃ回転しながら飛ぶんだって何かのアニメで見たもん。ならトッツォくんにも回ってもらえば良いんじゃないだろうか。そうさ、それこそドリルのように!」
とは言え問題は、どうやってギュリギュリ横回転を加えてやれば良いのか、という点。
念力でも使えば回るかな? いよいよ白九尾の心命珠の出番?!
でもなぁ、白九尾さんったら今やすっかりおもちゃ作りに喜びを感じる、一介のおもちゃ職人っぽくなっているものなぁ。
あの子を最強の武器にする! ってのも一つの目標だったのに、正直それが正しいのか私には分かんないよ。
ってことで、わざわざこの場に呼び出すのも憚られる。
「別の手段があるなら、それに越したことはないか……」
言いつつ考えを巡らす。
回転、回転ね……。
ふと思い浮かんだのは、夏の風物詩。
なんて言ったかな……ねずみ花火だっけ? アニメでよく登場人物を追いかけ回してるアレ。
仕組みは多分、火薬が燃え弾ける勢いを利用して高速回転を行う……みたいな感じだと思うんだけど。
それと似たようなことが出来ないものかね?
トッツォくんの表面に、均一の向き、均一の間隔で噴射系の魔法を貼り付けて、思い切り発射すれば何とかなるんじゃないだろうか。
問題は、それをあの乱回転しながらバカみたいな速度で落下し続けるトッツォくんに、この超遠距離から施さなくちゃならないってことなんだけど。
え? 一旦リセットしてやり直せばいいだろうって?
バカを言ってもらっては困る。むしろせっかく神業にチャレンジする機会なんだ、楽しまなくちゃ損ってなものだ。
私は神経を研ぎ澄まし、トッツォくんの超速落下を補助する魔法を維持する傍ら、そのランダムな回転を慎重に観察。
バフを用いて自身の動体視力をゴリゴリに引き上げたなら、忽ち世界はスローモーションに。
いや、スローというのは物の喩えでしかない。本当に時間が間延びするわけではないもの。
極めて高い集中力により、観察力を尖らせること。
不要な情報をシャットアウトし、思考の巡りを経験則でカバー。
トッツォくんの動きにだけ意識を集めれば、自然と得られる情報の厚みは大きく増し。
それを結果として、スローモーションのようだと錯覚する。
「……二つ……四つ……八つ…………よし、三二個設置、たぶん成功。噴射開始……!」
カッと熱くなる頭。疲労した視神経。変な汗がぶわりと吹き出し、少しクラクラする。
けれど、やれば出来るものだ。問題は等間隔に配置できたかどうかってとこだけど。
まぁ、完璧に等間隔じゃなくても多分大丈夫なんじゃないかな。そこら辺は魔法なので融通を利かせられもするし。
取り敢えずあの乱回転から、それなりの横回転に持っていければ成功である。
さて、結果はどうか。
「……あぁ、重すぎて全然思ったように回らないや……」
うん。それはまぁ、そうだ。
ダンジョンざっくり固めました! なんて意味不明な質量の物質が、何をどうしたらそう安々と狙った通りに動いてくれると思ったのか。これまた見積もりの甘さが露呈した形である。
神業の無駄遣い! 私哀しい! っていうか、成功してるのかすら確認のしようがないんですけど!
「や、待てよ? 重いから回らないっていうんなら、軽くしてやればいいじゃない。重力魔法フルパゥワァァ!」
思い立ったら即実行。加重に用いていた力を反転させ、しこたま重力を軽減させる。
とは言え、重力が無くなったからっていって質量と慣性が失せるわけでも無し。
イメージは宇宙空間で、こう……プシューってスラスターかなんか使って姿勢制御をするアレの応用。
デタラメな回転を無理やり制御するんじゃなく、徐々に回転方向を均一に整えて、横回転へと持っていく感じ。
重要なのはくっつけた噴射系魔法の噴射角度を、様子を見つつ調整する手腕。これまた神業が求められる気がするけど、さっきのに比べたら容易いはず。
「よっ、ほ……お……? いけてる……気がす……るっ」
視界をすごい速度で、上から下、また上から下へと、ファミ◯ンのアクションゲームで見たギミックみたく延々と落下し続けるトッツォくん。
そのデタラメな回転が、しかし徐々に徐々にと落ち着いていくのが確認できた。
それを見つつ、更に噴射系魔法たちの角度を操り、いよいよ横回転へと導いたなら……。
「おぉ……おおお! 安定! 安定しました! 博士、実験は成功です! うむよくやったミコトくん!!」
雑な茶番を叫びつつ、自身の成したちっぽけな偉業に手を上げて喜ぶ私である。
我に返ってはいけない。途端に虚しくなるから。
さて、そうしたら軽くした重力を再び反転。トッツォくんを再び思い切り重くしてやる。
すると、すっかり勢いに乗って横回転をしつつ、安定した落下を行う彼の威容である。
いよいよこれを、今からトレモちゃんへ叩きつけてやろうというのだ。ワクワクすっぞ!
……と同時、罪悪感で胸が苦しい。
「ト、トレモちゃん? 今から君の頭上にアレが落ちてくるわけだけど……大丈夫そう?」
「…………」
トレモちゃんは何も言わない。そういうふうに出来ているから。
心眼で覗いても、やっぱり何も見えない。彼女は心を持たないただの人形だから。
だからこの心苦しさっていうのは、きっと自分と同じ形状をした物体に乱暴を働くことへの、根源的な忌避感に他ならないのだろう。
失くしちゃいけない大事な感傷だ。
それでも私は、必殺技開発のためそれを実行する。
「それじゃ、行くね」
気持ちを整え、タイミングを計り。
そして。
トレモちゃんの頭上に開いた、スペースゲートの出口。
私の目にそれは、さながら天使の輪のように見えた。
直後である。
大きく広がったその輪をくぐり抜け、縦長に引き伸ばされた卵の如きトッツォくんが視界を縦断。
トレモちゃん諸共地面に突き刺さっては、盛大に陥没する大地……がしかし。
「……ん? あれ?」
それは、想像していたよりもずっと地味な結果だった。
後に残ったのは、どこまでも深い縦穴。トッツォくんは未だ、どこまでもどこまでも地中を真下に突き進んでいる。
もっとこう、大爆発とか起こるに違いないと身構えていたにもかかわらず、この結果は一体どうしたことだろうかと。
そのなんともリアクションしづらい様子に困惑し、大きく首を傾げた。
瞬間の出来事である。
フッと。
視界に映る景色に違和感。
何故か目の前にはトレモちゃんが居て、いつもどおりファイティングポーズをとっている。
地面には傷一つ無く、何処を見回してもトッツォくんは居ない。
「え……と……え? 何が、起こった?」
理解が及ばず暫し呆然としていると、やがてこの現象に覚えがあることに思い至り。
それが、『リセット』の結果に酷似しているとようやっと気づいた時、私は察したのである。
「まさか、強制リセット……!? 処理限界にでも当たったってこと!?」
有名所で言うと、マイ◯クラ◯トなんかが挙げられるだろうか。
TNT系の装置で無茶をすると、処理が重すぎてゲームが落ちたり、ロールバックしたり、最悪の場合ハードが壊れる、みたいな。
それと似たようなことが、まさかこのトレモ内でも起こったっていうんじゃ……。
って考えると、この場合のハードウェアに当たるであろう私そのものに、変な悪影響が出ていやしないだろうかと、急に恐くなってくる。
「い、一度リアルに戻って具合を確かめてみようかな……?」
こうしている分には、特に不調なんかは無いのだけれど。
しかしリアルの方で何かあっては問題だ。何もなくとも、無性に回復魔法が恋しい。
もしかしたらココロちゃんとか聖女さんに診てもらったほうが良いかも。
斯くして、何だか全く想定していなかった出来事にぶち当たり、私はおずおずとトレモちゃんへ向けて一礼。
「ありがとうございました。またよろしくお願いします……!」
そうしていそいそと、現実への帰還を果たすのだった。
毎度有難うございます。誤字修正、適用させていただきました!
何時になっても誤字がなくならない!




